元王女は決意する
顔面蒼白で戻ってきた私とミーナを見たスノー・ワイトは、不審に思ったらしい。
『ふたりとも、どうしたの?』
「枢機卿からとんでもない提案を受けましたの」
「酷いんです! 新聞で報じられた醜聞の責任を取れと、ヴィヴィア姫に結婚を迫った挙げ句、孫娘と一緒の日に、丈が短いドレスを着て式を挙げようって言ったのですよ!」
スノー・ワイトはにんまりと口角をあげ、楽しげな様子で話を聞いていた。
『それで、あなたはなんて言葉を返したの?』
「正直に、気持ち悪いと申しました」
『枢機卿に、直接言ったの?』
「ええ」
『やだ、最高じゃない!』
尻尾をゆらしつつ、スノー・ワイトは楽しげに笑い始める。私にとっては、笑い事ではないのだが。
『それで、枢機卿が激怒したわけ?』
「いいえ。具合が悪い方向の気持ち悪いと勘違いさせることに成功しました」
『さすがだわ! ずる賢い言い訳ね!』
「普段、狡猾で腹黒い枢密院のお爺さま方とバチバチ言い争っていましたから」
この際、ずる賢いというのは褒め言葉として受け取っておく。
『あなたからしたら、枢機卿なんて敵ではないのね?』
「ええ、まあ」
枢密院の老臣に比べたら、枢機卿は難敵ではない。
ただ、彼らよりも権力を持っているのが大問題なのだが。
『それであなた、どうするの? まさか、本当に枢機卿と結婚するつもりはないのでしょうね?』
「それが国のためになるのならば、わたくしは結婚したでしょう。けれども、今となっては枢機卿と結婚して得る利益はないと思っています」
『だったらどうするの?』
ここ数日、悩んでいたことを決めた。枢機卿のおかげで、腹を括れたのだ。
「わたくし、フランツ・デールに行きます!」
『フランツ・デールって、屍食鬼がたくさん出没するところじゃない!』
「そ、そうですよ、ヴィヴィア姫! 危険です!」
前線はフランツ・デールよりも南下している。それでも危ないというのは重々承知の上である。
王女という身分を返上した今、私にできることは奉仕活動のみ。
フランツ・デールを始めとする前線では、今も多くの聖騎士たちが屍食鬼と戦っている。
傷つき、苦しんでいる人だって大勢いるはずだ。
「そんな人々を励ましたいと、わたくしは思っているのです」
「ヴィヴィア姫……!」
フランツ・デールに行くと言ったら、枢機卿との結婚問題も遥か先へと延ばせるだろう。
レイナートとだって、顔を合わせずに済む。
「少々ですが、回復魔法を使えますし、その、傷ついている人の手助けもできるかと」
『でも、屍食鬼から受けた傷は聖水でしか癒やせないのでしょう?』
「そうですけれど、聖水の処置を待つ間、痛みを和らげることくらいはできます」
『まあ、それはそうだけれど』
もうひとつ、目的があった。これは叶うかわからないけれど、可能であれば実行したい。
「屍食鬼の被害がある現地から情報を新聞社に送って、報道していただきたいなと考えているのです」
毎日、各社の新聞を確認しているものの、屍食鬼から受ける被害の一割も報じられていない。
皆、屍食鬼に関する情報は風の噂から得て、さらなる恐怖の対象となっているのが現状である。
「記者に同行いただけたらと思っているのですが、難しいようであればわたくしが取材や記録を行います」
ミーナとスノー・ワイトをまっすぐ見つめながら訴えたら、賛成はしないものの、反対意見は口にしなくなった。
『あなたが望むのならば、あたしはそこについていくまでよ』
「スノー・ワイト、一緒に来ていただけるの?」
『契約主とは遠く離れられないようになっているのよ』
「そうでしたのね」
「ヴィヴィア姫、私も同行します」
「ミーナ……」
ミーナには家族がいる。私が連れていっていいものかと迷ってしまった。
「一度、ご家族に相談してから」
「いいえ、ご一緒します。家族は私の仕事を理解しておりますので、反対はしません」
「そう。でも、念のため相談してくださいませ」
「わかりました」
そんなわけで、私たちの次なる目的地はフランツ・デールとなった。
まずは兄に手紙を書き、計画について説明する。
兄も強い反対はしないけれど、賛成もしないという姿勢だった。私の決めたことを尊重してくれるらしい。
ちなみに、義姉は大反対で、今すぐ戻ってこいと訴えているという。
義姉が大聖教会に乗りこんでくるまでに、なんとかフランツ・デールに行かないといけないだろう。
報道に関しては兄も賛成してくれた。
屍食鬼について、どうやら大聖教会が新聞社に詳しく報じないよう圧力をかけているようで、大きな情報操作が行われていたようだ。
屍食鬼に関しては兄が作った新聞社で報じる、という方向性でまとまった。
記者は見つからなかったが、記録はスノー・ワイトが手伝ってくれるようだ。
ミーナは家族の理解を得て、正式に同行することが決定する。
いつも苦労をかけて、心から申し訳ないと思ってしまった。
準備する途中で、レイナートが帰ってきたという話を小耳に挟む。
結婚の支度で忙しいのか、私の前に一度も現れなかった。
アデリッサ様は実家から戻っていないらしい。きっと、母親と婚礼衣装の準備でもしているのだろう。
フランツ・デールへ行く許可を枢機卿に取りにいったところ、やはり反対された。
これも想定済みである。
スノー・ワイトが考えてくれた演技を、披露することとなった。
思いっきり体をくねらせ、上目遣いで枢機卿を見つめる。
「わたくし、このままでは猊下に相応しくないと思ったのです」
「儂に、ふさわしくないと?」
「ええ。ですから、フランツ・デールで奉仕を行い、猊下の隣に立つ女性として相応しくなったら、戻って参ります」
「お、おお! そこまで考えてくれたのか!!」
感激のあまり抱きついてきそうになったが、それは護衛が止めてくれた。
心の中で盛大に感謝する。
「して、いつ行くのだ?」
「明日です」
「は? あまりにも急ではないのか?」
「ですが、一日でも早く、猊下の花嫁になりたいと思いまして」
もう大聖教会へ戻るつもりはない。命が尽きるまで、人々に助けの手を差し伸べるつもりだった。それが、王女だった私にできる最大のお役目だろう。
枢機卿はキリリと表情を引き締め、見送る姿勢を取った。
「わかった。気を付けて行って参れ」
「はい!」
そんなわけで、フランツ・デール行きがあっさり決まった。




