枢機卿からの呼び出し
レイナートはアデリッサ様のご実家に呼び出されたらしい。彼女の生家であるノイラート家は国の西方にある領地を治めている。距離にして馬車で三日といったところか。そのため数日の間、レイナートは姿を現さないだろうと護衛騎士が話していた。
昨日、彼の怒りを目の当たりにした上に、恋が破れたと自覚したばかりだったので、顔を合わせずに済んだのはよかった。
今日も今日とて奉仕活動を行う。任された作業は、被害状況の報告書をまとめること。
屍食鬼は日々勢いを増しているようで、損害は拡大しているようだ。
死亡したのは大人ばかり。年齢で分けると、六十歳以上が七割であった。そこから年が若くなるにつれて、死なずにケガだけの被害が増えていく。
ある地域では、子どもの犠牲者がひとりもいなかったという。
屍食鬼は高齢者を狙って襲っているように思えてならない。これはどういうことなのか。
こうやって屍食鬼についての情報に触れると、不可解な点が多すぎた。
作業に没頭していたのだが、枢機卿に呼び出される。
直接呼び出すなんて、何事なのか。
面倒だが、応じるしかないだろう。
ミーナと共に、しぶしぶ枢機卿のもとへと向かった。
執務室のテーブルには、例の新聞が丁寧に並べられていた。
「これはどういうことなのか、説明をしていただきたく、参上を願った」
「はあ」
新聞紙には丁寧にアイロンが当てられていた。見目がいいように、このようなことをするのだ。
そんな行為を命じている暇があれば、決裁のひとつでも片づけたらいいのにと思ってしまう。こうして私を呼び出す時間ですら、まったくもって無駄だと思ってしまった。
「これはどういう意図で、王室の確認をすり抜けて報じられたのだろうか?」
「さあ、存じ上げません。わたくしはもう王女ではありませんでしたから」
きっと誰かが、新聞の報道には書かれていること以外の意図があると意見したのだろう。
もしかしたら、レイナートが指摘したのかもしれない。
「この報道の影響で、大聖教会が恋に悩んだ者の逃げ場所だと囁かれているらしい。どう責任を取るつもりか?」
「それは――」
別に大した問題ではないのでは? なんて言葉が出そうになったものの、ごくんと呑み込んだ。
「新聞に書かれていた処女を捧げた初恋相手というのはもしや――」
心の中で先にレイナートに謝っておいたが、枢機卿はあろうことか別人の名を口にした。
「ドミニク・アスマンなのか?」
「え!?」
「たしかにあの男は年齢的につり合うが、身分に差がありすぎる」
大聖教会の専属錬金術師、ドミニク・アスマン――どうやら彼は、思っていたよりも年若い青年らしい。勝手に枢機卿と同じくらいの年齢だと思っていたのだが。
それにしても、初恋相手が彼と勘違いされるなんて。
ますます、レイナートが意見したのではないか、という疑惑が強まった。
「あの者は今、フランツ・デールにいる。すぐには会えない」
「そうでしたのね」
これに関しても驚いた。聖水を作った彼は大聖教会出身の英雄として、総本山で信仰を集めているものだと決めつけていた。
「アスマン卿はフランツ・デールで何をされていますの?」
「屍食鬼に関する情報を集めているようだ。月に一度戻ってくるようにと命じているのに、いっこうに戻ってこない」
「まあ……!」
それだけ熱心に調査しているので、あれだけ多くの書籍が出せるのだろう。
「それはそうと、下世話な噂話を打ち消すいい話がある」
「なんですの?」
枢機卿はにやり、と寒気がするような笑みを浮かべる。嫌な予感しかしなかった。
「儂と結婚すればよい」
「猊下とわたくしが、結婚を?」
「そうだ。さすれば、今噂されている醜聞を打ち消され、祝福と成り代わるだろう!」
思いがけない提案に、全身に鳥肌が立った。
初恋相手を追って大聖教会へやってきたという話が、どうして枢機卿との結婚で祝福に変わると思ったのか。理解ができない。
「あの、猊下は喪中ではないのでしょうか?」
「その決まりは撤廃した。孫娘であるアデリッサを結婚させたいので、決まりをなくすようにと息子から申し出があったのだ」
「は、はあ」
自分たちの都合がいいように、古くからあるしきたりや慣習をなくすという手段に出ていたようだ。
「アデリッサは三名も結婚候補がいてな。誰を選んだのだったか――。ここ数日、忙しかったからな」
孫娘の結婚相手を把握していないとは、なんとも無責任である。
その前に、仕事のほとんどはレイナートに押しつけていたので、忙しいわけがないのだが。
先ほどからため息を何度も呑み込んでいた。
「そうだ! 挙式はアデリッサと一緒にしようか。美しい花嫁がふたりもいる結婚式など、前代未聞だろう」
孫娘と同日に、孫娘と同じ年頃の花嫁を迎える男性、という視点で言えば前代未聞かもしれない。
呆れるを通り越し、理解できない発言の数々に恐れおののく。恐怖から全身がガタガタと震えてしまった。
「ふたりお揃いの、膝丈のドレスはどうだろうか?」
「気持ち悪っ!!」
「へ? 今、なんと申した?」
「あ、えっと、なんだかぐ、具合が、とっても悪くなりまして……」
即座にミーナがやってきて、私の体を支えてくれる。
「ヴィヴィア姫、顔色が悪いです。お部屋に戻りましょう」
「いや、待て。話は終わっていないぞ」
「は、吐き気が! う、うぐっ!」
そう訴えたら、枢機卿は止めずに退室を許してくれた。




