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私を嫌い、王家を裏切った聖騎士が、愛を囁いてくるまで  作者: 江本マシメサ
第一章 王女は自らを捧げる

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フワフワの蒸しパン

 スノー・ワイトに留守番を任せ、ミーナと共に厨房に向かう。

 昨晩、ミーナが厨房に行ったときに、厨房を使う許可を得ていた。

 ちなみに材料は御用聞きの修道女に頼んで、自費で取り寄せた物である。

 枢機卿に申告すれば食材など支給されるようだが、面倒だったので自分で用意した。


 それにしても、慈善活動をしながらコツコツ貯めたお金が、今役に立つなんて思いもしなかった。

 着られなくなったドレスを解いて小物入れやブーツカバーを作ったり、手作りしたお菓子を慈善市バザーで販売したりと、何かあったときに使おうと思っていたものである。

 嫁がずにお金稼ぎばかりして、という陰口も小耳に挟んでいた。王女としての役割を果たしていない、とも。

 実を言えば、レイナートがいなくなってから次々と縁談が届いていた。 

 兄曰く「どれも政治的なものではないので、意にそぐわなければ拒否してもいい」と言っていたので、すべてお断りしていたのだ。

 国のためになるのならば、いくらでも結婚する。けれども王女という立場を利用したいと滲み出ていた結婚には、応じるわけにはいかなかった。


 屍食鬼の問題は深刻で、他国はワルテン王国から距離を取りたがっていたらしい。

 大国出身である義姉と兄の結婚は生まれたときから決まっていたものだったが、反対の声も高まっていた。

 婚約が破談となる、なんて噂も届いていたものの、両親の死が結婚を後押しすることとなったようだ。

 兄ですら他国との結婚に苦労していた。その妹である私に、政略的な縁談の話なんて舞い込んでくるわけがなく……。


 このような状況となれば国内で力を持つ貴族男性と結婚して、地盤を固める必要がある。

 兄は私とレイナートの結婚を望んでいた、なんて話を聞いたときは驚いたものだ。それを耳にしたのは、彼が王宮から去ったあとだったので、なんとも空しい気持ちになるだけだったのだが。


 王女として国を助けることができず、役立たずだという現状に、胸がじくりと痛む。


「ヴィヴィア姫、どうかなさったのですか?」


 首を横に振り、どうもしていないと答える。

 幼少期から共に過ごすミーナは、私の気が塞ぐ気配を誰よりも早く察知する。

 けれども、彼女にすら私の悩みなんて言えるわけがない。

 私の価値が結婚することでしか証明されなくて苦しいだなんて、誰にも打ち明けてはならない。私はそのために、生まれてきたのだから。

 結婚以外で生きる意味を見いだしたいというのは、思い上がりだろう。

 美しいドレスに意のままに動くメイドや侍女、豊かな教養に取り巻く人々――私のために用意された恵まれた環境は、将来役割を果たすための先行投資なのである。

 それらを裏切ってはいけない、絶対に。


 なんて考え事をしながら歩いていたら、厨房に辿り着いた。

 エプロンをまとった修道女たちが、皿洗いをしたり、お昼の仕込みをしたりしている。

 その片隅で、私たちは蒸しパン作りを開始した。


 今回、バターが手に入らなかったようだ。なんでも酪農が盛んな町が屍食鬼に襲われ、牛乳の加工品が入荷できなかったらしい。

 食材からも、屍食鬼の被害を知って悲しくなってしまう。

 感傷にふけっている場合ではない。やるべきことをしなければ。

 ひとまずバターを油で代用し、蒸しパンを作ることにした。


 まず、ボウルに溶き卵と砂糖、蜂蜜を加え、混ざってきたら牛乳と菜種油を加える。それに小麦粉とふくらし粉を加え、粉っぽさがなくなるまで混ぜ合わせた。

 その間、ミーナはブリキの型に薄く油を塗る。これに生地を注ぎ、水を注いだ鍋に型を並べて蒸していくのだ。

 二十分ほどで蒸し上がる。

 蒸しパンは生地を休ませる時間がないので、手早く作れるのだ。子どもたちの大好物でもある。

 フワフワに膨らんだ蒸しパンは、雪が降り積もった山みたい。上手くできたので、ホッと胸をなで下ろす。

 想定していたよりも材料が多かったので、次々と蒸しパンを作っていった。

 いつもはひとつずつだが、今日はふたつずつくらい渡せるかもしれない。子どもたちが喜ぶ顔を想像すると、自然と口元がほころぶ。


「ヴィヴィア姫、たくさんできましたね」

「ええ」


 手伝ってくれたミーナを労い、ひとつ味見をしてみようと蒸しパンを手に取る。


「ヴィヴィア姫、とーってもおいしくできています」

「そう、よかった」

「バルテン卿にも渡したらどうですか?」

「いえ、レイナートは……」


 ふと視線を感じる。修道女たちがこちらをうらやましそうに見つめているではないか。厨房を使わせてくれたお礼として、働いていた修道女たちにもわけてあげた。

 修道女たちはお返しとばかりに、お茶を淹れてくれた。

 皆で蒸しパンを囲み、ひと休みする。

 好奇心旺盛な修道女が、瞳をキラキラ輝かせながら話しかけてくる。


「王女さまがこのように働き者だったなんて、驚きました」

「ちょっとアンナ。王女殿下に気さくに話しかけるんじゃないの」

「いいえ、構いません。わたくしも、みなさんとお話ししたいので」


 すると修道女たちは頬を可愛らしく染め、嬉しそうな表情を見せてくれる。


「王女さまとアデリッサ様とは大違いですね。あの人、いつも偉そうで」


 よほど彼女に対する鬱憤が溜まっていたのか、アンナと呼ばれていた修道女は強い口調で訴える。


「アデリッサ様は次期枢機卿だと噂されているバルテン卿との結婚が決まったからか、これまで以上にいばって勝手気ままにふるまうようになったんですよ!」

「まあ、そう、ですの」


 胸がズキンと痛む。

 レイナートが枢機卿の仕事をしていたのは、次代を任される将来が待っているからだったようだ。

 そして、彼はアデリッサと結婚する。

 レイナートが枢機卿に抜擢されることについて、反対する者はいないだろう。

 王女だった私の護衛を務めるのも、枢機卿になるための実績のひとつなのかもしれない。

 その昔、今の枢機卿も王宮勤めをしていたようなので間違いない。


 将来、レイナートとアデリッサは結婚する。おめでたいことだが、どうやら祝福なんてできそうにない。

 やはり、私は彼の傍にいないほうがいいのだろう。   

 

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