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初めての勝利

 ミーナとお風呂に入ったあと、兄に手紙を書く。

 なんとかやっていけそうだ、ということのみ伝える。あと、レイナートが元気だった件についても、追伸として綴っておいた。

 そろそろ眠ろうか、なんて話をしていたら、部屋の灯りが突然消えた。


「な、なんですの?」

「どうやら消灯時間のようです」


 灯りに使う魔石を節約する目的で、夜はわりと早い時間に灯りが強制的に消えるらしい。

 部屋にある魔石灯も、魔力が切れたら来月まで使えないようだ。

 それに関して、ミーナがぶつくさと文句を言う。


「大聖教会は聖水で儲けているはずなのに、ここまでしなくても……!」

「その分の予算を、支援活動に使っているかもしれませんし」

「あの枢機卿が、クリーンな政治をしているとは思えないのですが」


 ガタンと隣の部屋から物音が聞こえたので、慌ててミーナの口を塞ぐ。

 どうやら、レイナートがお風呂に入り始めたらしい。

 そういえばと思い出す。この時間帯は、彼が入浴時間に希望していたのだ。


「レイナートはわたくしに、明るい時間を譲ってくださったのかしら?」

「もともと、この時間に入っていたんじゃないですか?」

「そう、なのでしょうか?」


 壁が薄いのか、湯を浴びる音がこちらにまで聞こえてくる。

 レイナートが入浴する様子を想像してしまい、羞恥心に襲われた。

 今にも叫び出しそうになったが、ふと気づく。


「こんなに物音が聞こえてくるということは、わたくしたちが入っていたときの音も聞こえていた、ということですの?」

「お、おそらく」


 耐えきれなくなり、ブランケットを頭から被って声なき声で叫んだのだった。

 このようにして、一日が終わっていく。


 朝――けたたましい鐘の音で目覚める。

 大聖堂の大鐘がかき鳴らされているのだろう。傍で眠っていたミーナは「ううん」と苦しそうな唸り声をあげていた。

 外はまだ暗い。太陽も地平線から顔を覗かせていない時間帯である。

 これが大聖教会の朝なのだろう。

 何かフワフワで温かいものが傍にいると思ったら、スノー・ワイトだった。

 鐘の音なんて物ともせずに、すーすーと寝息を立てて眠っていた。

 鼻を押しても、目覚めない。なんとも羨ましいと思ってしまう。私は完全に目が覚めてしまった。

 私がもぞりと動くと、ミーナも起き上がる。


「おはよう、ミーナ」

「ヴィヴィア姫、おはようございます」


 私はもう姫ではないのだが、ミーナは変わらず姫と呼んでくれる。

 なんでも、彼女にとって私は永遠のお姫様らしい。何があろうが変わらないと訴えるので、好きに呼ばせている。


 スノー・ワイトにブランケットを被せ、寝台から降りる。石の床はひんやりしていて、ぶるりと震えてしまった。


 寒いと思ったら暖炉が消えていた。火でも点けようかと思ったが、薪がない。

 洗面所に水を取りに行っていたミーナが、教えてくれた。


「薪ですが、一日に使える本数が決まっているそうです。夜中に使い切ってしまいまして」

「そうでしたの」


 ミーナに寒い思いをさせてしまった。途端に、申し訳なくなる。


「もしかして、一緒に眠ってくれたのは、そのほうが暖かいから?」

「そうなんです」

「ミーナ、ありがとう」


 ミーナのための部屋も用意されているが、彼女は私の傍にいると言ってきかなかった。昨晩は私を守るためだと思っていたが、それだけではなかったようだ。


「まあ、この雄猫とふたりきりにさせるわけにもいかないと思ったのもあるのですが」

「雄猫って……」


 これから着替えるので、ミーナはブランケットでスノー・ワイトの全身を包み込んでいた。そこから彼女は一分で身なりを整え、朝食を取りに行くと言っていなくなる。


 顔を洗い、歯を磨いた。ここでシャッキリと目覚める。

 寝間着を脱ぎ、ミーナが用意していた紺色の地味なドレスをまとった。

 大聖教会の服装規定は〝紺色の服をまとう〟のみ。

 階級が上になると、白い服をまとう許可が下りるという。

 枢機卿の孫娘であるアデリッサは、白いドレスを身に着けていた。聖騎士以外で白をまとえるのは、ごく一部なのだろう。


 髪は軽く梳かし、三つ編みにして後頭部で纏めておく。

 侍女がいなくとも、一通り身なりを整えることができるのだ。


 ミーナが厨房から戻ってくる。手押し車には、ふたり分の朝食が用意されていた。

 朝はパンが一切れとチーズのみ。それから白湯である。

 感謝の祈りを捧げ、ありがたくいただいた。


 今日一日の活動について、ミーナと話し合おうとしていたところに、レイナートがやってくる。


「あら、おはよう、レイナート」

「おはようございます、王女殿下」


 どこか他人行儀な物言いに、少しだけカチンとくる。朝の挨拶くらい、もう少し親しみを込めて言ってくれてもいいのに。

 そんなことより、気になっていた件について指摘した。


「レイナート。わたくしはもう、王女殿下と呼ばなくても結構ですわ。昔のように、呼び捨てで構わなくってよ」

「なりません」

「どうしてですの?」


 わざとらしく小首を傾げ、レイナートに問いかける。

 理由が思い浮かばなかったのか、明後日の方角を向いているようだった。


 明らかに困った様子でいるレイナートを見ていると、なんだか楽しくなってくる。

 黙って聖騎士になった挙げ句、冷たい態度を取った罰だと思い、さらなる口撃を行った。


「でしたらわたくしも、あなたを呼び捨てにするわけにはいきませんわね。これからバルテン卿、とお呼びしましょうか?」

「それは、おかしな話でしょう?」

「あら、どうして?」

「あなたもバルテンの名を持つ者のひとりですし、そうなると、いろいろと、紛らわしくなりませんか?」


 レイナートは自分でもおかしなことを言っている自覚があったのだろう。声がだんだんと小さくなっていく。


「では、わたくしはレイナート〝様〟とお呼びしますね。わたくしも、同じようにヴィヴィアに様と付けて呼んでいただけるのであれば、お互い様ではありませんこと?」

「そのようなご提案は、ご勘弁いただきたい」


 レイナートは本気で困っているようだった。別に様付けくらい、なんてことないだろうに。

 私も落としどころを見失ってしまい、なんだか気まずくなってしまう。

 ここで、スノー・ワイトが起きてきた。ふさふさの尻尾を優雅に揺らしながら、『ごきげんよう』だなんて挨拶をしてくる。


『あなたたち、楽しそうな会話をしているじゃない』

「おかげさまで」


 お互いに様付けで呼ぼうと提案したのに、レイナートが了承しないという事の次第を説明した。


『どうしても様付けで呼ばれたくないのならば、お互い呼び捨てにするしかないじゃない』


 王女でないとしたら、敬う必要なんてない。

 スノー・ワイトから正論を突かれたレイナートは、さらに言葉を失っていた。


『ただのだだっ子よねえ。いい大人が、恥ずかしいわ』


 ここまで言われたら、レイナートも我を通すわけにはいかないと思ったのだろう。


「わかりました、〝ヴィヴィア〟。これで満足ですか?」


 悔しそうにしているレイナートを見て、初めて勝ったと思った。

 スノー・ワイトのおかげである。

 

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