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第1話 タツミ編

 ごく普通の部屋、六畳ほどの大きさだ。でもそこには一つを除いて何も無い。確かに家具などの何かが置かれていた形跡は残っているが、この部屋には鍵のついた小さな箱が1つあるだけだ。人が住んでいるにしてはこの部屋はあまりにも殺風景で空気が淀んでいて、何より今すぐにでも部屋から去りたいと思うほど寒かった…。



 200×年某月某日


「もう十分あんたらには協力しただろ?こっちは良くなるどころか酷くなる一方だ」

「あの現場にいた人で生存していたのはあなただけなんです。だからあなたにしか頼めないんです」

「そんなこと分かってるよ。でもこちらからしたらそんなこと知ったこっちゃないんだ。それで私はあとどれくらいなんだ大先生?」

「あなたには耐性がありました。でもそのせいで症状が緩やかに進行していくため、長く苦しむことになりました。そしてこれからも…」

「それはもう何回も聞いたし私が一番分かってることだ。私はあとどのくらいで死ぬんだって聞いてるんだよ」

「…半年程度かと思われます」

「そうですか、私はこれで失礼しますよ。そしてもう二度と会うことはないだろうな、それでは」

「そ、そんな待ってください!…まったく」


 私は乾辰巳(いぬいたつみ)

。家庭を持つごくごく普通の32歳の男だ。3年前のクソッタレな事件のせいで最も大切な家族を失うまでは…。カミさんや娘、師匠まで死んじまった。師匠ってのは言ってしまえば人生のだ。11のときに両親が死んでから私の面倒を見てくれた家族だ。

 そして私は、三途の川に腰まで浸かって渡ろうとしている状態だ。そのせいで仕事もクビになった。

 ここまででもう分かるだろ?生きる気力を完全に失ってしまった。あの医者が言う通りなら何もせずともあと半年で死んでしまうようだ。しかも苦しみながらな。この3年間ずっと頭痛、吐き気、腹痛が断続的に襲ってくるんだ。最近ではパラノイアの症状まで出てきた。これじゃあ半年よりも早くにストレスで禿げた上で死ぬかもな。


 とにかく今は病院を後にしてカミさんの両親の元へ向かっている。今日は家族の命日なんだ。


「私のことはいいから横になって安静にして」

「すみません…症状よりもあの時のことを考えてしまって辛いんです」

「何度も言ってるけどあの子が亡くなったのは決して辰巳さんのせいじゃないわ、だから絶対に自暴自棄になったりしないでちょうだいね」

「ええ、もちろん…分かってますお義母さん」


 心配してくれてありがとう。少しだけ気が楽になりましたよ。


 次の日の夜 自宅のマンションの屋上


「はあ、外の空気を吸うと少し楽になるな。もう21世紀は始まったっていうのに私の人生は終わろうとしている…こんなところ師匠に見られたらケツを叩かれるだろうな」


 そんなことを思っていると、突然視界が明るくなりむしろ眩しいくらいにまでになった。


「…」


 ふと下をを見ると私のちょうど足元の円から光っているようだった。


「…はっ、おっとと、ぼーっとしてたな」


 はっとなってその場から飛び退き、光っている場所を見るが、程なくしてその光は消えていった。


「何だかゲームで見る魔法陣みたいだったな、あのワープとかセーブするときの」


 それにしても何だったんだ?今のは。


「本格的に参っちまってるな、もう寝よう」


 このとき少し嫌な予感がしたが、体調がましなうちに寝てしまうことにした。


 次の日 友人の家に行く道中


「あいつにもついに子持ちか…私みたいにはならないといいな」


 私の数少ない友人、名前は青雲葵

きよくもあおい

、青にあおって…すごく青いよね。あいつとは中学のときからの付き合いでお互い助け合って…


 キキィィィィ ガンッ



 私はどうやら車に轢かれて吹っ飛んだようだ。


「おおぉ、痛ぇ…はぁ、今説明してる最中だったろうが」

「うう…」

「気をつけろよ、ちゃんと路面標示見ろよな」


 ほら、車のちょうど後ろにちゃんと『止まれ』って書いてある。運転席に座ってる男は頭から血を流してエアバッグにもたれかかってるけど自業自得だよな。

 私も全身が痛いけど病院に行くとあの医者に会うかもしれないから葵の家の近くのところに行くことにしよう。


 同日 駅のホーム


 それにしても昨日の嫌な予感は当たってたな、まさか車に轢かれるなんて。


「うっぷ…」


 電車が到着するアナウンスが聞こえ始めた時に突然吐き気に襲われた。耳鳴りがして周りの音が聞こえなくなる。電車が来るまでに収まってくれよ…。

 私がしゃがみ込んで落ち着こうとしていると、私の横を高校生くらいの女の子が黄色い線に向かって歩いていくのが見えた。

 私も電車に乗り込もうと立ち上がり、女の子の後ろに並ぼうと視線を移した時、その子は黄色の線を越えてさらにホームに落ちる寸前だった。


「危ない!」


 とっさに体が動いていた。女の子の肩を掴んで引き戻そうとした瞬間


 ファーーーン、グシャ


 さっき轢かれた時とは比べ物にならないくらいの痛みを感じた直後、自分の腕が千切れて宙を舞っているのが見えた。その瞬間私の意識はホワイトアウトした。



「こ…な…あ…い」

「…んん」

「ああどうしよう、失敗が続くなんてありえない」

「ここは…」

「起きたか、君に頼みたいことがあるんだ」

「は?」


 これは走馬灯じゃないのか?だって私は車に轢かれて電車に跳ねられて…あれ、腕がくっついてる。どうなってるんだ?私の前にいる人は誰だ?見た目は私より若く見える。何だか焦っていたみたいだが。


「あぁ、君の身体は戻しておいた。もう君に干渉出来なくなってしまったが聞いてくれ、君にやってもらいたいことがある」


 身体を戻した?確かに腕はくっついてるが身体は重いし頭痛は今も続いている。いっそあのまま死んでしまいたかったんだがな。


「悪いけどまずは説明してもらえないかな、今の状況を」

「分かった、私はケイオス。ここは世界の狭間だ。君に頼みがあってここに呼んだんだ」

「世界の狭間に空間の神か…なるほど、ついに私はイかれてしまったってことだな」

「違う現実だ、最近足元に魔法陣が出てこなかったか?」

「…ああ、あれか」

「あの魔法陣は"ジャンクション"に転移させるものなんだ、君を転移させようとしたけど失敗したみたいだけどね。ジャンクションっていうのは向こうの世界のことだよ」

「だろうな、避けたからな」

「避けただって!?どうしてそんなことをしたんだ」

「そりゃ避けるだろう、突然自分の足元が眩しく光りだしたらな。それにだ、百歩譲ってその転移っていうのが本当だとしよう。だがなんでその当人に何の断りもなく連れて行こうとしたんだ?やってることは立派な拉致だぞ?」

「それは…考えてなかった、とにかく事は急を要するんだ。だから君が死にかけだったのを直前の状態に戻しておいたんだ」


 この神を名乗る奴は人を何だと思ってるんだ。


「それが2回目の失敗か、干渉出来なくなったってことはもう私には何もできないってことだよな?」

「そうだよ、だからこうやって頼んでるんだ。自分の足で向こうに渡って欲しいから」

「今までの説明とあんたの言動を聞いて私が了承すると思うのか?」

「え…その…」


 目の前の男を見ていて一つ思ったことがある。


「なああんた、この仕事は今年で何年目だ?」

「えっと…3年前からだ…神格を引き継いだばかりで」

「3年目でこれかよ、研修を受けてこなかった新人みたいな感じだな」

「…」

「でも新人だろうが関係ない、はっきり言うけどお断りだ、私にとって何のメリットもないし、仮にあったとしてもそれは確実に些細なことだから結局お断りだな」

「でも何年か前から決められていて…」

「そもそも何で私なんだ?これ以上私を苦しめてどうするつもりなんだ?このまま無気力のまま過ごせってか?」


 体の不調と合わせてムカつく野郎だな、目の前にいる自称神が人の事情なんてお構いなしで自分のことしか頭に無いように見えて仕方がない。


「違う!だから君のために君の家族をジャンクションに移しておいた。かなり不安定だったけど何とかうまくいった」

「…おい待て、私の家族を…移しただと?」

「ちゃんと蘇生しておいたから向こうでも問題なく過ごせているはずだ」

「…」


 ここは感謝するところか?それとも何か企んでいるのか。蘇生したってどういうことだよ。みんなの葬式にも出たのに…。


「なあ、死ぬか死にかけの奴はあんたがここに連れてくるのか?」

「全員じゃない、選ばれた人だけだよ。君と君の家族は不運だと思うよ。だから利用させてもらったんだ」

「この…クソ野郎。命をなんだと思ってるんだ。二度目のチャンスを与えているつもりか?いいか、お前は神なんかじゃない、特殊な力が使えるただのクズだ。人のことを道具のようにしか思ってない。他にもお前みたいな奴がいるんだろ?みんなにそう伝えてやれよ」

「…」

「…もういい、私は長くない。向こうで家族が生きてるっていうのが本当なら、会いに行くだけだ」


 かなり感情が昂っていた私は元いた世界の景色と反対側の方向に歩き出す。


「ま、待って、せめて能力だけでも受け取ってくれ」

「…」


 私は神を名乗る者の言葉に耳を貸すことなくまた歩き出すと、今度は意識は途切れず視界だけが白く染まっていった。


 視界が晴れたと思ったら次の瞬間暑さが身を包んだ。周りを見渡しても何もなく、地面には砂が広がっているばかりだった。


「ここは…砂漠か?」


 私はさっきまでのあまりにもぶっ飛んだ出来事と、焼けるような暑さのせいで限界が来てしまったのかその場に倒れ込んでしまった。

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