98話 電灯
源風香は頭を下げて挨拶をすると、セリカと共に装甲車に乗り帰っていった。用事は終わったらしい。少し廃墟街を恐れてもいるのだろう。俺を見る視線が微妙な感じだったけど、なんだったんだろう。恐れてもいたが、それ以外の感情もあったみたいだが、好意的でないのは感じとれたよ。
天津ヶ原コーポレーション本社の地下室に移動して、真っ暗闇の中で大型懐中電灯片手に、せっせと取り付け作業を説明書片手にしている大木君を見ながら、防人は疑問に首を傾げていた。
「セリカは泰然自若としていて、いつも悪戯そうな小悪魔タイプだからにゃ。あんなふうにからかうことができる防人に驚いていたにゃん。畏怖ってやつだにゃ」
「ほ〜ん、なるほどね」
花梨の言葉に納得しながら、発電機の様子を見る。これ、素人が設置できるもんなん? 25式なんちゃらと発電機に表記されているが。
「説明書を見る限り、簡単に取り付けできるみたいですぜ、兄貴」
「てうだぅ?」
小首を傾げながら、幼女がぽてぽてと大木君のそばに向かおうとするので、ひょいと抱っこする。
「人間は感電死するから近寄らないように」
「俺も人間ですよ? 最近、人間扱いもされていない感じがするんですが!」
気のせいだろと、作業を眺める。もちろん作業を行なっているのは大木君だけではない。大勢で作業中だ。
かなりの苦労をして持ってきて設置中。取り付け工事もしてくれれば良かったのにセリカめ。
しばらく経つと、ようやく作業は終わり、汗だくになって大木君たちが座り込む。純たちがコップに水を入れて渡していた。うんうん、優しい子供たちだよ。
「それじゃ、スイッチを入れてみてくれ」
『キノコに寄生された人々が集まってくるので気をつけないとですね』
『キノコに寄生された人ってなに?』
発電機を稼働させると集まってくるんですと、よくわからないことを言う雫さんはいつもどおりです。
スイッチをつける前に、ケーブルがビル内で破断していないかは竜子が確認済だ。スイッチを入れた途端に過電流で火事になったりすると危険だからな。電灯も交換済みだぜ。
皆が遠巻きに発電機のボタンに手をかける大木君を眺めている。10年ぶりの電気の復旧だ。
「あの〜、なんで皆は俺から離れているんですかね? 俺、とっても嫌な予感しかしないんですが」
「感電しないように離れているんだよ。ほら、大木君は感電しないようにゴム手袋してるだろ?」
「トイレ掃除のやつぅ! これで感電を防げるとは思えないんですがっ?」
「ゴムは電気を通さないんだぜ? だからゴム手袋ならなんでも大丈夫なんだよ」
太鼓判を押してやると、疑わしそうな顔になる大木君。絶縁体は電気を通さないと俺は子供の頃学んだから大丈夫。
『ゴムが溶けて感電死する恐れがありますよ?』
『影虎にやらせるか』
仕方ないと、影虎に交代。猫パンチでボタンを押下させる。
「感動的なイベントなのに、気が抜ける感じにゃんこ」
「大木君に栄誉を与えたのになぁ」
「さぁ、感動的な瞬間ですぜ! わぁ〜!」
花梨と一緒に残念そうにするが、大木君は1人で盛り上がって早くも拍手していた。フライングだぞ。
「みゃん」
ボタンを影虎が押下する。ガションと音がして唸るように振動音が響いて、真っ暗だった地下室がチカチカと点滅したあとに、明るくなった。
「おぉ〜、これが電灯なんだ、華!」
「明るいね〜」
「夜ふかしできるよねぇ」
「あかりゅい〜」
子供たちが笑顔になり歓声をあげて、電灯を見てはしゃいでいた。大人たちも電灯の明かりに感動している。
「そうか、子供たちは電灯を知らねぇのか……」
腕組みをして、信玄が悲しそうな顔になるが、たしかにあの歳だと電灯って、知らなかったのか。外街には夜は滞在できないからなぁ。
「親父殿、俺も電灯を見たのは小さな頃ですよ」
「俺も廃墟街では初めて見ましたぜ」
勝頼と大木が眩しいように電灯を眺める。そうだよなぁ、俺も遠い昔だよ、電灯なんてな。
「ビル内の点検を開始するぞ〜、煙の出ているところ、壁が温かいところなどを見つけたら、竜子に検査をしてもらうこと。終わったら、一度発電機を停止。しばらく様子を見たあとに再稼働して、使用を開始するぞ」
「はい!」
「皆いくぞ〜」
「本多忠勝参る!」
パンパンと手を打って興奮気味の皆に指示を出す。久しぶりに電流が流れたのだ。竜子が検査をしたと言っても見逃しはあるだろうよ。
全員が頷いて、去っていく。それと発電機はバンバン軽油使うから、稼働時間も決めないとな。……やはり燃料がネックになるか。
俺もチェックをするかと、警備は影虎と影蛇に任せて歩き出す。稼働時間が決められていても、電気を使えるってのは良いもんだよなと、足どり軽く。
3日後、全ての点検を終えて、稼働検証は終わった。やはりいくつかの場所は問題があったが、致命的な部分はなく全体の稼働に問題はなかった。日本の建設技術は優秀だな、10年ぶりの稼働でも、そこまで問題はないとはね。
幹部全員で本社の会議室に集まり、現状を確認することにして、冬に備えた話し合いをする。
冬は厳しいからな。凍死者や餓死者は出したくない。全員で問題点を出すことにしたのだが
「肉も野菜も小麦も米も充分な備蓄だ。充分すぎるな、これは」
うぅむと信玄が資料に記載されている倉庫に積まれた食糧の備蓄数を見て、不思議そうに唸る。それを見て俺も苦笑しちまう。
「半年前までは、食うや食わずであったのに、これほどとは……コアストアの力もありますが、内街は廃墟街にも流せるほどに、こんなに潤沢な食糧を抱えているのですか?」
腕組みをして、難しそうな表情を勝頼は浮かべて、他の者たちも首を傾げる。俺も同意だ。どうなってんの?
「食べ物は日本各地からなんにゃね。内街も作物は育てているし余裕があるにゃん。ダンジョン利用ってやつにゃん」
大木君が配るコーヒーを飲みながら椅子を軋ませて猫娘が教えてくれるが、ダンジョン周辺は肥沃な大地となるから、それができるのか……。
「間引きは大変だけどにゃあ。あちし、ちっこかった頃は、ダンジョンの最前線で間引きの手伝いをさせられていたにゃ。……ふつーに死ぬかと思ったにゃんにゃん。内街でも下層階級は大変にゃんよ」
ウゲェと過去を思い出して、嫌そうな表情で花梨は言う。内街は内街で大変だと。
「外街に降りてくりゃ良いのに」
「この間の風香の重武装みたにゃね? 内街の外は人外魔境で、地獄のような環境と思われているニャンよ。特に廃墟街は悪いけど、常に人が死んでいる争いの絶えない場所だと思われているし」
両手をあげて、おどけるように花梨は言うが……。
「半年前までは否定できなかったな。そんな感じだったし」
「お、俺もボスがいなかったら死んでいたかも」
「そうだよねぇ〜。明日のご飯がないなんて、当たり前だったし」
「さきもりしゃんのおかげ〜」
子供たちが同意して、幼女が俺の膝の上によじよじと登ってお座りをしてくる。食い物がなくなれば人は争いを始めるんだ。たしか9回飯を抜くと人は争い始めるんだったかな。
『等価交換ストアのお陰ですね。ひいては防人さんのお陰です』
『ありがたやと、拝んでくれてもいいんだぜ? 雫さんや』
からかうように言ってくる雫に、僅かに口元を曲げながら答えてやる。現在は少なくとも廃墟街の救世主にはなれたかね。
「ですが、社長。現在、人口は4000人程度になりましたが、それゆえに問題は発生しています。竜子が大型アパートメントを建設していますが、冬前になんとか一棟完成するかしないか。あとは廃墟ビル内での暮らしとなります」
勝頼が苦々しい声で報告をしてくるが、それはなぁ……。
「それは仕方ないだろ。竜子の『城壁』でも、建築速度には限界があるからな」
『城壁』は知識スキルでもあり、任意の箇所を交換もできるスキルだ。交換できる大きさは自分の持てる重量まで。そして、それはブルドーザーやショベルカー、様々な工事用機械を操作していても適用される。数トン分のコンクリートをショベルカーを操作して触れると、光のブロックにゆっくりと充填される。それを魔法の水和剤で固めれば、一夜城もかくやという速度で建物は作られていくのだ。
「いえ、それほどでもないです。社長さんが色々と用意してくれたからです」
テレテレと照れる竜子だが、竜子がいるからこそ、建物は順調に建築されていっている。皆はありがたやと拝んでもいいぞ。
「まぁ、これは時間が解決するだろうよ。次は?」
「水と医者じゃな。飲料水は問題はないが、他がなぁ。特に田畑。用水路が欲しい」
信玄が困った顔で次の議題を持ち出してくるが、そうなんだよなぁ。ダンジョン産の野菜とかはそれほど水は必要ないが、それでも多少は必要だ。それに魔法の成長速度を無くした2世は、普通に水が必要だ。
建物に加えて、用水路か……。廃墟街に田畑はそこまで作れないから、橋向こうに作る必要があるだろうよ。
「今はまだコアストアからの野菜でなんとかなっているんだろ?」
「まぁなぁ。だが、米が食いたいし、他の野菜も育てたいだろ?」
「未だにそのレベルに至ってねーよ。内街から買いこもうぜ。あんまり先のことを考えても破綻するからな」
『街を造るゲームでもメトロポリスを作るつもりで、最初から離れた場所に発電所とか色々と作ると人が集まらなくて破綻しますもんね。最初は雑多な街にするしかありません』
雫さんのゲーム体験談の言うとおり。ということで、先送りにしておく。先送りばっかだけど。仕方ないのだ。天津ヶ原コーポレーションは零細企業なのです。
「それじゃ医者じゃな」
「医者か」
全員でコーヒーにドバドバ砂糖を入れている猫娘を見ると、その視線に気づいて花梨は嫌そうな表情になる。
「無理にゃ! 医者は高給取りにゃよ。エリート意識も高いにゃよ!」
「無医村にくる奇特な奴っていないの?」
「外街が限界にゃ! ぜーったいに無理にゃからね!」
ふしゃーと叫ぶ花梨の様子から無理そうだ。『治癒魔法』が使えれば、なんとかなるんだろうが、そんなスキル持ちは即座に攫われるに決まってる。ポーションもなぁ……。状態異常回復ポーションが出てこないんだよ。どうなってんの?
『状態異常回復ポーションは珍しかったですよ。ドラゴンやキマイラなどの強めの敵の素材を利用して、クラフト系のスキル保持者が作っていた覚えがありますので。『治癒魔法』スキル持ちを探した方が早いです』
『雫さんの強めって……普通に手に入れるのは不可能ってことか』
これも先送り……冬に備えて、先送りはしたくないな……。お医者さんいないかねぇ……。
「今のところ、一つも解決できそうなもんはないな。やれることは風邪を引いたら温かくして栄養のある物を食べましょうってな感じか」
「それが一番廃墟街では難しかったんだけど、今なら可能だろ。それしかないようじゃな」
苦笑を浮かべる信玄たちだが、こればかりはなぁ、なんともできないぜ。
会議をしても、問題点を洗い出しただけだったな。問題点ばかりだけど。
「とりあえずは、電気がついたことに祝杯をあげるか。明後日あたりに宴をしようぜ」
あぁ、現実は世知辛い。ゲームのように細かいことは自動で片付くなんてないからな。とりあえずは夜まで宴をして、電気が通ったお祝いをしますか。