97話 来客
綺麗になった天津ヶ原コーポレーション本社。その屋上にあるペントハウスもそこそこ綺麗になっている。後は新しいソファやテーブルが欲しいところだ。
居間にてソファに座り寛ぎながら、防人はワイングラスにワインを注がれていた。ルビー色の赤い液体がグラスに満ちて、美味そうだなと飲んでみる。口の中に渋みを少し感じさせる葡萄の味がアルコールの味とともに口内で広がる。
久しぶりのワインだが、結構美味しい。これ、もしかして高いのだろうか? それと、凍える視線を感じるのだが、雫さんはいつの間に魔眼を手に入れたんでしょうか。
『防人さん、そこの野良は放り出しませんか? 部屋で飼うと調子に乗るペットだと思うんです』
無表情な雫さんが、俺の隣に座る少女を見つめながら言ってくるが、ペットじゃない、人間だから。
俺の隣に座る少女。ワイン瓶を手に持ち、ニコニコと嬉しそうにしているのは、真っ白な肌に赤い瞳の美少女神代セリカだ。甲斐甲斐しくワインを先程から注いでくれる。
「今日はやけに可愛らしい服装なんだな、よく似合っていて可愛らしいぞセリカ」
少しゴスロリ風のフリルのついた白いドレス風のワンピース。美少女にしか許されない服装だ。平凡な顔つきの娘だと、痛い娘に少し見える可能性がある服をセリカは着こなしていた。美少女って、お得だぜ。
「そうかい、ありがとう。適当に買った服なんだけどね。似合っていると言われると嬉しいよ。5分ぐらいで決めた服なんだけどね」
とっても嬉しそうに顔を綻ばせるセリカ。可愛らしく笑顔に変えるので、見惚れるほどだが、そろそろ雫の視線が怖い。目から冷凍光線を発射できるようになるかもしれない。それとセリカ、適当に選んだとは強調しないことをお勧めする。アピールが重すぎるから。
雫さんの視線が怖いが、わかっているよ、セリカはそろそろアホなことを言うはずだ。
「最近寒いよね? 人肌で温めてもらえると嬉しいなぁ。防人が温めてくれないかな?」
流し目でしなだれかかってくるセリカ。予想通り調子に乗ったな、こいつ。
「わかった。ほらよ」
セリカをぎゅうと強く抱きしめてあげる。艷やかな髪を撫でてあげて、耳元に息を吹きかける。
「ほ、ほんぎゃー!」
突如として赤ん坊になったセリカは俺から離れて、アワアワとソファに躓き、ゴロゴロと転がり部屋の隅に移動して、ワイン瓶を持ちながら体育座りになった。
「しゃーしゃー! な、なんで恥ずかしげもなくできるわけ? そこは、何を言ってるんだよと照れるところじゃないかな? む、胸が当たったよ、ふしゃー」
子猫のように威嚇をしながら耳まで真っ赤にして、身体をくねらせて、瞳を潤ませ抗議をしてくるセリカ。
「なんだよ、お前がやれと言ったんだろ?」
「む、むぐぐ。きょ、強敵だ。今日のところはこれでお、おわり」
あたふたと床を這って、対面のソファに座るので、ふっと鼻で笑ってやる。小娘には刺激が強かったかな?
『ハードボイルドですね、防人さん。今日は後で『全機召喚』をしましょう』
『後でな、後で。とりあえずは今日はセリカはもうベタベタしてこないぜ』
『パンチとかキックとか魔法があったじゃないですか! セリカちゃん、なんて羨ましい。次は火炎槍で温めてあげてくださいね』
『死んじゃうだろ』
ジェラシーエンジェルさんに、内心でため息をつきながら対面へと視線を移す。
「で、改めまして初めまして。俺は天野防人だ、お嬢様」
肘をついて、ニヒルに口元を曲げると、ハードボイルドに挨拶をする。今のセリカとのやり取りに啞然と口を開いていた、対面に座る少女が、咳払いをすると気を取り直して頭を下げてきた。
挨拶代わりのワインを持ってきた少女だ。俺が飲むまで待っているなんて、随分と下手に出ているがなんでだろう。
「初めまして。私は源風香と言います。お会いできたこと、光栄に思います」
「そりゃどーも。内街のお偉いさんの訪問を受けるなんて、こちらこそ光栄の極みって感じだな」
サラリと流れるような金髪を持つ笹のように耳が長く、顔立ちが美術品のように美しい少女。エルフの少女の源風香へと防人はニヤリと笑うのであった。
本日、居間には防人、信玄、花梨、セリカ、風香と集まっていた。セリカへと話を振ったら一度集まろうということになったのだ。花梨はため息を吐いて、熟れたトマトのように真っ赤になっているセリカを見てからジト目で俺を見てくる。面倒くさいやり取りはしたくなかったんだよ、悪いな。
「儂は武田信玄じゃ。源家の者がなぜ廃墟街に来たのじゃ? 儂らは敵ではないかと思ったぞ?」
信玄の爺さんが厳しい責めるような目つきで、源風香を睨む。この娘は装甲車で訪問してきたんだよ。
「そうそう。俺は花梨にセリカがこの水晶が作れるか聞きたかっただけなんだが」
魔法の水和剤である小粒な水晶を取り出して、テーブルに放り投げる。
「はい。お聞きしております。その際に防人さんのお宅に訪問すると聞いて、勝手ながら私も挨拶をできればとついてきた次第です」
きりっとした涼やかな目つきで答えてくる源風香に、ふ〜んと俺はソファに凭れて顎を擦る。この娘は何をしに来たんだろうか。廃墟街に来るほどの用事なんて、いや俺に会いに来る必要があるのか? 疑問に思う防人であったが、セリカが赤らめた頬をぺしぺしと叩いて、気を取り直すと足を組み不敵な笑みへと変える。
真面目なモードになったらしい。俺も真面目な表情となり目を細める。
「魔法の水和剤。これは水場のダンジョンでしか手に入らない。と、いうことは防人は遂に水場のダンジョンを攻略したんだよね? 答えは言わなくても良いよ。橋を渡ることもできているようだし」
橋を安全に渡れることは、周辺の水場のダンジョンを攻略できたことを示している。しかも2つはクリアしていると、簡単に推測できる。まさかクリスタルの身体を持つ蛇が橋を守っているとは思わないだろうが。
「水場のダンジョンクリア後に手に入ってな。なんだろうと使ってみたら、なかなか面白いことになってな。便利グッズなんで、量産できないかセリカに尋ねたわけだ」
肩をすくめて、花梨をさり気なく注意する。宝箱から手に入れたとか迂闊なことは口にしない。子猫は真偽がわかるから気をつけないと。
「そうだとは思ったよ。水場のダンジョンなら意外と手に入るんだけど、攻略は困難だし、魔物は水場から離れないから、わざわざ倒す意味もなくて、なかなか手に入らないんだよ」
水晶を摘んで、フフンと笑みを作り説明をしてくる。ぽんと手のひらに乗せて転がすと、得意気な表情になる。
「使い勝手は良いから、クラフトスキル持ちは欲しがるけど……使い勝手が良すぎるからこそ、ほとんど手元にはこない」
「なら、高いのか?」
想定以上に高いのか? それなら販売したいが。チェーン店ではなくて、俺の独占販売にしたい。
「1個千円ぐらいかなぁ。実際便利だけど、他の物を代替する品だから無くても良い物だし。箱いっぱいだと1000個は入っていたはずだから、100万円?」
「あまり高くはないんだな……残念だ」
そううまくはいかないか。でも水和剤の代わりのアイテムなんてあるのか? コンクリートの再結晶化などをするんだぞ? 本当かぁ? 騙されている気がするが……まぁ、良いだろう。
「さっきこのビルに訪れる際に見たけど、コンクリートを再結晶化させているんだよね? あれば使うけど、使わなくても良いだろ? 建て直すことにしても良いしね。建設業者が困らないように。コンクリートの再結晶化だけだと、やはり他の箇所の老朽化は直っていないし」
パチリと小悪魔のようにウィンクしてくるセリカに納得する。利権も絡むと。嫌だねぇ、現実は世知辛い。そりゃそうか。排水管やら鉄筋やら。やはり修復スキルが欲しいところだ。
「で、この水晶の作り方は簡単なんだ。サハギンエンペラーの牙を使う。高レベルの『錬金術』スキルを使い、それと蒸留水を掛け合わせれば作れる。ほら、簡単だろ? サハギンエンペラーの牙一つで10個は作れるんだ。サハギンエンペラーは100個近い牙を持っていただろ?」
「全然簡単には思えないが、作り方は理解した。で、セリカは作れるのか?」
「もちろんさ。で、5、5で良いよね?」
「7、3だな。そうしないと苦労に見あわねぇよ」
フンスと息を吐くセリカに、手をひらひらと振ってみせる。技術力込みでもそれぐらいだと思うぜ。サハギンエンペラーって、普通なら倒すの厳しいはずだからな。
仕方ないかぁと、あっさりと引くセリカ。ニヤニヤと悪巧みをしていそうな笑顔だ。油断できない娘だ。本命はこの話ではないんだろ。苦笑をすると、予想は当たり源風香が身を乗り出して、興奮気味に口を開く。
「やはりCランクを攻略できるんですね! それはお一人で?」
「どうだったかな。いちいち散歩をするのに、同行者がいるかなんて覚えてないぜ」
横目で花梨を見ると、うにゃにゃと歯噛みしていた。真実を言っているだろ?
「そうですか……よろしかったら、源家と独占契約を結びませんか? 通常販売する2倍の値段で買い取りましょう」
直球で契約内容を口にしてくるが、なんで焦っているんだろうな。さっぱり俺にはわからない。
『悪党ですね、防人さん』
『なぜ小娘を源家が寄越したのか、その意味もわからないしな』
雫がクスクスと笑うが、年若い小娘が契約に来るなんて、未だに俺を見くびっているということだ。俺としては嬉しい限りだが、本当にそうなのかわからない。判断材料が少なすぎる。俺なら少なくとも、廃墟街に潜り込ませておく。子猫とは違う人を。
「悪いが、独占契約は結ばないことにしているんだ、なぁ、信玄?」
「そうじゃな。独占契約だと、後々にいいように使われる可能性もあるしの」
同意する信玄を見てから、源風香に視線を戻すと厳しい目つきをしていた。焦りすぎだ。焦った姿を見せると足元を見られちゃうぜ。
「では、ポーションなどを手に入れたら、まず私たちに教えてくれませんか? ご満足をしていただける金額をご提示できるはずです」
「俺にポーションが回ってきた時は考えよう。それなりの物がもらえるならば」
狡猾そうに微笑む俺に、源風香は考え込む素振りを見せるが、ちらりとセリカへと視線を向けるのを見逃さなかった。セリカめ、なにかいらん情報を教えているな。
「どうでしょう。大型発電機を私共は用意できます。軽油も同じく。手付けとして2台お渡しします」
硬い口調の源風香だが……そこをついてきたか。発電機は喉から手が出るほど欲しい。だが、ダボハゼのように餌には食いつかないぜ。
「もう少し交易も大きくしたいよな、仲良しの証に」
冬に備えて、毛布なども多めに欲しい。鞣し革? 只今魔法幼女が頑張って作っているよ。欲しい物はいくらでもあるんだ。
「……穴山大尉にお願いしておきます」
どれぐらいの量とは明言してくれない。そこはさすがに鍛えられているか。
「良いだろう。考えておく」
「お仲間の方に、今度お茶をしたいともお伝えください」
にこやかに笑みを浮かべて握手を交わすが、源風香はどうやら謎の少女レイにご執心な模様。
「美味しいお菓子でもあれば喜ぶかもな」
そうして、さらに天津ヶ原コーポレーションは大きな取引を可能にできた。話も纏まったし、さて、発電機を設置しにいきますかね。セリカが持ってきたんだよ。
遂に文明の明かりが戻ってくる。苦労したぜ。