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96話 結晶

 珍しく防人は童心に帰ったかのようにはしゃいでいた。見た目はクールにゆっくりと歩いているが楽しんでいた。ワクワクしながら本社へと戻っていた。


 天津ヶ原コーポレーション本社。築30年を超えるそろそろ老朽化が心配な建物。建物の検査も行なっていないし、ヒビが入っていても、大丈夫だろうと信じるのみ。窓ガラスは曇り、崩れている壁もあり、住むには不安を覚えてしまう。


 だが、廃墟街ではマシな建物なのだ。20階建てのオフィスビル。ペントハウスも建てられており、住むとしたらここだよなと、防人は長い間住んではいたが、老朽化はずっと気になっていたのだ。


 その中をソワソワしながら歩く。受付ロビーでおばちゃんたちが屯して、お喋りをしている。まだ小さい歳の子供たちが鬼ごっこをして走り回っていた。結構騒がしいが、数カ月前とは違う平和を感じさせる世界がそこにはあった。


「今日は良い天気よね。とうもろこしが乾いて良かったわ」

「ねぇ、とうもろこしパンできました? トルティーヤじゃなくて」

「バターや牛乳がねぇ、なかなか手に入らないけど。本を手に入れて砂糖も手に入るようになったからできたわよ」

「今度、皆で共同でバターや卵、牛乳を買って作りましょうよ」


 挽臼でゴリゴリととうもろこしを粉に変えながら、おばちゃんたちは話している。よく石臼なんて手に入ったなとその様子を見ながら、周りを見渡す。


 綺麗に掃除はされているが、壁はヒビが入り薄汚れている。いくら掃除をしても限界があるのだ。しかし、この水和剤があれば変わるかもしれない。


『防人さん、両手を合わせて、紫電を発しながら……そういえばあれは決め台詞ありませんでした』


『とりあえず、いつもの雫さんなのはわかるよ』


 錬金術の決め台詞ってなかったですと首をひねる美少女をスルーして、黒ずくめのおっさんは壁に手をつける。おばちゃんや子供たちがなにを始めるのかと注視してくるが、手をひらひらと振って、なんでもないようにみせる。


 そっと水晶を壁につけると吸い込まれていき、壁の色が真新しくなっていった。そしてヒビが消えていき新築同様の壁へと変わっていく。


「凄いな、これ。こんな性能良いのかよ。再結晶化している最中も壁が柔らかくなってはいないみたいだし」


 今更だが、乾く前に変化したらビルが倒壊していたな……やばかった。


「しゅごいな、こぇ〜」


 いつの間にか隣に立っていた幼女が、ホワァとお口を開けて感心しながら、俺の服の裾を引っ張りながら見ていた。みゃんとその隣で影虎が鳴いている。この娘専用の乗り物じゃないんだが。


「あたちもやりゅ〜」


 俺のポケットに笑顔で手を突っ込み、魔法の水和剤を取り出そうとする幼女。ゲッ、この娘は俺の手品を見抜いているぞ。仕方ないかぁ、アンラッキーだったな。


「バレたか。これは宝箱から手に入れたんだ、ナイショだぞ?」


「シ〜だれぇ〜。ないしょ〜」


 人差し指を口につけてふたりでナイショと笑い合うが、周りも注視しているので、だめだこりゃ。宝箱いっぱいに入っていたと誤魔化しておこう。それで駄目なら……なんか適当なスキルないか?


『魔法の水和剤なら『錬金術』だと思いますが……私もよくわかりません。セリカちゃんならわかると思いますがお薦めしませんね。水和剤は作るのが極めて面倒くさいと昔、錬金術を持っていた人は言っていました』

 

 幽体の雫がフヨフヨと浮きながら、しかめっ面となる。セリカに聞くのはなしだなぁ。スキルだと偽ってはいけない理由があるのか? 宝箱説……しばらくそれでいくか。


『たしかにおかしくないかもしれませんよ。稀に宝箱に同じ形の水晶が入っていたことを思い出しました。出現したのは……水場ダンジョンですね。当時は気にせずに後方に送っていたから、特になにか意味があるとは思いませんでしたけど。そういえば、これが水和剤だったんですね』


 思い出しましたと、ちっぽけな水晶を見て、ウンウンと頷く雫。


『雫さんはもう少しクラフト系統を気にした方が良いと思うが、なるほどそれなら、宝箱のアイテムを検証していたと言い張れば良いか』


『いきなりコンクリートに使った違和感は拭えませんが、そこはいくらでも誤魔化せるかと』


『だな。情報なんかいくらでも手に入れることができる。スキルで誤魔化すよりはマシということか』


 『凝固』スキルで誤魔化すと、嘘だとバレて水和剤を作れるスキル持ちであると思われると。それなら良いが……万が一コアストアまで思考を進められるとまずいと。自由にアイテムを手に入れることができると思われたくないからな。幸運だったぜ。


 幼女を見ながら、その頭をグリグリと撫でてあげると、キャァと幼女は大喜びで笑顔になり、頭を押し付けてくる。ついでにアステカ雫アタックとかなんとか言って、雫さんも頭を押し付けてくる。後でな、後で。


「ほら、少しやるから壁に押しつけて見るんだな。ひび割れとかが直るぞ?」


 築30年でも、ビルにひび割れができるのはおかしい。が、ダンジョンが発生してから、人の住まない建物って、本当に短時間で朽ちていくから、その影響だろうよ。


「あいっ! まほーつかいになりゅ〜」


 小さな手のひらに、ザラッと水和剤の水晶をたくさん乗せる。玩具代わりにはしてほしくないが、なるようになるだろ。


 満面の笑みで、んせんせと影虎に幼女は乗ると、シタタタとどこかに行った。楽しそうでよろしい。


 さて、俺も本社を修復するかね。鉄筋がどうなるか不安だが、まぁ、大丈夫だろう。


「お、社長さん、何やってるの?」

「もう少しお塩と砂糖は安くならない?」

「混ぜ物は禁じないか?」


 ビル内を歩くと、様々な人々が挨拶をしてくるので、適当に手を振って答える。


「ビルの修復。塩と砂糖は安くならない。混ぜ物を禁じると、食いもんが高くなるぞ、お前はエールを毎日飲みたくないのか?」


 まだまだアパートメントは完成していないので、オフィスルームを人々は家としている。部屋の前には表札が貼られて、ドアの向こうからは、話し声が聞こえてくる。明るい声、怒鳴り合う声、子供たちのはしゃぐ声。様々な声は人々の暮らしが良くなっていることを示している。


 廊下には洗濯物が万国旗のようにはためいて、少し歩きにくい。定期的に貯水タンクを洗って、水を満タンにしているが、ここはシャワールームとかないんだよな。あるのはペントハウスだけだ。なので外にテントを張って、風呂を用意している。う〜ん、これもなんとかしないとなぁ。薪の量も馬鹿にならない。セリカが発電機を持ってくれば電気はなんとかなるんだけど。


 コンクリート壁に水和剤を押しつけて、どんどん直していく。これ、少し楽しい。みるみるうちに直っていくから、気持ちいい。魔法って本当に物理法則無視しているよ。最初に絶滅した種族は物理学者で間違いないだろうぜ。


 本社ビルを回って、全ての壁や床を直す。外壁は影蛇に水晶を咥えさせて、壁を直していった。そうしてしばらくして……。外で本社ビルの外観を見て、俺は満足していた。


ピカピカの壁。壁は塗り直さないと駄目だが、それでもだいぶマシになった。ここが天津ヶ原コーポレーション本社ですと、胸を張れるレベルだ。


「おぉ〜、綺麗になりましたね」

「俺たちの家がこんなに立派に」

「へへ、このビルに住んで良かった」

「私をからかいましたね、社長さん!」


 さすがにどんどん修復されていくビルに気づいて、社員たちも集まってきていた。華麗なビルになって、ワイワイと嬉しそうに顔を見合わせて話している。すまん竜子、さっきまではスキルでいこうと思ってたんだよ。


 これでしばらくは持つだろうか? とりあえずは劇的ビフォーアフターというところかな?


 うんうんと満足げに本社を眺める。感慨深いぜ、なにしろここを拠点にして、何年だ? 我ながらよくこんなところに住んでたよなぁ。


『私と防人さんの愛の巣ですね。ふふっ』


 頬に手をあてて、照れながら雫さんが笑う。


『照れるようなことを言うなよな』


 肩をすくめて答えると、頬を膨らませてポカポカ殴るフリをしてくるが幽体なので痛くないぜ。おっさんに若いやつのようなリアクションを期待しないでくれよ。


 住人たちが喜び、俺もビルを眺めていると


「さきもりしゃ〜ん。まほーつかいできたぁ」


 てってけ影虎に乗った幼女が腕に花束を抱えて、ビルから出てきた。ん? なんだろう? 幼女の後ろでは落ちまいと影虎にしがみついている華の姿もある。


「こりぇ〜。ピカピカになったの!」


 エヘヘと、可愛らしい微笑みで俺に告げてくる幼女。


 幼女が抱えている花束を見ると、春の花だった。華はゼーゼーと息を切らして青褪めているので、影虎に乗るのは大変そうだ。小柄な幼女しか無理なのか。


 受け取って花束をよく見てみると……何これ? 水晶みたいに変わっているぞ? それに少し肌寒かったのが、暖かくなっているぞ?


「こ、これ、この娘が春の花束に水晶を押し付けたら、融合して鉱石みたいになったんです。それで周囲が暖かくなったので、調べてみたら、半径15メートル内を25℃に変化させていました! どこまで変化できるか試したら、プラスは不明ですが、マイナスは10℃までの室温を25℃に変化させたんです!」


 体調が良くなったのか、気を取り直して興奮気味に報告してくる華だが、それは素晴らしい! と、するとだ。真冬は無理だが、この状態にすればある程度の寒さまではカバーできると。部屋の中ならば、使えるな。


「やったな! 使い道が判明したじゃないか! これなら春の花を量産もできるし、ビニールハウスとかで使えるかもな。冬の花は冷凍庫として使えるし!」


 少し氷を入れた冷凍庫に冬の花を入れれば使えるかも。結晶化、予想外の使用方法が判明したぜ。これで花を無駄にせずにすむ。


「よし、お前らには後でチョコレートをプレゼントしよう。よくやったぞ。ラッキーだったな」


「エヘヘ〜。あたち、がんばったぁ〜」


 テレテレと頬を押さえて照れながら、体をくねくねさせる可愛らしい幼女。う〜む、特許権を与えた方が良いかも。とりあえずはお菓子をたくさんあげようかな。


 それにしても……騙された。これ植物じゃなかったのか。鉱石だったんだな、そりゃ繁殖不可だわ。枯れたのは劣化したということになるのか?


『見かけに騙されましたね。高速で結晶化する鉱石だったんですね。鍾乳石みたいに』


『だな。なるほどなぁ、見かけに騙されるなってことか』


 雫の言葉に同意する。こりゃわからねーよ、トラップだ。


「それでですね、あの水晶はどうやって手に入れたんですか? あれが大量に欲しいのですが?」


「セリカを呼ぶか……」


 華の言葉に現実を思い知る。あいつ、魔法の水和剤を作れるかなぁ?

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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱり幼女は強いですな! [気になる点] ペントハウスのある本社ビル、某ホットケーキ基地みたいに空飛びそうですな。 [一言] 非常にゆっくり成長を続けるローマンコンクリートにこの結晶使っ…
[良い点] あたちは幼女である。名前はまだない(; ・`д・´) [気になる点] 読ませて頂きありがとうございます! [一言] 幸福を喚ぶ幼女が幸せでありますよーに!
[良い点] 失敗のまま読者も流していた出来事が後々の意外な展開で成功 構成と発想に感嘆しました
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