95話 商品
天津ヶ原コーポレーション本社最上階のペントハウス、そのリビングルームにて、ソファに座っている天野防人は目を細めて顎を擦る。
「とりあえずはうまくいったかね?」
平家のコノハという少女との取引を思い返しながら呟く。『影拠点転移』を使用して、平コノハと取引を雫を通じて行ったが、予想以上にうまくいって驚いていた。一番驚いたのは、俺の言葉をタイムラグなしに話せる雫さんだったけど。通訳になったら雫さんは引っ張りだこ間違いなしだぜ。
レベル4にて手に入れた『影拠点転移』4つまで目的地を設定して影から影へとテレポートできる便利な魔法だ。味方は雫と使い魔、ミケと蛟だけしかテレポートできないが。
1つは我が家。1つはコノハ。残りは未設定だ。セリカに設定しようと思ったけど、あいつは見抜きそうな予感がするんだよな。
『くくく、このレイにすべてを任せよ! ちなみに厨二病の女の子と恋をする男の子の話を見たあとに、奇跡の男の子の話を見てしまったので黒歴史の騎士団ですねと、大笑いしちゃいました。あれは失敗しました。見る順番を完全に間違えました』
そのマスクとマントはいつ用意していたんですか、剣はどこですか? とか思ってしまい笑い転げちゃいましたと、雫さんはニマニマ口元を緩めている。
「それ同一人物なん?」
機嫌良さそうに幽体の雫さんは声は同じ人だったんですと答えて、鼻歌をフフーンと歌いながら、空中をイルカのように泳ぐ。そんな姿は愛らしいが、苦笑も浮かべてしまう。今回の謀略は雫的に大好物だった模様。
「雫が行なったことだが、うまくやれば金になり、そして伝手にもなる。成功確率は2割といったところだと思っていたが、意外とうまくいきそうだな」
平コノハの影に忍び込ませている影猫を通して、防人は平家の話し合いを盗み聞きした。お風呂とかを覗かないように、雫さんがまず確認するといった点検入りです。俺も気まずいから、ちょうど良い。
『どうやらポーションが効いたようですね。怪しくても取引することに決めたようですし』
使いどころに迷っていたスキル3レベル50%アップポーション。かなり希少だったらしい。やばいところだった。花梨に渡さなくて良かったよ。
「だな。メリットデメリットを天秤にかけて、実利をとったか。権力者ってのは違うね」
怪しげな仮面の少女と取引をするとはなかなかやるね。これで、平家と伝手はできたか?
「とりあえずは、天津ヶ原コーポレーションは源家に寄りすぎだ。黒幕がいるはずの天津ヶ原コーポレーションがおかしいだろ。疑問に思われちまう」
『センセーショナルなデビュー戦の仮面の少女レイ! 源家は私が蛟を倒した者だとすぐに気づくでしょう。仲の悪い平家の者だと知って、手を引きませんか?』
ビシッとポーズをとって、ますますご機嫌な雫さんの言葉に頷く。
「一枚岩ではないのかもと考えるかもな。利益があり敵対する様子を見せないことから、平家から乗り換えるつもりなのかもしれないと」
平家と同じくメリットデメリットを考えるはず。情報を集めようと躍起にはなるかもな。
まぁ、複雑怪奇なる縁は、平家にも源家にも解けまい。実際の戦闘部隊は、おっさんと少女、ペットに猫と蛇であるからして。毛玉のように絡み合う糸が実は1本だとは思うまい。もっと毛玉を大きくしたいところだけどな。
「だいたい想定と変わるんだけどな。現実は世知辛い」
『相手も裏をかこうとしてきますからね。ふふふ、このチェス、最短記録を出そうじゃないか』
「俺、チェスのルール知らないんだ。基本の動き方は知ってるけどそれだけ」
チェスではないが、予想通りの動きを相手がしてくれるとは限らないからなぁ。でも、これから希少アイテムの販売先となるだろう。とりあえずは。
それに相手からコアやアイテムも買い取りたい。眠っている使っていないアイテムは絶対にあるはず。だけどコアは怪しまれるか………。
ポーションの価格。その相場はコノハに代金をふっかけた時に確認しておいた。3レベルアップ10%アップでも5000万円。味方の強化も大事だが、ここで数億円ほどは稼いでおきたい。なにしろ金はいくらあっても困ることはない。
そして闇市場や廃墟街の金の流れは掴みにくいから、その中に手に入れた金を混ぜて使っても気づかれにくいだろう。気づかれても、やはり裏では繋がっているのかと勘繰られるだけだ。
「建物を建てるのって、凄い金かかるよな」
大金が必要な理由。それは建物だ。大型アパートメントを建築する費用……見誤ってたぜ。億の文字は見たくなかったです。
竜子は大丈夫でしょうかと、もじもじしながら見積もりをしてくれたが、うん、全然大丈夫じゃないです。昔の政治家が公共事業を推し進めるのもわかる、これほど儲かる仕事はないだろう。
これでも自前で機械やら資材を用意しているから、格安だそうな。ふーんと、目が虚ろになって信玄たちに心配されちゃったじゃんね。こちとら、月の純利益2000万円に届くかというところだ。資金が軽くショートします。破綻確実、倒産まっしぐらってやつだ。アパートメントはあと5棟は建てたいんだけど。
なので、腹黒いセリカには売りたくない物を売ろうと思ったわけだ。平家なら源家と仲が悪いからちょうど良い。お互いに情報共有はすまい。内街で情報を集めておいて良かったよ。ゴシップ週刊誌って、素晴らしいよな。ゴシップ週刊誌を販売できる余裕が内街にあると知ったのも驚きだったけど。まぁ、テレビとかもやっていたからなぁ。モールのTVを少し見入ってたよ。
「金がドバドバ巡って、インフレが激しくならなけりゃ良いけど」
建設工事で外街の連中みたいに、安く皆を雇いたくない。なので、人件費もかかるのだが……。
『コアで稼ぐより、建設工事や野菜売りの方が儲かってきましたよね』
雫が苦笑しながら言ってくるが、そのとおりなのだ。田畑は広がり、作物は豊作。建物を建てるために人は必要で、さて、安いコアの採取に行く人は? となっている。
「ぬぐぐ……。どうして魔物の素材は使用方法がないわけ? まぁ、だからこそ国は破綻したわけだが。これだと本末転倒だぜ。……仕方ない、報酬にDコアを入れるかぁ。今なら影虎も楽々ゴブリンナイトたちに勝てるし。でもなぁ寄生だよな、それって」
ダンジョンと共存する世界。冒険者じみたものを作れればと思うが現状は無理そうだ。
最低賃金を上げねばなるまいよ。せめて、他の仕事と同程度には。
『景気が良くなったら、こんなことになるんですね。困ったものです』
フヨフヨと浮く雫さんに苦笑で返すしかない。本当に困ったもんだ。
「………いや、その分、仕事の時間を増やそう。Dコアが報酬になるのは、まるまる一日拘束されることにしようぜ。それならば、まだなんとかなるだろ」
あちらが立てば、こちらが立たず。困ったもんだ。最低でもDランクを討伐できる戦士がいりゃあなぁ。その問題は後で考えるか。日給3000円を超えるなら、皆は討伐に力を入れてくれるだろう。
「さて、それでは壊れた消波ブロックを直しに行きますか」
気を取り直して、最近判明した困っていることに対して、行動を移すことにする。実はというと、コンクリートが壊れ始めたのだ。
『乾かすだけじゃ、コンクリートってできないんですね、初めて知りました』
クラフト系統は知らない雫さん。俺も知らんかったんだけどね。
「俺も知らんかった………水を抜いて乾かせばコンクリートになるんじゃないのな。このアイテムはなんだろうなぁと思ってたんだよ」
何故かボロボロと壊れ始めたので不思議に思い、内街の本屋で調べたのだ。なんと驚き、コンクリートって乾くんじゃなくて、化学反応で結晶化するのな。
等価交換ストアを呼び出して、あるアイテムを選択する。
『Eコア10:魔法の水和剤。10時間で最適な状態で結晶、熟成などを促進させる錬金術に欠かせないアイテム。生物には効き目はない』
性能値変更を選んでアイテム一覧を見ていたら、こんなもんがあったのだ。説明文が以前はなかったからわからんかったけど、今ならわかる。
「やべーよ、消波ブロックが端から砕けてきているとか報告があがってたんだよな。なんでだろうと思ってたんだが。それに革もまずい。腐っちゃうんじゃね?」
魔法の水和剤はチェーン店化はさせない。あまり良いアイテムとは言えないからな。俺自身は大量に使うけど。
ガシャンと音がして、小指ほどの大きさの水晶が等価交換ストアから出てくる。かなり大量に出してポケットに詰め込んでおく。手品師防人の力の見せどころだ。
さて、修復しに行きますかと、俺はため息をつきつつ、出かける準備を始めるのであった。
階下に降りて、足早に消波ブロックまで歩く。ずらりと並んでいるが、早くもヒビが入っていた。良かったよ、建物を建てる前で。本当に良かったよ。
竜子たちが難しい表情で消波ブロックを眺めている。歩いてくる俺に気づいて挨拶をしてくる。
「こんにちは、社長さん。え、と、これうまくいかなかったみたいなんですけど………」
気まずそうに言ってくるが、俺が魔法でサクサクと作れると請け負ったから、竜子のせいではない。今回も魔法の道具であるんだけどな。
「すぐに直す。『凝固』スキル発動!」
マナを放出させて、エフェクトを作りつつ、コソッと水晶を押し付けると、吸い込まれるように消えていった。おぉ、ファンタジーな光景だぜ。
「『凝固』スキルを手に入れたんですか!」
飛び上がって驚く竜子と周りの人々。うん、スキルは自己申告制だからな。『凝固』スキルを持っていることにしておく。
「建物や革などだな。凝固でき……おおっ!」
話している間にヒビが消えていくのに、目を見張る。マジか? な、なんでだ?
「そうか! 最適な状態で結晶化するから……周りの劣化したコンクリートなどももう一度結晶化させるんだな!」
「え? 社長さんは自分のスキルをわかっていなかったんですか?」
不思議そうに首を傾げて俺を見てくる竜子。
「あぁ、初めて使ったからな。へー、こんな風になるのか。……へー」
これってひび割れ全部直せるよな? 予想以上に使えるアイテムだ、これ。
「ちょっと一回りしてヒビの入った本社ビルとか直してくるわ。それじゃ、また後でな!」
綺麗な建物になるかもな。鉄骨とかは対応できないが、それでも遥かにマシになるだろう。
口元を曲げて、俺は魔法の水和剤を持って駆け出す。これは拾い物かもしれないぜ。
いい歳をしたおっさんだけど、ワクワクしちまうよ。これぞファンタジーアイテムってやつだよな。