94話 平家
西洋風の屋敷は日本にあってはかなり浮いている。内街でありながら広大な敷地を持つ平家だからこそ持てるこの屋敷は、まるで18世紀の西洋の貴族が住むような贅を尽くした建物だ。
源家が純和風を愛するのとは反対に、平家は西洋風のスタイルを愛する。仲が悪いと、内外に知らしめているも同然である。
そのような屋敷の中でメイドの先導のもと、食堂へと平コノハは向かっていた。昨日のドラグーンとの戦いで、バタバタしていたが、ようやく落ち着いた。
通路の窓から見える屋敷の外は既に真っ暗で、平家に相応しい広々とした庭が目に入る。庭の外灯が仄かに光り、綺麗に整えられた花壇を照らす。
僅かに緊張気味に歩きながら、メイドへと視線を向けて、尋ねる。
「怪我の具合はどうですの?」
「大丈夫です、お嬢様。お嬢様こそ大丈夫ですか?」
自分を守ったメイドは、あれから目を覚まして平然とまた仕えてくれる。その忠誠心に感謝を持ちながらも、メイドの言葉の意味に眉を顰める。
「わかっていますわ。問題はたくさんありますけど……。とりあえずは私の思い通りになることを祈りましょう。私が権力を持つために」
ポケットに入れてある小瓶を握りしめて、強い意思を示すように頷くのであった。
「驚きの承認欲求ですね、お嬢様。貴女の部下と称する者が本当に部下なら良いのですが」
「ナイショですことよ? わたくしが密かに部下を育てていたことは」
口元に人差し指をつけて、わたくしは幼気な表情で、シ〜と、ナイショですわよとジェスチャーをして、ますますメイドを呆れさせて、凍えるような視線を受ける。
「……本当にそれが通用するとは考えていないでしょう? まったく」
「まぁ、お母様たちもそれは理解しているでしょう」
フンと息を吐いて、表情を真剣に変える。そんなことはわかっている。莫迦ではないのだ、平家のみそっかすでも、それなりに社交界や一門の中で鍛えられているのだから。
素直は愚直と同義語ではない。頭が悪いという意味でもない。現在の状況ぐらい理解できる。
まさかわたくしが子飼いの部下を、しかも凄腕の部下を持っているとは家族たちは欠片も思ってはいまい。そんな伝手も金もない。
だからこそ、チャンスなのだ。ドーンと頭角を現そうと、食堂に辿り着き、メイドがドアを開けると中に入るのであった。
金色のシャンデリアが天井に吊るされて、部屋を煌々と照らしている。
高級な調度品がセンスよく配置されて、中心には純白のテーブルクロスが敷かれた8人ほどが無理なく使えるだろう食事用のテーブルが置いてある。さすがに会話するのも大変な、貴族が使っていたような長テーブルは使っていない。それでも、テーブルは大きいサイズだが。
上座には母親が座っており、横には向かい合って長男の清お兄様と、長女のフレアが座っている。3人共に金髪碧眼だ。細目のお兄様は狐にも見えてしまう。寡黙であまり話さない。
フレア姉様は波打つような髪型で、高慢さを隠しきれない目つきをしている。
そして上座に座るお母様。政子お母様はストレートのロング。艷やかな金髪を腰まで伸ばして、穏やかそうなその目は優しげで、初めて会った人は見た目どおりの性格だと勘違いするに違いない。日本への帰化人だ。
内街を支配する御三家の1つ、平家の女帝であるとの肩書を知らない者であるならば。父が亡くなって以来、当主の座を維持して辣腕を奮っている。
「遅くなりましたかしら?」
「いえ、それほど待っていないわ」
お母様に会釈をして椅子に座って、テーブルに並べられたカトラリーに気づく。たくさんのフォークやナイフが置いてあるのだ。
「えっと、今日はコース料理なのですか?」
普段は大皿にドカンと料理が盛られて、それを取り分けるスタイルだ。コース料理? そんな面倒くさい食べ方を日常の食事で毎回する人はいない。いたとしても我が家はしない。
お客を迎えた時や特別な時だけだ。今日は特別なのだろうか? 特別な日なのだろう。そこまで鈍くはない。
家族全員が揃うことは珍しい。だいたいは母親がいない。多忙な母親は一緒に食べることは少ない。学生である清お兄様と食事をすることがほとんどだ。20歳となるフレアお姉様は一緒に仕事をしているので、やはりほとんどいない。
今回、全員が揃うことは珍しい。それだけ特別なことであったのだろう。
「そうよ。せっかく全員が揃ったのですから。それに貴女の行なった功績をお祝いしようと思ってね」
もう歳は40歳を超えるだろうに、年若い姿だ。まだ30代前半と言われてもおかしくない。美貌に金を惜しまないお母様はニコリと癒やされるような笑みでパンと手を打つ。
「ありがとうございます、お母様」
口元を僅かに引きつらせながら、照れるように俯く。その様子を見て、軽く頷くとお母様は壁際に立つ召使いたちへと視線を向ける。その合図に従って食事が始まるのであった。
僅かにナイフとフォークの音がする中で、ニコニコと笑みをお母様は浮かべながら、わたくしを見てくる。
「ドラグーンたちを殲滅するなんて凄いわ、コノハちゃん」
「そうですわね、コノハがドラグーンを退治できるなんて思わなかったわ」
「そうですね。僕は妹が誇らしいですよ」
お母様の言葉に、フレアお姉様と清お兄様が追随して褒め称えてくれるので、素直にその称賛を受け取りニコリと微笑みを返す。
「ドラグーンは竜種の中でも危険な魔物よ。なにしろ数が多いし、その攻撃は厄介ですからね。竜の吐息は甚大な被害を与えるの」
「あの、ダンジョンはどうなったのでしょうか?」
「ダンジョン破壊用の掘削式爆弾で軍が破壊したわ。中に入るなどと、馬鹿なことはできませんからね」
「それは良かったです」
気になっていたことが聞けて安堵する。あの化け物がまた現れたら大変だ。今思い出しても震えが身体に奔る。
「で、その危険な魔物を君たちは撃破したんだよね? えぇと、道化の騎士団だったかな? 仮面を付けた少女を指揮して退治したとか?」
わかっているくせに、疑問の表情で清お兄様が聞いてくるので、堂々とした態度で応じる。
「はい、そうです。わたくしが密かに育てた部下ですわ」
「素晴らしいわ、コノハ。でも、その部下って本当に信用できるの? 私が引き受けてもいいのよ?」
称賛の表情を浮かべながら聞いてくるフレアお姉様だが、その口元はニヤニヤと笑みを浮かべている。まぁ、わたくしが育てたなどとは、まったく信じてはいないのは明らかだ。
私が手に入れた自称部下を、さっぱり信用できない部下の相手をしてくれると言うのだろうが、そうはいかない。お姉様に凄腕の部下をとられるわけにはいかない。
「わたくしの育てた騎士団なので、お任せを。きっとうまくいかせると誓います」
胸に手を当てて、目に決意を宿す。これはチャンスなのだ。降って湧いたチャンス。メリットは大きい。今のところ、デメリットはわからないが。
「ドラグーンを倒せるほどの騎士団。手元に何人いるのかわからないけど大丈夫なの、コノハちゃん?」
「大丈夫ですわ。少しだけ部屋が穴だらけになりましたが」
昨夜遅くに、どうやって来たかわからないが、気づかないうちに部屋を訪れた仮面の少女は、暴れまわった。暴れまわるというか、仕掛けられていたカメラや盗聴器を全て破壊してくれた。ついでに、部屋の隅に待機していたメイドをひと睨みで追い出した。忠誠心の厚いメイドはにこやかに頭を下げると、あっという間に立ち去った。忠誠心が高すぎて泣けてくる。
「ふふ、相手はかなりの凄腕。まさか全てのカメラや盗聴器を破壊してくれるとは思わなかったわ。修復費用は貴女のお小遣いから引いておくわね、コノハちゃん」
しれっとお母様が自身の実子を監視していたことを、悪びれることもなく暴露する。その表情はにこやかで悪意が全くないように見える。チッとフレアお姉様が舌打ちするので、仕掛けてきた相手は一人ではない様子。
「そこは抗議を口にしたいところですが、わかりました。わたくしを監視するのはやめてもらいたいです。またお小遣いを減らされたら困りますわ」
「そうね。スキルでの監視も破られたし、やめておくわ。優秀な部下のようね。でも、それだけの部下なら、私も挨拶をしておきたいわ。お給料を払うのも難しいでしょう?」
「……それなのですが、お母様。私の騎士団は取引をしたいと。これらの対価を支払えば良いと言っております」
息を吐いて、ポケットからガラス瓶を取り出す。紅い液体がガラス瓶の中で揺れる。
ガラス瓶をお母様たちは見つめて、眉を顰める。脇に待機していた執事がガラス瓶を受け取り、お母様に手渡す。
ガラス瓶に描かれた小さな紋章を見て、お母様は考え込むがすぐにその正体に気づき、ハッと顔を険しくする。
「これはまさかスキルレベルアップポーション? まさか3レベル?! しかも50%アップね! 私もほとんど見たことがないわ!」
「それは本当ですの、お母様? だって……そのポーションはそれこそレア中のレアでは?」
「そうですね、そのポーションはミサイルや爆撃で破壊するレベルのダンジョンで手に入るアイテム。辛うじてそのレベルでも倒しやすい魔物が湧く場合のみ、攻略を許可されるダンジョンで稀にドロップする物ですよね?」
驚きを示すお母様と、信じられないと戸惑うお姉様。細目を僅かに開き、お兄様がこのポーションの出処を口にする。
「わたくしの部下が手に入れた物を献上してくれたのです。その代わりに取引相手は、コホン、対面するのはわたくしだけ、部下の正体やポーションなどの出処を探らないという契約内容で。………本物でしょうか? そう説明されましたが」
夜中に現れた仮面の少女。昼に出逢った時の、アホっぽい姿は欠片もなく、その身体にひんやりとした冷気を感じさせる程の雰囲気を醸し出し、暗殺者だと言われても不思議に思えない少女。無感情にも思える声音で、なんでもない風に貴重なるポーションを手渡してきて、その効果を告げてきた。
その効果を聞いた時は、驚愕のあまり取り落とそうとしたほどだ。
「本物かどうかは、私の部下で試せば良いけど……そう、これを手に入れることのできる実力者なのね。……良いわ、ちゃんと騎士団を経営するのよ? その騎士団が足利や源家に行くのは困るしね」
「他の2家の仕掛けてきている謀略では、お母様?」
落ち着いたフレア姉様が料理を口にしながら尋ねる。が、かぶりを振るお母様。
「その可能性は低いわね。そんな強力な部下を平家に寄越す? 殺される可能性もあるのに?」
「優秀すぎるために、追いやられた……にしては歳が若すぎますね」
お母様の言葉に、お兄様が顎に手を当てて難しい表情となる。何者か想像つかないのだろう。
「詮索はやめておきましょう? 少し様子を見て、ね」
小首を傾げてニコリと少女のように微笑むお母様の様子に、どうやら自分が交渉役に認められたと胸を撫でおろす。
フレアお姉様が難しい表情をして、わたくしを見てくる。心配半分、わたくしが力を持つことの不満が半分といったところか。お兄様は黙して何を考えているのかわからない。
「とりあえずは、お母様。お金を用意していただけますか? これからもポーションや希少品を売りたいとのことなので」
大金が必要だ。きっと数億円は用意しておかなければならないわ。
「えぇ、わかったわ。フフ、楽しくなってきたわね」
了承をして、デザートを口にしてお母様はわたくしたちを見渡す。
「ところでしめに焼きおにぎりを食べない?」
そうですねと、皆も同意して焼きおにぎりを頼む。やはりコース料理は小腹が空く。見かけとは違い、私たちは生粋の日本人なのだった。




