92話 仮面
外では未だに戦闘音が響き渡り、銃声が鳴り、ドラグーンの咆哮が聞こえてくる。雫は隠れている人気がなくなったビルの中にて目の前の少女へと、楽しそうに微笑んでいた。
「訳がわかりませんわ! あ、貴女は魔法使いですの? でも、ドラグーンという魔物でしたっけ? あれには敵いませんわ。さっき同級生の魔法使いが倒しましたけど、すぐに他のドラグーンに狙い撃たれていましたわ!」
コノハという少女が金切り声をあげて、こちらを睨むがそよ風のように受け流す。
魔法使いではなくて、魔法少女なのですがと内心でがっかりしながらも笑顔は崩さない。それは想定済みだ。
「ドラグーンは名前の通り竜騎兵。兵士なんですよ。そのため、脅威と感じた者には、連携して襲いかかります。あの少年もダンジョンの中なら同時に5体程度としか接敵しないはずなので、勝てたでしょうが、外だったのが不幸でした。周りにドラグーンたちがいましたからね」
正直に言うと、ダンジョンでは常に警戒して移動するドラグーンに不意打ちは効かないだろうから、勝てないとは思う。だが、先程と同じ状況でダンジョンでならというシチュエーションを想定すれば勝てるだろう。5発ぐらい食らわすことができれば。
最初に燃やしたドラグーン。焦げたのは表面だけで、死んではいなかった。そのことは知ってはいるけど、あえて言わない。
「連携して襲いかかるのであれば、ますます勝てないでしょうに」
「いえ、兵士さんの活躍により100体はいたはずのドラグーンはもはや30体程度まで減らされています。倒すのは可能でしょう。で、平さんのお名前と学年はなんでしたっけ?」
「平コノハ、2年生ですわっ! それよりもふざけていないで逃げましょう」
「そうしたいのは山々ですが、既に道化師はヘイトを稼いでいます。残りの兵士を殺したら、きっと追いかけてきますよ、平先輩。なので、助かるためには私と契約をしなくてはなりません」
ふふっと悪戯そうに微笑み、外の銃声がやみつつあるのを感じとる。これでゴネたら見捨てて帰るつもりである。もはやCランクは倒しても旨味がない。ドラグーンはレアでもないし。
「あ、貴女と契約? なにが目的ですの?」
「そうですね、契約金としてあなたの持つ小剣2本をください。それで契約内容は私の持ち込むアイテムなどを買い取ってくれること。私のことを隠して、手に入れたアイテムの入手先は言わないこと。あ、犯罪に関わったアイテムとかではないので安心してくださいね」
小首を傾けて、ふわりと笑みで告げる。さて、どう答えるでしょうか。
『雫、上手く行くとは到底思えないぞ? 子供だしな』
『私もその意見に賛成です。ですが、せっかく『影拠点転移』を覚えましたし、駄目で元々です。足がつかないように、セリカちゃんが作った武器以外も欲しかったんです。なので、最低この娘が持つ小剣2本を手に入れればオーケーかと』
防人さんの言うとおりだ。この娘と取引できる可能性は低い。上手く立ち回ってくれる可能性は極めて低いし、そんなにお金を持っているとも思えない。彼女の持つミスリルの小剣が手に入れば、別に良い。なんの変哲もない付加効果のない小剣なので、攻撃力は低いが、ミスリル金属はマナや闘気を通しやすい。癖がなく使いやすいのだ。
『鬼畜だなぁ〜。彼女の持つ小剣目的かよ』
『取引を求めているといったスタイルで本来の目的を悟らせない。防人さんのよく使う手ですよね』
たしかになと、幽体の防人さんがにやりと悪そうに笑うので、そんな防人さんの笑顔も好きですと内心で思っていたら、コノハは考え抜いたのか、小剣を差し出してきた。
「信用できませんが……貴女の仰るとおり、逃げられないとしたら、これしか方法はない。任せますわ!」
いやいや、他にいくらでも逃げる方法はありますよと、内心は呆れながらシチュエーションに流されたのかなと、不敵に笑いながら小剣2本を受け取る。
「よろしい。このレイに任せよ! 今後、貴女はネギトロの騎士団の団長だ! レイの起こす奇跡を見せよう。コスプレ衣装は持っていないので、ヘルメットもマントも持っていませんが!」
「れ、レイ? 貴女の名前ですの? ネギトロの騎士団?」
「騎士団の名前は変更可能ですよ。ああああの騎士団にしますか?」
「ゲームですかっ! うぐぐ、そ、それなら」
フハハと胸を張り、上半分が隠れる銀の仮面を付ける。そうして、口元をにやりと曲げて腰を落とす。
「時間切れです。それでは道化の騎士団で。もう決定されましたので変更不可能です」
「道化の騎士団……ぬぬぬ。逆にアリかもしれませんわね」
団員1名の騎士団の創立である。零細も良いところだと、可笑しく思いながら目の奥に獣のような凶暴さを感じさせる光を宿す。
「参ります。『全能力向上』」
闘気にて、自らの能力を大幅にあげると、得意の技を使用する。
『加速脚』
トンと床を蹴り、残像を残しながらビルの中から躍り出る。既に兵士たちはほとんど殺られており、数人がビルの陰に隠れて戦闘を継続していた。軍用車両のエンジン音が聞こえないので、援軍が来るのはもう少し後になりそうだ。
ドラグーンたちはこちらに気づいて、身構えて警戒をしてくるが、その数は5匹。他は兵士たちとの戦闘を継続している。
「自動小銃持ちの方が脅威度が高いと判断していますね。助かります」
薄く笑うと、ドラグーンの懐に一気に入り、腕を伸ばして小剣に闘気を籠める。ミスリル製の小剣は闘気を吸収でもするかのように通していき、その切れ味を本来の倍以上へと変えてゆく。
『闘気剣』
剣に紅いオーラの輝きが宿る。接敵した瞬間に、凶暴な鋭さを持つ爪が振り下ろされてくるが、加速脚にて高速で移動する雫はその腕を横合いからトンと踏み台にすると、ドラグーンの首を撫でるように小剣を滑り込ませて、さらにトントンと足場にして通り過ぎる。
あっさりと首を斬られたドラグーンが倒れる中で、その切れ味を見た他のドラグーンが動揺も見せずに襲いかかってくる。
『加速脚』
雫と同様に加速して、爪での高速の振り下ろしをしてくるが、身体に触れる寸前に、柳のように揺れて躱すと地を蹴り、三角跳びのようにドラグーンの腕を蹴り登り、その首元を切り裂いていく。
1匹、2匹、3匹、4匹と、敵を踏み台にひらりと蝶のように舞いながら、首を撫で切りに、頭を唐竹割りに容赦を見せずに。
トンと地に足をつけると、他のドラグーンへと視線を向ける。既に敵はこちらが仲間をあっさりと倒したことを感知しており、兵士を無視して集まってきていた。
「動揺を見せずに、その連携は感心します。竜種は弱点がないので、戦うと楽しいです」
にやりと獰猛そうに笑い、前傾姿勢となり加速する。
『加速脚』
飛び出すように走り出す。後ろに残った残像が火球により吹き飛ばされ、アスファルト舗装が砕けて欠片が舞うが、平然と雫はジグザグにと動き、的を絞らせることなく接敵する。
既に敵の残りは集まっており、包囲にて押し潰そうとしてきていた。
『竜爪』
剣のように闘気で伸ばした爪の斬撃。それぞれのドラグーンが僅かに時間差をつけて、ある者は振り下ろし、ある者は横薙ぎにと、回避不可能と思える攻撃をしてくるが、その全てを雫は見切っていた。
「私のステータスは全て、貴方たちを上回っています。掠ることもできませんよ」
2本の小剣を水平に伸ばして、身体を捻りながら振るう。
『円陣剣双』
無数の銀線がドラグーンたちを走り抜け、されどドラグーンの攻撃は残像を切り裂くのみ。敵を切り裂く刃と化した雫にドラグーンたちも闘技を使う。
『加速脚』
ドラグーンは銀線を回避して、残像を残しながら、雫へと攻撃をする。お互いが交差して、残像で空間は埋まり、どこで戦いが行われているか他者にはわからないほどだが、その均衡はドラグーンたちが切り裂かれていくことで崩れ始めた。
「貴方たちの『加速脚』は何回使えますか? 何秒持ちますか? 2秒? それとも3秒? 私の『加速脚』は11秒保ちますよ」
加速脚の効果が切れた敵から雫は倒していっていた。効果時間の長さが違うのだ。同じ闘技にて対抗してきても、相手にはならない。
ふふっと不敵に笑い腕を交差させて、雫は闘気を双剣に流し込む。
「これでおしまいです。貴方たちは全員、私の攻撃範囲に入りましたので」
『嵐陣剣』
交差していた腕がかき消えたと思わせる速度で、雫はレベル4の闘技を使った。レベル4からは範囲攻撃が使えるのだ。円陣剣のように回避が比較的可能ななんちゃって範囲攻撃ではない。
無数の銀線が空間を埋め尽くすと、突風を巻き起こして敵を吹き飛ばす。その身体を細かく切り裂き、肉片と化して。
闘気の剣身が空間を嵐のように切り裂いたのだ。雫を倒さんと包囲したことが仇となり、ドラグーンたちは全員肉片へと変わっていったのであった。
ヌラリと濡れた小剣をピッと振って血を落とし、雫はふぅと息を吐く。
そうして、ビルの陰から、唖然とした表情で見ているコノハへと視線を向けると叫ぶ。
「団長! 道化の騎士団の初陣は成功と思いますが、どうでしょうか?」
「あ、へ? わ、わたくし? あ、ええと……良いんじゃないかしら?」
「さすがは奇跡を呼ぶ道化の騎士団の団長、平コノハ様! その指揮能力お見事です!」
生き残った兵士たちはコノハを見つめる。コノハはワタワタと手を振って動揺していた。
指揮カンケーねーだろと、皆は仮面の少女の圧倒的な戦闘力に呆れたが、平家の私兵なのだなとは理解した。兵士たちを全滅させるほどの敵をたった一人であっさりと倒す凄腕を配下としているとはと、コノハを畏怖の表情で見ていた。
もちろん少女の方にはそれ以上の畏怖を持っていたが、コノハに視線を向けていたらいつの間にかいなくなっていた。恐ろしく素早い少女だ。
「た、平様、バンザーイ?」
「ありがとうございます、平様?」
「助かりました。平様?」
疑問符はつくが、とりあえず団長の指示の下にあの少女は戦ったのだろうと感謝の言葉を紡ぐ兵士たち。
「へ? あ、そ、そうね。ありがとうございます?」
なぜかコノハも戸惑いながら、口元を引きつらせて手を振って返す。ドラグーンのスタンピードはこうして終わったのである。
『子供っぽい名乗りと、仮面姿。外見も少女であり、先輩と呼び、迂闊そうなどことなく抜けていそうな娘』
『タイミング良く、平コノハのピンチに現れたことからも内街に住む、そして学園に通う少女だと人々は思っただろうな。劇場型事件には要注意、だぜ。その真の目的を考えなきゃな』
からかうように防人さんが眼前の光景を見ながら口にする。
ビルの陰から雫は歓声の上がる光景を冷ややかに見ていた。先程のどことなく抜けていそうな少女はどこにもいない。
『天津ヶ原コーポレーションはさてさて、どこの紐付きか。平家? 源家? それとも足利家か? 精々疑心暗鬼となり、牽制をし合ってくれると良い。学園に住まうゴーストを探しながらな』
幽体の防人も狡猾なる光を瞳に宿して、にやりと口を曲げる。雫がアホっぽく内街でデビューをしたことから、もしかして天津ヶ原コーポレーションとは無関係ではとこの間のエルフ娘は思うかもしれない。その情報を得ているだろう周りの人間も。
無駄に時間を使えば良い。少なくとも天津ヶ原コーポレーションから多少は目を逸らすことができるはず。
もう一つ劇薬を投じて混乱させておくかと、防人はニヒルに腕を組み、雫もふふっと微笑む。
そうして、ビルの陰の中に消えてゆくのであった。