91話 道化師
リムジンが轟音と共に激しい振動を受けて横転した。シートベルトをしている真面目なコノハはまだマシであったが、メイドは窓に頭をぶつけて身体を車体に叩きつけられて、痛いですとうめき声をあげていた。
『硬化肌』
メイドは闘技を使って耐え抜いたらしい。コノハの護衛でもある彼女は強い。守護系統のスキルを持ってもいる。
「なんですの、いったい?」
車はひっくり返るが、壊れてはいない。魔法合金製のリムジンは頑丈だ。対戦車砲でも耐えうる車体だ。ただし耐えられても、その衝撃を受け止めることができるかと言えば、できない。
強力な攻撃を受けたのだ。慌ててシートベルトを外すと、その横でメイドが素早くスカートの中から手のひらサイズの小型の盾を2つ取り出して、腕に取り付けていた。その真剣な表情は、先程とは違う。危険が迫っていると感じているのだ。
ドアを開けて、外へと這い出し、周りを確認すると息を呑む光景が広がっていた。
人々が走って逃げている。
「キャー!」
「魔物よ!」
「ダンジョンだ!」
大勢の人間が必死に走っている。その横をバレーボール大の火球が高速で飛んでいった。火球は停車している車に命中すると砲弾が命中したかのように爆発した。
粉々に吹き飛ぶ車の傍らにいた人もその爆発に巻き込まれて倒れる。その他にもいくつもの火球が飛んでいく。街が炎に巻かれて、大変なことになっていた。
「お嬢様、ダンジョンが発生したようです! 魔物が徘徊していますね」
道路の先、火球が飛来してきた場所には3メートルほどの背丈を持つ2本足の怪物が5体も立っていた。身体は筋肉質で腕も脚も丸太のように膨れ上がっている。その瞳は爬虫類のもので、突き出している口は鰐のようだ。口内には鋭い牙が生えており、噛まれたらひとたまりもなさそうだ。
胴体は竜のような鱗があり、その輝きは宝石のような深い青色だった。手にはナイフのような切れ味の爪が備わっており、踏み込むごとにズシンズシンと体重の重さを示す足音をたてていた。
『竜の吐息』
その鰐のような口を開けて、火球が生み出されて飛んでいくと、また一つ家屋が爆発して燃え上がる。
「魔物を退治しませんと!」
コノハもメイドに続いて、腰に下げている2本の小剣を引き抜き構える。『道化師』のレベルは3。ステータスも高く、そこらへんの魔物など相手ではない。
魔物にたち向かおうとするコノハだが、
「『道化師』は後ろに下がってろ!」
コノハよりも先に前に出てきた男がいた。見ると先端に宝石のついている杖を構えている男子だ。こちらを蔑みの眼差しで見ながら罵ってきた。
ちらりと見ると護衛と共にいる。先程おちゃらけていたクラスメイトだ。どうやらコノハたちと同じように、車で帰宅中に巻き込まれたらしい。その彼は戦意を高揚させて、集中していく。
マナを練り上げていくと、宝石の先端が輝き始める。
『火炎嵐』
炎の嵐がワニもどきを覆い、その高熱の炎で焼いていく。その様子を見て、得意げな表情でコノハを見てくる。
「見たか! こいつらを倒したのは俺だ! 役立たずの平のお嬢様じゃない。一門の名を知らしめて、俺は英雄となる!」
叫ぶ男子に呆れてしまうが、たしかに今の魔法は凄かった。自分では無理だろうと歯噛みするが、そこに火球が再び飛来してきた。
「なに!」
「坊ちゃん、下がって!」
護衛が男子の前に立ち、火球を阻もうと組み立て式の盾を突き出す。カチャカチャと音をたてて、六角形の盾が護衛の前に作られて防ぐ。
炎が命中して盾が爆発するが、護衛は僅かに下がるだけで耐えきった。
だがそこへ新たに4発の火球が飛来して、連続で爆発するとあっさり盾は砕けて、後ろの男子ごと吹き飛んでいった。道をバウンドして、護衛諸共倒れる。ピクピクと震えているので、ステータスの高さが功を奏して死ななかったらしい。
火球の飛来してきた場所を見ると、今倒したワニもどきとは別の敵が身構えていた。道が破壊されて道路が膨れ上がり、ダンジョンの洞窟が姿を現していた。その奥から数十匹のワニもどきが這い出してきている。
「ダンジョンが発生しました。付近にいる住民は至急退避してください。最寄りのシェルターに入り、安全が確保されるまでお待ちください」
自動放送が響き渡り、混乱の悲鳴があちこちから聞こえてくる。各所からあの魔物が発生したのだ。レストランから爆炎が吹き出て、家屋が爆発で崩れ落ち、ビルの窓ガラスが砕けて、破片が落ちてくる。
ドスドスと足音荒くワニもどきはこちらへと走り始めてくる。
「あっという間にやられてほしくはなかったですわ!」
まだまだ人は避難しきれていない。戦える者が時間稼ぎをしなくてはならない。
その時。魔物が現れて、恐怖のあまり身体が固まって動けないのだろう、クレープ屋の前で少女がクレープをのんびりと齧っているのが目に入った。現実がわかっていないのかもしれない。気弱そうな小柄でタレ目の少女だ。
「早く逃げなさいっ! 『道化師』」
短剣を構えて、『道化師』を発動させる。自らの姿が変わりサーカスの道化師のような姿に変わる。真っ白な白粉を顔にベッタリと付けて涙の模様が描かれている。
大嫌いなスキルだ。
「おぉ、『道化師』スキルとは珍しいですね。軽業が得意でトリッキーな攻撃が多い。惜しむらくは火力が低いので、遊撃士にしかならないところですか。なにしろ装備が短剣程度しか持てない」
クレープをもしゃもしゃ食べながら平然とした声音で言ってくる少女に驚いてしまうが、すぐに立ち直る。
『道化の幻』
幾人にも分身が現れて、敵の前に立ちはだかる。すぐに魔物は分身を切りつけてかき消す。
『道化のボール』
その手にボールをいくつも生み出して、魔物へと投擲すると、命中して爆発する。
「Cランクの魔物ドラグーンですね。竜種タイプで、ステータス以上に強い。なにしろ群れで連携をとるくせに、鱗は硬く膂力は強い。竜の吐息は迫撃砲並で、闘技も使います。幸運なところはリーダーがいないところです。その分、強いのですが」
「よく知ってますこと!」
『道化のナイフ投げ』
傷一つなく爆煙の中から現れたドラグーンという魔物。3体がコノハに腕を振り上げて迫ってくるので、短剣を投擲すると、道化師のスキルの力で何本ものナイフに変わりドラグーンに命中する。
だが非力な道化師のナイフはカチンカチンと金属音をたてて弾かれる。そのまま肉薄してきて爪を振り下ろしてくるので、後ろへと下がるがすぐに爪を引き戻し連撃を加えてくる。そこにメイドが盾を構えて、間に入って守ってくれる。
『万能盾』
メイドのスキル。盾を始点として、あらゆる形の盾を作り出す。その盾の強度は元にした盾と同等のものだ。コノハを守るために、彼女は強力な魔法盾とステータスを持っているのだ。
タワーシールドへと変化した盾はドラグーンの攻撃を見事に受け止めてみせる。だがドラグーンたちはメイドを囲むように攻撃を仕掛けてきて、苦悶の表情になったメイドは徐々に押し負けていく。
「下がれっ、下がれ!」
だが、周囲にもドラグーンが展開された時に、ようやく兵士たちの声が聞こえてきた。6輪の軽装甲車が何台も到着すると、ハッチを開いてバラバラと自動小銃を構えた兵士たちが格納庫から躍り出てくる。
装甲車は5台、兵士は50人近くが自動小銃の引き金を引く。
すぐに近くのドラグーンたちへと兵士たちは銃撃を始めて、その胴体に傷をつける。
「AP弾に切り替えろ。機銃掃射開始!」
兵士の隊長が指示を出し、弾丸を切り替えて兵士は再び射撃を開始し、装甲車の機銃はドラグーンたちを撃ち抜く。倒れていくドラグーンたち。倒されていく同胞を見て、ドラグーンたちの目つきがその瞬間険しく変わる。
「ギャオ」
鳴き声をあげると、蹴りを入れてタワーシールドに叩きつけてメイドを押しのけると、そのまま身体を兵士へと向ける。
『竜の吐息』
ドラグーンたちは一斉に口を開くと兵士たちに向けて、装甲車の機銃席を狙い撃つ。火球が一斉に兵士たちへと向かい爆発し、迫撃砲を受けたかのように、人形のように吹き飛ぶ。
「ぐあっ」
「ガハッ」
「ぐうっ」
うめき声をあげて吹き飛ぶ兵士たち。機銃席の兵士も火球による攻撃で炎上する。
「撃てっ! 撃て撃て!」
残った兵士は怯まずに射撃を続けて、再びドラグーンたちを打ち倒していく。
『硬化肌』
『加速脚』
残ったドラグーンたちは、闘技を使用してAP弾を弾き返すと、残像を残して兵士たちへと向かう。その加速により、銃弾はドラグーンたちをなかなか捉えることができず、命中しても強化された竜鱗に微かな傷を与えるだけで、致命傷を与えることはできない。兵士たちは懸命に戦うが、ついには接近を許し、その鋭い爪で切り裂かれていく。
「ランチャーを」
隊長の一人がインカム越しに指示を出して、装甲車のランチャーを使おうとするが、加速しているドラグーンたちは滑るように装甲車に近づく。
そのまま装甲車の横を通り過ぎて、開いたハッチに火球をドラグーンは撃ちこみ爆発させる。
装甲車は火球を受けて、ぐらりと揺れて煙を中から噴き出し、動きを止めてしまう。
「あいつら、信じられないぐらい強いですわ!」
コノハは兵士たちがあっという間に駆逐されていくのを驚きの表情で見つめる。
「ホバーで攻撃してくる兵士たちみたいですね。トリントンでは、その数世代先がやられてました」
「お嬢様っ! ここは逃げましょう!」
わけのわからないことを言う少女は無視して、コノハはメイドの言葉に頷く。あれは戦車か戦闘機でないと倒せない。スキル持ちでも最高レベルではないと倒せないに違いない。
「貴女っ! 逃げますわよ、ついてきなさい!」
「わかりました。一緒についていきます」
もうこの場に一般人はいない。生き残っている兵士たちが散発的に攻撃をして、ドラグーンに殺られていってはいるが。
倒された同級生はまだ生きているようだが、どうしようかと逡巡してしまう。
「お嬢様、あの方々を助けに?」
「仕方ありませんわね。助けに行きますわ。貴女、少しだけ待っていなさい、ぐうっ!」
メイドの言葉に頷き助けに行こうとして、火球が飛来し爆発で吹き飛ばされる。苦悶の声をあげて、コノハもメイドも少女もビルの壁に叩きつけられて、胸から空気が吐き出される。
「皆さん、大丈夫ですか?」
すぐにコノハは立ち上がり見渡すが、メイドは自分を守ってくれたのか気絶していた。
「ビルの中に避難しましょう、えーと、お嬢様? 貴女は偉いのですか?」
メイドの身体を引きずりながらビルの中に避難する。そこで彼女が不思議そうな表情となるので、戸惑いながら頷く。
「一応は偉いですわ。平家のものですからね。ただこのへんてこな道化師の姿を見てもらえばわかるように、権力などあってないようなみそっかすですが」
「……そうなんですか……ほぅほぅ……」
何をわかったのか、頷く少女。この少女は変だ。この状況でなぜ落ち着いているのだろうか。少し不気味に思えて、凝視してしまう。
「どうでしょうか? 権力が欲しいですか? どこかの誰かが手伝うと言ったら?」
「何を言ってますの?」
眉をあげて少しだけ不愉快に思い、詰問口調となるコノハへと少女は微笑む。
「私と契約しましょう。大丈夫、魔法少女になってよとは言いません」
可憐なる微笑みを魅せて告げてくる。そこには平凡な顔立ちの少女ではない、美しい微笑みがあった。
「私が魔法少女になりますから。きっと面白いことになりますよ」




