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90話 コノハ

 外の風は冷たく枯れ葉が舞っているのが見える。10月も終わり。そろそろ冬が近い。


 かなり広々とした敷地にはL字型の学校が4階建てで建てられており、グラウンドと体育館が3つも設置されている。


 グラウンドには大勢の子供たちがマラソンをしており、体育館からは気合いの入った声も聞こえてくる。


 そんな活発な学校の中の教室でぼんやりと窓の外を見ながら、平コノハはあくびを噛み殺して、前へと向き直る。壇上にはごま塩ひげの頭が寂しい老齢の男が立って、モニターの前で説明をしていた。


「ダンジョン発生時〜。魔物によるスタンピードによる被害が発生しました〜。すぐに軍隊が魔物を撃破〜。ドラゴンやワイバーンが最初期の魔物でした〜。倒したあとに人々は歓喜しました。見たこともない材質に、物理法則を無視した魔法という理。新時代が到来したのだと〜」


 日本の歴史を説明しているのだが、聞き飽きている。何度説明をすれば気がすむのだろか。


「しかし、ダンジョンの発生が終わらないとわかり〜、そして〜手に入った〜魔物のほとんどが役にたたず〜金にならないとわかったその時から〜悪夢が始まりました〜」


 間延びする説明にうんざりとする。それはそうだろう、ライオンをミサイルや爆撃で大量に殺して、軍隊は利益が出るほどに儲かると言うのか、ということだ。男子生徒の一人がニヤニヤと笑いながら手を挙げる。


「せんせ〜、その時にスタンピードじゃなく、ダンジョンに潜って死んだ馬鹿が大勢いるんですよね?」


 お調子者の男子学生だ。周りを見渡して笑いをとろうとしてるのは明らかだ。下劣なその思考にうんざりとしてしまう。答えはとうに知っているからだ。


「それはですね〜当時は〜、スキルに対する認識とレベルアップの苦労。そして、敵の強さを理解しておりませんでした〜。2、3匹魔物を倒せば〜、ゼロからならぱ簡単にレベルは上がると、そして魔物はバット一本で倒せると考えられていました〜」


 まさか1レベルに上がるのに数年がかりになるとは考えていなかった。そして魔物はバット一本では話にならない。ゴブリンだって、大人と同じ力を持つ。しかもアーチャーとセットだ。


 銃以外に勝利することはできない。大鼠なら倒せるかもしれないが、それだと5年を超える時間が必要だ。ダンジョンは一般人が攻略できるほど優しくない。


「こうやって、ダンジョンに潜ったんでしょ〜。ライター」


 お調子者の男子学生は手に入る小さな炎を生み出す。レベルゼロはあの程度だ。周りの人々がそれを見てクスクス笑う。


「そんなスキルで戦ったって馬鹿だよなぁ」

「本当だよ、兵士の護衛をつけて戦えって」

「夢を持っていたんだろ」

「ポーション使えよ、ポーション」

「ポーションの存在を知らなかったんだって」


 一気に煩くなる教室。生徒たちはここぞとばかりに退屈な授業から逃れるべく好き勝手お喋りをしていた。たしかに馬鹿だ。もしもこれが魔物ではなく、熊や狼が大量発生する巣が生まれたと聞いたら近づくこともしないだろう。


 魔物とスキル、その名前に幻想を抱いてしまった人たちがいたのだ。その人たちは大怪我をするか、さもなければ死ぬかで現実を知り、数カ月でダンジョンに入ろうとする人はいなくなったと聞く。


 だが、その中でもめげずに長い間戦えばスキルは上がる。そんな人々もいたとか。正直に思うと控え目に言っても狂ってる。


「話を戻します〜。敵は強く〜、日本はその中でも〜勝利を重ねていきましたが〜終わらない戦争は国力を削り疲弊させたので〜、大都市を中心に防衛することとなりました〜。今の内街と外街の始まりですね〜。そこからは平穏が保たれて〜おります〜。貴方たちは〜、今後軍人となる人がいるでしょう。この平和を守るために〜、各自愛国心を持ち、頑張ってください〜」


 そこで話は終わりらしいと、コノハはムカッとして、挙手をするとともに立ち上がる。椅子がカタンと鳴り、お喋りをしていた生徒たちがなんだろうと口を噤む。


「先生っ! 今のお話の中に廃墟街の人々が入っていなかったようですが?」


 きつい目つきで詰問をすると、老齢の教師は疲れたように息を吐く。


「当時、一定の税金を払っていなかった者を、国は切り捨てました。もはやそういった人々を保護できるほどの余裕はすでにありませんでした〜。それはたしかです。しかし、外街と内街の住民に比べるとほんのわずかの人々です。仕方がなかったのですよ」


「今なら助けることができるのではないでしょうか? 内街は豊かです。その少しでも分ければ、救われる人はたくさんいるのではないですか?」


「おいおい、俺たちがなーんで助けないといけないわけ? 俺は飯に困りたくないでーす」


 また、お調子者の男がからかうように声をあげるので、キッと睨むとそっぽを向いて、素知らぬふりをする。


「もはや廃墟街には人々は生き残っておりません〜。余裕ができて、助けようとの動きが始まった頃には全滅していたのです。痛ましいことですね〜」


「そんな嘘っぱちな言葉を誰が信じるのですかしら? 今でも廃墟街には人々が生き残っています。そんな誤魔化しの言葉で」


「『道化師』さん、それほど言うなら、ご自分だけで炊き出しに行けば良いのでは? ここで抗議するよりもマシですよ? 平コノハさん。貴女は平家の次女、学力テストの結果も良く、ご両親からの覚えも目出度いのでは?」


 涼やかな声で口を挟む男の声に、口を噤む。頭にくるが反論は難しい。


 平コノハ、内街の御三家の一つ。海軍及び海での輸送関係を司る平家の次女だ。膨大な財力を持ち、強大な権力と武力を持つ平家の次女。本来ならば、取り巻きができて、頭を垂れる人々がいてもおかしくない次女。現在学園の2年生である。


 金髪碧眼のハーフでもあり、その身体は小柄だ。鋭い眼差しをもち、真面目そうな雰囲気の美少女だ。


 取り巻きができないのは、真面目すぎるからだ。いや、真面目だと思われているからだ。


「皆が立ち上がれば、廃墟街の人々も助けられます。なぜ、それがわからないのですか?」


「『道化師』さんが仰ってもなぁ。説得力がないよなぁ。もう少し真面目な人が言ってくれないと」

「そうそう、そのとおり」

「もう授業時間も終わりじゃねぇか?」


 ザワザワと騒がしい中で、終業ベルが鳴り響くのであった。




 授業が終わり、コノハはふくれっ面で足音荒く帰宅の途についていた。憤懣やるかたないと怒りながら。


「頭に来ますわっ! なんで、みんなあんなに頭が悪いんですの? 皆が助けあえば、この世界はもう少し優しい世界になるのではなくて?」


 後ろに続くメイド服姿の少女へと言うと、メイドの少女は大きくわかりやすくため息をつく。


「その考えは、典型的なだめな考え方です。手持ちの物を分け与えて、自分も飢えて、相手も飢える。ああいったやり方は敵を作るだけで、味方は増えませんよ? よしんば仲間が増えても、そいつらは貴女の渡す物を飢えた人間に渡して、また、しゃあしゃあと追加をくださいとお願いしてくるだけです。使い物にならないでしょう。八つ当たりはやめてください」


「うぐぅ……たしかに貴女の言うとおりですわ。先程の意見は撤回します。でも、私は訴えることしかできません。権力も財力も持てない駄目な娘ですからね……」


「お嬢様……。それは貴女が『道化師』というスキル持ちだからということもありますが、そもそも素直すぎます。もう少し、狡猾であれば良いのに、素直ですから。とっても素直ですから。アホですから」


「そうね……もう少し狡猾であれば、なにかが手に入ったかも…、ん? 貴女、今わたくしのことをアホと呼ばなかった?」


 知りませんねと、そっぽを向くメイドに小柄な少女は上目遣いに問い詰めようとするが、嘆息してやめておく。たしかにスタートは『道化師』スキルだ。スキルを手に入れたかと言われて、正直に言わなければ良かった。どうせ本当かどうかはわからなかったのだ。素直にそれを口にしてしまった。


 その後に、へこんでこもり気味になったのもまずかった。廃墟街の存在を知って正義感を振りかざすのも早かった。


 どうせスキルなどは使い物にならないスキルでも、あまり関係ない。一門には使い物にならないスキル持ちなど大勢いるし、よほど希少なスキル持ちでなければ、スキルでちやほやされない。結局はその人物の能力が物を言うのだから、へこまないで、うまく立ち回れば良かったのだ。


 廃墟街の人々を助けるやり方だって、色々ある。人々が寄付をするレベルでも初めは良い。だが、子供だったのだ。今でも子供だけど。


 送迎の車が待っているので、乗り込んで椅子に凭れかかる。


「私が恵まれているのはわかっていますわ」


「その格好を見ればわかります。ジュース要りますか?」


 車内搭載の冷蔵庫を開けてメイドが聞いてくるので半眼となって答える。


「オレンジジュースで。あ〜、権力欲しいですわ。そうすれば、もっとより良い政治をやりますのに」


「隠さないその野心、感心する素直さですね。参謀でもおそばにおいたらどうでしょうか? たぶんお嬢様は権力を持ってはいけない人だと思いますが、参謀がいれば、多少はマシになるのではないかと」


 リムジンに乗り、オレンジジュースをメイドから手渡されて疑問に思わない箱入り娘をメイドは思わずジト目で見てしまう。


「一門の紹介の参謀なんて、私を馬鹿にして、お兄様たちに筒抜けとなりますわ。……頭の良い人ねぇ……誰のつばもついていない人っていないかしら」


 いないとはわかっていますけどと、嘆息してオレンジジュースを口にする。多少酸っぱい味が頭をさっぱりとさせる。


 学園で参謀を探す? 無理に決まっている。きっとどこかの派閥に入っているに決まっている。


 このまま暮せば、贅沢に生活に困らずに生きていけるだろう。誰かの妻にでもおさまればよい。学園では『道化師』と馬鹿にしている者も社会に出れば思い知らされる。平家の力というものを。


 でも、なにかをやってみたいのだ。なにかを、私の名前を皆に知らしめることをしたい。廃墟街の人々を助けることは自分の名を知らしめて、正義感も満足させることができる。


 だが、権力が必要だ。台頭することが必要だ。しかし、我ながら素直すぎるのだ。自分では権力を持とうとしても無理だ。


 やり直しをしたい。タイムスリップをしたい。今なら、馬鹿なことをしないと思えるが、一度ついた評価はなかなか崩せない。いや、今でも馬鹿なことをしているか。授業で事あるごとに噛みついては、評価を下げるばかりだ。評価を覆せない苛立ちからの自暴自棄な行動であることは理解している。


「なにかきっかけがないかしら。私はそれを利用して、ドーンと頭角を」


 最後までその呟きはできなかった。


 ドーンと轟音と振動がして、リムジンがひっくり返ったので。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ( ˊ̱皿ˋ̱ )うわ〜、なんかスゴいクセの強そうな娘さんがエントリー!?源一族との繋がりを強めるのかと思っていたら更に増える選択肢、廃墟街最強が誰と関わっていくのか楽しみです。 [気にな…
[一言] タロットの愚者そのものってキャラだから うまく育てばロキみたいなトリックスターに育つのかな スキルが道化師だからこうなったのか本人がこうだからスキルが道化師になったのか
[一言] 中世の馬車は、現代のリムジン?
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