9話 佐官
佐官。軍でも特別な力を持っている者たちがなる。その数は極めて少ない。丸目長恵は少佐であり、東京四天王の一人だ。最近の流行り、戦国武将の名前を冠している。元の名前は秘密である。一般人は佐官待遇でも、他の呼び方をされるのでわかりやすい。
これは流行りだから、というだけではない。敵のなかに真名を掴みそれを利用する輩がいるからだ、と言われている。真偽は定かではないし、丸目自身はそんな敵は見たことがないので、眉唾ものだとは思うのだが、上層部の方針なので仕方ない。それに、剣豪の名前は気に入っているし、自分の固有スキルにも合っている。
「さて、臭いのですぐに終わらせるとしようか」
多少甲高い声音で、狐のような目を細めて、腰に下げている日本刀を抜く。後ろには兵士たちがアサルトライフルを構えているが、使わせる気はない。銃弾は貴重なのだ。
とはいえ、全員が日本刀を腰に下げているわけではない。他の者たちは軍用ナイフだ。かつての大日本帝国の軍人の真似をしているわけでもない。丸目に必要だから、持っているのだ。
切れ味は鋭いが、すぐに曲がり脂で切れ味を悪くする脆い日本刀。それが自分には必要だ。まぁ、この日本刀は従来品とは違い、遥かに耐久性はあるが。
向かってくるのはゴブリン10、ホブゴブリン2、その後ろに継ぎ接ぎだらけの鉄板を纏い、殴りつけるためのものであろう鉄の板のような大剣を持つゴブリンナイトが見える。恐らくはアーチャーも隠れている。
「アーチャーだけ片付けよ」
上段の構えにて、敵を待ち受けながら指示を出すと、パンと数発音がして、ビルの陰に倒れるゴブリンアーチャーの姿があった。精鋭たる自分の部隊ならばまったく問題ない相手だ。
だが、この数を倒すとなると銃弾を数百発は使うだろう。それを防ぐために自分はいる。
内心では銃弾が無くなれば、自分はもっと権力を持てると考えているが、銃弾がなければ内街は守りきれないとも理解していた。
だからこそ、ここで少しばかり功績を上げておくかと、体内に巡る魔力を活性化させて手のひらに集めていく。
『水晶刀』
日本刀が煌めく水晶に変わり、陽射しを返す。
「ゴミ共め。私の日本刀の錆びになるが良い」
丸目は摺り足にて、滑るようにゴブリンに接近し、裂帛の叫びをあげる。
「チェストー!」
裂光が煌めき、鋭い速さで振り下ろされた一撃は、ゴブリンを脳天からかち割る。返す刀で横薙ぎに次のゴブリンを切り裂く。
「ゴブ!」
粗末な棍棒を振ってくるゴブリンに冷酷に口元を歪めて、刀を合わす。棍棒にめり込むかと思われた刀はするりと抵抗なく過ぎていき、そのままゴブリンを袈裟斬りにした。
「くくっ。私の水晶刀は伊達ではないのだよ」
ヒュヒュと風斬り音をたてて、丸目が刀を振るい続けると、ゴブリンたちはひと振りごとに鮮血を撒き散らして死んでいく。
『ラッシュ』
ホブゴブリンが拳を握りしめて、武技を使ってくる。ヘビーパンチャーをも上回る拳が丸目を殴り殺そうとするが
『巻き打ち』
絡ませるように刀を振るうと、ホブゴブリンの腕はいくつにも分断されて、地に落ちる。
「グキャァー」
苦悶の声をあげて後退るホブゴブリンに追撃をして倒すと、怯むもう一匹へと、下段から切り上げて、あっさりと倒すのであった。
『強撃』
丸目が後ろへとタンと地を蹴り下がると同時に鉄の板が通り過ぎて、地面に当たり轟音をたてる。
ゴブリンナイトが怒りの表情で、丸目を睨みつけていた。
「ふん、魔物風情が怒るかよ」
ゴブリンナイト。鉄の板を身体に括り付けている魔物だ。手には鉄の板のような大剣を持ち、ゴブリンナイトと呼ばれている。アサルトライフルのマガジンを数個使わなければ、倒せない堅牢さと体力を持つ厄介な敵だ。
剣というより、鉄の棍棒だ。ゴブリンナイトはホブゴブリンの筋力を上回る。その一撃を受ければ、内臓は破裂し、人間などは簡単に死ぬだろう。
ぶんぶんと大剣を振ってきて、その威力を示すように、風が丸目の顔に当たってくる。その鉄塊の威力を見ながらも、丸目は薄笑いを隠さずに後ろへとすすっと下がり当たることはない。
ゴブリンナイトは剣術スキルを持っていると思われ、その剣筋は立っており、剣速は充分に速いにもかかわらず。
「くくっ。扇風機の方がマシだな」
冷笑を浮かべると、剣を振り上げ魔力を込める。その魔力に気づき、ゴブリンナイトは剣を横にして盾代わりとするが、丸目は気にしなかった。
「剣豪の一撃。しかと味わえ。『碁盤斬り』」
ごうっ、と剣風が巻き起こり、水晶の刀は赤いオーラを纏い振り下ろされた。ギギィと金属の音をたてながら、ゴブリンナイトの鉄板のごとき剣を断ち切り、そのまま鎧ごと断ち切っていく。
そうして、地面に触れる寸前でピタリと刀を止めて、ヒュンと振るう。ズズと鉄の鎧を着込んだゴブリンナイトの身体が2つに分かれて、ドウッと倒れ伏すのであった。
「くくっ。我が奥義、碁盤斬りを鉄板ぐらいで防げるかよ。100センチの鉄塊を切ったこともあるのだからな」
水晶化を解くと、血糊もなく綺麗な刀身となる。手首を返してチンと軽やかな音をたてて、鞘にしまうのであった。
「敵は殲滅した。さっさと調査を終わらせろ。まったく臭い臭い臭い」
ハンカチを取り出して、丸目は鼻を覆って嫌悪感丸出しの表情で告げる。
「了解であります!」
ビシッと敬礼をすると、丸目の力に怖れを見せて、慌てて兵士たちは忙しなく動き始める。ふん、と鼻を鳴らして丸目は指揮車に戻り、しばらく後に調査を終えて、他の場所に国軍は向かうのであった。
その様子を陰から見ていた廃墟街の住人たちは、放置されたゴブリンの死骸に取り付いて、モンスターコアを奪い合った。
その全てを黒猫は影に座って見ていた。
ソファに座り全てを黒猫の目で見ていた防人はスッと目を開く。対面に座る雫は寝っ転がり、うにゃうにゃと寝ていた。飽きたらしい。戦闘は見ていたように見受けられるから、まぁ、いっか。寝顔可愛らしいし。美少女はお得だなぁ。
「………やはり内街の奴ら、効率的なスキル上げの方法を獲得していたか。……当然か、人間を強化できるんだもんな」
丸目と呼ばれた剣豪の動きは常人を少しばかり超えていた。そこに特に驚きはない。普通の国家なら、研究するだろうし、俺よりも強いだろうが、そこに悔しさは少ししかない。お偉い科学者さんたちが、鍛えられた軍人と共にスキルを研究していればそうなるよな。
俺は所詮独学だ。しかも、食い扶持を手に入れながら鍛えている。軍人のように常に鍛えているわけではないし。
なので、ムキーとハンカチを噛んでおくだけにしておくぜ。ムキー。
「防人さん。醜い行動はやめてください。私のムキーを見せますから」
いつの間にか目を覚まして、むきぃと、ハンカチを噛んでふざけるお茶目な雫に苦笑いを返して、手のひらをふらふらと振る。
「わかったことがあったな。これだけでも収穫だ」
ふざけるのをやめて、肘をついて目を細める。眼光鋭く自分を見てくる防人に、雫も同意する。
「使用した水晶刀。あれは置いておいて、日本刀は魔物から手に入れた鉱石ですね。魔力が籠もっていましたし、スキルの伝導率が高かったです」
雫は鋭敏な感覚を持っているらしく、敵の魔力の流れなどを見抜ける。なので、その答えは信頼できる。
「クラフト系のスキル保持者も鍛えているんだろうよ。驚くに値しない。……それよりも驚いたのは、銃をほとんど使用しなかったことだ。奴ら、ヤバいところまで銃弾が枯渇しているぞ?」
スキル持ちは強かった。しかし、前面に出して戦わせる必要はないはずなのだ。スキル上げの効率的な方法を知っていても、長い年月を鍛えているはず。死んだら大損だ。銃でフォローなり、何なりするのが普通である。
現実的に考えて、アニメではあるまいし、兵士を一人で行かせる愚は犯さないはずなのに、それを行なった。そうしなければならないほどに、内街の銃弾事情は厳しくなっているのだ。
防人は悪そうにニヤリとほくそ笑む。これはチャンスだ。もっと余裕があると思っていたのだが、計画を修正できる。良い方向に。もちろん俺にとって、良い方向に。
「そうとわかれば、等価交換ストアのラインナップをもう少し大胆に増やせるな。たとえ珍しい物を売り始めても、軍で確保し続ける余裕はないと見た」
「武装は羨ましいですね。武器を装備しないで、私たちは戦っていますし」
「たしかになぁ。あるにはあるんだ。ストアーのラインナップに。だが、少しでも怪しまれるようなことはしたくないな」
等価交換ストアだけは絶対に悟られてはならない。テレパシストがいたら、一巻の終わりだが。……たぶんテレパシストはいても死んでいる。この悲惨な世界の思念を読み続けて正気でいるのは不可能だ。
ストア関連は用心深く、海底に沈み姿を見せないように活動したい。なので、冒険者の服とか、剣が実際に売られていたが、スルーしておいたのだ。
「では、次のラインナップを加えるか〜」
等価交換ストアを呼び出して一覧を確認する。何を加えようかなっと。
「チョコレートにしましょう。板チョコをとりあえずお願いします」
ふんふんと鼻息荒く雫は俺の膝に乗りながら、胸にスリスリと猫みたいに顔を押し付けてくるが、騙されないよ。美人局には少女すぎる。それにそんなことができるほどコアは余っていない。
『チェーン店化:木の棒:G6000個』
アイテムをチェーン店のラインナップに加えるには、定価の1000倍を投資する必要がある。この3日間のストアー使用料として2割を品物から徴収しているため、あっさりとロックを解除できる。維持費の2割はストアが存在し続けるためにプールされているのだ。自分だけで地道に集めたら……ぞっとする。水とコッペパンだけでも4年かかったのだから。
『木の棒:G10個』
セット完了。良心的な価格だろう。
「これからは、どんどん稼げるはずだ。木の棒はG10個で追加っと」
ストアが回収する維持費という名のロイヤリティ2割、俺へのストア使用料2割。合わせて4割を定価に上乗せして出しておく。
胴元が一番儲けるシステム。これ、チェーン店の常識。まぁ、自動販売機なので経営に苦しむオーナーはいないけど。このスキルもよくわからんが……それを言うとダンジョンもだ。よくわからんが、使えれば良い。
「木の棒なんて、売りに出しても売れるんですか?」
疑わしい表情で眉根を寄せる雫に腕を組み、悪戯そうに頷く。
「疑問はもっともだな。だがなぁ、皆はFランクも狩れないんだ。少しずつ少しずつ人の力を底上げしていく必要がある」
ゲームなどでは、木の棒など見向きもしまい。銅の剣を買うかもな。だが、ここは現実であり、使い道は山とある。
ピッと木の棒をストアから交換して取り出す。1メートル程の長さの木の棒が現れて手に納まるので、振ってみせる。
「ここは現実なんだぜ? 乾いた木がどれだけ使い道があるか、皆に教えてやろうじゃないか」
とりあえずは階下に住む子供たちに教えてやろうと、防人は考える。ふぅむと、雫が不思議そうに可愛らしく首を傾げるのを見ながら。