89話 内街
見上げると、空高く聳え立つ壁がある。分厚いコンクリートと大量の鉄を利用して作られた壁だ。この壁は年々修復、改修されているとかいないとか。
聳え立つその壁は見る人間に威圧感を与えてくる。敵対する者には脅威を。味方となる者には安心を。俺の場合はどっちだろうなと防人は壁を見て、微かに笑う。
『改修されていると思いますよ。マナの流れを感じますので。核に魔法合金を使用していますし』
『魔法合金? 名前からお金が掛かりそうな合金だな。俺は見たことないんだけど』
『魔法合金はクラフトスキルのみで作られる合金です。粗雑な作り方ですが、あれだけ大量に使用していれば、それなりの強度を持っているでしょう』
『どうやって作るわけ?』
『ゴブリンキングの剣レベルなら素材として使えますね』
雫の言葉に呆れてしまう。あの剣は30kg程度だったぞ。それを壁に使うって、何トン必要なんだよ。自分たちを守るために、金かけすぎだろ。
『保身のための金を他に費やせば……くくっ、そんなことは崩壊前から言われてたよな』
自分で言っておいて、そんなことはあり得ないと苦笑してしまう。金持ちだからというわけではない。どんな人間でも自分の金を他人に使うのは躊躇うし、金額がでかければ使うことはないだろうぜ。
『では、初めての内街訪問ですね』
『楽しみだ。どんな世界が広がっているか』
ジープのハンドルを握って、門へと向かう。外街と廃墟街との間にある門とは違い、ガランとしている。出入りがそこまでないのだろう。
門扉は分厚い金属製でできており、軽戦車がその脇に2車両配置され、歩兵が自動小銃を構えている。重火器も見えないが配備されているに違いない。
兵士が検問で手を挙げて、停車するように合図を出しているので従う。
「身分証明書を出してください」
兵士が手を出してくるので、カードを懐から取り出す。セリカから用意された偽の身分証明書だ。
顔写真ではなく、指紋認証タイプ。カードリーダーに通して差し出された機械に指紋を当てて認証をさせる。ピピッと音がして、兵士はその結果を見て頷く。
「神代防人さんですね。認証しました、どうぞ」
『後で電子操作術を覚えましょう。新たなる戸籍を作成しますので』
にっこりと微笑む雫さん。うん、なんか怖いんだけど。その微笑み。
『アナログな確認もしているから駄目だ。セリカめ………』
絶対に紙での保管もしているはずだ。そこらへんの手続きもセリカはしているだろう。内街に伝手を複数欲しいよなぁ。
神代とは嫌がらせかよと苦笑しながら、アクセルを踏み、門を進む。門を通る中で多少驚いちまう。トンネルみたいに長い。短いトンネルといった感じで、天井にある電灯がオレンジ色に通路を染めている。電灯がなければ真っ暗になるだろう。この壁はどれだけ分厚いわけ?
舗装された道を進み門を越えると、明かりが見えてくる。本日の俺は内街に訪問しています。ようやく身分証明書をセリカが用意してくれたのだ。
期待に溢れる気持ちもあるぜ。内街がどんな世界なのか。ストアを設置したダンジョン周辺は居住区から離れていたし、気付かれないように烏で空から見下ろしただけだったからな。
トンネルを通り過ぎて、目に入る光景。そこは……。
『なんというか普通だな、新築は多いけど。外街の内街近くの家屋の方が綺麗なのが多いかもしれん。高層ビルがないのが意外だな』
ビルはだいたい全て20階程度のビルだ。魔物の攻撃を想定しているんだな。家屋は遠くに見えるが普通だ。ダンジョン発生前の普通である。全体的に綺麗な印象。近未来SFチックな様子は見られないので、少し残念。なにか、驚く科学技術があるかと思ったんだが。
汚い格好の者がいないところが、違うところか。新しいスーツを着てきて良かったぜ。
道路には多くの車が行き交いしている。トラックが横を通り過ぎて、普通自動車が信号を待っている。
信号機が赤点灯しており、車列が仲良く停車している。外街ではトラックしか見ないから新鮮だ。
『久しぶりに信号機を見たぜ。ちゃんと稼働しているやつ』
廃墟街にもあったよ? 朽ち果てたやつ。ここはダンジョンが現れる前の街並みだ。昔の通りなのかもしれない。
少し見渡しただけでも、店舗がある。ちゃんと棚に品物を置いてあるコンビニに、期間限定と新商品をアピールしている幟。栄えているなんてレベルじゃねーだろ。
「観光と行きたいが、情報収集をしたいからな。そこらのホテルに泊まるかね」
セリカより貰っていた地図を確認する。近場にあるはずだ。
ビジネスホテルといったものが確認できる。幾らだろう、あんまり高くないと良いんだが。
どこもかしこも綺麗ではある。ビジネスホテルも小綺麗で受付ラウンジも上品なものだ。
というか……。
「では、サインと身分証明書をお願いします。シングルで一泊5万円となります。前払いとなっております。お支払い方法は、どうなさいますか?」
カードとかあるのかな? クレジットカードなら、俺は審査で弾かれちまうだろう。
「現金で。3泊だ」
財布から現金を取り出す。現金を大量に持ち歩いているのはおかしいかな? 金持ちはカードでは、とかあるんじゃない?
だが、俺の考えは杞憂だったようで、それか顔には出さないように鍛えられているのか、現金を出されてもにこやかに受けとり、特に表情には違和感を覚えさせなかった。
部屋のキーを受けとり、エレベーターに乗り部屋へと移動する。部屋の中は綺麗なシングルベッドとソファにテーブル。小さな冷蔵庫にテレビ。テレビあるのかよ。あとはトイレにバスと。
『これで5万かよ。高いなぁ』
『内街の物価は高いんですね』
『だなぁ。じゃが芋の値段をスーパーに行って知りたいところだな』
札束を持ってきて良かったよ。この街は住みたくないね。肩にかけたビジネスバッグをベッドに放り出す。着替えやその他諸々だ。金はアイテムボックスにほとんど入れてある。
「さて、内街は警備が万全なのか教えてもらおうか」
『罠感知』
マナを瞳に籠めて辺りを見渡す。
マナが壁や調度品をスキャンするように通り過ぎてゆく。監視カメラも盗聴器もなし、と。怪しい物はないようだ。
ついでに外も窓から覗く。そろそろ寒くなってきたのか、歩く人々は厚着になっており、忙しなく足早に歩いている。スーツ姿の人間もいれば、私服で歩く人、学生なのだろう制服を着込む子供たち。
『日曜日なのに、学生さんも忙しそうだ』
『部活というものですね』
軽口を雫と叩き合いながら、道を注意してみていく。ついでビルの屋上なども。
『一定間隔ごとにカメラが設置されているな。だが、数が少ない』
『人間を監視するためではなく、ダンジョン発生時の監視用かと』
『罠感知って、便利だよな』
罠術スキルの1つ、『罠感知』。あらゆる罠を看破、解析する。レベル4までだが、マナやスキルを使用していない普通の罠なら楽勝で看破できる。カメラ、集音マイクなどは罠の一部として判定される。相手を監視するのは、罠発動に連携できるからな。アラームなどと同様だ。
人を監視するためのカメラがないなら安心だ。これなら使い魔ももっと自由に動かせるな。油断は禁物だが。
「さて、では暗躍と行きますか」
ポケットに手をツッコミ出かけることに決めて、鼻歌交じりに防人は外に出るのであった。
内街は新品の服しか売っていないらしい。古着などは全て外街に払い下げられるのだろう。貴族街のようなものだ。昔は当たり前にあった風景。店舗が軒を並べて、ブティックのウィンドウにはマネキンが今年の流行の服を着けて、飾られている。
その中で、中層階級でも小金持ちが買いに来るブティックにて、女店員はニコニコと笑みを浮かべて試着室の前で立っていた。
ほどなくして、試着室からガサガサと衣擦れの音が止み、カーテンが開かれた。
「これはどうでしょうか?」
「そうですね、お客様。可愛らしい服がお客様にはお似合いですが、シックな大人びた服装もお似合いですよ」
目の前には小柄な背丈の少女が立っていた。新品の大人っぽいシックな服装を着ている。素朴で平凡な顔立ちの少女だ。弱気そうな垂れ目で、押しに弱そう。
正直に言うと、多少似合わないかもしれない。だが、少し遠目に見れば大人の女に見えないこともないかもしれない。この年頃は大人の姿に憧れるものだ。似合うと言っても別に構わないだろう。
初めて見る顔だが、金持ちなのは間違いない。
「そうですか。それじゃ、これを頂きますね」
「はい、ありがとうございます。次はいかがしましょうか?」
即断即決と言っていいだろう。この娘は見かけによらず決断が早い。
「いえ、これで良いです。会計をお願いします」
「ありがとうございます。すぐに」
頭を下げて、足早にレジに向かい、計算をする。計3着。活動的なパンツルックと、可愛らしいお嬢様風、そして、今着ている大人の容姿の服だ。
「297万円となります。端数はサービスということで」
「わかりました。お釣りはサービスということで」
クスリと悪戯そうに微笑む少女。みかけよりも冗談が好きらしい。
ナップサックから、特に大金とも思わせない素振りで札束を3つ置く少女。その札束を見て偽物ではないと満面の笑顔で受け取る。これで今日のノルマはおしまいだ。こういうお客様ばかりだと助かるんだけど。
「配送先のご住所をお伺いしても?」
「いえ、……ママに黙って買いに来たんです。なので、持って帰ります」
札束を持ち歩くとは、箱入り娘なのだろうか。まぁ、この内街ではひったくりなどはないので大丈夫だろうが。それでも心配してしまう。
「そうですか。それでは。結構重いですよ?」
「大丈夫です。私は力はあるので」
ヒョイと紙袋を軽々と持ってしまうので、納得した。この娘は魔法学園の娘だ。魔法学園とは通称で本当の名前は別にあるが。ステータスとかいうものを持っていて、みかけとは全く違う筋力を持っているに違いない。
即ちお金持ち確定。そんな学園に行けるのは金持ちか、レアなスキル持ちだ。そして躊躇うことなく札束をぽんと出せることから、お金持ちなのだ。
名前を聞きたいが、教えてくれるつもりはなさそうだ。おしゃれをしたい年頃なのだ。詮索するのはやめておこう。また来てくれると思いたい。
ありがとうございましたと、頭を下げて、自動ドアを潜って去っていく少女を女店員は見送るのであった。
ブティックから出た少女はクスリと笑う。その少女の顔は僅かにマナで覆われている。即ち、変装した雫だ。化粧の指輪を使っているのである。
『これで服装はオーケーです。では、観光に回りましょうか』
『頼むぜ、雫さん。俺がここで派手に動くわけにはいかないからな。任せたぜ』
幽体の防人は平凡な顔立ちに変装した雫へとお願いする。
内街での観光兼相場の情報は雫さんに任せたのである。おっさんはすでに顔が割れているからな。
『馬車に乗ったお爺さんを探しましょう。きっと盗賊や魔物に襲われているはずなので』
『そういう伝手は怪しいからやめてください』
内街での観光を楽しみますかと、変装をした雫は街の中を足取り軽く散歩するのであった。