87話 贅沢品
薬指に指輪を嵌めてもらえずに、がっかりしている雫さん。せっかく全機召喚をしたんだしと、べったりとくっついてくるが、照れるだろ。
娘が懐いてくれてるみたいだと、イタタ。頬を細っこい指が摘んできた。
頬を雫さんが引っ張ってきて、ジト目になっている。心を読むな、心を。悪かったって。
「乙女心を傷つける思考はおすすめしませんよ」
プンスコ美少女は俺の膝の上に乗って、もたれかかってくる。甘えん坊だなぁ。
優しく頭を撫でてから、等価交換ストアーへと視線を戻す。まだ、ラインナップは増やすつもりなんだ。
「アイテムの性能値を下げることができて一番良いことはなんだと思う?」
「そのアイテムの詳細がわかることですね? 今までは検証が頼りでしたが、これからは違います。とはいえ、マスキングされたデータがある可能性があるので油断は禁物です」
さすがはパートナー。すぐに俺の考えを読み取ってくれる。
「そのとおりだ。で、これだ」
『ロイヤルハニー1kg:Cコア1、少しだけ疲れがとれる最高級蜂蜜』
これだ。なかなか面白い性能だよな、これ。わざわざ疲れがとれると表記されているところがポイントだ。で、これだ。
『最高級砂糖1kg:Cコア1、少しだけ元気になる最高級砂糖』
「これを見てどう思う?」
「名前のとおりかと。祝福の酒杯のように健康になると書いていないのが、また嫌らしいところですね」
「そのとおりだ。で、出してみよう」
ボタンを押下すると、コトリと見慣れた魔法のガラス瓶に入った砂糖と蜂蜜が出てきた。僅かにマナを感じとれる。そっと純白の砂糖に人差し指をつけて
ペロッと、俺の人差し指を雫が舌で舐める。照れるようなことを当たり前に行う娘である。
ふんふんと頷くと、味わうために口をモゴモゴさせて、真剣な表情となり、口を開く。
「たしかに僅かに活力を感じます。それにこの滑らかな絹のような感触と初めて食べた時の砂糖の感動をこれは与えてくれました。とっても美味しいです。甘さがホッとしてしまいます」
ホワァと顔を綻ばせて、喜色満面の笑顔で雫は語る。かなり美味しかった模様。続けてロイヤルハニーも食べてみるが、僅かに疲れがとれた感じがする。
「充分だ。それで、これを出す」
『高級粗塩1kg:D5、味が良い』
『白砂糖1kg:D5』
『粗塩1kg:E5』
そのラインナップを見て、ほうほうと雫はなにかに気づいたように頷くと、俺を下から覗き込むように見てくる。
「わかりました。贅沢品として内街に売りさばくつもりですね?」
フフンと得意げに笑みを浮かべる雫。さすがは頭の巡りが早い。
「そうだ。主食ではないので目立たない。反対に贅沢品だから、失いたくないというわけだ。なおかつ、その陰でこっそりと塩を扱う。そろそろスープが薄味すぎて皆は飽きてきただろう?」
ニヤリと悪そうに俺は笑いながら尋ねる。今までは外街の混ざりものを使っていたからな、塩は高かったし。過去形にしてやるぜ。ついでに砂糖もラインナップに加えておく。
「塩は古今東西、国の重要な戦略物資です。しかし、贅沢品の陰に紛れ込ませれば、気づかないと。気づいても放置するだろうと、そういうわけですね?」
雫がほほうと感心して見てくる。
塩は昔は国有でお上が独占していたんだ。それを解放していくんだ、凄かろう?
「当たりだ。ロイヤルゼリーならぬ、ロイヤルハニーと、高級粗塩は人気になるだろうよ」
フフンと腕を組む。もちろん利益と維持費を加えるから、値段はいつもどおり3倍な。俺は儲かり、皆も塩をふんだんに使える日々が到来して喜ばしいことだろう。ロイヤルハニーと、最高級砂糖の値段は9倍にしておく。
砂糖や塩が高いのはわざとだ。内街からの流入品の方が安いに違いない。だが、利権や現行の塩や砂糖の売り上げを気にすると差別化しておいた方がいいと思ったんだ。
というわけでラインナップに加えておく。チェーン店化にするには、Cコアはたりないので、ロイヤルハニーだけ。塩は全てだ。まぁ、すぐにダンジョンを2、3個クリアして砂糖も追加するつもりだけど。
「真贋は、魔法のガラス瓶に入っているかどうかだな。魔法のガラス瓶から物を取り出すとガラス瓶は溶けるように消えちまうし、ちょうど良いだろ」
魔法の世界、万歳だよな。魔法のガラス瓶は思わぬ副次的なものだが幸運だったぜ。正直に言うと真贋対策が一番面倒だったんだ。ただ、消えることを知らないと、今の俺の前にあるテーブルみたいな惨状になっちまうけど。後で掃除しなきゃな。チキショー、数分で消えるなら、そう説明書に書いておいてくれよ。
「ですが、Cコアはいくらにするつもりですか?」
「もちろん決めている。1個につき買取価格は3万円だ。だから、ロイヤルハニーの売値は27万円だな。恐らくは内街に流れれば、もっと高くなるだろうよ」
「それは……さすがに買わないと思うのですが?」
金額の高さに目を白黒させる雫さんだが、甘いな。たしかに強気の値段設定だと俺も思うぜ。恐らくは内街なら40万円ぐらいまで高騰するのではなかろうか。となると、100グラム4万円。
「雫は金持ちを甘く見ている。必ず買うと予言するぜ。自前でダンジョン攻略をしても良いだろうが、損害を考えるとやらないだろう。これは俺が独占しすぎて独占禁止法に触れるかもな」
クククと含み笑いをしながら、昔を思い出す。一口数万円のキャビアとか、金持ちは平然と食べていたんだぞ。売りに出されるのは、危ない薬でもない、蜂蜜だ。そして料理全体の味を引き上げるだろう塩。
買うね。奴らは買うね。穴山大尉と会って、試供品を渡してみよう。とりあえず、もう1つ水場のダンジョンを攻略したあとに。砂糖もラインナップに加えて、植物知識を持つ華のレベルも上げておきたいからな。
「自信ありすぎですね。でも、そういうところも素敵ですよ、防人さん」
「そりゃ照れるね。では、早々にもう一つ水場のダンジョンをクリアしに行こう」
クスクスと笑う雫へと不敵に笑いを向けて立ち上がる。
「もう今日は全機召喚ないですよ」
「明日にしよう」
座り直して今日は休むことにした。ハードボイルドなおっさんは安全マージンが欲しいのだ。
そうして次の日に前回と同じ戦法でサハギンエンペラーを撃破した俺たちは、手に入れたコアを使い、砂糖も手に入れたのであった。
ついでに、ボスコアでステータスアップポーションを取得。華にあげておいた。器用多めで平均的に上げるように言っておいたから……純よ、華と喧嘩をするのはお勧めしないぜ。
ダンジョンコアはスキルレベル3アップ50%ポーションに変えて、花梨に渡し……。やめておいた。地道に10%アップの方を渡していこう。少しだけこのポーションはヤバい。なので、アイテムボックスにしまっておく。いつか使う日もくるだろ。信玄の酒に混ぜてみようかな。
今さらのような気もするがまずい。そうポンポンと新たなるランクのダンジョンでスキルレベルアップポーションは出ないはずだからな。俺のスキル構成がどうなっているのか、不思議に思われちまう。
そこでスキル構成に疑問を持つくらいなら良いが、もしかしたら自由にドロップを選べるのではと、そこまで考えが至る可能性がある。それが一番まずいからな。セリカなんか勘付きそうだ、あいつ鋭いし。
『大航海時代の砂糖や香辛料みたいな感じですね。私は港に投資をして値打ちのある商品を発生させて、それを扱っていました』
「雫さんは中世の人だったの?」
大儲けでしたと、胸を張る美少女だが、たしかに言いえて妙だ。たしかにそのとおりかもな。
そうして、さらに3日後、目的の物が作られているか確認のために、ペントハウスを出て、階下に降りてゆく。
なにが目的かというとだ。春と冬の花である。華が育てているとなれば見ておきたい。というか、コアストアの一覧に載った初日に育て始めていた。
階段を降りて、研究室に向かう。そろそろ肌寒くなってきて、薄着だと寒い。カツンカツンと足音が響く中で、研究室に入る。
一応植物研究室だ。ダンジョン産の作物が植木鉢で育てられている。どれぐらいの日数で育つか確認中なのだ。
プランターが窓際に置かれて陽射しを受けて作物が育っている。じゃが芋やトウモロコシ、キャベツに大豆だ。よく育つよな。コアストア産は本当に逞しいよ。
何人かが作物を見ながら、ノートにメモをとっている。白衣を着たいところだが、普段着だ。白衣は手に入らないんだ、残念なことに。
「やっぱりトウモロコシは一度育つと、何回も収穫できるね〜」
「そうだよなぁ。便利で良いよ」
「とうもろこし〜、とりましゅよ〜、あ、さきもりしゃん!」
華たちが話し合いながら、なにやらチェックしている。その姿は極めて博士っぽい。実ったトウモロコシを幼女がもぎ取って笑顔でとてとてと持ってくる。不思議だよな、普通は育たないと思うぜ。
よしよしと幼女の頭を撫でてあげると、テヘヘとはにかむように可愛らしい笑みを浮かべるので癒やされる。
「こんにちは、防人さん」
「あぁ、こんにちは。あの謎の花は育っているか?」
興味津々だ。華の植物知識ですでにどのような植物かは解明している。問題なく……なんで、この部屋は肌寒いんだ?
ヒーターが無いので寒いのはわかるが、春の花が咲けばこの部屋は暖かいはず。それの意味するところは、だ。
「え、と〜。枯れちゃいました。ごめんなさい!」
気まずそうに頭を下げる華。その後ろに見事に枯れたと思わしき茶色の植物がプランターにあった。
マジかよ。枯れるのかよ。コアストア産の……そうか、わかったぞ!
『やはりマスキングされた性能値があったみたいですね』
『だな。きっと環境適応力も大幅に下がったんだ、ちきしょうめ』
ラインナップを無駄にしちゃったよ、もったいない。これは、簡単に性能値を変更できないな。何回も検証しないと駄目かぁ。
俺が肩を落としてがっかりしたのが、傍目から見てもわかったのだろう。アワアワと華が端にあるプランターを指差す。
「全部枯れたわけではないんです。あれを見てください」
指差す先には、色鮮やかな真っ赤な色の朝顔みたいな花びらを咲かせる花があった。
「春の花って、周りを春にするみたいなんです! でも、すぐに枯れちゃうから、室温にかなり気をつけないといけないみたいなんです」
「そうか……引き続き頑張ってくれ。あ、これ、差し入れのチョコレートな」
春の花の効果を伝えたいが怪しまれるので、伝えられない。それに室温調整? マジかよ、簡単に育てることできねーじゃん。
これだと、ロイヤルハニーや最高級砂糖の効果も検証したふりをしないと売れないな。
ラインナップに入れるだけじゃ駄目かぁ。売れば、すぐに効果が判明すると思ったけど……。
はぁぁ、がっかりだぜ。現実は世知辛い。