84話 矢尻
天津ヶ原コーポレーション本社。生産用の部屋にて、子供たちのリーダーである純は、雛が『浄化』を錆びた鉄にかける様子を見ていた。手の先から放たれた白い光が、錆びきって、もはや原型がなにかわからない鉄の塊を覆う。そうして、しばらく経つと真っ赤な錆の塊はツルツルで綺麗な光沢の鉄の塊へと変貌していた。
魔法って不思議だと感心してしまう。あれだけ真っ赤な錆だらけの塊が、綺麗な鉄になるのだから。重さは3分の2ほどに減ってはいるけれども、真新しい鉄になるんだから、便利な物だ。
雛は純の子供たちグループの中で、『浄化』スキルを持つ少女だ。その力は汚れた物を綺麗にする。汚泥をサラサラの土に変えて、泥水を清らかなる水にし、錆びた鉄を元の綺麗な姿に戻す。
その有用性から、防人さんにスキル2にしてもらった。羨ましかったけど、今は自分もスキルレベル2だ。それだけ『金属加工』の有用性が高いと判断されたからだ。
おかげで2メートル近い金属の刀も簡単に作れるようになっているのだ。毎日鍬や鎌、シャベルに鍋、フライパンと製作している。
「素晴らしい腕前なのだな、浄化というものは」
鉄の塊をしげしげと眺めるのは、馬場さんだ。弓兵を作るために、最近はちょくちょくくる。とはいえ、純たちを弓兵にと勧誘するためではない。
テヘヘと照れるおかっぱ頭の雛が、新たに錆びた鉄の塊に浄化をかけるのを横目に、純は馬場さんへと声をかける。
「矢尻って、必要なんですか? 普通に木の矢で良いんじゃないんですか?」
僕の言葉に、髭の生えている顎を擦りながら考えながら教えてくれる。
「ん? そうさのぅ、正直に言うと、コンパウンドボウに矢尻は本来はいらぬ。矢全体がカーボンで作られていたりするからの。だが、こんな時代だ、そんな矢はなかなか手に入らぬし、数も必要だからな。昔の弓矢が必要なのだよ」
痩せぎすであるが、信玄のそばで働いていることもあり、身体は鍛えられている馬場は、苦笑しながら小脇に置いたコンパウンドボウを持ち上げてみせる。
浄化により、ピカピカとなっているコンパウンドボウは素人目に見ても複雑な作りだ。見るだけで作るのが大変そうだと理解できる。
「こんな弓は作れぬだろう?」
「う〜ん、僕だけじゃ無理ですよ、こんな複雑なの」
なにか色々と仕組みが複雑だ。これを作るには金属加工以外に、ちゃんと製作できる知識が必要だろう。
「であろう? とはいえ、昔の弓矢を作るのも大変なのだがな。前に飛ばすことができる弓は今のところほとんどない」
コンパウンドボウを作業机に置いて、カラカラと笑う馬場さん。どうも弓を作るのも大変らしいが、笑っている姿はそんなことは気にしない豪快な人に見える。
「矢もそうだ。矢尻を作るのは時代遅れであったのだが……。それに矢も作っても真っ直ぐ飛ばぬわ」
「駄目じゃん! あ、ええと駄目じゃないですか」
思わず気楽そうに笑う馬場さんに乱暴な言葉でツッコミを入れてしまうが、気にしないようだった。
「矢尻と木、矢羽根。これが揃えば矢は作れるはず。今はカーボン矢など、元用具店から手に入れているがそれも尽きるだろう。それまでは精進あるのみだな、俺も自分で作っている。近い将来には使えるものができると信じたい」
ふぅと息を吐き、馬場さんは目を細めて、コンパウンドボウを持つ。その瞳はなんだか強さを感じた。
「とはいえ、器用な者が稀に作れておるからな。矢尻の方は頼んだぞ」
すぐに柔和な表情へと変わり、僕を穏やかな表情で見てくる。
「はい、わかりました。次回までに製作しておきますね」
「うむ。と、それよりもそろそろ時間だ。市場に行こうか」
立ち上がると馬場さんは僕たちを誘う。
「はい、楽しみです」
「ふぇぇ、疲れた……行きまーす」
雛が飽きたのか、錆びた鉄の塊を放置して、立ち上がり伸びをする。ちょっと根を詰めすぎたらしい。
「よし。俺が護衛をするから安心するが良いぞ」
頼り甲斐のありそうに口元を曲げてくるので、僕はコクリと頷くのであった。
秋空となり、風が涼しくなったなぁと純は思いながら、皆を誘って馬場さんの護衛の下、市場へと移動した。護衛と言っても、ここらへんは治安が良くなって大丈夫なんだけど。
元駅ビルという名の、天津ヶ原市場。駅ビルってなんだろう。不思議に思って、華たちと話したことがあるけど、たぶん昔の市場だったんだろうと結論づけた。だいたいあってると思う。
「いちばについたぁ〜」
「うぅ……貴女がいてくれて、助かったよ〜」
雛が目を潤ませて、お礼を言いながら幼女を抱きしめる。
「もぉ〜。雛は、歩いてないでしょ。影虎ちゃんに乗っているだけでしょぉ〜」
「だって、疲れたんだもーん。『浄化』スキルって、マナを使うんだよ〜」
頬を膨らませて、華が雛を嗜めるが雛はベーッと舌を出す。雛は幼女が乗る影虎に同乗していた。幼女の後ろにしがみついて。
「『金属加工』スキルを使っている純ちゃんはぴんぴんしているでしょぉ〜!」
「男の子と女の子は体力に違いがあるんです〜」
二人は顔を合わせて、口を尖らせて言い合いをしている。いつものじゃれ合いなので、純は苦笑をしつつ馬場さんたちと市場に入る。
市場はいつもの騒がしさよりも、さらに騒がしかった。人の多さが違う。
皆はワクワクと期待の籠もった表情で、ソワソワとしている。
「まだ来ておらんのか。少し早かったか?」
「そうみたいですね」
市場に入り華と雛も一緒にベンチに座って待つことにする。
幼女だけは影虎の背中に寝そべって、キャッキャッと楽しそうに頭を撫でていた。皆でのんびりとその様子を見て癒やされていると
「きたぁ〜、さきもりしゃん」
影虎に乗っている幼女が嬉しそうに市場の入口に歩き出す。どうやら、来たようだ。あの娘は勘がとっても良いからなぁ。
入口に移動すると、ジープや装甲車、騎馬隊が走ってくるのが目に入ってきた。その後ろに大量に鹿やうさぎ、狼を載せて。
大量の獲物。橋向こうの草原で狩ってきたものだ。この1週間、同様の狩りで多くの毛皮や肉が集められている。
今日も同じように狩りが行われたのだ。馬場さんは今日はお休みらしいけど、解体は手伝いするらしい。
「あ〜、何体狩れば少なくなるわけ? ちょっと多すぎだろ。鹿はともかくうさぎも多すぎだろ。何頭狼を倒せば良いわけ? うさぎを倒すのは飽きたぜ」
「ダンジョンが数メートルごとにあるんじゃないか? たしかに少し多すぎだよなぁ」
ジープから降りて、防人さんが苛つきながら降りてきて、後から降りてくる信玄さんが苦笑していた。もう1000頭近くの狼を倒しているから、気持ちはわかる。
装甲車から他の皆も降りてくるが、防人さん以外は嬉しそうだ。大量の獲物を狩れたからだろう。
「これなら、冬は越せるな」
「狼の肉も燻製肉にすれば良いのか?」
「毛皮はどれぐらいになる?」
狩りから帰ってきた人たちも、市場で待っていた皆もワイワイと積まれている山のような獲物を運び出す。そうして解体を始めるのだった。血の臭いが酷いから草原ではやめたらしい。どんどん敵が集まってきたんだとか。
たくさん作った解体用のナイフで解体をして毛皮を剥がし、肉を切り分ける。全部燻製肉に変えるのだ。
「まるで中世時代に戻った感じだな」
馬場さんがうさぎを切り分けながら苦笑する。こういうのは中世? とかいう時代の方法なんだ。
「中世っていうのは、防人さんみたいな魔法使いがたくさんいたんですか? 魔法使いがなめし革にしていたんですね?」
視界の先には、剥ぎ取って丸めた毛皮をみんなで次々と防人さんが作った水の球体に放り込んでいる光景があった。不思議なことに球体に入れると、水の中で脂や付いていた肉片がとれていきあっという間に綺麗になり出てくる。水滴どころか、ふんわりと乾いた状態で。
鞣しているらしい。鞣すってああいうことを言うのだろうか?
「……いや、あれは鞣していない。ああいう方法はとっていなかったと思う……」
「? それじゃあれですか?」
防人さんの傍らには雛が座っていて、うんざりした顔で毛皮を光で包んでいた。幼女は満面の笑みでよじよじと防人さんの肩によじ登っている。
「板チョコレートが食べたいよ〜」
「わかった、わかった。後でな」
また雛は浄化を使用していた。毛皮を鞣すのに呼ばれたのだ。チョコレートを防人さんにしっかりとせがんでいる。
そうして、やはり同じようにふかふかの毛皮に変えていく。
「……訂正しよう。断じて中世時代ではないな、うん。あれは鞣すとは言わない」
呆れたように乾いた笑いを見せてくるのは、なんでだろ?
どんどん解体は進み、お肉は地下の元業務用の冷凍室に運ばれてゆく。あそこには防人さんが山と作った氷が置いてあり、電力がなくても、氷の部屋として使われているのだ。
「これだけあれば、冬も越えられますね! 今年はお腹を空かせたりしなくてすみそうです」
「冷凍室が埋まりそうな勢いだからな。素晴らしいことだ」
「そうだねぇ〜。今日のご飯はなにかな?」
馬場さんが頷き、ワクワクとした表情で華が言ってくる。解体を手伝った人たちには今日のご飯と燻製肉、そして日給を貰えるのだ。想像するだけでお腹が鳴ってしまう。
しばらく解体をすすめて、ようやく持ち込まれた分が終わる。
「ノミは大丈夫か〜?」
「煮沸の事象で全部殺しておいたから大丈夫だ。それより、なぜ狼肉を運んでいくんだ? 鑑定士はどこだ?」
「さぁ、あれはなんだろうな? 墓に埋めるんじゃないか?」
信玄さんがノミを心配しているが痒くないし、大丈夫だと思う。防人さんが眉をひそめているけどなんでだろう?
初めて鹿肉を解体しようとした時に、ノミがたくさんいて大変だったらしい。血抜きもしないといけなかったから、大変なことになった。今は防人さんが毛皮のみを煮沸消毒して、その後冷やしているらしい。
どうやってやっているかはよくわからないけど。魔法使いって、みんな、ああいうことができるんだろうなぁ。羨ましいけど、僕の『金属加工』もすごいから十分かな。でも、魔法って憧れがある。
「ご飯ですよ〜。今日は鹿肉とキャベツの肉野菜炒めに、コッペパン、マッシュポテトだかんね!」
おばちゃんたちが、でっかい鉄鍋と寸胴鍋を運んできた。えへへ、あれは僕の作った鍋だ。
皆して集まって、ご飯を貰う。今日の解体の報酬として燻製肉と給金を貰い、ご飯をお皿に大盛りにしてもらう。
湯気のたったたっぷりとお肉が入ったキャベツとの炒め物とマッシュポテト、コッペパンだ。ここに来てから、ご飯に困ることはなくなったけど、それでもこれはご馳走だ。
受け取った箸で食べ始める。パクリと炒め物を口にする。少し塩っ気が薄いけど、肉の甘みが口に広がり、キャベツがシャクシャクと歯ざわりがよくて美味しい。
「美味ひい〜」
「美味いよな!」
「ふふふ、チョコレート貰っちゃった。皆で食べようね」
今日もお腹いっぱいに食べられるなぁと、幸せに思いながら頬張って食べていく。皆で幸せそうに食べていたら、馬場さんがなにやら難しい顔をしていた。なんだろう?
「どうしたんですか?」
「いや………。外街の奴らも混じっておるな」
見た目からはわからないのに、よくわかるなぁ。ご飯を食べながら和気あいあいと話している人々たちは見分けつかないや。
「あいつらは、以前に見たことがある」
「そうなんですか? それなら、仲良しになれて良かったですね〜」
華が嬉しそうにパンと手をうつ。その言葉に、馬場さんは驚いた表情になったが肩をすくめてみせた。
「そうだな……」
なんか難しそうな表情になったが、なんだろう?