83話 狩猟
草原というのは気持ちの良いものだ。サラサラと草むらが風に揺れて、その匂いを運ぶ。秋になり少し肌寒いが、それでも緑の匂いが風と共に薫って清々しい活力を与えてくれる。
「なぁ、防人。ここで狩りをするのか?」
おっかなびっくり橋を渡った信玄が聞いてくる。
「あぁ、今年はもう足元を固めることにした。草原先の攻略は来年だな。ここらへん一帯の魔物を駆逐するんだ」
答えながら、草原を見渡す。俺の後ろには信玄たちがいる。
そう、只今俺は信玄たちを連れて草原に来ていた。えっちらおっちらとジープ、装甲車、騎馬隊で。馬車が欲しいな、誰か作ってくれ。
「秋ですからね。この土地で多くの肉を集めておけば、餓死者も少なく冬を越せるでしょう」
腕を組んで、穏やかな顔つきで勝頼が言うがそのとおりだ。
都内でも10年ちょい前から、大雪が降るようになった。だいたい50センチほどの雪だ。寒さは厳しく、食べ物もない。もちろん体を温めるストーブなども存在しない。
そのため、餓死者や凍死は大量にでる。雪が溶けたら、死体が転がっていたなんてことはざらにある。
凍死の方はなんとかなると思うぜ。というか、なんとかする。
「大鼠をたくさん狩れば良いと、俺は思うんですけど、兄貴」
「さて、まずは敵を釣らないとな。大木君、血が滴る大鼠の死骸を身体に括り付けて、草原を散歩してくれ」
大鼠を狩ればいいとは、その草原の敵を釣る餌のためかな? うん、たぶんそうだと思うぜ。
「いやいやいや、死んじゃいますよ、俺!」
「肉食動物は植物を食べないから、大木君は大丈夫だと思うんだ」
「俺は人! 人ですから!」
なんだよ、植物じゃなかったっけと、ソッポを向いて、すっとぼけておく。燻製肉には鑑定書をつけるからな、俺。原材料はまともなのじゃないと認めないからな。
「それより、ここは狼が多すぎないか? 何頭いるんじゃ?」
「あぁ、俺がここを攻略するのを諦めた理由でもある」
目の前に広がる草原。その中にうず高く積もる死骸があった。狼の死骸だ。もう200頭近くになる。さらに追加も来ていたりする。
「みゃんみゃん」
子猫のような可愛らしい鳴き声をして、幻想の楔で肉体を持ったミケと影虎たちが、グラスウルフたち相手に無双していた。ついでに、グラスウルフの中に交じる虎のような体格の一際大きな狼も倒している。なにあれ?
『グラスウルフリーダーですね。Eランクです。特に統率とかはしていないですよ』
『ホブゴブリンみたいなもんか、了解だ』
同じステータスでも、やはり獣の方が強そうだと、狼の群れを観察する。
「なぁ、防人? 狼の群れも多いが、お前の影虎はまた強くなったんじゃないのか?」
「少し強くなったかもしれん」
疑わしい言葉を吐く信玄。少しだって少し。なぜジト目になるんだ?
「少しじゃないような気がするんじゃがの」
「気のせいだろ、歳をとるって大変だよな」
「間接的に儂がボケていると言っているな! 儂はまだまだ現役じゃわい!」
そうだっけかと、肩をすくめてミケに視線を向ける。
漆黒の毛艶の良い毛皮の虎だ。武装影虎と違うところは、金属装備がなくなったこと。その代わりに全身の毛先が水晶のように透明になっていることだ。なので、見た目が影虎よりも綺麗だ。
「みゃーん」
グラスウルフが襲いかかるのを、猛烈な勢いで飛びかかり、その頭を踏む。ゴキリと嫌な音をたてて、首の骨を折られて絶命するグラスウルフ。そうして、ミケは次々と狼たちの頭を踏み台にして、風のように疾走する。漆黒の風は爪をたてることもなく、踏みつけるだけで、グラスウルフリーダーすらもあっさりと倒していった。
戦闘力上がりすぎなミケである。
ミケ 影虎
マナ400
体力400
筋力500
器用300
魔力300
固有スキル 闘気法中効率変換、魔法中効率変換
スキル 影魔法3、闘術3、無魔法3
結構なステータスと言えよう。というか、蛟もそうだが、俺たちより強いよな? 総合ステータスで負けているぜ。
『まぁ、素材にしているコアの基本性能が高いからだと思いますよ。初期キャラよりも、後期に作るキャラの方がボーナスポイントがあって強く作成できるみたいな感じだと思います』
『なら、負けないように頑張らないとな』
雫との会話を終えて、周りに告げる。
「この狼たち。この数は異様だから、遠く離れた場所からも呼ばれているんだと思う。だから、労せず草原はある程度間引きできるはずだ」
「了解だ。よし、お前ら。解体部隊は狼の毛皮を剥ぎ取るんだ。コアを採るのを忘れるなよ。肉は」
「肉は埋めるように。第二陣が来るから、肉はそいつらを倒して回収する!」
大声で指示を出す信玄に、横から口を挟む。狼の肉も不味いと思うんだ。基本肉食動物だからな。
第二陣? と皆が首を傾げて疑問の表情となるが、すぐに理解した。
草むらからうさぎや鹿が飛び出してきたのだ。
「みゃー」
「みゃーん」
「みゃん」
その後ろから、可愛らしい猫の鳴き声がいくつもしてくる。
「影虎に勢子をやらせていたのかよ! 弓だ、いや、槍か?」
信玄はその様子にすぐに事態を把握するが、指示に迷う。
「うぉぉぉ、大木改めて、本多忠勝参る! 大木改めて本多参る! 大事なことだから2回名乗っておく〜!」
「でやぁ! そこの者は偽物。我こそは本多忠勝なり!」
「本多忠勝の蜻蛉切の力を見よ! そこらの有象無象とは違う我が槍の力を!」
大木君が槍を振り回して、飛び出してきて、そのまま駆け去る鹿を追いかける。その後ろでも、たくさんの人が槍を振り回してうさぎを追う。
「なんだありゃ?」
魔法の槍を作りだし、鹿を撃ち貫きながら呆れる。本多忠勝多すぎだろ。
「あ〜。名前には言霊があるんじゃないかと、この間の諏訪戦から噂になってな」
気まずい顔で頬をかき、信玄が困った表情になるが、なるほど、本多忠勝って、戦場で1回も傷を負ったことがないんだっけか。それにあやかりたいのね。仕方ない奴らだなぁ。
「グフゥッ」
森林方面から飛び出してきたうさぎに大木君は吹き飛ばされた。アルマジロのように体を丸めて、大木君に突撃したのだ。普通のうさぎではないっぽい。
『突進うさぎですね。Fランクです。一度相手に突進すると、すぐに逃げちゃう面倒くさい敵です。その突進は大人の体当たり程度の威力ですね』
『美味しそうな敵がいるんだな。なんだよ、食料に困らないじゃん』
あれもポップするなら、簡単に肉を手に入れることができるじゃんね。早くこの地に来たかったぜ。
『突進うさぎはあまりポップしないんです。レアではないんですが。ポップしないというか、他の魔物に食べられていると思われます。しかも足が速いんですよ』
大木君を倒した突進うさぎは、突進した速度のままで、ぴょんぴょんと飛び跳ねて、すぐに草むらに入って消えていった。魔物にしては珍しいタイプだ。
あれは罠とかで倒した方が良さそうだと呆れていると、大木君の周囲にいた本多忠勝部隊がなにか言っている。
「あいつは傷を負った。本多忠勝ではなかったな」
「やはり大木は大木」
「くくく、俺こそが本物の本多忠勝」
どうやら、怪我をした者は本多忠勝部隊から除名処分を受ける模様。心底どうでも良い。
「お前ら、あんまりふざけてないで、しっかり働け! サボってたら給料なしだからな!」
「へいっ」
「すみません」
「ひぃ。すぐに仕事に戻ります」
信玄が青筋を額に作り怒鳴ると、男たちは蜘蛛の子を散らすように散らばり、うさぎを追いかける。
『うさぎ美味し、かの山ですね』
『雫さんや、それはベタだぜ』
『たしかに使い古されたネタでした。反省』
ペロっと小さく舌を出して、悪戯そうに笑う雫さん。くるくると舞うように宙を飛ぶ姿は可愛らしいので、癒やされてしまう。
草原では、男たちが槍を振り回して、うさぎや鹿を倒そうとしているからな。普通に無理だから、それ。
「弓が必要だよなぁ。それか罠猟」
結構な数の鹿やうさぎが出てくるが、走る速度が速すぎてまったく皆は追いつけていない。パワーアップしている大木君でも無理なんだから、普通に無理だ。
「弓矢を揃えるか、銃で戦うかだな」
うぅむと、信玄が唸りながら腕を組む。そうだよなぁ……困るよな。
「防人様! この馬場にお任せくだされ! 現在弓の訓練を私の仲間がしております。お許し願えれば、量産をさせておきまする。この草原ではお役に立つかと!」
どうしようかと迷っていると、大声で俺へと話しかけてくるおっさんが現れた。鼻息荒く近寄ってきて、自分の後ろを指し示すと、コンパウンドボウやボウガンを持った者たちが、5人ほどいた。真剣な目つきをしており、一応自信はありそうだ。
「上手くいきますれば、弓兵部隊の設立をお願い申し上げたく存じあげます。防人様が確保しました小銃も倉庫に仕舞ったままでは、ただの調度品にしかならないとあれば、我らに一部をお預けいただければ、鉄砲隊も作り上げ、治安維持から、ダンジョンでの護衛まで活躍致しましょうぞ!」
ドンと胸を叩いて自信満々の様子。誰これ? うちの社員なのはわかるけど。一応覚えているぜ、顔だけは。
「あ〜、こいつは馬場だ。ほら、信玄繋がりで馬場と名乗ることにしたらしい」
気まずそうに頬をかく信玄だが、なるほどなぁ。馬場ねぇ。
「馬場?」
「馬場信房と名乗ることに致しました」
「長篠の戦いで、織田軍の鉄砲隊にやられた?」
「そのとおりです」
それが鉄砲隊を持ちたいって、こいつはなにか前世でもあるのかな?
『前世が馬場信房だった俺。今世では鉄砲隊を作って無双する。とか小説になりますよ』
雫が楽しそうに、ムフフと口元を押さえている。なんだよ、小説って。
『そういうのいらないから。うう〜ん……』
どんな人間なのかわからんなと、信玄に視線を向けると、難しい顔をしてきた。否定しないところ、そこそこ優秀なのか。
周りを見渡すが、酷いものだった。皆は長槍で追いかけ回すだけで、てんでバラバラな行動をとっている。こりゃ駄目だ、影虎頼りは少し困るよな。
「よし、馬場君。あの鹿を撃ってみて」
大木君たち、忠勝部隊に追いかけられている鹿を指し示す。やるというからにはその能力を見せてもらわんとな。
「お任せあれ!」
コンパウンドボウを構えて、素早く矢をつがえると、強く弦を引き絞り鹿へと向ける。
「お前ら、矢を撃つから離れてろ!」
警告をして、皆が離れていくのを確認して、馬場は矢を放った。
ヒュンと矢は飛んでいき、鹿の首元に刺さる。逃げ回っていた鹿はその一撃に倒れて死んだので、周りが感心の声をあげる。
「どうですか、防人様。私は先日『弓術レベル1』となり申した」
胸を張り残心を解く馬場。どうやら口だけではないらしい。
「なかなかやるなぁ」
しかも平凡なスキルだ。致命的弱点はないと思う。なら、良いか。
「よし、馬場君。少しこの草原で活躍してくれ。しばらく様子を見てからだな…。部隊の設立を決めるかは」
「はっ! 了解致しました!」
背筋を伸ばして敬礼をするは馬場君。うん、草原に弓兵は相性が良いよな。たくさん肉がとれそうだ。
「影虎と影蛇も預けておくから、頑張ってくれ」
にこやかに俺は笑みを浮かべて、馬場の肩を叩く。ついでにこっそりと影猫も馬場の影に忍ばせておく。俺って優しいから、危機があればすぐに動けるようにしておくんだよ。