81話 草原
ジープを草原に入れて走らせるが、顔を顰めてしまう。辛うじて残るアスファルト舗装の道路。その脇はなだらかな丘が続いているのだ。遠目には平らにしか見えなかったのだが……。
「視界が悪いな」
微妙になだらかというところが嫌なところだ。草むらも膝上程度まで繁茂している。何が言いたいかというと、だ。
『待ち伏せに絶好の場所ですね』
ふよふよと宙に浮きながら、周りを雫が眺めて、目を細める。
「そうなんだよな。ちょっと離れた丘に寝そべって隠れても見つからないぜ」
視界が通らなければ、マナも闘気も見えにくい。サーモグラフィのように草むらの中でも見えはするが、丘上に隠れられると、さすがにわからない。
「遠距離での不意打ちは怖いからなぁ」
ジープのエンジン音をたてながら、ため息混じりに指を振る。火炎蛇が指から生み出されて、草むらから現れた狼を焼く。
「それに草むらだと、火事が怖いよな。だが、氷や影魔法だと敵を倒すのにワンテンポ遅れちまう」
炎を受ければ身体は燃えるから、敵は怯み動きも止まる。氷や影だと凍るのに炎よりも時間はかかるし、影も拘束しなければ敵は止まらない。なので、炎の攻撃一択なのだが、この地は使いにくい。
『戦闘ヘリと護衛装甲車を呼び出しましょうよ』
むふんと胸を張る雫に、ニヤリと笑い返す。そうだな、俺の部隊を呼び出すか。
「まぁ、それが一番か。『武装影烏』、『武装影虎』」
車を停めて、指をパチリと鳴らすと、影から忠実なる使い魔が飛び出してきた。
金属の光沢を持ちながらも、しなやかで軽い刃のような漆黒の艷やかな翼と、鋭いナイフのような嘴を持つ烏が3体。そして、いつもの武装影虎3体。
「烏は1羽が先行して索敵。1羽は俺の直上で警戒。最後の1羽は高空で全体を俯瞰して警戒だ」
「カァ」
了承しましたと、バサリと羽を羽ばたかせて烏たちは空へと飛んでいく。
「ミケ、お前も先行して索敵。他の2体は俺の前後で警戒だ」
久しぶりにミケを連れてきたのだ。いつもは本社勤務の警護だが、新しい所は危険だからな。
「ミャア」
相変わらず、その図体から出せるとは思えない可愛らしい子猫のような鳴き声をあげると、ミケは先行していく。なぜかミケだけ、他の影虎よりも頭が良いんだよな。なんでだろ。
高空からの偵察と、地上での警戒。これで不意打ちされる可能性は少なくなるはず。
『では、防人さんにとって、一番可愛らしい子猫のような私が使い魔たちとの視界を共有して確認しますね』
俺の肩にしがみつくように身体を押し付けてきて、ニコリと可愛らしい微笑みを浮かべる雫。幽体だから触れないが、その微笑みは可愛らしくて癒やされるぜ。
頭を撫でることができれば撫でるんだけどと思いながら車を進めていく。ガタゴトと多少は揺れるが、軍用ジープは走破性が高くそこまででもない。
『ザザッ。この視界でしょうか。ザザッザザッ。視界ジャックって面倒くさいです。教会で待機している中年の男女が見えます。CMで流すと中止になるやつです』
「あの、雫さん? いつもの病気を発症しないでくれるかな? 真実か嘘かわからないんだけど」
教会なんかあるわけねーだろ、CMってなにかなと、頭を押さえて、う〜う〜と唸る美少女をジト目で見つめる。
テヘッと小さな舌を出して、くるくると宙を舞う妖精みたいな美少女だが、コテンと首を傾げて尋ねてくる。
『なぜ、川一つ挟んだだけでここらへんはこんな平原になっているんですか?』
「普通、疑問に思うよな。これはベヒモスのせいだ。この先しばらくはこんな風景だろうなぁ」
『あぁ、ベヒモスがたくさん現れましたか。あれはAランクですからね。対地ミサイル攻撃がメインになるでしょうし、大地を崩壊させる土魔法の『大地崩壊』や全体へと衝撃波を撒き散らす『ベヒモスの咆哮』、そして広範囲雷魔法の『サンダーレイン』、最後に大地をひっくり返す『天地逆転』を使うから、早く倒さないと、街は崩壊しちゃいますから』
納得したと頷く雫へと頷いてみせて、昔を思い出す。
「ベヒモスが10体以上、ここらへんに現れたんだ。川向うだから助かったが堤防は壊れるし、街は大地の中に埋められる。避難民がいるから大規模なミサイル攻撃もできなくて、あっという間に街は崩壊しちまった」
恐ろしい敵だったと、過去を思い出す。まだダンジョンが発生して数年といったところだった。あっという間に街が崩壊していくのをテレビ越しで見て、こんなに魔物というのは強いのかと恐ろしく思ったもんだ。
以降、大型の魔物は被害を考えずに軍は攻撃することに決めたんだっけか。少しでも放置すると、恐ろしい被害を出すことが理解できたので。
「その後で復興のために避難民が戻ったんだが……」
『今度は中型や小型の魔物が現れたんですね。生き残りを殲滅するべく歩兵を投入するように』
「そのとおり。それでも、街を復興させようとはしていたみたいだが」
多額の税金を投資して復興支援をしようと政府は考えて、実際に行動に移したが、日本各地がそんな状態であったので無理だった。
今思えば、そこらへんから財政破綻となり、日本はダンジョンに負け始めたのかもしれない。
平原と森林。人類の営みがなくなった世界は平穏に見えるのが皮肉だった。
『そのために、この地域は動物系統の魔物が徘徊することとなったんですね。烏を襲いに現れました』
視界を先行している烏に合わせると、雫の言うとおり、近くの森林から2メートルほどの大きさの鷹が3体編成で飛んできていた。翼を広げて2メートル、結構でかい。そしてなんで鷹なのに、部隊を組んでいるわけ?
『ウィンドホークですね。常に3羽編隊を組んで敵を襲います。危険度はEランク。風魔法を使います。射程は30メートル。弱点は魔法使用時に動きが遅くなるところと、魔法の射程が短いこと。その魔法の威力も厚手の服を切り裂く程度の微妙なレベルです』
「ホブゴブリンレベルか」
『飛行することと、風魔法を使うことからだと思います。ステータス自体はたいしたことないですよ』
いつもの説明役な雫さんの言葉に納得するが、うちの子は大丈夫かな?
「うちの子は遠距離攻撃ないんだよ。嘴と爪だけだから、心配だ」
『大丈夫です。行きなさい、震電!』
ピシリと指差すお茶目さんな美少女。
「いつの間に名前決めたの?」
3対1だからなぁ。大丈夫かなと思いながら視界を接敵した烏へと移す。頼むぜ、影烏。震電だっけか。
ウィンドホークが接近してくるのを見て、影烏は翼を羽ばたかせ加速して迎え撃つ。
加速してくる影烏に気づいたウィンドホークは、先頭がホバリング。風魔法を使おうとマナを集中し、残りの2羽は左右に分かれて押し包もうとしてきた。
鷹にしてはなかなか考えていると、武装影烏の震電は目を鋭くして先頭のウィンドホークへと迫る。
『風刃』
マナの力により、風が質量をもち、ナイフのような鋭い刃と化す。風の魔法は他と比べて速い。他の魔法で速度に勝るのは雷系統ぐらいだ。
震電は迫る刃を気にせずに、頭からぶつかるように接近する。
ウィンドホークは対空戦に優れる。鳥同士の戦闘では、羽根に傷一つでもつければ墜落する。回避せずに突撃してきた烏を見て勝利を確信するが、次の瞬間驚く。
風の刃は烏に命中すると、カキンと音がして弾かれたのだ。そのまま烏が突撃してきて、魔法の発動でホバリングしていたウィンドホークは回避できなかった。
震電はマナの爪を伸ばすと、すれ違いざまに羽根の付け根へと攻撃して腱を斬る。
羽ばたく力をなくして、錐揉みしながら墜落していくその様子を横目に左へと旋回していく。
先頭のウィンドホークが倒されたことにより、Uターンをしてくる残りの2羽。だが、ウィンドホークの1羽に急接近した震電は嘴を突き出して体当たりをする。
ウィンドホークも対抗して体当たりをするが、戦艦と駆逐艦が激突するようにウィンドホークは跳ね飛ばされた。
同じく力をなくして墜落するウィンドホーク。最後のウィンドホークが爪を突き立てて、震電に襲いかかるが、羽を畳んで急降下して回避する。
そうして再び羽を開き、通り過ぎていったウィンドホークの後ろをとると、背後から爪を突き立てて切り裂く。傷つけられたウィンドホークは墜落していき、震電は余裕を見せるように羽ばたき、ひと鳴きする。
「カァ」
3対1でも楽勝であった影烏の震電であった。あんまり鳴き声はかっこよくなかったが。震電に命名されたのはさっきです。
「第二次世界大戦の戦闘機ねぇ。影烏、結構強いけど、やはり空中戦は遠距離攻撃の手段が必要だよな」
再び偵察に向かう震電を見ながら、顎を擦る。墜落したウィンドホークと影烏はその性能は変わるが、戦闘機と変わらない。
少しでも強い攻撃を受けたら墜落するだろう。戦闘機って脆いからなぁ。あのまま格闘戦は厳しいぜ。
『機銃でも装備できれば良いんですが、今は仕方ないですよね。使い魔があれだけ硬くて強いだけでも破格の性能ですし』
正面から魔法を受けて弾いたのだ。ゼロ戦対……なんだっけか、アメリカ軍の硬い戦闘機。第二次世界大戦後半時にゼロ戦をライター呼ばわりした、7.7ミリ機銃を受けてもびくともしなかった戦闘機。
立場が反対となったが、震電はそれぐらいの性能比だと思う。だが、そこまでだ。今のところは偵察用だな。
「ウィンドホーク………。あいつらは空中の魔物だ。なぜ廃墟街まで来なかったと思う?」
『縄張りが決まっているんだと思います。いつものように。それとこの平原、たくさんの獲物がいると思います』
スイッと、指差す先には先行していたミケがニャンニャンと攻めかかる狼たちを猫パンチで切り裂いていた。
足などを噛まれても、胴体にのしかかろうとする狼たちを、まったく気にせずに、爪で切り裂き、噛み付いて食いちぎる。10頭近くの狼たちを楽々で倒していた。
「あれかぁ。魔物同士の戦いもそうだけど、うさぎや鹿もたくさんいそうだよな」
ミケは大丈夫そうだと、その様子をのんびりと見ながら考える。戦車に襲いかかる歩兵みたいな感じじゃんね。対戦車砲を持たない歩兵なら負けはない。
『グラスウルフですね。Fランクで、群れをなして襲いかかってきます。特に際だった力は持ちません』
「獣で群れをなす。その時点でゴブリンよりも厄介だが……獣かぁ」
残りの影虎2匹も同様に狼たちと戦闘を開始していた。マジかよ。ここ何匹敵がいるわけ? 多すぎだろ。
「これは先に進むのは駄目だな。敵が多すぎるだろ」
獣は足が速いし、仲間を呼びもするから、どんどん集まってくる。いったんここの敵を一掃しないと駄目だろう。
『むぅ……先に進まないのですか?』
「あぁ、狼の死骸を放置しておきたくないし、毛皮もとりたい。ゲームと違ってな。それに鹿やうさぎもとれそうだ」
戦闘の匂いを嗅ぎつけたのだろう。丘向こうから、やけに巨大な鹿がこちらへと疾走してきているのが目に入る。
現実は世知辛いね、ったく。素直に進むことはできなそうだ。