79話 縄張り
結局、装甲車やジープはその殆どを先に返却しておいた。素早い仕事だとセリカは評価が上がり、その素早い仕事から、マッチポンプと思わせて俺にはやはりバックがいると他者に思わせるわけだ。
俺の頼んだ物は、手配に少し時間がかかるとか。まぁ、結構な量だからな。裏切る可能性もあるが、現状それはないと思う。デメリットがメリットを超えるまではな。
『わかりませんよ、セリカちゃんは裏切る可能性は高いと思います。囮として頑張ってくださいと、ちょっぴりお茶目にキマイラの軍団の中に残したら、次のミッションでは、世界一の美少女をベヒモスの餌にしたりするんです。きっとそんな性格をしていると思います』
プンスコ美少女雫さん。ねぇ、それって裏切ったって言うのかな? やり返したって言わない?
『裏切りそうな時は言ってくださいね。悪即斬です。新選組です。池田屋に突撃しちゃいますよ』
刀で斬る真似をする美少女さん。新選組の誰をイメージしているのかな? 可愛らしいなぁ、まったく。
「問答無用の戦士なのね。でも、それを言うなら俺も悪に入ると思うぜ」
あくどいことを普通にやっているからなぁ。というか、廃墟街の連中は皆悪じゃね?
『それじゃ、敵即斬で』
「対象範囲が広すぎるだろ。まぁ、それで良いか」
肩をすくめると、目の前の光景に目を移す。そろそろお喋りは終わりだ。真面目にしないとな。
広がる光景は変貌した荒川だ。数倍の川幅、そしてその先に続くサバンナのような平原。広々とした草原。丘のように見える物は土を被った朽ちた家屋で、木々のように聳え立つのはよくよく目を凝らせば、廃墟ビルだ。やはり土に覆われて、雑草が繁茂して見る影もない。
そこに続く道は高架となっている線路だ。川幅が広くなっても高架は先にまで続いているので、水の中に沈むことはなく、橋として使える。
まぁ、サハギンたちがその線路上で徘徊していなければだが。川から飛び出して線路に降り立ち、また川に入っていく。まるでゲームキャラのように意味なく徘徊しているのが不気味だ。
『魔物は嫌がらせをするのが大好きですからね』
「たしかになぁ。ここは危険すぎて渡れなかった。せっかく橋があるというのにな」
サハギンがウロウロしているのだ。武装しても通りたくない。戦車に乗ってなんとかというところか。
まぁ、今から変わるんだけど。
『アイテムボックス』
魔法陣から現れたアイテムボックスから、アイテムを取り出す。箱の中は生臭くない。良かった、よく洗っておいた甲斐があったよ。
「蛟の真牙に、蛟の頭鱗。これで大丈夫なんかね」
コロンコロンと仕舞っておいた蛟から採った希少な部位を取り出す。セリカには悪いが、これを渡すことはできなさそうだ。
「さて、『等価交換ストア』っと」
等価交換ストアを呼び出して、そこにある一覧を確認する。そこにある1つのアイテム表示。
『幻影の楔:スペシャルC1』
スキルではなく、アイテムだ。今回はこれを取得しようと思う。どうやら蛟はモスマンクイーンのように、スペシャルレアだった模様。
「初のレアアイテムだよな」
『そうですね。使い勝手の悪いアイテムですが……。ここでは良いかと』
「ほいほい」
ピッとその表示を押下すると、ガシャンと音がして透き通った1メートルほどの水晶がストアから滲み出てくるように現れた。
強い魔力を感じ、神秘的な煌めきを見せている。
「これ、大きすぎて持ち運びが難しいよな」
なぜか地上から数十センチ上に浮いている水晶。しかも脆そうなんだけど。硝子細工のように壊れやすそうなんだけど?
『そこが問題なんです。これ、とっても壊れやすいんです。小石が当たっただけでも壊れちゃいます』
「話は聞いていたが、物を見ると想定以上に壊れやすそうだよな」
硝子細工にしても脆すぎる。
『幻想の楔は設置場所を中心に、半径1キロメートルを守護する幻獣を作り出します。この楔が壊れたら消えちゃいますけど。時折、宝箱に入っていました』
「金庫にでも仕舞っておいた方がいいアイテムだよな」
『楔に魔物の素材を入れると、その魔物が幻獣となってその地を守ります。私もあまり見たことがないアイテムですね。だいたい初戦闘で壊れます。魔物のダメージをこの楔が請け負いますので』
そう聞くと役に立たない水晶だ。脆いクセにダメージを肩代わりって、使えないにも程がある。だが、俺は試してみたかったんだ。失敗したら残念でした。次を考えるぜ。
水晶に触れると、ステータスボードが宙に出現する。半透明のSFチックな物だ。
『素材となるアイテムを投入してください』
そう表示されているので、ポイポイと牙や鱗を投入する。
『蛟を作りますか? ハイ・イイエ』
「ゲームっぽいよな」
『これ、魔物の素材しか受けてくれないんです』
興味津々で見つめる俺を、その隣でくっつくように雫が見る。
「ハイを選択」
ポチッと。ボタンを押下すると、バチバチと音がして水晶が光り輝いてくる。その魔力が渦巻き幻獣とやらを作ろうとする。
『はんにゃら〜、ほんにゃら〜、どかべがふんだ〜』
両手をひらひらとさせて、身体をくねくねと揺らすアホ可愛い雫さんの謎の踊りはスルーして、渦巻く魔力の塊に手を添える。
「待て待て。プラモ作りなら俺も手伝わせろよ」
神経を集中させて、渦巻く塊にマナを籠め始める。
『凝集魔法武器化』
渦巻くマナの塊がますます大きくなり、突風が吹き荒れる中で、俺はさらに力を籠める。
『凝集闘気武器化』
朧水の小剣を見て思ったんだよなぁ。闘気の刃もそういや作成できるな、と。
紫電が塊に走り始めて、俺の障壁にも当たり弾けていく。
『闘気法最大効率変換』
『魔法最大効率変換』
めまぐるしく変わる渦巻く塊にニヤリと笑いながら、マナと闘気を注ぎ込む。
『エラー! エラー! エラー!』
水晶に浮かぶ表示が真っ赤になり、エラー表示となる。うんうん、遠慮するなよ。せっかくだ。全マナを受け取ってくれ。
水晶にヒビが入り、そのヒビがどんどん大きくなる。あ、あれ? ヤバいかも。容量用法に気をつけないといけなかった……。
『フォーマットを開始します』
ヒビだらけになり、あとは突けば砂になりそうな水晶。メッセージは変化したけど、これはまずい予感!
髪を煽られながら、風圧で顔を歪ませて冷や汗をかく。
『フォーマット終了。再構成を終了しました』
最後にそのメッセージが表示された瞬間、水晶は砕けて粉となり渦巻く塊に吸収された。
そうして、渦巻く塊は収まり、その中に巨体が現れる。蛟だ。予定通りの姿に変わったらしい。
全長50メートルほどの大きさを持つ巨大なる龍である。
「やったぜ。蛟が作れたな。予定通りだ」
『なんだか、身体が透き通っています』
「元から透き通ってたよ、うん」
目の前の蛟はクリスタルガラスのように透き通り美しかった。たしかこの間、雫さんが倒した蛟ってこんな感じだったよ。うん。
『体内に膨大なマナが流れているような感じは?』
「これぐらいあったよ、うん」
感知しなくても莫大なマナの力を感じるし、その鱗は硬そうだ。すべすべだし。強敵だったよな、蛟。
『う〜ん………』
ジロジロと蛟の周辺を回り、その姿を眺める雫。想定通りの結果だ。きっとステータスがちびっと上がっていると思うんだ。それで水晶はどこかな? 融合しちゃった?
『まぁ……良いでしょう。人化しないみたいですし! 美女とか美少女にならないみたいですし! よくあるテンプレでなくて良かったです』
ふ〜、やれやれと胸を押さえて、人化しようとしたら壊そうかなと思っちゃいましたと呟く雫さん。えっ、なんだって? と、聞き返せば良いのかな?
なんか俺を見てピクリとも動かない蛟。ジッと見てくるので、少し落ち着かない。
『名前ですね! え〜と、それじゃ名前はヘビっち、ヘビたん、へビーン、ゲレゲレのどれにしますか?』
楽しそうにムフンと鼻息荒く言ってくる雫さん。うん、ろくな名前がないよね?
「蛟で良くない? 普通に蛟で」
『駄目ですよ! ダーメ! ちゃんとした名前をつけないと可哀想です! それじゃ、ニョロニョロ?』
雫さんのちゃんとした名前の基準を教えて下さい。仕方ないな……。
「コウにしようか? コウなら蛟の言い方を変えただけだけどさ」
わかりやすくて良いよな。俺は名前を覚えるのあまり得意じゃないんだわ。
『コウですか……私はあの王子パイロットあまり好きじゃないんですけど。完全にライバルに食われていましたからね。仕方ないです。それで良いです』
「なぜ上から目線なんだよ。ったく。よし、お前の名前はコウだ」
コウはコクリと頷いて、身じろぎする。
『コウミズチ突貫しなさーい! 新米が先にいくものなのです!』
ビシリと指を橋の方向に向ける雫さん。なぜか指示を出す雫に、コウはコクリと頷いて頭をもたげる。マジか、幽体の雫を感知できるのか。
クリスタルのコウはその透明な瞳をサハギンたちに向けて口を開ける。膨大なマナがその口の中に集まっていく。
『水息吹』
細い水というか、蒼き細いクリスタルの光線がサハギンたちに向かう。器用にもその光線は曲がりくねり、橋を傷つけることなく、サハギンたちのみを通過する。
シュインと水が身体を通り過ぎて、ズルリとサハギンは肉塊となって、その胴体は滑り落ちて分割されて地に落ちる。
ブレスを数回吐くと、サハギンたちをあっさりと全滅させた。見ると橋の下の川が激しく波打ち、水が波打ち、サハギンたちの群れが逃げていった。
『お〜……素晴らしいです』
「だな、蛟のブレスって強いよな」
唖然とする雫がまだ蛟と言い張るんですねと見てくる。
………お、蛟のステータスが出てきた。
コウ 蛟
マナ900
体力600
筋力600
器用250
魔力350
固有スキル 水操作4、闘気法中効率変換、魔法中効率変換
スキル 水魔法4、闘術3、無魔法3
「ほら、蛟って書いてある! 蛟で良かった。あれ、でも器用が低いってまずくないか? 筋肉破断起きない?」
『亜種とか、あれ、表記が違うぞ? とか、ならないんですね……。人型タイプ以外は大丈夫です。恐らくは獣タイプもそうですが、人間みたいな器用値は必要ないのでしょう』
疲れたように肩を落とす雫さん。蛟だよ、蛟。この間、倒した奴と同じだ、そっくりさん。双子と言われてもおかしくないね。総合ステータスが変だけど、気にしなくて良いよな、うん。
『幻想の楔レベル3』
なんか、俺のステータスボードに固有スキル名として表示されているけど、きっとそういう仕様なんだろうな。
『……はぁ。あくまでも認めないつもりですね。まぁ、良いでしょう。それよりも……エラー表記は私も生まれてから初めて見ました』
「そうなんだ?」
『そうなんです。この間から、少しずつですが侵食できているようですよ、防人さん。これは小さな一歩ですが』
雫はその瞳の奥に爛々と光を宿しながら薄く嗤う。
『私はとっても嬉しいです。ふふっ』
「喜んでいただけてなによりだ、パートナー」
少し怖い雰囲気を見せる雫さん。……侵食ねぇ。
「とりあえず、コウ。命令だ、この橋を守り敵の接近を許すな」
「ち~」
ハツカネズミのような、やけに可愛らしい鳴き声で返事をするコウに頷いて、俺たちは帰宅するのであった。マナが空っぽになったから、一旦回復させておきたい。これで橋は渡れるかな?
コウ……見つかったらまずいかも……。どうするか……。やりすぎた。反省するぜ。




