77話 台頭
内街の高級街。東京の内街でも5本の指に入ると言われている、選ばれし上流階級のみの会員制であり、一人の食事代に内街の平均月収が必要となる高級料亭にて、数人の者たちが集まり食事をしていた。
「ここの料理は美味しいですよね。ここの料理長はゆーざんという名前ではないですか?」
畳敷きの個室にて、果たして幾らするかもわからない調度品が飾られて、障子の向こうでは整えられた庭園の池にて、鹿威しが小気味よい音を立てる中。流れるような純白の長髪に、白い肌の紅き瞳のアルビノの美少女、神代セリカはニコリと微笑んだ。
着物を着て、楚々と上品な所作で料理を食べるセリカの姿は、この世のものとは思えない美しさと、妖しさを醸し出している。
ならば対面に座る男たちは、その容姿に魅入られるかといえば、苦々しい表情でそんな様子を見せてはいない。それよりも困ったことが起きているのであるからして。
「神代……様。本当になんとかなるのですかな?」
自分の子供のような歳の者に、様をつけるのが嫌なのであろう。多少口籠りながら、セリカを対面に座る男は見てきた。
「はい。もちろんです。僕はこれで少しばかり顔も広くてね。廃墟街に忘れていった装甲車、全てとは言いませんが、回収できるかと」
にこやかに笑う他意のなさそうな優しいセリカの声に、されど男たちは苦々しい表情を変えなかった。
「おや、不服そうですね? では、子飼いの者たちを編成して回収部隊をお送りした方が良いのでは? その方がお金もかからないでしょう」
「既に投入した……。残りの部隊。ジープ2台にトラック1台で。加えて少佐を2人………」
「それは良かった。それでは回収は上手くいき、僕の出番はないということですか。最初に声をかけたときにも、ご自分の部隊でなんとかすると仰ってお断わりになりましたものね。僕も他人事ながら、喜ばしい限りです」
パンと柏手をうって、セリカは無邪気そうな微笑みで小首を傾げてみせる。
だが、その可愛らしい微笑みを見ても、男たちは苦虫を噛んだような表情を変えずに、絞り出すように苦しげな声を漏らす。
「……失敗した! 全員未帰還だった。うちの警備会社はもはや立ち行かない。いや、それどころか、車両を全て廃墟街に放置してしまった!」
「あらま。そうなんですか、それは痛ましいことですね。やはりダンジョン攻略はなにが起こるかわかりませんよ。とても残念です」
そう言って痛ましい表情に変えて、セリカは料理を食べる。その様子に、それ以上の答えを引き出せないと悟り、男たちは手を握りしめて、自分たちが動くこととした。
「ダンジョン攻略などするべきではなかった……。回収をお願い申し上げたい」
頭を深く下げる男たち。頭を下げても、不満ありありの空気を醸し出しているのだから、たいしたものだとセリカは冷ややかに見つめるが、まぁ、良いだろう。所詮は小物だ。
「わかりました。ダンジョン攻略にて失った車両、回収致します。ただ、全台とはいかないと思いますよ? 銃も含めて」
「それで良いっ! 車両を全て廃墟街などに放置したのは前代未聞だ。私らの立場は非常に危ういものとなっている!」
ダンジョン攻略。仮にも軍用車両を内街から出すのだ。申請が必要であったが、以前からそのような場合は暗黙の了解で「国家の安寧のため、民間であっても、ダンジョン攻略をしに行く」という建前になっていた。
セリカの目の前に座るのは諏訪一門。先日、副業に精を出す諏訪広角が一門の警備会社の部隊を率いて、ダンジョン攻略に行き全滅した。慌てて、残りの部隊を送り込んだものの、それも全滅。ダンジョン攻略が恐ろしいことを認識し、そしてなによりまずいのが車両を全て置いてきてしまったことだ。
もしかしたら幽霊が取り憑いてしまい、ろくでもないことをしでかすかもしれない。なにより強力な軍用車両に大量の銃を放置してしまった。廃墟街の幽霊が力を持ってしまったのだ。諏訪はその責任を追及されて、その立場が酷く危ういものとなっていた。
軍用車両は警備会社に払い下げられたものだとはいえ、厳格に管理しなくてはならないのだ。外街の人間に奪われて、騒ぎなどを起こされたら困るのである。それが今回は廃墟街。まずいなどというレベルではない。
「では交渉といきましょう。私の条件は回収した車両と警備会社の譲渡。もちろん適正価格で買い取りますよ? それと諏訪様が支配していた台東区、足立区外街の各組合長の席。安いものですよね?」
「なっ! 会社を譲渡だと? そんなことが認められるかっ!」
あまりの報酬の高さに怒気を纏い、男は強くテーブルを叩く。有名陶芸家の皿が浮いて、ガシャンと音を立てる中で、セリカは平然とお茶を飲む。
「では、他の方のお力で回収をなさればよろしいかと。僕は全然構いません」
「くっ!」
ワナワナと肩を震わすが、それができる時点をとっくに越えていた。既に2回目の回収部隊から情報を得ているのだ。
極めて強力な魔法使いがその地にはいて、その姿を碌に確認することもできずに部隊は全滅したらしい。遠隔操作にて魔法を操る恐ろしい能力者だ。
そして、その男は目の前の少女から支援を受けていることもわかっている。源家の紐付きである神代セリカが肩入れするとなると、魔法使いのバックに誰がいるかも簡単に想像がつく。
なので、神代セリカに頼むことにしたのだ。当初は不意打ちでも受けて立ち往生でもしてしまったのかと、帰還日を過ぎても戻らない部隊の支援に残りの部隊を向かわせたのもまずかった。
その際に神代セリカがこちらに猫娘を寄越して、回収のお手伝いをしましょうかと言ってきたのを、鼻で笑って追い返したのもまずかった。まさか諏訪広角が死亡しているとは、60名からなる部隊が全滅しているとは、露とも思わなかったのである。
もはや、同格の家のものに支援要請もできない。皆は二の足を踏み受けてはくれない。どれぐらいの被害が出るかもわからないし、損害は大きいと予測されるのに源家を敵にしたくない。
仕方なく神代セリカに再度の会談を依頼したのである。源家と直接やり合うよりはマシであろうと。
「………わかった。それで良い。確実に頼む」
「畏まりました。それと御社の株を少しだけ源家が買い取り、今回の苦難を乗り越える支援を行いたいとも仰っていますが?」
可憐なる微笑みでセリカは追加の報酬を、一見親切めかして口にする。それを拒否することは諏訪にはできなかった。
「そ、それも了承しよう!」
それは源家の支配を受けるとも取られる。いや、源家の派閥に入ったと確実に周りには思われるだろう。諏訪家は独立した一門として今後は活動不可能だ。
悔しさを押し隠して、神代セリカへと頭を下げて、その話し合いは終わった。罠にかかってしまったのだと、落ち込みながら。罠はかかる方が悪い。それが内街の掟だ。
料亭をあとにして、迎えに来てくれた花梨の運転する車でセリカは自宅に帰る。もう外は真っ暗で、街にはネオンの明かりが瞬いているのを見ながら、フワァとあくびをした。
「上手くいったにゃん?」
運転手の花梨がゆらゆらと尻尾を揺らして尋ねてくるので、椅子に凭れかかりながら、フフッと笑う。ちなみに軍人である花梨は歳に関係ない軍用特別運転免許を持っているので、運転に問題はない。
「とても上手くいったよ。僕は諏訪家を源家への土産にして、警備会社と外街の物資の管理ができるようになった。これで、武力と財力が手に入ったわけだ。権力も少しだけ手に入ったかな」
組合長が動くと聞いた時点で、セリカは仕掛けることに決めた。どうせ諏訪は倒される。あの防人に敵うわけがない。だから攻める日を花梨に誘導させたのだ。そうすれば、万全の準備をして、必ず防人は装甲車を奪おうとすると信じていた。防人の拠点にも被害は出ないし、良い考えだった。
あとは防人と取り引きをすれば良い。
「まだ、防人から車両を譲渡してもらってないにゃん。気が早すぎにゃよ」
「いや、これは防人にも得のある話さ。装甲車とジープ1台、そして、手に入れた自動小銃の3割を譲る代わりに、他を返してもらう。その際に防人が持つ車両は、僕の研究所の所有として、廃墟街の地域探索用として登録するんだ。そうすれば、継続的にガソリンを渡せるし、メンテナンスもできる。弾丸も融通できるというわけだね」
車両は手に入れれば良いというわけではない。装甲車など金食い虫だ。ガソリンはあっという間に尽きて、たんなるオブジェとなるだろうから、防人は必ずその申し出を受けるに違いない。
「う〜ん……。防人が力をつけすぎると、なんというかヤバいと、あちしの勘が警告を出しているにゃんよ。本当に大丈夫?」
ヘラヘラと意地悪そうな笑みの防人が幻視できちゃうのだ。
「彼は放置しても、力をどんどんつけていくと思うよ。コネクションを持っていたほうが良い」
「そう言われると、そんな感じがするにゃ」
う〜んと花梨は頭を悩ます。セリカの言うとおりかもしれない。放置していても強くなり、勢力を拡大していくに違いない。だが、気になる。防人をあまり甘く見ていると危険だ。彼は少しの力を大きな力へと変えてしまう。数カ月前まではたった独りで活動していたのだ。
「そうなんだ。それと、諏訪たちの死体は確認できた?」
気にする様子のないセリカに不安げになりながらも答える。
「席の横にある封筒にゃん。そこに写真で撮影済みにゃんこ」
「さすがは親友。仕事が早いね。どれどれ……」
座席の横に置いてある封筒の中身を取り出す。それは撮影された殲滅された諏訪の部隊の死体だった。
花梨に頼んで撮影してきてもらったのだ。
「………花梨、これは戦闘後すぐの撮影?」
「んにゃ。防人は、影の使い魔を使うからにゃ。どこに潜んでいるかわからないから、かなり離れた場所で戦闘音がしなくなったあとに、撮影しに行ったにゃんこ」
「そうかい……。焼死、全て焼けている。噛み傷に爪で切り裂いたあと……。全て知っている防人の力だね……」
酷い写真だが、気にせずに真剣な表情で、セリカは次々と見ていく。
「ジープの兵士も同様に倒されている。まったくもって予想通りの結果だよ。恐らくは傷一つ受けないと思ってたんだ。あの障壁、諏訪の警備会社の装備じゃ破ることはできないから」
「もう一人のスキル持ちがいるとの予想は外れたにゃん」
「そうだね。相手は軍隊だ。必ずもう一人も現れると思ったんだけど……。それか読まれていた? 僕たちが監視することを」
ジープの部隊も同じように魔法で死んでいる。これがセリカたちの企みに気づいていたとしたら?
そのことに気づいていたから、全て燃やしていたとしたら?
痕跡を残していないとしたら、まずいかもしれない。
「………明日、防人に会いに行こう。少し嫌な予感がする」
セリカは写真を指でつついて、ネオンの光に顔を照らされながら厳しい表情へと変えるのであった。もしかしたら、思い通りにいかないかもしれない。だが、そのことに内心でワクワクしている自分もいて、セリカは苦笑して窓の外を眺めるのだった。




