76話 金剛仁王
雫は朧水の小剣にマナを送り、その剣身を朧の剣で包みこませた。朧水の剣はその剣身をいくらでも伸ばすことができる。そして瞬時に伸びていく剣を、身体が分裂したかのような速さで振るうと、目の前にいた兵士たちはその剣撃を受けて、なんの抵抗もできずに分断されていく。
「フッ」
呼気を吐き踏み込むと、加速して敵のさなかを薙ぎ払いながら突き進む。
「撃て、撃てっ!」
次々とまるでバターのように切断されていく味方に恐怖して、片膝をつき自動小銃を撃ちまくる兵士たち。
『魔法硬化盾』
防人さんが既に使用していた付与魔法。魔闘技と言って良い。理力の指輪により張られた障壁に上乗せしてある。透明なる障壁は自身の視界も攻撃も阻害されず、便利極まりない。
その障壁の性能は、目の前で確かめることができた。チュインと音がするだけで、ライフル弾を全て弾いてゆく。
「え、AP弾に切り替えろ!」
効果がないと悟り、隊長らしき男が指示を出し、兵士たちは手慣れた様子でマガジンを入れ替える。
「慣れていますね、その行動は称賛に値します」
走るのをやめて、ゆっくりと歩くことにする。弾丸を受けきれるか確認したい。容易く鉄板を貫通し、だいたいの魔物を肉塊にできるAP弾は、しかして雫の障壁の前に先程と同じように弾かれてゆく。
「グレネード!」
手榴弾を兵士の一人が投擲して、雫の足元に転がると爆発する。ドウンと激しい轟音と煙が発生して、雫の姿を包む。
「やったかっ! って、誰も口にしないんですか?」
しかし煙の中から可愛らしい声がこの硝煙渦巻く中で聞こえてきて、顔を恐怖で引きつらせてしまう。そうして、トテトテと少女は怪我どころか埃もつけずに歩いてくる。
「ちゅ、中佐」
それを見た兵士たちは顔を引きつらせて、自身のボスへと助けを求める。
「実験は成功です。この障壁は自動小銃の攻撃を問題にしない強度ですね」
仮面の謎の少女はこの血煙漂う中で、可憐なる笑みを口元に浮かべる。まるで、花園を散歩するかのようなその足取りに、無駄とわかっても、再度引き金に指をかけようとする。が、雫は腰だめに剣を一閃した。
『朧水一閃』
限界まで薄く伸ばされた朧の刃の一太刀の前に、兵士たちはズルリと身体がズレていき、2つに分かたれて、鮮血を撒き散らし地に沈むのであった。
「む?」
しかし、雫は不思議そうに眉をしかめる。変な手応えがあったのだ。
「ぬぅぅぅん! 『金剛仁王』」
「あぁ、そのスキルを持っている方だったのですね」
手応えが変だった理由はすぐに理解できた。全員を斬り殺したはずなのに、一人司令官のみが立っていたが、その身体が金色に覆われていたのだ。マナが増大し、その力が波紋のように広がっていく。そうしてオーラは巨人の形となり、司令官はその光の中に包まれていった。
「てめえっ! その武器、防具! 廃墟街の連中じゃねぇな? なにもんだ畜生めっ、嵌められたか!」
広角の『金剛仁王』は金剛仁王像そっくりな仮想の肉体を作り出す。その力と防御力はスキルレベルに比例して強大なものだ。スキル4である広角は戦車にも普通に勝てる仁王を顕現できた。ようは巨大ロボットを作り出し、その中で操作するようなものなのだが。
今では8メートルぐらいの巨人は肉を持ち鎧を着込み剣を構える巨大な仁王像となった。その中で広角は依頼された内容が罠であったことに気づいていた。
廃墟街の人間が持つ装備ではない。兵士たちを紙切れのようにあっさりと切り裂く剣に、AP弾を防ぎ、グレネードにもビクともしない謎の障壁。明らかに高レベルのクラフトスキル持ちが作ったか、ダンジョン産の装備だ。
嵌められたのだ。恐らくは諏訪家を潰すために。
「そのとおりです。諏訪家もこれでおしまいですね。人の手のひらで踊っていた気分はどうですか?」
間髪容れずに、その話に乗って答える雫さん。含み笑いを浮かべながら内街の手の者だと思わせました。
「舐めるなよっ! てめえがどこのもんかは知らねえが、この俺の『金剛仁王』には敵わねえんだよ!」
「鬼神系統って、敵の時は強い割に仲間にしたら弱くなるので、あまり好みじゃないんです」
作るのも大変ですしと、平然とした表情の少女に、司令官は怒り狂う。
「ふざけた真似をっ! 『金剛大剣』」
仁王像そっくりの敵は剣に黄金のオーラを纏わせて、一気に振り下ろしてくる。
『加速脚』
残像を残して、雫はその場を飛び退く。その場所に黄金の剣が叩き込まれ、アスファルト舗装はひっくり返り、石礫が辺りに飛び散り、雫の障壁がカンカンと音をたてて弾く。
「スピード、パワー。そして防御力。最後に自動再生」
ヒュッと剣を振るい、その身体を斬ろうとするが、私のその攻撃は薄皮一枚を切り裂いただけで、それもすぐに直ってしまう。
「素晴らしいものです。私が見た中でも、高レベルのスキルと言えます」
「俺のスキルをよく知っているなぁ、そのとおりだっ!」
大剣を振りかざし、連撃を繰り出してくる仁王。ヨッと身体をそらし、その攻撃を回避する。
『捕縛布』
肩に飾られた布を手にすると、仁王は私の身体を絡めとる。ミイラのように雫は包まれてそのまま投げ飛ばされてしまう。
ブンと風切る音がして、投げ飛ばされると、ゴスンと轟音をたててビルの壁に穴を空けてめり込む。
布がパラリと解けて、雫は解放されるが、その身体に傷はついていなかった。
「投げ飛ばしでは、まだ障壁は持つようですが……そろそろ限界でもありますか」
障壁が壊れかけていることに気づき、平静な顔でそのことを解析する雫。
「なんて硬い奴だ! この諏訪広角を嵌めたのはなぜだ!?」
「ふふ。それは知りません。私は命じられたとおりに行動するまでですので」
雫さん、ノリノリである。小声で強化人間って、かっこいいですよねと呟いているが幽体の防人はきっと疲れているのだろうと、その言葉は聞かなかったことにしました。
「倒して、てめえの親分に抗議してやる」
ぶんぶんと巨大な大剣を振り下ろしてくる諏訪とかいう人。だが、私はこのスキルを知っている。
『全能力向上』
闘気を身体に巡らせて、手に持つ朧水の小剣にて倒そうと思い……考えを変える。
「たぶんこの小剣、また壊れちゃいますね」
簡単に壊れる武器なのだ。あの仁王はかなり硬い。多少時間はかかるが仕方ない。
『加速脚』
迫る大剣を再び残像を作りかわして、疾走する。その横を電柱のような太さの大剣が振り下ろしてきて、爆弾でも落ちたような音をたててアスファルトを砕いていく。
「ちょこまかと!」
「ロボットと同様のパワーに、素早さ。しかし、器用は低い。私には当たりません」
加速脚により疾走する雫を広角は捉えられない。薙ぎ払いをしても、迫る刃に向かいジャンプすると踏み台にして躱す。薙ぎ払いや振り下ろしも全て躱される。
まるで全力で疾走する鼠を金属バットで叩くようなものだ。しかもそのネズミは高い体術を身につけていた。
しかも、こちらへと剣を構えて突撃してくる。
「金剛仁王の弱点は体術などのスキルを持てないことです。パワーを用いるのに体術は無粋ということなのでしょう。さて、私は体術を持っています。そして器用は貴方を上回っています。命中する可能性はどれぐらいでしょうか」
雫の言葉に広角は怯む。一撃でも掠れば倒せると思っていた。強力な障壁を持つ装備でも、金剛仁王のパワーは圧倒的だと。それを理解しているはずだ。それを理解できるレベルの兵士だと、その腕前から判断できる。
「恐れを知らねえのか!」
その言葉に雫はクスリと笑ってしまう。
「いかに技を身につけて、厚い装甲を身に纏っても、脆弱な心は隠せないのだよ」
飛翔して、仁王の体躯をとんとんと壁を蹴るように踏み登ると、朧水の刃を大剣のように伸ばして、スイッと仁王の身体を傷つける。薄皮1枚、1メートル程度の傷をつけるが、その皮膚はすぐに元に戻っていく。
「自動再生。戦車砲をも防ぐ硬い防御力と瞬時に働く自動再生。素晴らしいと思います。この傷もたった4か5のマナで修復できるのでは?」
「そのとおりだっ! てめえの勝ちはねえっ!」
相手が口にしている意味を考えないまま、広角は敵を捕まえようと、肩にかけた布を手にして武技を使う。
『捕縛布』
『円陣剣』
同時に雫も武技を使い、布を切り裂き、仁王の身体も傷つける。
肉体に複数の傷がつき、しかして瞬時にその傷は再生してビクともしない。
だが、雫はその光景を薄い笑みで見て口を開く。
「これほど強いスキルはなかなかありません。ですが致命的な弱点があります。発動中はスキルレベルによるマナ消費があり、自動再生。『円陣剣』は細かな傷を50ほどつけますよね? ほんのちょっぴりマナを消費しました?」
悪戯そうにクスクス笑う雫。そのセリフが何を意味しているのか、広角は理解した。理解して青褪めた。
「おろしたての小剣が初戦で壊れたら駄目だと思うので、我慢してこちらの戦法に切り替えました」
『円陣剣連撃』
闘気を武技へと変換して、その力を継続するように闘気を流しこみ続ける。
仁王はその身体が竜巻にでもあったかのように、傷だらけになっていき、そしてすぐに再生していく。小さな傷を少ないマナで直して。
「や、やめろぉおおおおおおおおおおおおっ!」
攻撃自体はまったく効いていない。無視して良いレベルだ。いや、無視をして再生などはするべきではない。しかし仁王はその自動再生を止めることはできない。
あっという間に、自身のマナが身体から栓でも抜けたかのように失われていくのを感じとって、恐怖の悲鳴を広角はあげる。
だが、対抗できなかった。巨体はその細かな攻撃を回避できない。パワーもスピードもある。後ろに下がり逃げようと思えば逃げられる。だが、すぐに追いつかれるだろう。そこまで、敵とのスピードは変わらないし……なにより……もはや間に合わない。
円陣剣の攻撃が終わったのは、金剛仁王の身体がサラサラと崩れ始めて砂と化していく時であった。
金剛仁王が砂の山となり、広角がその上に倒れ込むのを、冷ややかに雫は見つめていた。
「仁王の弱点はマナの消費が激しすぎること。火炎の継続ダメージでもみるみるうちにマナは減ります。知性の高い魔物ならすぐにその弱点に気づくので、結局雑魚狩り専門となるんです」
「ハハッ……なんだお前? なぜ俺のスキルに詳しい? そして、なぜ、そんな目をしていやがる?」
広角は戦意を無くし、近づく相手に問いかける。楽しそうに近づく敵は少女である。命乞いをしようかと考えて、その楽しそうな瞳の奥に光を見て……諦めた。
その瞳の奥に無慈悲な光を感じて。その姿はまるで……。
「私なんでもは知らないんです。ですが、貴方のスキル程度は知っています。では、さようなら」
そこで、少女の振るう剣により広角は命を落とし倒れ伏す。
「ミッションコンプリートですね。これで装備を手に入れました。風船、風船で装甲車は基地に回収です」
天津ヶ原コーポレーションはこれで装甲車と100丁近い銃を手に入れましたねと、雫は最後の生き残りを殲滅するべく、残りの装甲車に向かうのであった。