75話 警備会社
廃墟街の道路を巨大な装甲車が移動していた。全長10メートル、12ミリ機銃に22式自動ランチャー、対戦車砲を防ぐことのできる複層装甲板を備え付けた6輪の装甲車である。走破性も高く、機動性が高い。名を22式歩兵輸送用装甲車という。現在は25式装甲車が量産を始められたために、払い下げられているが、まだまだ一線級の軍用車両だ。
機銃席にて機銃を構えて、兵士が油断なく辺りを警戒しながら、放置自動車を押しのけて、力強いエンジン音を響かせて重々しい車両は走行していた。
計5台。歩兵は一台につき12名に運転手、砲手も入れて15人ずつ。合わせて75名からなる。その他に10名の一般人が乗っていた。即ち、外街の組合長たちだ。
中心の2台の車両に分割して彼らは乗り込んでいる。なぜ、戦闘に向かう車両に一般人である彼らが乗り込んでいるかというと、勝利後の制圧宣言をするためである。
外街の者が乗り込んでいる車内では、緊張感のない状態となっていた。
「兄さん、軍用車両というのは乗り心地が悪いな。なんとかならんのか?」
偉そうな口調ながら、気分が悪いのか中年の男が口を押さえて顔を顰める。その服装は上等な物だ。内街の中級階級の者と変わりはしない。台東区、足立区方面の酒類を一手に引き受けている諏訪兼好である。
「乗り心地よりも、戦闘での性能を求められているからな、兼好」
「それでは次はリムジンでくることを考えるか。ここは大事な稼ぎ場所になる予定なのでね」
対面に座る一見作業服のような服を着込む男がニヤリと笑いながら腕組みをして答える。その顔を見て兼好もニヤリと嗤う。兄と呼ばれたのは、諏訪広角。
その作業服の首元には階級章がつけてあり、中佐の階級を示していた。
「リムジンは高いぞ? 魔物の攻撃を防ぐことのできるほどとなるとな」
「初回だけは私たちの力を見せつける必要があるからな。ゴミ共には、こちらが圧倒的な力を持っていると理解させんと。さすれば、後々は簡単に廃墟街も支配できるはず」
正直、廃墟街の経営に兵を割きたくはない。なので、制圧後は使えそうな廃墟街の奴らを雇い入れてこき使う。そのためにも、逆らったら殺されると、思い知らさなければならない。
先行投資というやつだと兼好は嗤い、周りの組合長も同じように高笑いをする。皆はこの戦場に本当は来たくはなかったが、制圧したあとの取り分を考えると、誰もが欲に目がくらみついてきていた。
なにしろコアがあればエールはいくらでも手に入る。廃墟街の連中を使い潰せば。
今までのコアは全て廃墟街の者たちだけの力で手に入れたと考えている兼好はほくそ笑む。まずはこの土地を支配する最強と呼ばれる男だ。これだけの部隊を見れば降伏するだろうし、その時は勿体ないが大金で雇えば良い。逆らうようなら殺すだけだ。
「しかし……全車両を持ってきて良かったのか、兄さん?」
そこだけは不満であった。2台ぐらいで良かったのではなかろうか? 自動小銃などを装備した部隊だ。余裕で勝利できるはず。
なのに、全ての車両を使うとはぼったくりすぎではなかろうかと非難の目を向ける。広角へと依頼をするのに大金を支払っているのだ。が、ヘラリと兄である広角は嗤う。
「俺も調べたんだよ。ここの奴はヤバいらしい。影を使い魔にして、ソロでもダンジョンを攻略できる奴らしいからな。念には念を入れておかないとな」
「そうなのか? たしかに強いとは聞いているが……兄さんには勝てないのだろう?」
「そりゃそうだ。だが、下手に戦って損耗を出すわけにはいかないだろ?」
広角は油断はしていない。この廃墟街で市場を作れる力の持ち主だ。危険なやつなのは間違いない。だが、相手でもない。同僚の猫娘から相手の能力は聞いている。使い魔での数での攻撃、そして火や水魔法などで敵を倒す戦法らしい。しかし、武具を持っていないので、脆弱でもあるとのことだ。
魔法はマナを消費するし、専用の武具が無ければ紙装甲だ。魔法使いなど雑魚である。
その戦法は広角にとって、極めて相性が良かった。恐らくは力の差を見せつけて降伏させることができるだろうが、降伏してこなければ殺せば良い。
だがゲリラ的に攻撃されて部下を殺されるのは困る。鍛え上げられた練度の高い者たちなのだ。一人でも殺されたら損害である。
なので、全車両と精鋭を連れてきた。戦術的に間違いはないはずだ。
「悪いが金は払ってもらうぞ、兼好。お前の依頼だから多少は安くしてやるが」
「それでは張り切って廃墟街の連中を使わないといけないな」
ゲラゲラと愉快そうに笑って、皆は車両が進む間、これからどうやって廃墟街の連中から絞りとるか話し合う。もちろんこれまでの買取価格はやめて、数分の1に、いや、配給券との交換で良いのではと。それを広角は眺めながら、自分の取り分ももらわないとなと、ニヤニヤとした表情を浮かべていた。
車両が突如として停車するまでは。
ガクンと急停車して、皆がよろける中で、広角は素早く部下へと顔を向ける。
「何があった?」
部下の通信兵が戸惑った表情となり、報告をしてくる。
「わ、わかりません。先頭車両が突然停車した模様。通信にも応答なし!」
「……応答なし? ちっ、全員降車しろ! 戦闘隊形、2号車の兵士は先頭車両を調査させるように指示をだせ!」
立て掛けてある22式自動小銃を手にして、ハッチを開ける。電動式のハッチが開いていく中で部下たちは武装を素早く整える。
ここで何が起こったと怒鳴って時間を無駄にするつもりはない。装甲車に攻撃をしてくる相手ということは、まさかとは思うが装甲車を破壊できる力を持っている可能性があるからだ。そうでなくては勝ち目のない戦いを挑む者はいないだろう。
「砲手! 機銃を構えろ。疑わしい動きがあったら撃て!」
「了解であります!」
部下たちが降車して、自身も降りるとハッチを閉めるように合図をする。オロオロと動揺する弟たちは予想外のことに動けないようだ。まさか待ち伏せをされるとは考えていなかったのだろう。きっと装甲車と軍隊を背後に並ばせて、堂々と降伏勧告をするつもりであったに違いない。
全員が周囲を警戒して陣形をとっている。練度の高い部下たちはいつもどおりの能力を見せていると満足して前方に目を移す。
ちょうど道路の曲がり角で、50メートル間隔で走行していた先頭車両と2台目は角向こうに隠れて見えない。
考えられた襲撃だと舌打ちする。エンジントラブルだと考えたいが通信もないのなら、何かが起こったのだ。
「こちら諏訪。どうだ? 先頭車両は? 送れ」
インカムを通して報告を待つ。すぐに2台目の車両から降りた2台目の隊長が通信を返してくる。隊長クラスと自分、車両はインカムにてやり取りができるようにしてある。
「……1号車両、完全に停止。エンジン音はします。機銃席に兵が見えません。……機銃席から敵に車内に入り込まれた可能性あり」
「サーモグラフィは確認してなかったのか? 先頭車両は!」
「ふ、不明です。ハッチが開き始めました。……うっ……中は少女? う、撃てっ!」
報告の途中で激しい銃撃音が響く。
「ちっ! エネミー! 装甲車を盾に全員警戒せよ!」
「了解!」
部下たちは装甲車の陰に移動して、銃を構えて前方を警戒する。タララと自動小銃の銃撃音が響き、そしてパタリと止んだ。
「2号車。戦況はどうだ? 敵は何人だ? 殲滅したか?」
すぐに銃撃が止んだことに、多少の安心をしてインカムで問いかける。
「こちら、2号車。敵は1人、謎の少女の模様。可愛くて強い少女1人の模様。敵は殲滅しました。私にとっては、ですが」
通信から聞こえてきたのは、この場にそぐわぬ可愛らしい少女のクスクスと笑う声であった。そのことに驚愕し、そして自分の部下たちが殺されたことを広角は知った。
「ちくしょうっ! なにが起こった? 前方を警戒しろ!」
冷静に指示を出しながら、腸が煮えくり返るほどの怒りを覚えて前方を警戒する。1人で兵士を倒せる相手がいるのだ。大変な損害だと。
その様子を廃墟ビルの5階から雫は冷徹に観察していた。今いる場所は既に敵の最後尾近くのビル内である。
「なかなかの練度ですね。半壊しても動揺せずに前方を警戒していますし、最後尾は後方を警戒しています」
この部隊、なかなかの練度だ。ハンドサインで、2名を斥候に出している。先頭の2台の車両の様子はすぐにわかるだろう。というか、2台目の兵士は車両に乗り込み、斬り殺したわけではない。道路に真っ二つにわかれて転がっているのだ。
『雫、俺が倒した方が良かったんじゃないか?』
幽体の防人さんが眉をしかめて尋ねてくるが、頭を振って否定する。
「防人さんはビル陰からマジックビットで敵を倒すだけです。とんがりボウシの化け物が出たと後々に都市伝説になるぐらい簡単に終わるはず。ですが、今後のことを考えると私も軍隊と戦闘しておきたいんです」
『マジックビットって、なんだ? とんがりボウシ?』
「遠隔操作の誘導兵器のことです。これからはピキーンと呟きながら、魔法槍を遠隔操作してください。とんがりボウシは魔法使いのことを指します」
『怪しい人にしか見えないからお断りしておくぜ』
ふんすと息を吐いて、私は敵の行動を予測する。2割を超える損害が発生した時点で、戦術的にもはや彼らは敗北を喫している。これが優秀な指揮官ならば……。
「撤退を開始するはず。ですが、そうはいきません」
今回の主目標は敵の殲滅及び装備の奪取。敵の持つ装備が欲しいのだ。その車両も含めて。
「では、参ります」
トンと床を蹴り、ふわりと浮き上がると最後尾の5号車へと飛び降りる。兵士が陣形をとり周囲を警戒している中心に。
「敵しゅ」
『円陣剣』
自分たちの中心に降り立った少女に、兵士たちは振り返り自動小銃を向けようとして
その身体に銀線が奔った。キィンと小さな金属音がして、仮面をつけた少女が剣を振り切った姿となっていた。そうして兵士たちはその銀線からバラバラと肉体が分断されて地に落ちるのであった。
「シッ」
そのまま開いていたハッチに向けて剣を振るう。朧水の小剣はその意思に従い鞭のように伸びていき、慌ててハッチを閉めようとしていた兵士を切り裂く。
「くっ! 化け物め!」
装甲車の機銃を向けてくる兵士へと、腰からナイフを抜き放ち投擲する。機銃席の装甲の隙間に入り込み、兵士はナイフが突き刺さり命を落とす。
「では、水道管工事のおじさん譲りのカート操縦を見せてあげます」
そのまま装甲車に入り込み、運転席に座るとアクセルを思い切り踏んで前方で驚く兵士たちへと突進させる。
「ま、まずい! た、退避!」
慌てて敵が散開するが、それを気にせずに4号車へと突撃する。たいした距離がなかったために、それほどの威力でなかったが、4号車は浮き上がり横倒しになり、5号車も同様に横倒しになる。受け身をとり、コロコロと後ろ回転をして、ハッチから雫は飛び出す。
「これで、敵の逃走は不可能となりましたね」
4号車と5号車が道路を塞ぎ、フフッと悪戯そうに微笑む。
「残りは30名と少し。問題ありませんね。これならたくさん武器が手に入りそうです。グワッグワッと鳴いてくれると面白いのですが」
朧水の小剣を構えて、慄き恐怖の表情を浮かべている兵士たちを見渡すのであった。もはや雫には鴨が自動小銃を担いでいるようにしか見えなかった。