74話 会議
雫と防人の思念での会話を『』にしました。
防人は居間にてソファに深く座り、目を瞑りぐったりしていた。
「おちゅかれ〜?」
ペチペチと俺の膝を叩く小さな手のひらの感触に、微笑ましくて笑顔になってしまう。
「そうだな。プロジェクトってのは、上手くいくほうが珍しいってな」
「うまくぅ〜、いかない?」
「小説のように、ご都合主義にはならないってことだ。世知辛い世の中だよ、まったく」
目を開けると、よじよじと膝の上に登ろうとしていた幼女を抱き上げて、横に座らせる。お仕事のお時間だぜ。
「竜子は頑張っている。消波ブロックを作ってバリケード代わりにしているし、全体としては早いペースでバリケードが作られているな」
「ようやく仕事をする気になったか。今日はお茶を飲むだけで終わると思っていたぞ」
信玄が腕組みをして苦笑してきて、周りの面子もそれぞれ苦笑いを浮かべている。
そりゃ、失礼。経営ってのは素直にはいかないと実感していたもんでね。
テーブルに置いてある資料を皆に見せるように広げる。この居間には信玄、勝頼、竜子、沼田、花梨、お茶くみ係の大木君と、マスコット枠の幼女がいる。子供たちはいない。お仕事中です。
「現在、信玄の拠点と市場は消波ブロックを設置完了しました。本社はまだなんですが……」
消波ブロックの乾燥は俺も手伝いました。水と熱の事象だけを竜子の『城壁』の中にあるコンクリートにかけたのだ。本来は作るのに数週間かかるのを一瞬で完成させました。なんだか、セメントやら水やらを結晶化させるとコンクリートになるらしいので、手っ取り早く結晶化するようにイメージしたらできました。
なぜ、消波ブロックなのかは、わかりません。俺の拠点はいつの間に埠頭になったのかな? オーケーを出したのは俺なんだけどさ。竜子の説明を聞いた時は、良い考えだと思ったんだよなぁ。いや、悪くはないと思うけど。
「問題はない、良くやっているよ。次は本社に設置よろしく。で、アパートの建設だけど………慎重によろしく。建設方法がわかっても、その腕がないと駄目だとはな……」
おずおずと竜子は言うけど、これ、雫さん知ってたよね?
『その人は大工スキルはなくても、普通に建設を苦労なくできる人だったので……。当然問題はないと思いました。そういえば、その人はナチュラルに器用でした』
気まずそうに幽体の雫さんは思念にて伝えてくるが、そういうこともあるか。
『まぁ、知識系しか持っていないのに、建設ができればそうなるわな。器用を上げれば良いと』
それならば、あとで竜子に器用を上げるようにステータスポーションを渡すか。ドワーフは器用を簡単に上げられるはず。
「竜子。ステータスっていくつ?」
「えっと、総合107です」
予想以上に低かった。なるほどなぁ、普通はもう少し高いんだろうな、スキルレベルとステータスがまったく釣り合っていないじゃんね。
「あとでステータスポーションを渡すから器用を上げてもらってよいか? それである程度は知識通りに動けるだろ」
「わ、わかりました! 頑張りますね!」
しょんぼりしていた竜子が笑顔になる。器用が低いせいだと薄々理解はしていたが、言い出せなかったか。
「で、次は闇市か……あれだよな、物事は予想通りにいかないって、実感するよ。売り上げ上がってるじゃねーか。沼田君、売り上げ激減するんじゃなかったっけ?」
今週の売り上げ表。先週は減っていたけど、今週はだいぶ増えている。
「へい。あれですな。客がかなりうちの闇市に増えました。今までの客が減った分、増えた客の中で買う人がいたんで、トータルで大幅プラスになりやした」
沼田が照れるように頬をかく。かなり組合のやったセールに釣られて客が集まったらしい。そりゃそうか。大セールをやっていれば遠方からも人くるわな。そうしたら、少ししか値段が変わらないうちの商品も買っていく。ありがとう、組合の見知らぬ人。俺たちのために集客してくれて。
感謝の気持ちしかねぇぜ。予定と大幅に変わったな。かなりの集客力はあるだろうと思っていたけどさ。
「上手く行くと思ったことが、うまく行かないで、予想外の方が上手くいく。面白いよな、人生って」
「そんなもんだろ。で、予想外のことは続くらしいぞ?」
信玄が花梨の方へと顔を向けて顰める。先程、花梨の持ってきた情報がなぁ………。
「諏訪一族。名字が因縁深いですね」
花梨は諏訪一族を中心に天津ヶ原コーポレーションを潰しに来るという情報を持ってきた。そのことに勝頼が苦笑するが、因縁?
「戦国時代、諏訪一族は武田信玄に滅ぼされているんだよ。現代の武田信玄にも敗れるとなると、運命か?」
「名字呪われているじゃん。そういう縁ってありそうだよな。魔法とかがある世界だし」
仲間になったのが、大久保だろ。でも、大久保長安は武田の部下じゃなかったっけ? よく覚えていないな。でも、魔法がある世界だし、そういう名前からくる奇縁が生まれそうだよな。
『防人さんと私は同じ名字。はっ。もしかしなくても世界を作る夫婦神!』
『雫さんは、自分で名字決めてたでしょ』
わざとらしく大袈裟に頬に手を当てて驚く雫さん。まったくお茶目な娘だなぁ。
「でもにゃ、外街のチンピラならともかく、内街の警備会社を呼び寄せるみたいにゃ。装備半端ないニャン? この間、歩兵輸送用装甲車見たにゃんね?」
花梨がにゃんにゃんと猫耳をピクピクさせながら聞いてくる。
「あのどでかい装甲車かぁ。なんで銃弾や資源が厳しいのに、私設警備会社がそんな重装備なんだよ、ったく」
おかしくないか? なんで軍が銃弾の節約をするために働いているのに、その傍らで学生の研修や警備会社で銃弾消費しているんだよ。歪だよなぁ。
「それは内街の権力争いが酷いからにゃ。私兵をどこも持ちたいから、数十人の警備会社、ゴロゴロいるにゃんよ」
素晴らしきかな、内街の構造。そういや、昔は地球の国々が手を取り合えば餓死者はなくなるとか聞いたことがあるな。つまりそういうことか。この期に及んでも、人間同士の争いはなくならないと。
「私兵を持てる程度には諏訪は強いってことか。装甲車か………たしか機銃やスモークが備え付けられていたな。歩兵も多く輸送できるのか?」
「22式軽装甲車にゃ。歩兵は15人まで輸送可能。12ミリ機銃と22式自動ランチャーを搭載しているにゃん。サーモグラフィ搭載だから、隠れても無駄にゃん」
「やばい性能だな」
後ろ手にして、ソファに凭れかかる。強そうだ。それに自動小銃持ちの歩兵だろ?
『古き良き戦いで行きましょう。体に泥を塗りたくります。宇宙人のハンターにも勝てますよ』
ふんすふんすと鼻息荒く雫は言うが泥じゃ防げないと思うんだが。サーモってそれで防げるわけ? ……なるほどな。
「どうするんじゃ? こんな話を聞いたら、すわ決戦じゃと儂の部下は突撃しかねん」
困った顔になる信玄だが、たしかにそうかも。最近は派閥とか作っている輩がいるみたいだし。急先鋒の奴らは戦おうとするだろう。
「一度逃げて、制圧されたらゲリラ戦が一番早いよな。ぶっちゃけると」
荷物を抱えて隠れれば良い。そうして個別に倒していけば、なんの苦労もなく敵の戦力を削れる。これ、戦力が低い軍の常識。しかも俺たちは内街の奴らにとっては存在しないとされる者たちだ。
俺の影魔法は暗殺とか物凄い相性が良いんだ。
「う〜ん。ここまで育てた街を放棄するとなると、皆の反発を食うぞ?」
腕組みをして、信玄が言うがたしかに。敵も俺が逃げるとは思っていないはず。会社のトップが荷物を纏めて逃げたら信用と信頼が底をつくぜ。
「だよな。なら……正攻法か。花梨、奴らが廃墟街で消えたら、何か問題あるか?」
「ん〜……目端の利く者は、問題にはしないと思うにゃ」
考えながらも、頬に人差し指をつけて問題ないと答える花梨に、どうやらこの間の蛟の時の謀は上手くいったと悟る。どこかの紐付きと思われたってところか。良かったぜ。
「それじゃ、戦うかぁ。マガジンの残り1つしか残っていないんだけどなぁ」
穴山大尉、結局マガジンを売ってくれなかったんだよ。沼田も手に入らなかったって言ってたし。付き合いが短いと、そういう裏の品物が手に入らないよな。
「よし。それじゃ、儂らは何をすれば良い?」
信玄たちが、気合の入った顔をして俺を見てくるので強く頷く。
「花梨、そいつらはいつ頃来るんだ?」
「今、外街に出る手続きをしているから、2日後ぐらいかにゃ?」
「花梨、お前が情報屋らしいところ久しぶりに見たぜ」
「値段は100万円でいいにゃん」
むっと頬を膨らませる猫娘だが、たしかにその値段の価値はあるよな。
「あとで支払う。それじゃ、作戦会議だ。名付けて、装甲車のプレゼントありがとう作戦」
本当に払ってくれるにゃと、驚きの表情の猫娘だが当然だろ。貴重な情報だ。友人だからと、その厚意をタダで受け取るのは止めておきたい。これ、やばい情報だと思うし、金が手に入るとなれば、花梨は張り切ると思うしな。
それに……タイミングが良すぎるぜ。良いタイミングで情報を持ってくる情報屋は古より気をつけなきゃいけない。なので厚意は受け取っておく、きっちりとな。花梨よありがとうってな。
「敵の装甲車を奪う気満々じゃねーか」
「いや、荒川を越えてそろそろ北東に行きたいんだ。ダンジョンは片端から攻略したし、田畑も集落の人集めもそろそろ限界なんだよ。装甲車があれば、移動も楽になるし、北東に進出できる」
「川は越えられないと思うんだが?」
サハギンや蛟が住む川辺は危険だ。信玄が不安げになるがそこは後で考える。
「それは後で。とりあえずはその警備会社とやら。残念ながら、2日後に倒産だな」
損害保険は入っているのかね?
「警備会社が来るって話だから、2日後と3日後は休みにする。誰も拠点から出さないように頼むぞ」
「それで、兵の配置はどうしますか? このようなことがあるかと、こちらが有利な地形になる場所を調べてあります」
勝頼君は役に立つね。でも、うちの人員は出さないよ。
「自動小銃と戦えるほど、うちは強くないだろ。俺、一人で戦うから、次に期待だな」
手をひらひらと振って、半眼になる。
「まだボウガンと拳銃がメインの俺らじゃ簡単に叩き潰されるぜ。ここは一人でのゲリラ戦と行こうじゃないか」
「大丈夫なのか?」
信玄を中心に不安げな表情で見てくるが、まぁ、大丈夫だろ。
『初期は武将の力で勝たないといけませんよね。技を使いまくるんです。シミュレーションゲームでも初期はそうしますし』
嬉しそうに、フフッと顔を押さえる雫さん。装甲車相手でも気にしていない様子。まぁ、今なら兵を百単位で揃えて戦車でもないと俺を止めることはできないと思う。
「やばかったら仕方ない。市場は捨てることにしてトンズラだ。ゲリラ戦に移行するしかないからな」
その場合は、うちの会社、1からやり直しだからそれはやりたくない。
「初のまともな軍隊との戦いだ。ちょうど良いだろ」
セリカから貰った装備。どれぐらいの性能か、はてさて楽しみだ。