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73話 組合

 外街の中でも、内街に近い場所。身なりの良い内街の下層階級よりも良い暮らしをしている者が住まう場所。その中で、昔の有名レストランチェーン店を敷地が広いからという理由で改装し直された高級レストラン。


 一回の食事で外街の平均年収の半分が吹き飛ぶ値段がするレストランのVIPルームにて、数人のスーツ姿と軍服を着た男が食事をしていた。


 外街の人間が目を剥くような金額のワインを口にしている上座に座る軍服の男。台東区、足立区近辺の物資担当の穴山大尉はつまらなそうに、周りに座る者たちと食事をしていた。


「穴山大尉、話が違うではないですか! なぜ、廃墟街の連中からの物資を受け取っているのですか、話が違う!」


 外街の人間が食べることは難しいだろう様々な高価な料理がテーブルに並ぶなかで、一人の中年の男が苛立ちを露わにしてテーブルに拳を叩きつける。


「貴方があのゴミ共から、作物やエールを買い取っていたら、我々の奴らへの嫌がらせは片手落ちだ。我らは大変な損害を被りつつ、格安で売り払っている。奴らが干されて赦しを乞うまではと。だが、これでは我々が干上がってしまう。この数週間で大変な損害だ」


 その非難の声をあげる中年の男性に穴山大尉は冷たい視線を向けてフォークを持ち、グサリと皿に乗る切り分けられたローストされた牛肉に突き刺す。


「たしか、エールやじゃが芋、トウモロコシの引き取りを一時的にやめてくれ、という話だったな? 諏訪殿」


「そのとおりですぞ。貴方にはそのために、いつもよりも多く心づけをお渡ししたはず!」


 諏訪と呼ばれた中年は、歯噛みして穴山大尉を睨みつける。この地区にて酒類を一手に扱う酒組合の組合長だ。内街から流される酒類。それらは穴山大尉が組合に渡し、それを組合がそれぞれの商店や酒場に売り払う。その金額は莫大であり、大きな力を諏訪は持っている。


 他にも穀物組合や服飾組合などもこの席に集まっており、穴山大尉との話し合いの場を設けていた。


 その内容は最近台頭してきた廃墟街に設立された会社。天津ヶ原コーポレーションを叩き潰すことだ。


 目障りな連中であったが、当初は気にしなかった。コッペパンを売りに来た貧乏人たち。そのような認識であり、外街の者たちは、精々小金を稼いでくれと、上から目線で嘲笑っていたものだ。


 定職もなければその日の食べ物にも困る、外街の奴隷とも思えた奴らは、しかして僅か数カ月の間に、みるみるうちに力をつけてきた。


 コアストアと呼ばれるもの。魔物のコアと交換し、様々な品物が手に入る超常の自動販売機が全てを変えた。最初は水とたんなるコッペパンだけであったのが、じゃが芋やトウモロコシ、そして極めつきはエールだ。他にも大豆やら蕎麦やらキャベツがあるが、未だに出回ってこないので、そこは無視しても良いだろう。


 だが、エールは問題だ。じゃが芋もコッペパンも。そして、なぜか布切れもだが。大量に出回ってきたその品々は、これまで左団扇で暮らしてきた組合長たちに大打撃を与えてきた。


 店舗はエールを仕入れるようになり、高価な内街からの酒類は売れ行きが悪くなった。


 彼らは驚愕と共に、自分たちの土台が揺らいだことを感じた。ダンジョンは外街にも発生する。しかし、廃墟街のゴミ共のように命懸けで魔物を退治しには行かない。軍が適切な装備で攻略するし、その際に手に入ったコアは内街に回収される。即ち、外街の者にはコアを手に入れるチャンスはなく、エールなどを手に入れることもできない。


 この先も廃墟街の連中はダンジョン攻略を行い、品物が外街にも流れ込むだろう。それはやがて立場が逆転される可能性を指し示していた。


 この事態に組合長たちは素早く行動を開始した。組合の組合長になったのは、無能だからではない。金の匂いに敏感で立ち回りが上手であり、危機に対して素早く行動できるからだ。


 廃墟街の連中などは有能な自分たちの下につけなければならない。支配しなければならない。そのため、天津ヶ原とかいう会社を叩き潰す。金が無くなれば、すぐに会社は空中分解し、残ったスキル持ちの凄腕社長とやらは雇えば良いと考えていた。


 市場を作ったのが運の尽きだ。金が必ず必要となる。調査をしたところ、コアを買い取り、商品を売る。市場を天津ヶ原コーポレーションは作っていたが、資金繰りが悪化すればおしまいだ。廃墟街の奴らなど、あっさりとお互いに争うに違いない。


 いくら力があっても金が絡めば自分たちの領域だ、負けることはない。そう思っていた。


 そして、金を失った社長とやらを雇い入れて、自分たちで同じような新たなる市場を作る。それは極めて魅力的であり、自分たちの危機が、一転して大きなチャンスとなったと思っていた。


 目の前の穴山大尉が裏切らなければ。


 格安の純正品で相手の売り上げを減らす。最近まで一文なしであったろう天津ヶ原コーポレーションは、短期間の攻勢で資金繰りが悪化するはずだったのだ。

 

 こちらは以前から稼いでいる金が唸るほどある。負けはない。そう思っていた。短期間の損失など、将来的には簡単に取り返せると考えていたのに、穴山大尉が廃墟街の連中からエールや、作物を買い取っていたら意味がない。資金はいつまで経ってもショートしない。


「仕方ない。こちらにも問題が発生した。少しばかり気になる噂を聞いてな。悪いがこちらにも事情ができたのだ。買い取りを中止することはできなくなった」


 穴山大尉は、組合長の申し出を当初は受けるつもりであった。廃墟街の連中には悪いが、所詮後ろ盾のない猫娘の紹介だ。それに、市場を組合長たちが支配すれば、今後流れてくる金も大きくなると考えていた。猫娘もより多くの金を渡せば文句は言うまいと。


 ビジネスとしては悪くないと考えて……。内街に運ぶ準備ができていないと、のらりくらりと言い訳をして、廃墟街の買い取りをやめようとしていた時であった。


 荒川の蛟を倒したとの噂が聞こえた。学生が研修で向かった先で。学生たちは御三家と呼ばれる東京のトップスリー。豪華な装備に強力なスキルを持つ丸目少佐がついての遠足だ。


 そこで御三家の子息が蛟を倒したらしい。素晴らしいことだ。怪しく思うほどに。少しばかり調べたが、御三家の子息が倒したとの情報しかあがってこなかった。


 だが、穴山はそこで疑問に思った。丸目少佐はこの地域担当の佐官だ。何回も会っているし、話したこともあれば、人となりも知っている。あの男は極めて軍人らしい軍人だ。護衛任務をせよと命じられたら、軍人として護衛任務を行う。合理的で効率的に。


 たんなる護衛ならば、車内から一歩も出さないで遠足を終わらせる。ダンジョン攻略が必要なら、さっさとダンジョン攻略をさせて帰還だ。


 即ち、わざわざ蛟を倒しに河原などには絶対に行かない。それが、河原に行った? おかしい。


 蛟が運ばれるのは見たから確かに倒したのだ。そこで少しばかり様子を見ることにした。何かがおかしい。


 そして、ついこの間、神代セリカがスキル持ちを天津ヶ原コーポレーションまで輸送していった。調査したところ、神代セリカは最近源家から研究所を貰っている。即ち源家の派閥だ。そんな人物が貴重なスキル持ちを天津ヶ原コーポレーションに、いや、廃墟街に自ら運ぶ。その意味を理解した。


 天津ヶ原コーポレーションは源家の隠し部隊だ。源家は密かに蛟を倒せる部隊を廃墟街へ配置したのだろう。市場を作り、勢力を作る。コアストアが現れ始めた頃から、天津ヶ原コーポレーションは作られた。タイミングが良すぎる。


 内街にはダンジョンは少ないし、外街にもほとんどない。廃墟街は未攻略のダンジョンが山ほどあり、コアも手に入りやすい。資金作りから、勢力作りまでちょうど良かったのだろう。


 源家が絡むとなれば、目の前の雑魚の要望など聞くことはできない。小金稼ぎで更迭されれば良い方、ダンジョン攻略の最前線に送り込まれたらたまらない。


 組合長たちを切り捨てることに穴山は決めた。今度、天野防人ともう一度会うことも考えるつもりだった。


 ぎゃあぎゃあと組合長たちは文句を言ってくるが、全て適当に受け流す。


「そのような態度をとってよろしいのか? 私は外街の組合長だが、兄は佐官であり一門も武門だ」


 馬耳東風の様子に苛立ちを隠さずに、諏訪が怒気を込めて怒鳴ってくるが、気にせずに飯を食べる。


「知っている。諏訪殿の勇名も。それが何か?」


 諏訪一門は高レベルのスキル持ちを幾人か抱えているし、軍でも佐官がいるそこそこの勢力だ。少なくとも、穴山よりは力が強く、そして源に比べたら塵芥だ。外街で金を稼がせるために弟を送り込む程度の勢力だ。


「……警備会社も小さいながら持っている」


「私の身に不幸が起きるかもと?」


 ジロリと諏訪を睨む。脅そうというならば、こちらも考えがある。その程度には修羅場を潜り抜けてきたのだ。物資担当は美味しい役職だからな。狙う者は多いのである。


 穴山の強い視線に恐れを覚えて、諏訪たちは身を引くが、それでも後には引かなかった。


「大尉をどうこうしようとは考えていません。ただ、この先、取引相手は我々のみになると伝えておきましょう」


 ニヤリと狡猾そうに嗤う諏訪を見て嘆息する。その言葉の意味は簡単に理解できる。


「馬鹿な真似はやめて、共存共栄を目指したらどうだ? あちらも交渉すれば、ある程度の譲歩をするはずだ。騒ぎになるのはあちらさんも望むまい」


 長い付き合いだ。警告程度は伝えておく。源家がバックにいることは伝えないでおく。自分も命が惜しい。お喋り者はすぐに死ぬ。


「穴山大尉。私も相手のことを調べ上げております。廃墟街最強の男。ハハッ、笑ってしまいますな。専門家が少しばかり本職というものを教えてやりませんと」


「天野防人は強い」


「そんな人間は戸籍上いない。ですが幽霊退治を私の兄はしてくれるでしょう。市場はなんとかその幽霊抜きでも行えるようにします」


 ワインをゆっくりと口にする穴山に対し、諏訪は立ち上がって他の組合長と共に退出の礼をする。廃墟街の連中は人として数えられていない。権利もない。極端なことを言えば、それは何をしても良いということになる。だが、それはこちらが殺されても、罪には問えないということだ。魔物と同じだ。無論極端な話であり、普通は行わない。


 どうやら、諏訪はその普通を破るつもりらしい。


「装甲車に自動小銃、そして我が兄はレベル4のスキル持ちです。では、失礼します」


 自信満々の表情で、諏訪は去っていき、穴山は呆れてしまう。


「では、多少廃墟街が騒がしくなるか。次の組合長が誰になるか、もう少しまともな後任を期待しよう」


 源家の秘密部隊ならば、あっさりと諏訪一族など駆逐できるだろう。騒ぎを気にしないように手を回しておくか。源家に媚びを売るのは悪くない。


 並ぶ料理を穴山大尉はゆっくりと味わうことにした。ここはなかなかの味だ。

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― 新着の感想 ―
[一言] こんな見事に主人公の罠にハマってくれるんですねー、頭が回るからこそ扱いやすいってやつですか
[一言] なんで組合が絶対に勝てない戦いを挑んできたのか謎だったけど、情報収集が足りてない&前提条件間違えてるからかぁ。あの会社は金じゃなくて、社長がもたらす食料と安全で回ってることが理解出来なかった…
[一言] 果たしてLv4は燃費が多少良くなってるのか使いやすくなってるのか期待だな、まぁ流石に一発屋みたいに極大攻撃一回で息切れするような存在じゃ内街では生き抜けないだろうしどんなスキルなのかワクワク…
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