72話 端緒
信玄は馬に乗って自分の拠点へと戻った。外街、信玄の拠点、市場、天津ヶ原本社と距離的に離れているので、市場の途中にある信玄の拠点は人口が一番増えている。
信玄の拠点は翩翻と、天と書かれた陣旗があちこちに飾られており、お爺さんの趣味全開となっていた。
その自分の拠点にて、壁が一部取り外されて、ドワーフの少女を中心に大勢が集まっているのが目に入る。
パカランパカランと蹄の音をたてながら進むと、ちょうど大久保が、真剣な表情で手を翳しているところだった。
『城壁』
その一言で、光り輝く壁が現れる。入れ込み式の枠となっており、そこにどこかから外してきた鉄筋コンクリートの欠片を他の者が入れて、その後に木枠で固めてコンクリートを流し込んでいた。コンクリート壁を作成しているのだ。
「なんというか……すまんな大久保。お主の提案を疑いたくはないが……。それ、上手くいくか?」
簡単に壊れそうだ。素人の儂でもわかる。鉄筋は土台に埋め込まないと駄目なのではなかろうか?
「あははは………これで2回目なんですけど……無理みたいです。どうしても土台からきっちりと作らないと、脆いですね」
顔を俯けて、落ち込む様子の少女に、やはりなぁと顎を擦りながら、掛ける言葉を考える。
「大丈夫、社長さんは失敗しても気にするなって言ってたじゃないか」
「そうそう、スキルはあっても、結局は自分たちの経験が物を言うって」
「めげずに頑張ろうぜ」
だが、先に声をかけたのは大久保と共に働いている作業員であった。優しくかけられる言葉に、大久保は目を潤ませるが、すぐに真剣な表情となる。
「皆さん、ありがとうございます! ですが、今はコンクリート壁は諦めて、新しい方法を試してみたいんです!」
「新しい方法を?」
「はい。『城壁』は石垣とかなら効果あります。その部分を覆って支えている間に、新しい石に入れ替えれば良いので。でも、鉄筋は全体を支えているから、その部分だけを入れ替えるのは無理です」
たしかにそのとおりだと信玄たちは頷く。当初は防人の家も修復できるかと思われたが、雑に交換することになりそうだったので諦めたのだ。コンクリート壁も土台から作らないといけないから、スキルに合致していない。
「なので、考えたんです。ようは敵の侵入を阻めば良いのですから、消波ブロックをたくさん積み重ねれば良いのではないか、と。あれなら雑に入れた鉄筋とコンクリートでも、固まればその重量と大きさで、敵を阻むことができるのではないでしょうか?」
海の埠頭とかにあるやつか……なるほどなぁ。あれは巨大だし、へんてこな形をしているから、足をとられて、越えようとしても難しい。ゴブリンたちはもちろんのこと、大鼠や蜘蛛も越えようとしても厳しいはず。
色々と問題だらけだが、今のベニヤ板壁の前に作ってみたらどうだろうか。そして、こちらは長槍で突いて倒すのだ。堀にもなって良いかもしれない。
「防人は試行錯誤して作って良いと言っているからな、いいんじゃないか?」
「はい! 早速『城壁』で、コンクリートを流し込む枠を作って試してみます。社長さんに乾かす魔法をお願いしないと。……あと、宮造りも駄目でしたって……腕がないと組み合わさらなかったので」
「儂たちは持てるカードでやり繰りしないといけないからな。提案した物が全て上手く行くのは物語の中だけじゃ。あいつも気にはすまいて」
現実は世知辛い。お話のように全て提案した物事が上手くいくことはない。
「はい! ちょっとあとで社長さんの所に行ってきます」
「うむ。それが良い」
失敗をしても寛容な上司と、支えてくれる仲間がいれば、いつかは成功する。廃墟街には、そのいつかという時間の余裕がなかったが、今は大丈夫だ。
作業員と共に本社へといつ行くか、明るい表情で話し合う少女を優しく見てから、自分の拠点に戻ることにするのであった。
そして、少女たちのように明るい話もあれば、新たな暗い話もある。
居酒屋を改修した風林火山。を、さらに改修して天津ヶ原支社とした店に戻ると、見知った顔が何人か難しい表情で座っていた。どうやら信玄を待っていたらしい。
「人間、二人あれば殺し合い、3人いれば派閥を作る、か」
皮肉げに呟く信玄に隣を歩いていた勝頼が肩をすくめる。分かっている、わかってはいるのだ。
「おぉ、信玄様。今お帰りか。その様子だと防人様のダンジョン攻略、上手くいったご様子」
信玄に気づいた者たちが立ち上がり挨拶をしてくるので、鷹揚に頷く。
「こちらは問題なく終わった、馬場よ。お待たせしてしまったか、沼田殿?」
古めかしい物言いだが、信玄は気に入っている。それを知っている相手も信玄に気に入られようと口調を古めかしくしていた。
最初に声をかけてきたのは馬場と最近は名乗っている昔からの側近だ。信玄はその隣に座っていた沼田へと声をかける。
「あぁ、信玄殿。今日は天野社長からのご指示で、エールの納入先と金額の話、それに量のことについても相談しに来た」
「あぁ、話は聞いておる。大木、お茶を」
「喜んで〜」
ヘイッと、息詰まる空気だったのか、大木が喜んで厨房に向かうのを見て苦笑してしまう。
沼田が頬をかきながら、会釈をしてきて、馬場が鋭い視線を沼田に向ける。どうやら、儂がいない間、仲良くしていたようだと、皮肉げに口元を曲げてしまう。
儂も椅子に座り、沼田も馬場も座る。大木が粗茶ですがと、儂の前にお茶を置くが、儂の家だぞ、粗茶は客に言え。
「でだ。信玄殿。今回のダンジョン攻略、Dランクはどれほど採取できましたか?」
「まだ数えてはおらぬが、1000個近い」
「となると、9トンほどがエールになる?」
身を乗り出して尋ねくる沼田に、今回の収穫を答えると、難しい表情となる。なにか問題がありそうだ。
「量は問題ないのです。外街ではエールは人気になっていますからな。2、3日もあれば、消費するでしょうし。エールを大量に仕入れられるのは天津ヶ原コーポレーションぐらいですからな」
Dランクの魔物は危険だ。時折忘れかけてしまうが、儂らでは倒すのは厳しい。しかも隊を率いて現れれば、銃を使わなくては勝てない。普通ならば。
なので、エールの仕入れは天津ヶ原コーポレーションの独占なのだ。内街の連中はダンジョンを攻略してエールに変えるだろうが量が違う。
「問題が発生したのだろう? なにがあった?」
儂の問いかけに沼田は苦虫を噛んだような表情になった。
「どうやら我らは稼ぎすぎているようです。外街の組合に目をつけられました。連合を組まれて嫌がらせを受けています」
「………ふむ、話を聞こうか」
その深刻な表情から、たんなる嫌がらせではないと悟り、真剣な表情となり話を聞くことにする。
沼田は疲れたようなため息を吐き、馬場はフンと鼻を鳴らしてソファに座る。どうやら馬場は沼田の話を聞いているのだろう。不穏な感じだ。
「酒の価格って知ってますか?」
「あぁ、純正エールで外街なら700円じゃな」
天津ヶ原市場なら、純正エールで500円だ。これは価格に差をつけて、市場に人々を呼び込むためである。それと沼田の儲けも入っているのだが、外街の酒類の値段はというと
「そうですね。外街の他の純正酒類は2400円。混ざり物で800円です。この時点で薄っぽいやら、不味いやらの酒類は相手になりません」
「金額を見るとそうなるな。たしかに軋轢が生まれるもんだ。で、酒組合が嫌がらせをしてきたと」
たしかにやりすぎではあるかもしれない。ここ一帯の酒組合が嫌がらせをしようと決意するのも当たり前だ。だが、気にすることはないんじゃないか?
「お主の縄張りであろう。多少軋轢があってもなんとかしなくてはならんだろう?」
「いや、予想はしてましたが、酷いもんです。奴ら、パン組合やら服飾組合にも声をかけて、うちの縄張りでセールをやっています。こちらの純正エールやコッペパンより安くして、純正品を売ってやがるんです」
予想外のことだったのだろう。意外な内容に儂も驚いてしまう。エールやコッペパンが人気なのは安いからだ。その安さに対抗するために、安さで対抗するとは……しかも純正品を売るとは正気なのだろうか?
「原価もとれておらんだろ? なんだ、その金額は。確実に大赤字だよな」
内街から仕入れている酒類や小麦粉。質は悪いのに、多額の税金がかけられて、その原価も内街価格なので高いはず。原価以下の金額になっているのではなかろうか?
「はっ! 弱腰だな。そのような態度だから、つけこまれるのではないか? 強気でいればいいのだ、強気で。こちらの態度を見れば、相手もそのようなことをやめるだろう」
馬場が軽蔑したように沼田を睨む。外街の連中に今までは酷使されて、その豊かさを羨んでいた廃墟街の連中は多い。多いというか、ほとんどだ。今や、食うや食わずの立場ではなく、力を持ち外街の連中を見返そうと張り切っている。馬場は自分たちの力を示そうと、同じような考えを持つ廃墟街の連中を集めていた。
即ち信玄一派である。息子の勝頼が酒類も食料品類も防人から任されているので、酒一派とか、作物の一派とかもでき始めている。困ったものだが、当たり前の流れであるから、これを改善することはできないだろう。
人が集まり、その者たちが何かを扱うのならば、そこに組合やらが生まれるのは仕方ない。そして、今回の外街の行動は信玄一派にとっては極めて困る内容だ。
儂は何も行動はしておらんのだが。戦国時代の武田信玄はどうしていたのだろうか。人は石垣、人は城と言っていたらしいが、人は無機物ではないので、勝手に動くのだ。
「こちらも安く売りましょう。なに、儲けはあるので、こちらが圧倒的有利です。価格競争ならば原価が安い我らの勝利は間違いありませぬ」
馬場は良案だと、胸を叩いて口を曲げる。
「あ〜。たしかになぁ……どう思う、勝頼?」
兜を脱いで、頭をかきながら息子に尋ねると、計算に長けた勝頼は目を細めて口を開く。
「原価が違いすぎるから、価格競争は勝利できるかと。我らは内街に納入することにより売り上げがあります。干されるのは相手でしょうが……」
「さもありなん! ここは格安の値段で売ろうではないか」
意気込む馬場は手を叩いて喜ぶが、勝頼は手で制止する。
「ここは社長に意見を聞きに行きましょう。あの方ならば、また狡猾な策をたててくれるでしょうから」
「たしかになぁ。あの男なら悪知恵が働くだろうよ」
難しい事柄だが、きっと防人ならうちの利益になるように、また悪知恵を働かせるだろうとにやりと笑い、それならばと本社へと皆で向かうのであった。
そうして、社長の所に向かったのだが。
「ほっとけよ。それで沼田の闇市が盛況になれば、今後儲かるだろ。うちにも客が来るようになるかもしれん。のんびりと構えていようぜ」
奴らには精々客集めをしてもらおうと、防人は告げてきた。
悪そうな表情で。