71話 武田軍団
コアストアが現れてから数カ月が経過した。後日、久しぶりに動く軍用車両を廃墟街の人々は見た。アサルトライフルを手にした軍人たちがコアストアを占拠して、数日調査して去っていった。どうやら内街と売っているものが同じか調べたらしい。
あれからコアストアはどんどん数を増やしていき、今や知られているだけでも、東京に無数にある。必ずダンジョン付近に現れたこともあり、過去にダンジョンが出現した経過と同じだったので、スキルなど人為的なものではなく、ダンジョンが進化したのだろうと国は判断した。
そうして、コアストアと呼ばれている物は人々に認知された。ようやく現れた人類の希望として。
交換できる物が増えていること、そして食べ物が魔物を倒せば手に入るようになったことで、一気に世界は変わった。
少なくとも廃墟街の住人にとっては。
廃墟街。アスファルトの舗装はひび割れて、その合間から雑草が姿を覗かせていたり、半ばから折れて砕け、瓦礫の山となって埋もれている廃墟ビル。棚すらなく、窓ガラスも割れて、なにもない薄汚れたコンビニ。朽ちてもはや雑草に覆われ始めた家屋の奥に魔物だろうか、怪しい光が見えるダンジョン付近。魔物が彷徨く危険な場所に、20ほどの人たちが集まっていた。
「お館さま! 敵が見えてきやしたぜ!」
見張りの男が、崩れ落ちたビルの陰から前方を確認して叫ぶ。
「うむ。全員槍衾! 攻めてきたら、槍を突き出せ!」
その中心に立つ男、信玄が強い眼光で前を見据えると、前方から馬に乗った勝頼が駆けてくる。
「親爺、新しいダンジョンだな。ゴブリンが100体ほど。ナイトやシャーマンが3人ずついるぞ!」
息子の勝頼が報告をしてくるので、静かに頷いて床几から立ち上がる。
「影虎をシャーマンに当てよ! シャーマンを倒したら、ナイトを倒すように!」
廃墟の中で、朽ちたビルの陰からぞろぞろとゴブリンたちが群れをなして歩いてきていた。
一見ただ集まって歩いているように思えるが、実は違うことを信玄は理解している。恐らくはアーチャーが廃墟ビルの壁沿いに移動して、こちらを狙い撃とうとしているはず。
ゴブリンは狡猾だ。何人もの仲間が過去に殺されたことを信玄は理解している。本来ならば20人ほどの兵士で対抗するのは無理であるのだが、今は以前と違うのだ。
ぞろぞろと向かってくるゴブリンたち。その少し後方にゴブリンナイトや、シャーマンがいる。慎重な奴らはこちらを見て、どう立ち向かうか観察していた。
だが、ゴブリンたちから離れていることはこちらにとって好都合だ。
「射かけよ!」
「はっ!」
轟くような声音で叫ぶと、3人の兵士がコンパウンドボウを構えて、撃ち放つ。この数カ月、弓の訓練をした者たちだ。強力な矢が放たれて、山なりにゴブリンたちへと向かい、突き刺さる。だが、倒すまではいかない。大人と同じ力を持つゴブリンは頭にでも命中しない限り、そう簡単には死にはしない。
「ぎゃ?」
「ぎゃきゃ」
攻撃を受けたと、ゴブリンたちは慌てふためき、すぐにこちらに走り出して、ドドドドと足音を響かせてくる。
部下たちが槍を水平に持ち、槍衾の態勢をとる。が、あの数ではすぐに20人ほどの兵士など蹂躙してしまうだろう。ゴブリンたちの中には、人間の大人を遥かに上回る膂力の持ち主のホブゴブリンもいるのだから。
だが、最初からわかっていたことだ。そのようなことは。
目の前まで走ってくるゴブリンたちを見据えながら、再度叫ぶ。
「騎馬隊、蹂躙せよ!」
「おう!」
「ははっ!」
「突撃〜」
ビルの物陰から、10体ほどの騎馬が現れて、驚き立ち止まるゴブリンたちに突撃する。
信玄のスキル『騎馬隊』だ。15体の騎馬たちと、槍や鎧を生み出せる。伏兵であった騎馬隊は突撃していった。
このスキル。致命的な弱点があり、馬術はないということ、そして槍術もないのだ。馬は通常よりも遥かに頭がよく、後ろで大きな音を立てても、蹴らないし、人語を理解してきちんと言うことを聞いてくれる。そのため、騎乗は楽だが、あとは自身の馬術によるのである。
なにが言いたいかというと、だ。サラブレッドよりも逞しく、昔の西洋の軍馬のよりも立派な体躯の騎馬たちは、ゴブリンの群れに突撃して、敵を踏み潰していく。
騎馬だけで。騎乗者はいない。後方で応援をしている。
まだまだ駆け足もできないメンツには戦闘で馬に乗りながら戦うなど厳しかったのだ。それでも数百kgの体重で、当たるを幸いと騎馬隊はゴブリンの群れを蹂躙していく。
あっという間にゴブリンたちは踏み砕かれて、ホブゴブリンは胴体を踏みつけられて、内臓を破裂させて死んでいった。基本、人型より動物の方が強いのである。しかも死を恐れない魔法の馬だ。
異常を知り、ナイトたちが駆け出し、シャーマンたちが援護の魔法をかけようとするが、そこに飛ぶような速さで3体の武装影虎たちが襲いかかった。一息でシャーマンの頭を金属の光沢の長い爪でかち割ると、駆け出したナイトたちが慌てて振り向いて剣を向けようとする。
だが、その時にはひらりと飛翔した武装影虎たちが頭上から押し潰し、首を噛みちぎってしまった。
「ゲゲッ」
廃ビルの窓から影蛇に首を絞められたアーチャーたちが苦しみ落ちてくる。そして、グシャリと嫌な鈍い音と共に地面に鮮血を撒き散らす。
そうして、戦況が押されていると判断したゴブリンたちが一矢報いようと、信玄隊に駆けてきて、
「槍衾っ!」
信玄の声が響き渡り、暫くしてゴブリンの軍団は駆逐されたのであった。
ゴブリンの死体を集めて、コアを抜くと燃やす。疫病対策だ。マンホールへ捨てれば下水道のスライムが片付けてくれるから、どちらでも良いが。
ナイトが着込んだ鉄板の寄せ集めみたいな鎧を外して手に入れていたら、また斥候に出ていた勝頼が馬に乗って戻ってきた。
「親爺。虹が地面に出ている」
「防人が片付けたか。相変わらず速い攻略だ」
今回は、台風後に発生した周辺のダンジョン攻略に来ていた。とはいえ、これが最後だ。その前に防人は3つ破壊しており、『浄化』持ちをスキルレベル2まで上げていた。他はステータスアップだったので、勝頼と大木に防人は分け与えている。
「よし、お前ら。我らが社長がダンジョンを攻略したぞ! コアの回収に向かう!」
「ウヒョー、待ってました!」
「今回も攻略早かったなぁ」
「母ちゃんには内緒にしておかないとな」
命懸けの戦闘。いくら影虎や影蛇の援護があっても死ぬときは死ぬ。その解放感と、このあとに待つボーナスに皆は快哉を叫んで、走り出した。勝頼が苦笑を浮かべ、影虎たちがさり気なく横を走り護衛をしてくれる。
「勝頼、あの虎たち、日に日に頭が良くなってないか?」
「いや、たぶん社長が作り直すごとに、頭が良くなっている。当初は簡単な指示しか受けなかったのに、今は自分で行動しているからな」
「頼もしいこって」
うちの社長は一人で軍隊と戦えるなと、その頼もしさに笑みが浮かんでしまう。廃墟街は力が全てだ。圧倒的な防人の力に皆は心服している。
心服はしているが、それで品行方正になったかというと違うのだが。
廃墟街の廃ビルや壊れた店舗が建ち並ぶ中で、不自然な空き地がポツンとあった。そこに一人の男が佇んでいる。
黒ずくめの服装の男だ。マスクをしてフードをかぶり、ナイフのように鋭い目つきしか目に入らない。ただならぬ気配を遠目でも感じ取れる。
廃墟街に会社を設立して、市場を作り上げた男、天野防人だ。信玄はそこの役員である。
「よお、もう片付けたか」
声をかけると、信玄へとゆっくりと防人は顔を向けてくる。多少疲れたような様子を見せているが、ソロで攻略してその程度なのだから、人間業とは思えない。
「まぁ、ゴブリンダンジョンは作業だよな、実際。それにこの装備。たしかに強い。もうゴブリンキングは相手にならないな」
「強くなりすぎだ。この間までは出会ったら、死を覚悟する相手だったろ」
「スキルレベル3は凄いってことだろ。さて、コアの回収は任せた。適当に回収しておいてくれ。エールの売り先、沼田に確認させているから、来たら渡してやれよ。それじゃ帰るわ」
普通はスキルレベル3でも、簡単には攻略できないんじゃないのかと、苦笑いをする信玄を他所に、手をふらふらと振ると防人は家に帰っていった。さすがに疲れているらしい。
去っていく防人に、よく寝ろよと見送って、今か今かと待つ奴らに号令をかける。
「社長の命令だ。全員でコアを集めるぞ」
空き地一面にはコアが散らばっている。ダンジョン攻略後の結果だ。攻略すると魔物は倒した者以外は死ぬ。というか、多分元に戻るのだ。コアの姿に。
5000個近いコア。それらを栗拾いでもするように集め始める。文句を口にする奴はいない。なにせ報酬はDコア10個、即ち3万円だからだ。1日の儲けとしては破格であると言えよう。
………それでも品行方正とはいかないのだが。なにせ、廃墟街の面子だ。この間まではゴミ箱の残飯を手に入れるのに命をかけて、の垂れ死ぬ奴の服やら靴やらを少しでも良い金に変えるべく奪い合う連中だったのだから。
信玄は辺りを見回して、部下の周りを歩く。と、影虎がちょいちょいと手をある男に向けていた。
「おいっ」
ため息を吐き近づくと、その背中を思いきり蹴る。男が前のめりで土にめり込み転ぶ。
「大丈夫か? 体調でも悪いか? 今日は仕事を休むか? んん?」
ドスの利いた声で、転んだ男の肩を強く掴む。
「あ、あだだだ」
痛がり、苦痛から逃れようと身をよじるが、逃すつもりは毛頭ない。
「い、いえ、大丈夫でさ。ちゃんと全部袋に入れます」
ポケットに入れていたコアを慌てて出して、麻袋に入れる。
「よしよし。この仕事、報酬が破格だからな。辞めたくなったなら言ってくれ。やりたい奴らは整理券を配らないといけないほどいるからな」
「へ、ヘイッ。申し訳ございません。だ、大丈夫です、気分良くなりました」
「なら良いだろう。次はないからな」
睨みを利かせると、男は青ざめて震え、今度は真面目にコアを拾い始める。まぁ、10年以上続いた廃墟街の暮らしだ。手癖が悪いのは普通なんだが、それを防ぎつつ意識を変えないといけねぇ。
難しいだろうがな。ちなみに儂の道徳の授業は拳と蹴りだ。
次やったら………残念ながら行方不明者となるだろう。それだけ、廃墟街のルールは厳しいのだ。
こういうのを改善するためにも、頑張らなければならない。もう歳だが、老骨に鞭をうって、仕事をしてやるよ。
戻ったら、沼田がいるんだったよな、たしか。忙しい忙しい。




