70話 武具
なにやら微妙な表情で大久保は頷いて、我社で働くことを了承した。俺のポーションをセリカに渡しているセリフを聞いた時にちらりとセリカに視線を向けたが意味有りげだな。
「なぁ、セリカ?」
「ん? なんだい、防人?」
ニヤニヤと紅い瞳を光らせて俺を見てくるアルビノの美少女。
「お前が来た理由を教えてくれ。大久保君の紹介じゃないだろ?」
口に人差し指をつけて、大久保君にし〜っとしてみせる。その報告はいらない情報だから忘れてくれ。
大久保君は俺の意図を悟ったのだろう、苦笑して小さく頷き了承した。うんうん、誰も幸せにならないからその情報。ポーションの値段を教えてくれるつもりなのだろうが、セリカから給金を貰っている大久保から教えてもらうつもりはない。いずれ自分で知ることができるだろう。雇用主の情報は秘密にしておくことだぜ。後ろめたくなるだろ。
「あ、大木さんと名字が被る感じがしますので、竜子で良いです」
「いや、俺の方が変えますけど……というか、俺の名前は大木じゃ」
竜子の言葉に了解だと頷き、セリカへ視線を戻す。大木君、お茶おかわり。
俺の口にするセリフが、予想していたのと違ったのだろう。セリカはますます口元をによによとさせて、脇においてあったカバンから、何かを取り出してきた。
「潔いね、防人は」
「書面じゃないことを思い出してほしいね。手に入れたばかりの研究所を持つセリカさん。修復にセメントとか大量に必要じゃないか?」
セメントが欲しいもんだ。それにセリカが他で竜子のために金を使っている可能性もあるからな。一面だけを見て判断はしないのさ。
「すぐに物事を切り替えられるのは美徳だよ。で、これが君に渡す武具。セメントの話は後でね」
テーブルには瞳のような不気味な宝石が付いている黒色の腕輪が置いてある。魔力を感じるため、何かしらの力は感じるが。これが武具?
「それとこれ」
もう一つ取り出してくる。剣身が水晶でできている1メートルぐらいの小剣だ。水晶が仄かに魔力により光っている。
『朧水の小剣と、一眼悪魔の腕輪ですね。クラフトスキルで作成してあるので、弱点がない使い勝手の良い武器です。なるほど、これならばBランクの敵までは使えます。でも朧水の小剣は壊れやすいんですよね』
雫が置かれた武具を見て、すぐにその知識を披露してくれる。なるほど?
「そして、防具がこれだ」
小さな宝石の付いている銀製の小さな指輪だった。手抜きか? なぜか3つあるぞ?
俺の視線に気づいたのだろう、セリカは腕を組んで、ムフフと得意げになる。多少頬が赤いから胸を強調するの照れるならやめとけよ。
平然としている俺に、むぅと不満そうに眉を僅かにひそめるが、直ぐに気を取り直して説明を始める。
「これは朧水の小剣と一眼の腕輪。闘気を流しやすく、闘技の効果を倍増…とはいかないけど、3割増しにしてくれる。しかもこの剣はその剣身に朧の剣を作り出す。小剣だけど、大剣にも変幻自在で、水晶は耐久性が高いので、壊れにくい。……はず」
自慢げに説明をするが、最後で口籠るセリカ。なんか不安材料があるのか?
「不安を見せる態度だな?」
「いや、無茶苦茶な使い方をしなければ大丈夫さ。普通は壊れにくい。うん、大丈夫のはず、設計上は耐久性は極めて高い。敵ごと鉄筋コンクリートのビルを斬って、もう壊れちゃいましたよとか、言わないでほしい。ビルを斬ると負荷で壊れるから」
『耐久性に難ありということです』
『難はないとおっさんは思います』
かぶりを振るセリカに、うんうんと頷いて、思念で雫が伝えてくる。鉄筋コンクリートのビルを斬るって、人間技じゃねーだろ。
「朧水の小剣は蛟の牙から作れるのさ。以前現れた蛟の牙を使用して作ったんだ。で、一眼悪魔の腕輪。これはそのまま一眼悪魔という、一つ目の悪魔がいるんだけど、魔法を目から放つ。即ち、その一つ目は魔法効果を上昇させるんだ。これもかなり威力が増大すると太鼓判を押すよ」
「なるほどな。手が塞がらないようにか。良いね、杖ではないのが良い」
手が塞がると色々不便だからな。それに杖を持ち運びたくない。俺はファンタジーの魔法使いではないのだ。ハードボイルドなおっさんを目指すぜ。
「最後が理力の指輪。これは装備者を薄い鉄板程度の障壁で守ってくれる。ちなみに稼働時間は8時間。マナは24時間で自動回復する」
「役には立たないということか?」
Cランク以上の敵に通じるとは思えないんだが? だが、俺の質問を予想していたのだろうセリカは人差し指を振って、にやりと悪戯そうに笑う。
「最初はローブや鎧を用意しておいたんだ。でも、防人は嫌だっていうから止めて、こちらにした。3個あれば24時間常時発動できるだろうし、障壁に魔法や闘技を上乗せできるだろう? 君だけの特技さ」
「なるほどな。魔法武器化に闘技の防御技……その力が上乗せできるなら、強力だ」
指輪の一つを人差し指に嵌める。小さな指輪なのであまり目立たないのも良いな。
「起動は念じれば良いよ、簡単だろ?」
「オーケーだ」
マナを巡らせて指輪に送り込むと起動する。自分の体をマナの障壁が覆うのが感じ取れた。透明の障壁だ。
何これ、透明なマナの障壁とか素晴らしい。真似をさせてもらうぜ。
その障壁に魔法武器化を付与する。見えないマナの障壁の重ねがけだ。硬化皮膚も同様に重ねがけだ。凝集で付与しておく。
目に見えないが、障壁が強化された感じがするぞ。こりゃ良いな。
「……花梨が変態的な魔法使いと称するのがわかるよ。想定よりも遥かに硬そうだよね」
「言ったとおりにゃんこ。防人は変態にゃ」
呆れた表情で、セリカがジト目になるが、自分で勧めてきた方法じゃんね。今更だろ。それと変態というな、花梨。
「AP弾は余裕そうだね。ロケットランチャーはどうだろう。試してみたいんだけど?」
俺の眼前でコンコンと手を叩くセリカ。その手は空中で阻まれて俺に触ることはできない。
「これ、毒とかはどうなんだ? 魔法とか」
マッドサイエンティストの言葉は無視して、酸素がなくなったり、毒が流れ込んできたりとかの場合を尋ねる。
「無害な物しか通さないフィルターみたいなものがあるけど、魔法や闘技系統の状態異常攻撃にはあまり役には立たないかな。だから状態異常系統は魔法か闘気で防御するんだね。ナパームとか、炎とか物理的攻撃はこの強度で遮断すると思うけど」
「そりゃ、残念。だが、この腕輪を付ければもっと効果が上がるんだろ。闘技系統を上げる武具はないのか?」
「朧水の小剣で我慢してよ。どうせ闘技は切り札として使用するから、常時効果を上げる武具は必要ないでしょ」
「……そうだな。だが、そんな面白そうな武具があったら、欲しいところだぜ。まぁ、サンキューな。これで強敵とも戦える」
きっと武装影虎も強くなるぜ。魔法効果アップだからな。
「君はヒノキの棒で、ボスたちを倒していたんだと覚えておいてほしいね。これからは僕が支援するから安心してほしい。お、お礼にチ、チュウをしてくれても良いんだよ」
顔をそらしながら、赤らめて言ってくるアルビノ少女。可愛らしいんだけど……なんだかなぁ。
「……感動で泣きたい時に検討するぜ」
なんというか……雫と似ているなぁ……セリカって。姉妹と言われてもおかしくない感じだ。雰囲気が似ているんだよな、色々と。まぁ、良いんだけどさ。
『ピビーッ。レッドカードです。この娘は出禁にしましょう。これ、わざとですよ、あざとい真似をしています。きっと計算ずくです』
今日はサッカーの審判に雫さんはなった模様。どうどう。落ち着いてくれ。たしかに演技なのは理解しているから。
「なんだか、華やかになった感じがするよな、防人」
「いや、たまたまだろ。俺の家は基本出入りがないからな」
信玄の言葉を否定しておく。たしかに急に女性率は増えた感じはするが、今だけだ。
「それもそうか。ここに来るのは骨が折れるからな」
エレベーターなしで20階だからな。用もないのに来る奴は幼女ぐらいだ。こいつは根性あるよ、まったく。
「そういうことだ。でだ、セリカ、セメント余っていないか?」
「僕の照れた顔を見れる人は防人以外にはいないんだけどね……。まぁ、良いや。どうだろう、スキル1ポーションが余っているんだって?」
はぁ、と嘆息するセリカと、俺はこれからのセメントの納入条件を話し合うのであった。そのすぐに変わるビジネスライクな態度で演技だってわかるんだよ。
結局、研究所を修復する予定のセメントをある程度融通してもらえることとなった。代価はスキル1アップポーション。意外と使えるらしい。まぁ、ゼロと1だと、大きく変わるから、さもありなん。
セリカたちはまた来るねと手を振って帰宅して、信玄たちと竜子だけが残った。この娘は内街まで帰宅する時は護衛が必要だよなぁ。
まぁ、良いや。強化した武装影虎を竜子の影に忍ばせておくか。
「とりあえずは、拠点の防衛壁が欲しい。ベニヤ板だと不安しかないからな」
残った面々にソファに座りながら告げる。これからの都市計画だ。そろそろ人口が増えすぎて居住地が厳しい。
「全部を囲むとなると、かなりの量のセメントや資材が必要になるぞ、防人」
信玄が苦言を呈すが、分かっているよ。
「コンクリは簡単に拠点を作れるんだ。セリカが約束してくれたのは数十トン。その量なら、それぞれ壁で囲める。無論、全体は無理だ。拠点ごとを繋げるのもな。廃墟ビルとビルの間に作るんだ」
「今までと同じってことか……ベニヤ板の代わりにコンクリートブロックか」
そのとおりだ。手持ちのカードはようやく増えてきたけど、弱いカードばかり。その中でやり繰りしないといけない。
拠点丸ごとコンクリートの壁で覆うなんて、土台無理な話だ。そこは諦めている。
「竜子は、スキルで模型を作れるんだよな? コンクリートを流し込むための枠を作ってもらい、それを木枠で覆う。その後にコンクリートを流し込むんだ。簡単に壁ができるだろ?」
「あの……そうは上手くいかないかと思います。乾燥させても、鉄筋で補強しないと、たぶんあっさり崩れます」
ナイス名案だと思ったが、弱々しく挙手をした竜子にダメ出しされてしまう。コンクリートって、支えがないと簡単に崩れるらしい。
マジか。セリカにセメント頼んじまったよ。早まったか。
「……『浄化』スキル持ちに頼ろう。上手くいくかわからんけどな」
錆びた鉄筋とか、崩れたビルから回収して、『浄化』で元に戻して使えないかな?
「あまり上手くはいかないように思えるがなぁ」
信玄が難しそうな顔で意見を言うが、うん、俺もそう思う。
「あの……今あるコンクリート壁を剥がしてきたらどうでしょうか? それに『浄化』をかけて枠に入れて、その上にコンクリートを流し込むんです。コンクリートの材料も少なくて済みますし『城壁』は脆い所を判断できて、その部分だけを入れ替えることができますし」
「そんな方法があるのか……スキルの力、万歳ってところだな」
普通は上手くいきそうにないが、スキルの力があれば可能かもしれん。弱点はあるが、その力は本物なのがスキルだからな。
「オーケーだ。それでいこう。それとアパート的なものも作りたい。できるだけ住みやすいやつ」
人々はオフィスを居住地としているが、ボロボロの部屋にコンクリートの床。住むに適していないからな。
「了解です。えっと木材を使えば良いんですか?」
「あぁ。……釘打ち機とか、いや、そもそも釘が欲しいよな」
「たぶん宮造りできます。釘打ちなしのやつ」
「それでいこうか」
間髪容れず答える竜子だが、宮造りとかできるのかよ……。んん? そういえば、セリカのスキルはなんだろうな。ま、いいか。
信玄は木材運び。大木君は全ての雑用。竜子は建設の下見だ。あとは勝頼を見つけて指示を出す予定だ。
「それじゃ、各自仕事に取り掛かろう。ノコギリとかは純に頼んでくれ。では、解散」
各自に視線を向けると頷いて、パンと手を打つ。忙しくなりそうだ。俺は暫くはゴブリンダンジョンやスパイダーダンジョンの攻略に、居住地作りかな。
木材……俺の魔法で水を抜かなきゃならないか。
とりあえず足元を固めるかね。蛟のコアどうすっかなぁ……後で考えよう。面白そうなアイテムが一覧にあったんだよな。
ようやく武具を手に入れたぜ。武器の性能如何によるが楽しみだ。それと、とりあえず竜子はまともそうで良かったぜ。