7話 等価交換ストアー
自動販売機。まぁ、自動販売機で良いだろう。その回りに防人たちは集まっていた。古典小説のモノリスの前に集まる猿のように。
だが、いい得て妙かもしれないと、防人は目を細める。これから俺たちは知性ではないが、人類を救う力を目にするだろう。
『コッペパン:Fモンスターコア5個』
人類を救う力はコッペパンと書いてあった。……うん、コッペパンでも人類を救う力なんだ。
緑色の半透明の水晶のような板というかモノリスには煌々と青い文字で、そう書かれていた。ただ、1文。そう書いてあった。
「なんだこりゃ?」
悪戯かとも思えるが、モノリス自体は普通のものではない。信玄が眉をひそめて怪訝な表情になる。防人も顔を顰めて、腕を振り上げてみせる。
「壊せるか、確かめてみよう」
「まつのニャー! どうして破壊することばかり考えるにゃ? 希少な物かもしれないにゃ!」
腰に勢いよく花梨が抱きついてきて、止めようとしてくる。なにげに、脇腹に突撃されて、ゴフッと苦しむおっさんである。
「たぶん破壊できるニャ。石のように硬いだけニャよ」
その言葉に、口元を曲げて、胡乱げな視線を向けておく。
「お前、なんでそんなこと知っているわけ? ……試したな?」
「いや、ね、最初はなにかよくわからなかったから、石をぶつけたらヒビが入ったニャよ。ミミックだと困るからにゃ、即行逃げたにゃ」
テヘペロと、猫娘は小さな舌を突き出して謝ってくる。本当にちゃっかりした少女だ。猫の特性を持っているとはいえ、年若いのに情報屋をしているだけはある。
「Fモンスターコア……。普通に考えると、あれかぁ?」
推理など必要ない。過去、何回も話に出てきた魔物の心臓。それしかないだろうと、信玄は唸る。他の者も同感だ。
ちょうど倒したゴブリンの死体もある。
「おい。入れてみろよ」
部下に信玄が顎をしゃくり命令すると、ヘイと防人が倒したゴブリンから黒い水晶を取り出す。
「でも、どこに入れるんですかい? 投入口がないですが」
「適当に押し付けてみろ」
「へい。それじゃあ押しつけて、と。うお、入りましたぜ」
水晶を押し付けると、水に落としたようにするりと入っていき、小さな波紋をモノリスは残していった。
「みるにゃ! 表示が変わっているにゃよ」
『コッペパン:Fランクモンスターコア4個』
花梨が表示を見て、目を輝かす。Fランクモンスターコアにゴブリンは当たるらしい。減ったことに気を良くして、信玄の部下たちは次々とモンスターコアを放り投げる。残り4個を入れると、ガシャンと音がしてコッペパンが入れていた男の前に唐突に現れた。ぽてんと。なにか特別な音やエフェクトもなく。普通の自動販売機のように。
細長いパンだ。柔らかそうな普通のコッペパン。かつては普通にどこでも売っていたが、今はほとんど目にしたことがない小麦から作れるパンだ。
皆はそのコッペパンをジロジロと見つめる。お互いに顔を見合わせて、ゴクリと喉を鳴らす。
「大木君。俺の奢りだ。パクっといってくれ」
大木君の肩を防人は叩いて、太っ腹なところを見せてあげる。久しぶりだろ、コッペパンなんて。俺って優しいな。
「えっと、兄貴? 俺の名は大木じゃ……」
エヘヘと笑う大木君だが、皆は容赦はしなかった。
「やったな、大木!」
「美味しく食べるにゃよ」
「ほれ、がぶりとやりな。お前のガタイじゃ腹が減って仕方ないだろ?」
やんやヤンヤと周りの者たちは大木君をはやしたてる。食べないという選択肢はないよなと、遠回しに威圧を込めて。
皆の心は一つだ。こんな怪しげなモノリスから現れた食い物は果たして食えるのか? で、ある。
信玄も睨みつけているので、大木君は仕方ねぇと、目を瞑りかぶりついた。ふわふわのパンは特に抵抗もなく千切れて口に入り、大木君は咀嚼して飲み込む。
「………小麦の味がしますぜ。外街のパンのように混ぜものもなくて、美味いですぜ!」
目を見開いて、もしゃもしゃと食べ始める大木君。ほ〜、とその結果を意外に思い見つめる面々。
「身体はどうだ? 痺れたり、ぼんやりしたり、変なところがないか?」
「へい、ボス。特になにもないですよ」
信玄が大木君の顔色を見て、腕が生えたり、顔が浮き出てきたりしないかにゃと、花梨が周りをぐるぐる回る。花梨は酷い想像をしているので、ウドの大木君が少し可哀相に思えたりします。
念のために10分程様子を見ていたが、特に顔色が変わることはないので、皆は安堵する。
「どうやら、これは何に使うかわからなかったモンスターコアの使い道らしいな」
「そうだな。こんなもんがなぜ今になって現れたかは分からないが……」
俺も信玄の言葉に頷き、きりりとハードボイルドな視線で怪しげな自動販売機を見つめる。なんだろうな、これは。俺はなにも知らないよ?
「これ、散歩していたら他の地区でも一台見つけたニャンよ」
「……どこにあった?」
「ダンジョンから少し離れた場所ニャン。魔物が徘徊する危険な場所で気をつけないと殺されちゃう区画」
ふむ、と防人はその明晰な頭脳で考える。名探偵防人。頭脳はおっさん、身体もおっさん。すなわちおっさんである。というか、花梨はいつもどこを散歩しているわけ?
「わざと危険な区画に設置したのか? 内街の奴らが作り出した?」
名探偵防人はミスリードをした。犯人は俺。
「これは魔法にしか見えねえ。スキルによるものにしては、多数が現れるのは不自然だ。おい、花梨。後でこの自動販売機が、どれぐらい現れたのか調べてこい。ざっとで良いからな。馬を貸してやる」
「ラジャーにゃ。それで……お代は?」
「配給券3枚だ」
オーケーにゃと花梨は頷く。花梨ならざっと東京に現れた自動販売機を見つけることができるだろうよ。たぶん5台ぐらい廃墟街に現れているかもね。
「さて、それじゃあゴブリン狩りと行くか? いや、ゴブリンじゃなくてもいいよな? 大鼠やスライムでもコアは持っているからな」
「そうだな。ここらへんだと、スライムか? 棍棒を用意しておけば良いだろ」
スライムは酸を持っている魔物だ。とはいえ、身体はゼリーみたいで無害だ。ゲームだと酸性の身体だが、あれはよくよく考えれば不自然だ。自分のいる場所を溶かしまくって、穴になって落ちていくだろうからな。
現実のスライムはモンスターコアと、もう一つ、身体を維持しているコアを持つ。そのコアを破壊すると倒せる。スライムの攻撃方法は自身の身体を変形させて、弱酸の触手へと変えて攻撃してくる。その触手で溶かしながら相手を食べるというわけだ。身体がゼリーのようなので、子供でもパニックにならなければコアを潰して勝てる相手だ。
大鼠は子犬ほどの大きさの鼠だ。普通の鼠と違い、身体が大きすぎるために、壁などを登ることができず、野良犬と変わらない。大きければ強いというわけではない証拠である。そのために普通の鼠のように小さな通路を出入りできないので、雑菌を持たない。……俺がジャーキーを食べない理由の一つだ。
その他に子犬ほどの大きな黒い虫もいるが、その大きさなので足を支えることができずにノロノロとしており、大鼠に捕食されている。肉体を持つ魔物たちは食物連鎖もしているんだ。
「わかった。それじゃあ、てめえら、スライムたちを倒してこい!」
「ヘイ!」
信玄の鋭い声に部下たちは三々五々散らばっていく。ここらへんなら、すぐにコアは集まるだろうよ。
「あれ、これ、ページあるニャよ?」
自動販売機をペタペタ触っていた花梨が丸いボタンマークを押すと『ランク切り替え』と表示された。今は『F、G』と表示されていた。
Gを選択すると一覧が切り変わる。
『水1リットル:Gモンスターコア5個』
「あ〜……そんなうまい話はねぇか」
気まずそうに散っていった部下たちを見ながら信玄は頬をポリポリとかく。
「そうだな……。簡単に食い物が手に入ると思ったんだが」
残念だなぁ、本当に残念だ、そんなに上手い話はないんだよ。
「でも水でも手に入れば助かるにゃ。水魔法が使える防人はピンと来ないだろうけど、綺麗な水を確保するのは苦労するにゃ。雨水だけじゃ、あっという間になくなるにゃ」
「そうか……それなら水もよいか」
腕組みをして、倒してくるだろう男たちを見ながら、わかっているよと内心で思う。風呂も入れるように、水がふんだんに使えるようになれば良い。
この自動販売機は俺のスキル『等価交換ストアー』だ。きっと、真実を知ったら、皆はなんだってーと驚くに違いない。教える気は絶対にないが。知るのは俺と雫だけで良い。
『等価交換ストアー』は俺の願いを聞き届けたスキルだ。と、思う。初めてダンジョンが現れたあとに発現したスキルだ。実は同じようなスキル持ちはいたんだよ。ネットの品物を買えたりするスキル持ち。だが、すぐにその存在は聞かなくなった。飼い殺しになったか、捕まって解剖されたか、スキルレベルを上げるためにダンジョンに潜って死んだか。
俺はたぶん後者だと思う。スキルの最初は本当にしょぼい。後にスキルを買うことも俺のスキルはできたが、それでも最初はゼロだったんだ。自分で鍛えないと品物は増えない。ネットの品物を買えると言っても、最初は10円以下とかだったのではと予想している。
俺だって、最初は水だけだった。育てるとなにか良い物が現れるのではと、時代がどんどん悪くなっていく中で、ダンジョンに潜り続けて3年。交換できる物に影魔法や元素魔法、そしてグレーアウトしてはいたが、チェーン店の機能追加の文字が表示された時に、このスキルは世界を救うことができるのではと、ふと考えた。
このスキル。持ち主だと気づかれたら、必ず飼い殺しに遭うとも。育ったスキル持ちは1でも使える。特に俺の等価交換ストアーはモンスターコアと引き換えに様々なアイテムと交換できるスキルだ。自分しか使えなければ、どんな手を使っても捕まえようとする奴は出てくる。
人間は残酷だ。
脅迫、洗脳、薬漬け。力で敵わなくても、いくらでも方法を考えるのが人間だ。素直に従っても、他の勢力が俺の力を手に入れようと、戦争を仕掛けてくるはず。
自意識過剰だがそう思った。だから、周りから見て不自然に思われないように、このスキルを活用することはできなかったわけだ。
だが、全ての人がこのストアーを使えたらどうなる? たくさんの場所にこのストアーが現れたら? 希少なのは一人しか使えないからだ。多くの人が使えるようになればどうなる?
もちろん、俺が死なないように、手数料として2割、使用料として2割、合わせて4割を中抜きするけど、定価を知らない者たちなのだから問題ないよな?
現在、ストアーはこの東京に5台。内街のダンジョンの前に一台、廃墟街ダンジョン付近に4台設置した。黒猫により、遠隔設置をしたわけ。
これにより、ダンジョンと同じ存在だと誤解させる。カラスにより、名古屋、大阪、他各都市のダンジョン付近にも適当に設置させていく予定だ。
まずは水とコッペパンのみ。あまり良い品物を出すと、軍が独占しようと出張ってくるだろうからな。ジワジワと俺が強くなっていくのに合わせて、軍が手を出せなくなるまで、侵食するように交換できる物を増やしていく。
これにより、混乱はあるだろうが、経済が復興していくはず。企業が買い取らないなら、俺が買い取ってやろう。
世界の救世主となってやるぜ。経済復活こそ、世界の救済方法の最適解だ。