69話 雇用
お姫様の格好をした大久保竜子は戸惑っていた。今は天津ヶ原コーポレーションの社長宅に来ている。
ペントハウスだ。エレベーターに電気は通っておらずに、申し訳ないがと、怖そうな社長に謝られて20階の階段を登ってやってきた。
古びた建物であり、社長にしては貧乏そうだ。……廃墟街で会社などするのだ。お金はあんまり持っていないのだろう。
居間に案内されたが、テーブルもソファも古びており、多少ガタもきている。壁などもよく掃除されているが、シミや修繕したあともある。素人が修繕したのだろう、結構適当そうだ。
そんな所に自分が送られるとはと、悲しく思ってしまったが……。
でも、皆の歓迎を受けて内街よりもマシみたいだとも考えてしまう。
ステータスを初めて開いた時に表示されていた『城壁』。このスキルのせいで流転した自分の人生。使えないと理解された途端に手のひらを返してきた権力者たち。敵を防ぎ、中からは攻撃できる。だが、その効果は微妙と言わざるを得ない。
内街の軍隊は銃で基本戦う。その場合、銃撃の掃射で終わる。合金製の簡易シールドを立て掛けたり、装甲車や戦車での戦闘。『城壁』は近代戦にて、役には立つが代わりはあるスキル。スキルレベルアップポーションを無駄に使ってまで上げる価値はない。
そう、無駄に。
期待はずれめと、研究者や学園の人たちに罵られ、下層階級の自分は肩身が狭かった。
内街、外街、廃墟街、格差はある。そして、その内部にも。
内街でも、その財力、権力、武力の大きさで階級は変わる。外街からみたら、羨む内街。だが、そこでも格差はあるのだ。高額の税金を支払うために、悲鳴をあげながら下層階級の人々は働いている。内街は物価が恐ろしく高いが、下層階級でも、身だしなみやその暮らしはまともにしなければならない。
継ぎ接ぎだらけの古着を着たり、貧相な暮らしをしていると思われてはいけないのだ。内街の住人には高い教養と品格が求められる。それを行えない者は外街行きとなるのだ。
下層階級出身で、見たことないスキルのために研究者が私を保護という名で引き取った。両親は笑顔でその代わりにと渡された大金で私を売り払った。酷い親とは言えないだろう。暮らしは大変で、竜子は金のある裕福な暮らしができるとわかっているのだ。
スキル持ちを解剖しても、その秘密はわからずに、精神を病むとマトモな発動はできなくなる。そのため、優遇するしかないのだ。竜子の未来は輝いて見えたのだろう。竜子も当初はそう思ったのだから。
だからスキルレベルを3まで上げられて、軍学校でも一番の学校に入ることもできた。軍学校とはいえ、全員が軍に進むわけではない。軍部に支配されている日本は、優秀な学校は全て軍学校となっているだけだ。いつでも軍に召喚できるように。
軍に進んでも、このままではろくなことにならないと竜子は理解していた。何しろ盾のスキルだ。足利輝の使い捨て盾にされる可能性が高いし、そうならなくても最前線で使い潰されるだろうことは間違いない。スキルレベルポーションの元を取れと言わんばかりに。
悲惨な未来。近づく卒業に眠れずに日々を過ごしていた。同級生は皆上級階級か、優れたスキル持ちの者ばかり。そいつらは嫌味を言って、イジメをしてくる。最近は今年で最後の命なのだからと、ニヤニヤ笑いで言ってくるのが、地味に効いた。
そうしたら、先日学園長に呼び出された。セリカさんも横にいて、君はここで卒業とすると、見下す嗤いで告げてきた。
曰く、セリカさんの助手となるようにと。
「君を手に入れるために、スキル3レベルアップポーションと大金を支払っちゃったよ」
ニコニコと愉しそうな笑みでセリカさんはこれまでの人々と違い見下すことなく普通に告げてきた。その時は救世主に思えた。
世にも稀なアルビノの美少女。女神が救いに来てくれたのだと。
そこまで私を欲しがる理由はわからなかったが、この先、死ぬことが確実な未来よりも全然良い。私は二つ返事で頷いて、そして絶望した。
廃墟街に働きに行くようにと伝えられて
女神ではなく、悪魔だと思った。美少女悪魔だったのかと。
廃墟街は内街では地獄と同義だ。力なく食べ物はなく死は隣合わせで、魔物が徘徊する生ける地獄。それが廃墟街であった。
この間の研修の際も、周囲に人影はなく、壊れた廃墟ビルに、朽ち落ちた家屋、店は看板が砕けて、店内は埃まみれで何もない。そして、ちらほらと姿を見せる大鼠やゴブリン。こんなところに住む人間は悪党か、死を待つだけの人だと聞いていた。ダンジョン前にいた人々は、そこまで酷くは見えなかったが……。
そんな所に非合法の、いや、もはやそこに住む人々はいないこととなっているので、幽霊会社を設立した人の下へと行ってくれと笑顔を崩さないセリカさんに言われて、死刑宣告が早まっただけだと嘆いていたのだ。
だが、今は廃墟街のこの会社は少しだけマトモな場所そうだと、歓迎会を受けて思い始めている。
それ以外に嘆いていることがある。
「おひめしゃま〜。かぁ〜い〜」
「あはは……」
私の服をつつく幼女に、周りの面々の視線も痛い。なぜ、こんなドレスなのか。ドレスを着ようと言い始めた当人は、既に白衣姿で天津ヶ原コーポレーションの社長の隣に座って笑顔だ。見せ物である。
恥ずかしいと顔を赤らめる私に、鋭い目つきの社長が、口を開く。
「俺の名前は天野防人。君の名前は聞いている。大久保竜子さんでよろしいかな?」
「は、はい。大久保竜子と言います。よろしくお願いします!」
「儂の名は武田信玄だ、よろしくな」
お爺さんは武田信玄という名前らしい。
社長の声音はどことなく冷たさを感じさせるので、緊張を覚えてしまう。よじよじとその社長の膝の上に幼女が乗っかったので、悪い人ではなさそうだが。
対面には社長とセリカさん、それとお爺さん。リビングルーム側には椅子に座った強面の男の人と、花梨さん。
「ここの仕事内容は聞いているか? 建築関係だ。君のスキルで構造体を解析、そして、修復の仕方から、建造まで教えてほしい」
「あの………。『城壁』がそんな力を持つなんて知らなかったんですが……本当にそんなことができるんですか?」
「できるよ。僕が保証する。『鑑定』スキル持ちの僕がね。試しにこの家をスキャンしてごらん? 壁を作るのではなく、薄く波紋を広げるような感じで」
ニコニコと笑顔でセリカさんが言ってくるので、コクリと頷く。使い方までわかるとは本当に『鑑定』スキルは凄い。
喉をゴクリと鳴らすと、目を瞑り手を合わせる。祈るような格好をして、スキルを発動させる。えぇと、マナを集中させて波紋のように……。
『城壁』
力が薄く薄く波紋のように広がっていく。
その瞬間に、頭に知識が浮かぶ。これまでの防御のスキルではなく、解析のためのスキルだと理解した。解析しようと意識しなかったから、わからなかったのだ!
「試したことがなかったからわからなかったけど……。なるほど、たしかにわかります!」
この家屋、かなりボロい。見かけ以上に。
「えぇと、修復します。その方法はえっと……修復用の素材が必要ですね。柱などを取り替えることができればマシになりますよ」
「素材?」
「はい。構造体を読み取ってわかりました。劣化が激しい場所は『城壁』で支えますので、その間に新しい物と入れ替えてください。素材をささえる『城壁』というわけです」
社長の言葉に頷き返す。修復はできないが支えることはできる。その間に交換してしまえば良いのだ。壁の形だけではない。城壁は細かに形を変えることができる。
「劣化ねぇ………『浄化』はどうなのか? 劣化を修復できるか?」
「『浄化』ですか。えと……すみません、スキルによる修復方法は自分の物しかわかりません……すみません……」
でも、あまり役には立たないかもしれない。内街ではスキャンできる機械はあるし、私の力でなくともいくらでも代用できる。
「いや、ここは内街じゃないからな。助かる。俺の会社の、そして、廃墟街の者たちの助けになるだろう」
「そうだな。壁を作成するにも、家屋を建てるのも、そのスキルは役に立つぜ」
社長とお爺さんが合わせて、嬉しそうに褒め称えてくれる。私のスキルで、これほど喜んでくれるなんて、私の方が嬉しくなってしまう。私のスキル。初めて褒められた。
「うちは機械はないからな。力仕事は大木君頼りなんだ」
「あっしだけに限定しないでくだせえ!」
リビングルームに座る男の人が抗議をしてくるが、皆は気にしないようだった。
「でも、現状の資材は木材しかないんだ。石もコンクリートもないんでな。セリカ、鉄骨とかどうにかならないか?」
「資材は厳しいね〜。それこそ『浄化』スキルで健全な姿に戻せば良いんじゃないかな? あれは錆び取りや劣化した物の不純物を取るよ。不純物を浄化すれば、質量は減るだろうけど、新品同様になるんじゃない?」
「それじゃあ、手っ取り早く浄化をスキルレベル2にしておくか。でも加工しないといけないだろ。ううむ……沼田に調達は任せるか。それにセリカへの今月のポーションも支払う必要があるからダンジョン攻略もしないとなぁ。あ、それとだ、大久保君?」
セリカさんと話し始めた社長が私へと視線を戻す。真剣な表情だ。
「月給にするか? 請負契約にするか? あまり金額は出せないが……。この娘にもスキル3レベルアップ10%ポーションを月にひと瓶で、計12個渡す契約だし」
その内容に驚き、セリカさんを見つめてしまう。え? ポーション渡しているの?
「あの……私は助手として、セリカさんに雇われています。月に100万で」
「形式上は竜子は僕の研究所の所員扱いなんだ。なので、安くても月給を支払っている。防人、僕にもっと感謝してもいいんだよ〜?」
ニヒヒと笑って、社長にしなだれかかるセリカさんだが、全く普通の表情で社長は私と話を続けてくる。
「それじゃ、廃墟街の稼ぎは無課税なんだな。そりゃ良かった、幸運じゃないか。で、月給と請負契約どちらにする?」
どうやらお金をくれるらしい。下層階級は年収800万が最低賃金だ。だがもう月給100万円も貰っている。
「迷っているようだな。それじゃ月給100万円で始めて、不満があれば、そこで変更していくということで。……周りの嫉妬が凄そうだな……」
それは嫌だ。そしてそうなる様子がまざまざと思い浮かぶ。
「いっしょにはたらくぅ〜」
「は、はい! よろしくお願いします! でも、大丈夫なんですか?」
「正直、居心地悪いかもしれん」
う〜んと首をひねる社長さん。やっぱりそうだよね……。
「セリカさんから貰っているから大丈夫ですよ?」
今の年収で問題ない。普通に暮らしていけるだろう。
「む? ……それじゃ、安くてすまないが、30万円で始めようか。ただ働きだと、裏切るのに躊躇いはないだろうし、内街の人間を引き抜いたという俺の力も見せておきたいしな」
社長さんにも色々とあるらしい。たしかにただ働きなら、辞めることに躊躇はしない。セリカさんから貰っているから、前提条件が違うんだけど。
セリカさんから貰っている月給と合わせると、1560万円。しかも360万は非課税だから、実質倍。内街の税金は6割かかるのだ。だから、今よりもずっとマシな生活になるかもしれない。廃墟街は不安がいっぱいだけど……。
頑張ってみるかな。私のスキルに喜んでくれる人々たちだし!
それと、スキル3レベルアップ10%ポーションは5千万円はします……社長。騙されていますよ……。