68話 歓迎
天津ヶ原コーポレーション本社1階、食堂にて、防人は準備をしていた。防人というか、他の人々が慌ただしく働いていた。
廃墟街では考えられなかった食堂という存在。本社社員のための朝昼夜とちゃんと食べられるという数カ月前は想像もしなかった憩いの場。そこは今、大勢の社員が集まっていた。
ヒビのある壁は、真っ白に洗濯されたカーテンで隠されて、折り紙で作られた花飾りが飾られている。床はピカピカに磨かれており、この日のために洗濯して綺麗になった絨毯が敷かれている。
「おはな、かざりゅ〜」
ニコニコスマイルの幼女が、その腕の中に頑張って折ったたくさんの花飾りを抱えて歩き回り、働く子供たちに渡す。
「ここに飾れば良いのか?」
「そうだよ、純ちゃん」
「これを並べれば良いのか?」
ワイワイと子供たちは騒ぎながら、飾っていき、食堂を華やかに変えていく。こんな催しは子供たちにとって初めてだ。この間の収穫祭とは、また違う。嬉しそうに楽しそうに用意をしている。
「このケーキはここに?」
「美味そうなチキンだな」
「こんなにたくさんのお料理初めてだよ」
「大木君、このテーブル運んで」
「燻製肉はどこにおく?」
おばちゃん連中が次々と大皿に料理を乗せて運んでくる。ケーキ各種が並び、一匹丸ごとオーブンで焼いたチキンが何羽も運ばれて、エールが樽ごと運ばれてくる。人々が皿やらグラスやらを置いていっている。
このあとに始まる歓迎会。その料理が食べられるのを楽しみにしている。つまみ食いは禁止だからな。あと、燻製肉はいらんから。
そして、壁には「歓迎 大久保竜子さん」と描いた帯が飾られていた。既に花梨から、名前などは聞いているのだ。
ワイワイと皆は楽しそうな笑顔で、宴の準備をしており、それを俺は壁に寄りかかり、優しい目で眺めていた。廃墟街で、ここまで派手な宴は初めてだろう。こんなに豪華な料理が並ぶことはなかったに違いない。子供のお誕生日会みたいな感じだが。そこは仕方ないか。
「金、かけすぎじゃねぇか?」
苦笑しながらも嬉しそうな信玄の親爺が近寄ってくるので、肩をすくめる。
「まぁ、いいんじゃないか? 交渉がうまくいかなかったら残念会にすれば良いさ」
『その場合は、謎の少女のためにケーキを取り置きしておいてくださいね。全種類ですよ、全種類』
頭にしがみつく幽体の雫さんの行動に苦笑いを浮かべながらも、セリカに貰ったばかりの腕時計を見る。13時となっている。約束の時間は13時30分だ。もう少しで到着するだろう。あれから花梨が持ってきたのだ。
信じられないことに、雫さんが分解してから組み立て直してくれた。時計は戦闘において重要なアイテムなので知識にあるとのこと。その際に発信機などがないことと、「セリカより」と彫られてあった裏側を綺麗にヤスリで削り取っていた。なので、ピカピカです。
「治安が良くない廃墟街に来てくれるんだ。歓迎しないとな。それに子供たちの歓迎に涙して給料が安くても構わないと言ってくれると、なお良いぜ」
子供からの歓迎の花束贈呈も予定してあります。
「ちゃっかりしてやがるぜ。そううまくいくと良いんだがな」
クックとおかしそうに笑う信玄だが、仕方ないだろ。内街の給料って、どれぐらいなのかわからない。平均年収は聞いてはいるが……。
さて、ドワーフ娘はどのような性格か、できれば廃墟街にあまり偏見を持たない娘だと良いんだけど。
「社長、装甲車を1台発見しました。こちらに向かってきます」
部下が報告に来たので、頷いて出迎えするために、ロビーへと向かう。
崩れた廃墟ビルに、焼けた家屋に、壊れた看板や、割れたガラスや倒れた棚がある店舗。ひび割れて砕けたアスファルトに、瓦礫や放置自動車が道を塞ぐ中を6輪のタイヤを持つ重装甲の全長10メートルはありそうな車が走ってきていた。一緒に出てきた皆はその物々しい軍用車両を見て驚いている。
廃墟街に移動するのに、装甲車とは金がかかっている。それぐらい廃墟街は恐れられているんだろう。しかし、ドナドナされた娘にしては手厚い保護だよな。
そう思いながら目の前で停車した装甲車を眺める。ハッチが開き、見たことのない黒色の戦闘服を着込み、自動小銃を構えた奴らが出てきて、こちらをちらりと見てから、周辺を見渡す。
護衛のようだが、軍じゃないな。なんだあれ?
続いて花梨が疲れたような顔をしながら降りてきて、俺へと手を振ってくる。いつものシャツにジーパンのラフな格好だ。
「防人、お待たせにゃ。歓迎会かにゃ?」
「あぁ、大久保さんの歓迎会だ。社員一同でご挨拶をしたいとな。護衛部隊か?」
こちらを警戒はしているが、安全だと理解した兵士たちは構えを解いている。立ち姿や、素早く展開したところから、練度はそこそこ高そうだ。
「こいつらは警備会社の者にゃ。高くつくけど、今回は初めての天津ヶ原本社への訪問だからにゃ。頼んだにゃんこ」
「へ〜。警備会社ね」
権力者御用達の私設部隊ってところか。装備が良すぎる。そうなるといよいよわからない。大久保って、そんなに内街にとって、価値あるわけ?
装甲車のハッチから続いて出てくる少女。カツンカツンと金属音をたてて降りてくると、こちらを向く。
「………なぁ、防人。今日ドレスコードありのパーティーだっけか?」
「懐かしい言葉を言うな。俺もそう考えちまったぜ」
ハッチから降りてきたのはドワーフの少女だ。なんというか……ドレスだった。宮殿で行われるパーティーに出席できそうなピンクの高価そうなドレスだった。ショートヘアの天然パーマ、小動物のようなくりくりとした可愛らしい顔立ちで、ドワーフであるために小さな体躯の可愛らしい娘だ。
『ロリドワーフ。髭もじゃのドワーフ娘で良かったのですが、マスコットキャラクターとしては良いんじゃないですか』
雫さんがその姿を見て、評価を下すがマスコットキャラクターとは言い得て妙だな。幼いという感じじゃなくて、小さいという感じだ。幼気な感じはしない。
顔を俯けて恥ずかしそうにスカートの端を持っているので、自身の考えではないらしい。
ならばなぜドレスかというと、次に降りてきた少女を見て納得した。薄い青のドレスを着た少女だ。だが遠目に見ても上質だとわかる滑らかな布地の大久保のドレスよりも、光沢も質感も安そうだ。本日の主賓に気を使った模様。
そして、その少女はアルビノであった。ついでにいうと神代セリカだった。なんでこの娘が来ているんだ? 装甲車を使った理由がわかったぜ。
『予測しよう。セリカちゃんは、これ似合うかなと、もじもじとしながら防人さんに言う! そして頭を撫でられたりするとポッと顔を赤らめる。防人さんの好感度をあげる策略です。優秀な研究者だけど、世間の常識に疎いギャップを見せるつもりです』
腕組みをして、薄く笑う雫さん。何でもお見通しらしい。
『ですが、所長にまで成り上がっていることから、そんな可能性はないんです。これは防人さんに自身を侮らせて、油断させるためです。名探偵天野雫の目は誤魔化せませんっ!』
ふんすと胸をそらすパートナーの言葉に、なるほどなと納得する。たしかにそのとおりだ。怪しい限りだよな。現実は世知辛いぜ。
ドワーフ娘にドレスを着せて、自身はそれよりも安いドレスを着る。自身の顔立ちを理解しているから、それでもドワーフ娘よりも目立つし綺麗だよな。よく考えていることで。
まぁ、面白そうな話だと目を細める。この娘、なかなかの策士だ。若い男なら引っ掛かるだろうぜ。悪魔的な性格だとは思うが。
俺に気づいたセリカが小走りにこちらに近づいて、もじもじと指を絡めて顔を赤らめる。
「これ似合うかな?」
一語一句、雫さんの予想通りでした。
「ククッ。なるほど、ご苦労さんと頭を撫でてやれば良いのか、美少女ちゃん」
思わず笑ってしまうが、からかうように口元を曲げて、セリカの頭をぽんぽんと撫でてやる。
「むぅ。なるほど、防人の評価をまた上げておくよ。まさか見抜かれるとはね」
「そりゃ、どーも。おっさんだからな」
予想していた態度と違ったのだろう。目を僅かに開くと、ムッとした表情へとセリカは変えて口を尖らせてきたので、肩を小さく竦めて返す。
「ふふっ。着替えてくるっ!」
すぐにニマニマとセリカは口元を変えながら、装甲車にスキップしながら戻っていった。着替え用意していたのかよ。絶望の表情のドワーフ娘が可哀相だろう。鬼か。
『セリカへの好感度はマイナス100になった。ちゃらら〜』
さて、幻聴は無視して大久保に挨拶をするか。手の甲にキスでもすればいいのかな? セリカはどうも予想していた性格よりもポンコツだなぁ。あいつ、色仕掛けは無理だろ。現実の男は小説の主人公じゃねーんだぞ。……どこか変だが、気にすることはやめておくか。まだ、気にするレベルじゃない。
食堂に移動して、大久保たちを上座に案内する。ちなみにセリカは花梨と同じくシャツにジーパンに着替えた。アルビノの儚げなように見える少女が活発な格好をすると新鮮な感じがするぜ。真ん中に座るドワーフ娘の悲しげな視線を無視している。
「おひめしゃま〜」
ドワーフ娘を気に入った幼女がはしゃいでいるが、周りは少し微妙な雰囲気だ。ま、良いか。
「さて、本日は大久保竜子さんがいらっしゃっていただけたことに感謝の意をこめて、ささやかながら歓迎の会を開かせていただきました」
「ひゃ、ヒャイッ。大久保竜子と言います。今度、天津ヶ原コーポレーションに入社することになひましたので、よろしくお願いしまちゅっ! いえ、しますっ」
噛み噛みの答えをしながら、立ち上がり頭を下げてくる大久保。隣に座る腹黒なセリカよりもマシみたいだ。
「それじゃあ、長々と話しても仕方ない。乾杯っ」
「カンパーイ」
「乾杯」
「乾杯にゃっ」
皆でコップを翳して打ち合うと、ワイワイと食べ始める。今回はオレンジジュースも外街から買い込んだので、全ての料理代を総計すると金がかかっている。だが、こういうのはケチることはしたくない。会社が儲かっていると理解させたいし、その力の一助に自分がなっていると自覚させたいんだよ。
「うめー! このチキン、肉がついてる!」
「そりゃそうだろ。骨だけじゃねぇんだぞ」
「ケーキって、甘くて幸せな味がする」
「ねぇねぇ、おかわり」
皆は夢中になって料理を食べ始める。マトモな料理だ。上手に焼かれたチキンや軽く炙られたパンに、野菜たっぷりのスープ。幼女よ、俺に燻製肉を勧めないで良いから。
全体で200万円はかかっています。まぁ、これで大久保がうちの会社を気に入ってくれると良いんだが。
とりあえず給料面だよな。廃墟街の会社に入社して、税金ってどうなるんかね。
それとドワーフって、酒好きらしいけど、まだ20歳を越えていないから駄目だよな。オレンジジュースでも注ぎに行くか。