66話 対面
外街は雑多な土地だ。内街近くは高級感のある家屋が建ち並び、内街の下層連中よりも金や権力を持つ者が住んでいる。警備員も自動小銃を担いで鍛えられた者たちが守っている。
中間付近には古ぼけたアパートやマンションが建ち並び、今日の夕ご飯は何にしようか、隣の旦那さんはあれなのよと、井戸端会議をするおばちゃん連中がいる多少の余裕がある人々がいて、廃墟街に近い土地は、露店が並び、ボロいアパートが軒を連ね、細道には人相の悪い者や娼婦たちが立っている治安の悪いスラム街だ。
パプゥと、ラッパの音を鳴らしながら、豆腐を乗せた自転車が通りをゆっくりと走っていき、豆腐を買おうとおばちゃんが呼び止めていた。
昔々の大昔。人類同士が大戦をやる余裕のある頃、そんな昔の映画などで見たことのある光景が外街の中間地域にはあるなと、防人は思いながら歩く。
そうして、しばらく歩くと目的地に到着した。雑居ビルの1つだ。
外壁は何度も塗り直されたのか、下地が透けており、ヒビも入っていて、だいぶ古い建物だ。30年は軽く経っていそうな感じがする。
ドアを開けて中に入っていく。壁には看板がかけられており、入居している会社名が書いてある。その中で花梨の会社を探す。たしか風魔興信所とか言っていた記憶があったなと。
「聞くからに怪しい名前だよな。魔が会社名に入っていると胡散臭い感じが倍増するんだが気のせいか?」
『怪しげな方が良いんじゃないですか? ほら、魔が入っていると、悪魔と戦ったりするイメージを抱きますよね。あれは探偵事務所でしたが、私は占い師になって、依頼の手数料として100万円のうち99万円貰います』
あぐらをかいて、ふふふと妖しく微笑む雫さん。占い師の演技をしているようだ。
「手数料高すぎだろ。ん? 最上階の5階か」
エレベーターはあるのかねと、のんびりと歩く。今日はくたびれたスーツ姿のハードボイルドなおっさんである。取引をするにあたり、真面目な服装で来たのだ。黒ずくめは少し目立ちすぎる。
電気………欲しいが、こればかりはどうしようもない。電線を引いて発電所から電力を供給してもらうのも難しいし、発電機も灯油かガソリンが必要だからなぁ。どちらももはや手に入らない。いや、どうにかして手に入れる方法があるのか? それか代替品。……なさそうだな。
考え込みながらエレベーターに乗り、5階へと向かうことにする。ガタガタと少し不安を覚える物音をたてて、最上階に移動して降りると目の前に曇りガラスの小さな窓があるドアがあった。
風魔興信所と、看板が揺れている。諜報員の花梨が興信所とは正体バレするのを気にしていないようだ。察するに、廃墟街の調査は閑職だったのだろう。現在の地球では廃墟街に拠点を作って、クーデターを画策する者などいるはずもないからな。今は違うけど、それは俺の所だけだ。他でも同じような市場を作って拠点を作る奴がいるのだろうか?
「花梨、来たぞ〜」
インターホンを探しても見つからないので、仕方なくドアを叩く。
『おらぁ、借りた金返さんかい〜』
楽しそうに今日は借金とりな雫さんが、ドアをペチペチ叩くふりをしているので、思わずその子供のような無邪気な行動に笑ってしまう。
「はいは〜い。今開けるから待っていてくれないかな〜」
ドアの向こうから、聞こえてきた予想外の声に眉を潜めてしまう。花梨だけの興信所ではなかったか。ま、そりゃ、そうか。
のんびりとドアが開くのを待つと、カチャリと音がして開く。
そして、覗かせた人の姿に僅かに驚いてしまう。
「こんにちは。お待ちしてたよ」
ニコリと微笑んでくるのは、アルビノの少女だった。艷やかな純白の髪が腰まで伸びており、ルビーよりも深い紅い目に、整った鼻梁と小さな唇。きめ細やかな真っ白な肌と華奢な身体の美少女だった。なぜか白衣を着込んでいる。
俺はすぐに驚きを隠し、首を軽く傾けて挨拶を返す。
「どーも。呼ばれてきた」
「どーも、どーも。さぁ、どうぞ奥へ。お待ちしてたよ」
相手はスキップをしながら奥へと歩いていく。おぉ、あんな美少女、初めて見たよ。
『美少女ならここにいますよ。少しキャラがたっているからと、美少女扱いは却下します。美少女なのは認めますが、2番目だと伝えておきます』
ガンをつけてくる雫さん。大丈夫、君も美少女だから。一番だから。
アルビノの美少女の後をついていくと、古びたテーブルにソファ、奥には執務用の机と椅子が置いてある。
「にゃんこはにゃんこウルトラ大回転とお茶菓子を買いに行ったんだ。すぐに戻るから、待っててね。今、お茶を入れるから」
フンフンと機嫌良さそうに、給湯室へと向かう。
『けっ。ネタが古すぎます。ちょっと賞味期限切れていると思いますよ』
やさぐれ雫さん。ん?? この娘のネタが分かるの? どこからネタを拾ってきているのかと思ったら、内街だったのか。
『む? む?』
首を傾げて、雫は腕組みをしながら宙に浮く。なんだ?
俺の疑問の表情に気がついたのだろう。雫はちょっと戯けるように肩をすくめて、そのままフヨフヨと浮く。
『いえ、なんでもありません。気にしすぎでした。ふふっ』
妖しく微笑むとそのまま後ろ手に寛ぐ体勢となる。思わせぶりな態度をとるじゃんね。……この少女には気をつけろってことか。
「聞いたよ〜。ソロで、ゴブリンキングのダンジョンを攻略できるんだってね。ものすごーい興味を僕は持ったんだ。あ、コーヒーはブラック?」
「いや、砂糖を貰おうか。廃墟街じゃ、砂糖は貴重なんでね」
ソファに座り、足を組む。ハードボイルドなおっさんなのだよ。足を組むのは隙ができるんだが、魔法使いにはあまり関係がない。
「砂糖。砂糖ね。ドバドバ入れる?」
フンフンと機嫌良く鼻歌を歌い、コーヒーをトレイに乗せて持ってくる。ドバドバはいらねぇよと、首を横に振って苦笑する。
「では、自己紹介を。僕は神代セリカ。内街の浅草研究所の所長をしている。まだ、所員はいないから、僕一人だけどね」
トレイを置いて、コーヒーを俺の前に置くとぽふんとソファに座り、自己紹介をしてくる。
「その歳で所長とは素晴らしい。俺の名は天野防人だ、よろしく」
「うんうん、よろしく。ねぇ、君のスキル構成を教えてくれないか? ポーションだらけのドロップに興味があるんだ」
「スキル構成は花梨に聞けよ。ポーションだらけのドロップのスキル構成は判明しているんだろ?」
花梨はスキルを大量に得ている奴は、ドロップが偏ると言っていた。等価交換ストアーを持っている俺は理解しているし、雫の情報でランダムスキルから選択されるスキルは限られていると聞いている。
しかも、俺の推察だと、限定1のスキルは手に入らない。となると、ほとんどのスキルは除外されて、僅かなスキルとなるわけだ。何回もスキルを覚えれば、ポーションのドロップ確率は増える。
そしてDランクなら平凡なスキルが多い。闘気、魔法、その両方だからだ。覚えても害は少ないスキルばかりだ。大量のスキルを覚えている奴はいるだろ。
「君の魔法構成は聞いているよ。でも、影魔法の力が異常だと思うんだ。普通は通り魔はそんなに強くない」
「使い魔だろ。俺の魔法操作が他のと少しだけ違うらしいな」
花梨は変態的だと言っていたけど、比べる相手がいないからなぁ。魔物の魔法はそれぞれ違うし。
「そうそう、使い魔。通り魔は弱そうだよね。で、ちょっと見せてくれないかな?」
「ん? 良いぞ。『影猫』」
一番マナ消費の少ない影猫を創り出す。テーブルの上に魔法陣が描かれると、影が猫に形成されて、シュタッとお座りする。
にゃあんと一声鳴く黒猫をヒョイと持ち上げて、セリカはジロジロと興味津々で眺める。面白そうな目をして、頭を撫でたり、肉球をぷにぷにと触ると、最後に背を撫でてテーブルに戻す。
「普通の影猫に見えるけどなぁ。もう少し強い変わった使い魔を見せてくれない? それとも影に仕舞ってる?」
「これ以上は有料だ。で、花梨はまだなのか? 今日は大工を紹介してもらいにきたんだが」
「あぁ、僕も聞いているよ。そろそろ戻ると思うんだけど。それと僕はセリカと呼んでくれたまえ。僕も防人と呼んでも?」
「お好きなように」
この少女はなんでここにいるんだ? 疑問に思うが、セリカはニコニコとなにが良いのか、笑顔のままでこちらの状況を尋ねてくる。市場はどのような経営をしているのか、ダンジョンをどのように攻略しているのか。
その全ては花梨から聞いているはずである。まぁ、花梨が来るまでの時間つぶしではあるんだろうけど。
しばらく時間が経つと、ドアが開く音がして、バタバタと足音が聞こえてきて、ようやく猫娘が顔を出した。その手に紙箱を持っている。
「あにゃにゃ? もう来てたにゃん? 約束の時間はまだあるにゃんね。14時まで30分は早いにゃ」
「時計は持ってねぇんだよ。そういった暮らしから遠ざかっていたもんでな」
太陽が頭上にあれば昼なんだよ。
「ふふっ。それじゃ、今後のことも考えて、僕から腕時計をプレゼントするよ。発信機入りにしたいけど、衛星がやられているからね。入れても意味がない」
「どーも。花梨、で大工はどこだ? スキルレベルアップポーションは渡しただろ?」
むふふと笑うセリカを横目に花梨へと尋ねる。まさか、この娘じゃないだろうし。
皿を持ってきて、紙箱を開けてケーキを乗せながら花梨がセリカに顔を向ける。主導権はやはりこの娘にあるのか。
全部チョコレートケーキだ。花梨の好みがわかるな。
「では、花梨の交渉は見ての通り僕が引き継ごう。用意した大工はドワーフの少女。彼女に支払う月給とは別に、僕にレベルアップポーション3を月にひと瓶欲しい」
ケーキを頬張りながら、にこやかにセリカがなかなか面白いことを口にしてくる。レベルアップ3ポーションはどれぐらいの価値があるんだ?
「最初の取引内容と違う。ひと瓶で紹介をしてくれるはずだ」
威圧をこめて、セリカを睨む。巫山戯ている取引なのか、そうでないのか。
俺の威圧を感じとり、花梨が僅かに緊張を見せて、尻尾をピーンと伸ばす。獣人って、感情が隠せないな。やはり、こいつに諜報員は無理だ。
空気がピリピリとする中でも、セリカは笑みを崩さない。どうやら修羅場を経験しているようだ。
「紹介はするけど、まず断られる。僕なら確実に雇用できる娘を用意できる。内街には意味がないが、君たちには役に立つ。少しだけ交渉が難しい相手だけどね」
「笑みを崩さない相手は苦手でね。その少女にあわせてもらおうか」
「もちろんさ。きっとご満足できると思うよ。その後、僕の依頼も受けてほしいな」
威圧を解いて、セリカを眺める。食えない相手っぽい。少女を物扱いしているような口ぶりだねぇ……。まぁ、良いだろう。紹介してもらおうじゃないか。




