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64話 台風一過

 空は澄み渡るような青空で、雲一つなく日本晴れといったところだろうか。嵐がすべての雲を持っていったのだろうと、防人は大きく伸びをして、あくびをしながらペントハウスの庭で清々しい気持ちとなっていた。


『なんだか特別な夜のあとの態度みたいですね、防人さん』


 キャァと、顔を覆い照れながら宙をくるくると回る雫だが、フッと口元を微かに曲げて、俺は平然として空を仰ぐ。


「腕枕で寝ていただけだろ。おっさんはそういう態度をとられても、恥ずかしがることはないんだ」


 年若い青年とかなら、慌てるかもしれない。何もなくとも一泊しただけで慌てたり、照れたりとか、意味深な態度をとったりとかな。でも、そういう年頃は過ぎちまったんだ。


『むぅ、そこは、なんか変なことがあったみたいじゃないか! とか、慌ててくださいよ。なんで、いつもいつも冷静沈着なんですか。もう少し照れてください!』


 ポカポカ殴ってくる雫。その拳の速度が見えないので、そちらの方が怖くて慌てるよと苦笑いをしながら、外を見る。


 目に入るその様子に舌打ちをしてしまう。浸水している場所はないが、水溜まりだらけだ。窓ガラスのない朽ちた家屋は昨日の嵐によりびしょ濡れになっており、ますます朽ちる速度があがるだろう。廃ビルには壊れた看板が食い込んでおり、倒木が道を塞いでいる。


 そして、ビルの陰にチラホラとゴブリンの姿が垣間見える。ゴブリンだけではなく、蜘蛛の姿もあった。1メートル近い大きさの蜘蛛はその体重を支えるのが難しいのか、子供が小走りになる程度の速度だ。


『ビッグスパイダーですね。ランクはF、麻痺毒がありますがたいしたことない敵です』


 真面目になった雫が教えてくれるが、たしかに同意だ。ビッグスパイダー自体は大したことはない。問題は台風が通り過ぎただけで、ビッグスパイダーが現れたことだ。ダンジョンから溢れ出ている。


「発生から間もないダンジョンから魔物が溢れ出ることはない。そうだよな?」


 発生したダンジョンは、しばらくはただその場にある程度の数の魔物と共にあるだけだ。それが、いきなりビッグスパイダーが現れたことが問題なのだ。


『いえ、いきなり現れるパターンはありますよ。ダンジョンがすでに満タンの魔物を抱えて発生する。スタンピードが突如として発生する。穏やかな地域に限って現れます』


「どこらへんから穏やかな地域になるか教えてほしいぜ。ここは廃墟街だぞ?」


 雫の言葉に顔を顰めてしまう。ここは生きるのにも大変な廃墟街だ。少しだけマシになっただけだろ。


『昔の人は言いました。恐らくは人の生命及び感情が契機になっているのでは、と。喜怒哀楽、悲喜こもごもがエネルギーとなって、生命の活動が活発になる。抗体のようにダンジョンは発生する』


「それじゃ、人が増えれば増えるほど、ダンジョンはスタンピード状態で発生する?」


『波があると考えられます。この程度の人口なら、全く問題ないかと。数百万人単位から少し厳しいダンジョンが発生する可能性がありますが。それに一回出現すれば、あとはしばらくは発生しませんし』


「雫さんの少し厳しいのレベルは危険すぎるダンジョンだと思うんだよなぁ……」


 よく知っていることだと、肩をすくめる。なるほどねぇ、そんなことになっているわけか。思えばたしかに、ダンジョン発生当時はいきなり魔物が溢れ出ることが多かったぜ。昔は人口も多かったからな。


 市場ができて、人々が活発に活動するようになって、ダンジョンが発生すると。雫さんや、その情報はどこからきているのかな? 教えてはくれないだろうけどな。


「では、雫さん。この地域にどれぐらいダンジョンが発生したと予想する?」


『市場を中心に生み出されたということはDランクが最低1個。最高3個。廃墟街はゼロに近いエネルギーだったのに、いきなり活発な地域になりましたからね』


「了解。それじゃ、とりあえずはせっせとお片付けしますか。『武装影虎ウェポンタイガー』」


 影から5匹の武装影虎を召喚する。ミャアミャアと寝っ転がり、仰向けにゴロゴロと転がるので、でかい猫にしか見えない。お腹を撫でるとふかふかで気持ち良い。


「お前ら、ここらへんに溢れ出た魔物を退治してこい。それと見つけたダンジョンを教えろ。行け」


「ミャア」


 その3メートル近い図体にもかかわらず、足音をたてずに武装影虎ウェポンタイガーは駆けていった。階段を降りる途中で、誰かを弾き飛ばさないようにな。


「さて、では、俺も仕事をするかねっと。市場がなんともないか、田畑は無事か」


 台風が通り過ぎたおかげか、陽射しが和らぎ、風が涼しい。


「秋となったか」


 これなら影法師をかけても問題はないだろう。ハードボイルドにな。



 階下に降りると部下に命じて、信玄たちを集めるように告げる。すぐに集まったので、被害状況を確認することとする。


 テーブルを囲んで、被害状況を確認する中で、嘆息してしまう。


「田畑はめちゃくちゃかぁ。だろうなぁ、さすがに台風に耐えられたら怖いぜ」


 報告をしてきた勝頼が難しい顔で頷く。まず田畑の様子を確認しに行ったらしい。雨で畝は溶けてなくなり、作物は倒れて駄目になっていたそうな。ダンジョン産も自然災害には勝てねぇか。


「途中でゴブリンに出会いました。影虎もいましたし、問題なく対処はできましたが」


「あ〜、安全確保できた場所がパーとなったか。既に影虎で片付けさせているぜ」


「ツアーが中止になっちまったなぁ。安全が確認されるまで止めておくか?」


 信玄が難しそうな顔で聞いてくるが却下だ。


「安全確保できないからって、ツアーを中止にしたら、遊びになっちゃうだろ。特に問題はないだろうから、続けてくれ。所詮、台風後に現れた魔物は武装影虎の相手じゃない」


 ダンジョン内の魔物が少し多くなった程度だろ。特に問題はない。ないよな?


 ちらりと雫に視線を移すと、コクリと頷く。雫が問題ないと言うなら大丈夫だろう。


「田畑の作物は水で流されちまった。やはり適当に作っただけなのは駄目だ」


「あ〜……。畝を作って植えるだけじゃ駄目なのかぁ。農業経験者って、いなかったか?」


「いるんだがなぁ……。よくよく聞くと家庭菜園経験者だった」


 苦々しい表情となる信玄に、俺は嘆息してしまう。家庭菜園経験者って、たしかに農業経験者とは言えるだろうけどさ。家庭菜園って、だいたい台風でめちゃくちゃになるんじゃないか?


『台風が大福みたいな化け物なら倒せるんですけどね。宇宙家族のロボットお父さんが退治してくれるんです』


 むふふと悪戯そうに笑う美少女だが、台風が化け物ねぇ。それなら、どれほど現実は助かるか。対台風部隊みたいなものが編成されるだろうなぁ。


「もう一度、最初から始めるしかないだろう。あぁ、ダンジョン産はともかくとして、その後に種蒔きした箇所は全滅だろうなぁ。こういうのが、一番やる気をなくすんだよ」


 自分たちが頑張って育てた作物が一瞬で駄目になる。長年やっている農家でも辛いと思うのに、今年初めて作物を育てた奴らは心が折れてもおかしくない。


「やはり、適当に田畑を作るんじゃないな。どうする? もう一度田畑を適当に作るか?」


「適当を強調するな。適当を。次も失敗はしたくない。………しっかりとした施設作りをしないと駄目だ。というわけで、大工関係が欲しい」


 腕を組み、皆を見渡す。これからさらに人口を増やすとなると、もう適当に建物を建てたりはしたくない。


 家を建てたいし、壁も必要だ。畑もなんか台風とか防ぐように作れんかな? 畝ごと流されちまったんだから、なにかしっかりとした方法があるはず。素人だと、やはり限界があるぜ。


「だいくぅ〜、あたちがやりゅ? つみきつくれりゅよ」


 幼女が俺の膝の上によじよじと乗ってきて、小さなおててをあげて、顔を持ち上げて見てくる。微笑み返してその頭を撫でながら、考え込む。


「俺は外街にいる廃墟街の連中をこき使ってきた大工を雇うつもりはないぞ。配給券1枚で解体どころか、違法だとスケープゴートにする奴らは」


 あいつらを雇うつもりはない。服屋などとは違うのだ。廃墟街の奴らを笑いながらこき使って、解体で死んでも、犯罪者として、捕らえさせるような奴らはな。


 俺の厳しい視線に周りは強く頷く。皆が同じ考えなのだ。子供たちはまだピンときていないみたいだが。いや、皆ではないな。猫娘はふ〜んと素知らぬ顔だ。花梨はいつの間にか合流しているな。


「と、するとだ。大工は無理だぞ? 外街の建築会社はだいたいそんな感じだし、内街の奴らは絶対に来てくれないだろうし」


「1から育てるにしても、師匠が必要だろ。……スキル持ちか。知識系統か? 建造関係の知識系統のスキル持ちがいればどうにかなるかもな」


「知識系統は珍しいんだ。そう都合良くはいかないだろ。そもそも、建造関係の知識はいらなくないか? 今までの人類の知識があるからな」


「もう適当で良いんじゃないですか? 壊れたら、また作れば」


 信玄や勝頼と意見を交わし合う。大木君はお茶を用意するように。


 そうなのだ。知識関係はカバーできる。……恐らくは低レベルなら。植物知識がなくとも、植物学者にはなれるし、建築会社の社長が建造関連のスキルを持たなくても大丈夫だ。スキルがなくても大工は家を建てられるからな。


 錬金術などの特別なスキルなら低レベルでも、価値が違うとは思うけど。


「あちしが手配してあげようかにゃ? 数人なら手配できるかもにゃ。最近、外街にあちしは事務所開いたんにゃよ。名付けて、風魔興信所! 何でも依頼を片付けてあげるにゃんこ。あ、これ名刺にゃ」


 ニャンニャンと猫手で、尻尾を振りながら、ムフンと笑い猫踊りを見せてくる花梨。調子に乗っているのが丸わかりだ。さり気なく名刺をテーブルに置いてくる。


 風魔興信所、所長風魔花梨、と書いてある。


「そうにゃね〜。依頼料は防人がダンジョン攻略で手に入れたスキルレベル3、10%アップポーションでどうにゃ? これからもダンジョン攻略をするんにゃん? ダンジョンコアからたまに手に入るニャンニャン」


「それって、どれぐらいの価値なんだよ?」


 Dランクダンジョンをクリアしないと駄目だろ。しかも何個クリアしないといけないわけ?


「あ〜。どうだったかにゃぁ〜。ひゃ、百万円ぐらいだったかにゃ?」


 もちろんその価値を花梨は理解していて、目を泳がせる。嘘つけ。


 ふむ……。その価値を知っているか。なら、ちょうどよい。


「良いだろう。これから増えたダンジョンを攻略していくからな。そのポーション? 随分と便利そうなポーションだしな」


「お、契約成立にゃね?」


 喜色を浮かべる猫娘に頬杖をついて、ニヤリと笑ってやる。


「あぁ、そうだな。その代わりしっかりとした奴を紹介してくれ。やる気のある人間をこちらも用意しておくから」


 ありがとうよ、花梨。ダンジョンコアからポーションが手に入ることを教えてくれて。少し足を延ばして、ツアー対象以外のダンジョンをすべて攻略するとしよう。


 それと、だ。欲しい人材がいる。ドワーフの少女だ。『城壁』持ち。どうにかして、部下にできんかなぁ。


 雫から『城壁』スキルの力を聞いて、欲しいと思ったんだよな。

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[一言] ウエスナー星のトリー准将まで持ち出すとは、その時代に生きてもわからないネタかと。 お父さん最強です。 うちの娘もファンですね。 あ、親の漫画を読んだってこともあり得るのか?
[良い点] カールビンソン、私はアフタヌーン版しかしらないが、名作やぁ。あの頃から10年くらいアフタヌーンSFやらファンタジーは大好きだったがここ数年は買うのも辛くて、ついに止めた。話が飛んだが、味の…
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