63話 源家
風香が襖を開けて中に入ると、源家当主であり、私のお父様でもある源九郎があぐらをかいて座っていた。
内街を支配するトップクラスの御三家。足利、平、源。その内の一つ。源の当主である。軍部陸軍大将源九郎。海軍の平、空軍の足利の中で優位な地位にいる。
物流を支配し、企業としても大きな力を持っている。日本各地の軍を支配しているのだから当然だ。ダンジョンを攻略するにしても、陸軍主体となるのだから。
平家が大将の海軍は輸送、足利が大将の空軍は大物のダンジョンを破壊するために必要ではあるが、それでも源家の優位は変わらない。
ただ、足利は人脈を広げるのが得意で、政治における根回しが巧妙だ。なので、風香は輝との婚約を狙うように言われている。
輝は次男であるし、源家も兄たちがいるので、後継の問題はない。政略結婚というわけだが、風香は少しでも命の危険があるならと強力な武具を纏い、他人の功績を奪うことだけには頭が回る輝が大嫌いなので、なんとか婚約を逃れようとも考えている。
「来たか、風香。とりあえず座れ」
ギロリと眼光鋭く私を見てくるお父様には長年修羅場を越えてきた凄みがあり、父親であるにもかかわらず、緊張をしてしまう。
「今日はどのようなご用件でしょうか?」
置いてある座布団の上に座ると、用件を尋ねる。
「うむ。先日の実地研修、ご苦労であった」
手元に輝く銀杯を持ち、機嫌良さそうに口元を緩めて、お父様は褒めてくれた。
「まさか蛟を退治するとはな。私も鼻が高い。蛟の素材は各家に3等分して、有効活用することとした」
「ありがとうございます、強敵でしたが、運にも恵まれ、優秀な兵士たちにも助けられました」
お互いに蛟を倒したのは、私たち学生ではないと理解している。これはそういうことなのだ。私たちが倒したことに表向きはしたのである。
優秀な兵士たちにも大金を積み口を塞ぐ。丸目少佐にも相応の見返りは用意しているのだろう。
シルフが消されて、新たなるシルフにて現場を確認したところ、牙や鱗が少しと、そしてコアが抜き取られて、あとは手つかずで残っていた。そこで蛟は倒されましたと、その残った死体の様子も合わせて報告したら、輝の馬鹿が自分たちが倒したことにしようと言い始めたのだ。
手柄を奪うことに長ける、本当にクズな男だと感心してしまった。見かけは爽やかなカリスマのありそうな青年に見えるから、ギャップが酷い。
だが、その提案は通った。蛟を倒したのは誰だと輝と清が聞いてきたが、意味ありげな風を装い、はぐらかしたので、きっと源家の者だと誤認しただろう。
「4等分にしなくて良いのでしょうか?」
言外に、あの少女の背後の奴らに渡さなくてよいのかと尋ねるが、お父様は顔をしかめることで、答えてくる。
「お前が出会ったという少女の背後関係は不明だ。それとお前がスカウトする予定だった男の背後もな。内街は魑魅魍魎が蠢いている。知っているフリをして知らないやつ。知らないふりをして知っているやつ。その判断はつきにくい。私としては、平だと考えている。あそこはどうも不気味だ。表沙汰にできない研究をしているとの噂もある」
「たしかに。平家であらずんば人にあらず、ですか?」
「つまらん冗談だな」
フンと鼻を鳴らすお父様。たしかにつまらない冗談ではあるが、平家と名乗るぐらいだ。こちらも源と名乗っているので、仲が悪いのは折り紙付き。隙あらば陥れようとお互いに虎視眈々と狙っている。……疲れることです。
「だが、平家は自分たちの部下だとも明言せぬ。ちょうど良い。ちょっかいをかけてみろ。隙あらば引き抜け。平家の育てた人材を引き抜くことができれば、これほど愉快なことはない」
「わかりました、お父様。では、学園にいると思われる少女にコンタクトをとってみます」
「うむ。くれぐれも気をつけるように。敵は平家だけではない。他の一門もいるのだ。習志野シティの奴らが背後にいるかもしれんからな。人材は増やしておきたい。ダンジョンを攻略できるスキル持ちを」
懐に手を入れて、お父様は真っ赤なコアを取り出す。ペンダントに加工された昔の物だ。そのコアを翳して目を細める。
「コアストア。あれはこれからも交換できる種類が増えていくと考えられる。いずれ高ランクコアも交換できるようになるだろう。その時にコアを大量に抱え込んでいる者が勝者となる」
「それならば、コアを買取ればよろしいのでは? 国としてそう動けば良いかと」
「駄目だな。低ランクのコアなど買い取っても意味がない。だが高ランクコアで交換できるであろう品物。恐らくは素晴らしい物だ。欠損を治癒するポーション、寿命を延ばす薬」
コアの輝きを見ながら、含み笑いをするお父様。たしかにありそうな話だ。だが、なんの根拠もないことは確かだ。
「夢を見すぎです。ラインナップに加わるのが100年後かもしれないんですよ?」
担保のない投資だ。賭けるには額が大きすぎる。
「たしかにそのとおりだ。だが、他にも理由はある。銃弾のストックが厳しい。ダンジョンの発生率が日本各地で高くなっている。このままでは、生産を消耗が上回る」
コアを仕舞うと眉を顰めて、お父様は嘆息混じりに告げてきた。
「そこまでですか?」
「うむ……ここ数年から急速に増えている。九州地方がかなり厳しいらしく学徒兵を使っているらしい。東京にも支援要請が来ている。他所では滅びた国もあるそうだ」
そこまで酷くなっているとは、私も知らなかった。どこの地区も同じように区画分けされている。九州地方で学徒兵が動員されているということは、九州地方の外街、廃墟街の住人は厳しい状況にある可能性が高い。
「わかりました。せっかくハゲが治ったのに、相変わらず苦労人ですね」
私のお父様は、太っており、ハゲであった。だが、今はスポーツ刈りとよんでも良いぐらいに、生え揃っている。頭を使う仕事なので、ハゲになったと言い張っているが。
「ふん。余計なお世話だ。しかし、この銀杯は素晴らしい。高血圧の薬を飲まなくても良くなったし、胃のむかつきもなくなり、一晩眠れば、今までは身体の芯に残っていた疲れが綺麗に消えてなくなった。体も軽くなった気がする。神代も良い物を持ってきてくれた」
「ハゲも治りましたし」
「いつも一言多いな、お前は! もう用件は終わりだ。さっさと行動しろ」
額に青筋をたてて、シッシッと手を振り追い立ててくるお父様に、小さく舌を突き出し肩をすくめると、頭を下げて退出する。
部屋から出ると、私は考え込む。外は本降りだ。ざぁざぁと雨音がうるさい。強風で窓ガラスがガタガタと震えていた。
「この嵐が通り過ぎるまでは無理ですね。それにしても、引き抜きですか……。仕方ありません、嵐が収まったら自身で動くとしますか」
とりあえず今日はお休みですねと、風香は部屋に戻ることにする。読みかけの漫画を読もうと。恋愛漫画が好きな風香。白馬の王子様とは言わないが、それでも自分の眼鏡に適う男がいないものかと願っている。
訓練などは必要ない。なにしろスキルは簡単に発動できる。なにせ、頭に浮かんだことをボタンでも押すように使えば良いのだ。天才と呼ばれるのは嫌だが、このスキルと呼ばれるものは素晴らしい。練習などをしなくて良いのだから。
今日はお菓子でも摘みながら、ダラダラと過ごすかと、美形のエルフにあるまじき怠惰なことを考えるのであった。太ったら、あの酒杯を借りようとも思っていた。
ざんざんと雨が横殴りで降ってくるのを、防人は自宅のリビングルームにて、窓からのんびりと眺めていた。
「台風かなぁ。台風だと大変なんだよな。道路はゴミだらけになるし、浸水する箇所もあるし」
ソファに寝っ転がり、あくびをする。開店休業だ。これじゃ、何もできない。ダンジョンツアーも畑仕事もな。
『暇ですね〜。台風はのんびりと家の中で通り過ぎるのを待つしかないですよね』
幽体の雫が触れることもできないのに、俺の腕を枕にするフリをして、横に寝っ転がってくる。ちょっと恥ずかしいぜ。
『ゴロニャンと喉を鳴らせば良いでしょうか? でも、私は犬派なんですよね。わんわんと言ったら良いでしょうか? 台風で外には出ないですし、お客も来ない。ここは『全機召喚』で、イ、イチャイチャしましょうか?』
口籠り、顔を耳まで真っ赤にして、雫さんが言ってくる。
「あの雫さん? 顔を真っ赤にしながら、言わないでくれ。しかし全機召喚ねぇ。万が一があるからなぁ」
台風の中を接近してくる敵がいるかもしれない。ハードボイルドなおっさんは油断しないのさ。
『全機召喚』
その意見は聞かれずに、ジト目になった雫は実体化すると、わんわんと突撃してきて、俺の横に寝っ転がってきた。
子犬であれば、尻尾をぶんぶん振っているだろうほどのご機嫌な様子を見せて、グリグリと頭を押し付けてくる。
「撫でて良いんですよ。ほら、ナデナデ権が溜まっていると思うんです」
「甘えん坊な娘め」
頭を優しく撫でると、その髪のサラサラで滑らかな触り心地がいつまでも触っていたい感触を返してくる。
「ふふふ、たまには良いではないか、良いではないか」
俺にしがみついて、匂いをつけてマーキングする子犬な雫さん。なんだかなぁ。色気はなくて、ペットみたいな微笑ましい可愛さだな。
「悪代官かよ」
苦笑混じりに答えると、雫は僅かに目を見開く。
「時代劇はわかるんですね」
意外なことがあったかのように言ってくるが、なんでなんだ? 俺も昔は時代劇ぐらい見たことあるぜ。
「ん? そりゃわかるだろ。暴れん坊Aチームとか好きだったな」
「なんですか、そのもの凄く見てみたくなるタイトル名。興味があるんですけど」
時代劇に興味があるらしい。でもなぁ、テレビはないのだよ。電気もないし。バッテリー式のポータブルテレビとか、昔はあったけど、今はなぁ……もう見つけるのも大変そうだぜ。
「まぁ、それは良いですよ。今日はお休みです。イチャイチャです。おやすみなさーい」
コテンと俺の腕を枕にして、寝ようとする。寝ようとするというか、早くも寝息をたてていた。寝つき良すぎだな、この娘。
幸せそうに寝ている雫。その姿に癒やされる。なんだか、俺も眠くなってきたぜ。
「たまには良いか」
俺も目を瞑って寝ることにする。のんびりすることも重要だ。人生、メリハリをつけないといけない。
嵐がやんだら、また新しい行動に移るつもりだしな。
そうして、防人と雫は二人で仲良く寝息をたてるのであった。
戦士たちの僅かなお休みだ。