62話 エルフ
エルフはその偏ったステータスから強力な魔法を使える。偵察、攻撃、防御、治癒と使い勝手の良い精霊魔法への親和性もあり、魔法使いになることは決定付けられていた。
内街でトップクラスの権力、財力、武力を持つ源家に生まれた源風香。
彼女は『エルフ化』のスキル持ちであることから、魔法使いとなることを決定付けられていた。軍人となるレールが敷かれており、運命づけられていた。
自らの固有スキル『大魔導』が、それを後押しした。両親は喜び、一門は祝福をしてくれ、未来は舗装された一本道となった。
希少な『エルフ化』スキルに加えて、ダンジョンが現れてから風香を入れて3人しか存在しない『大魔導』スキルである。
『大魔導』スキルは、魔法使い系統の装備をペナルティなく装備できて、火、水、風、土の4元素魔法を使いこなせる、『4元素魔法』スキルを持つ上に、魔法効果にも補正が入る。
『4元素魔法』。元素はそんな単純明快な物ではないと知っているが、ステータスボードにそう記載されているのだ。仕方ない。
武技を一切使えないのが気になるが、その分『大魔導』スキルは強力でお釣りがくる。風香は何もしていないのに、なぜか天才と呼ばれ、歴史の浅い一門の名門としての期待を肩に背負うことになった。過去の『大魔導』スキル持ちはその強大な力に溺れて、二人とも魔物にあっさりと殺されているので、気をつけるようにも言われている。
「はぁ………。つまらないですね」
自室にて、窓ガラスを激しく打ち付けてくる雨粒をぼんやりと見ながら呟く。
24畳の畳敷きの自室。掛け軸が飾られて、その下にはうさぎさんや猫や狐のぬいぐるみが置かれ、障子にはレースのカーテンが掛けられている。勉強机は書生が使うような座卓であり、その横に書箱があり、漫画が仕舞われていた。
ちぐはぐなのは仕方ない。風香は可愛らしい物が好きな、普通の女子高生なのだから。ベッドも欲しいが、駄目だと言われているのが、今の不満だ。
美しい絵画の中の美女のような端整な風香は着物を着込むことで、楚々とした雰囲気を醸し出している。輝くような絹のような金髪で、笹のような耳を生やし、その顔つきは整えられすぎている。そしてエルフにありがちな着物が似合う体型の少女である。誰もどこがとは言わないが。
明らかに見かけは西洋人であるのに、似合いすぎている源風香でもある。ちなみに両親は黒目黒髪で、生粋の日本人。エルフ化の能力で、その姿は変わっていた。
彼女は物憂げにため息を吐く。窓に打ち付けられる雨粒はますます激しくなり、窓ガラスがガタガタと震える。台風でも来ているのだろう。
昔は天気を監視する衛星機器などがあったらしいが、ダンジョンが月にも生まれて、地球を回る衛星機器は全て破壊されてしまった。今は『天気予報』スキルなどが頼りである。そしてその予報の精度はあまり良くない。いや、予報の精度は高いが、魔物が天候を変えてしまっているという噂だ。
「あの少女は何者なのでしょうか? 学生名簿を調べましたが、わかりませんでしたし……」
あれから、丸目少佐に蛟と出会ったことを伝えて、五星剣の力を失い足手まといとなった輝を引き連れて野良のゴブリンダンジョンを攻略。お父様に経緯を伝えて、かの少女を探したのだが……いなかった。
セミロングの黒髪に小柄な身体。微笑む唇が愛らしくその仮面の下は美少女だと想像できるが、幻惑の仮面だと言っていたとおり、髪の色も顔立ちも全てが偽装だと思われるので、当たり前のことだが。
蛟との戦いをシルフ越しに見たが、美しい戦いだった。傷ついても、その動きを鈍らせることなく、一撃一撃が致命的な蛟の魔法や噛みつきを舞うように回避して、的確に戦っていた。
たった一人であの化け物と。強力な武具を装備している私でも、恐らくは戦えばすぐに殺されるであろう相手に敢然と戦っていた。返り血で真っ赤になったその姿は恐怖を呼び起こしながらも、美しかった。まさに戦女神といった少女であった。
できれば部下にしたい。あの少女は規格外の戦闘力を持っている。スキルの高さではない。戦いのセンスだ。精霊樹の杖の力を解放しなければ、私は確実に負けるだろう。
「どこかの紐付きなのは確実ですが……1、2年全員を洗うように命じますか」
足利、平家の紐付き以外なら、引き抜くことは可能ではないかと考える中で、稲光が窓から入り込み、落雷の轟音が響き渡る。
恐らくは、力を隠しているはずだ。だが、あの力は隠しきれないはず。その片鱗を見せているはずと口元を薄く笑みに変える。と、襖の向こうから、静かな声が掛けられた。
「お嬢様、当主様がお呼びです」
「わかったわ。すぐ行きます」
襖を開くと、綺麗な正座で頭を下げる召使い。古風な着物姿だ。源家は古き良き日本を愛しているためである。
楚々とした美しい所作で、無駄に広い平屋を歩く。金の使い方を間違っている。なにしろ内街の中で宮造りで、宮殿みたいな平屋なのが我が家であるのだから。
「力の見せ方が間違っています。足利も平家も右に倣えで同じような宮殿ですし。普通にビルで良いではないですか……たしかに高層ビルは危険ですけど」
ブチブチ愚痴を呟きながら進む。高層ビルは空を飛ぶ魔物の一撃で砕かれるので、現在は敬遠されている。過去にドラゴンに破壊された経験かららしい。ドラゴンなど見たことないが。しかし10階程度なら、問題ないのにと考えながらお父様の部屋の前に到着すると、ちょうど誰かが出てくるのが目に入る。
礼をして、襖を閉めると立ち上がりこちらへと身体を向けてきたのは
「これは神代様。いらっしゃっていたのですね」
神代セリカ。唯一無二の『鑑定』スキルを持つアルビノの少女であった。純白の髪をまるで輝かせるようになびかせて、ルビーよりも深く紅い瞳を持つ美しい少女だ。今日は蝶の意匠の着物を着ている。源家に合わせた服装にしたのだろう。
「これは風香様。お久しぶりです」
「えぇ、お久しぶりです。ご健勝でいらっしゃるようで」
頭を下げて挨拶を交わす。神代セリカ、稀代の天才だ。そのスキルを用いて、新たな魔法武具や道具を作り出して、スキルの低い人々を雇っている。下層階級出身であるのに、みるみるうちに成り上がっており、学園をあっさりと飛び級して研究所に入った天才。
黄金世代と呼ばれる自分たちが霞む存在だと理解している。
「えぇ、このとおり元気です。僕は元気なのが取り柄でして」
その細い腕をあげサムズアップして、可愛らしく小さな笑みを浮かべてみせる神代セリカ。愛嬌がある小動物のような瞳をクリクリと見せてくるので、思わずクスリと笑ってしまう。見かけからは本当に天才児だとは思えない。
「今日はいったいどのような御用で?」
「はい。祝福の酒杯の力がそろそろ発揮なされたと思いまして」
小首を微かに曲げて、答えてくる神代セリカに、あの魔法道具かと思い出す。たしか僅かな健康を齎す魔法道具だったはず。たいした効果ではないと、お父様は鼻で笑っていたが、その数日後には顔色を変えていた。
「それはよろしかったです。お父様はお喜びになっていたのでは?」
「はい。当主様は大層お喜びで、僕に浅草付近の使われていなかったビルを褒美で下賜してくださいました。僕専用の研究所として改修していただくことも一緒に。その他細々としたことも」
神代セリカの返答に私は目を見開き、驚いてしまう。そうなると数十億近くの金額が動いたことになる。お父様はかなりの支払いをした形だ。
「練馬研究所を辞めるのは心苦しいですが、所長となって、好きな物を開発できるようになりましたからね。望外の報酬に感謝に堪えません」
パチリとウィンクをしてくる神代セリカだが、まさか研究所を手に入れるとは……。これぞサクセスストーリーということは間違いない。
「それは………おめでとうございます。これで一国一城の主というわけですか」
下層階級出身者にしては、早すぎる出世だ。信じられない。だが、気負うこともなく、神代セリカは気軽そうに頷き返す。その姿はちょっとしたお小遣いを貰った程度にしか見えなかった。
「源家に忠誠を誓います。いつか小惑星で歓談したいものですね」
「小惑星?」
「とっても素敵な美女と会談するのさ。っと、冗談です、源風香様」
小悪魔みたいに微笑む神代セリカ。訳のわからない冗談だ。小惑星? 意味がわからない。
天才となんとかは紙一重だというから、気にしても仕方ない。話を終えて、微かに苦笑を浮かべて、お父様の部屋へと入ろうと、神代セリカとすれ違おうとするが
「そういえば、蛟を倒したとか。さすがは黄金世代ですね。僕の装備では無理な話。さすがは各家が持つ秘蔵品と、それを扱う源風香様たちといったところですか」
「……せっかく製作していただいた武具を使わずに申し訳ありませんでした。ただ、名門として力を見せる必要があったのです」
神代セリカの作製した武具。それもかなりの魔法武具であり、本来はそれを装備して戦う予定であったのだが、ぎりぎりになって、輝が各家の力を見せるために、秘蔵品を装備して行こうと言い始めたのだ。秘蔵品を装備できるのは、私と輝のみ。清はその装備を受け取り、竜子さんは、そもそも作られていない。
なので、神代セリカが作製した戦士と魔法使いの装備が浮いてしまったのである。
「いえいえ、お気になさらず。そのお詫びとして違約金も頂きましたし、手元にその装備は残りました。後程手直ししてどこかに売ることにします」
「そう言っていただけると助かります」
「それよりも、どのような戦いで蛟を倒したのですか? 今度お話を聞かせていただければ?」
こちらを覗き込むように、煌めくルビーのような瞳を向けてくる神代セリカに内心嘆息して、ニコリと微笑む。
「兵士の方々が、陽動してくれまして。その隙を狙い、私と輝様が最大攻撃を放っただけです。武器頼りの恥ずかしい話ですが。単純に力任せですので」
恥ずかしそうに頬に手を添えて、蛟をどうやって倒したか説明する。
「なるほど。月が出ていたんですね。納得です」
月? と頭を傾げる私に会釈をすると、好奇心が満たされたのか、神代セリカは去っていく。また、何かの冗談だったらしい。
私は去っていく神代セリカを見送ると、気を取り直してお父様に会うべく、襖の前で座る。面倒だが、礼儀にうるさい方なので、しっかりとしないといけない。
「お父様。風香が参りました」
「うむ、入れ」
重々しい声が返ってきて、私は音をたてないように気をつけて襖を開けると中に入るのであった。
セリカはちらりと振り向いて部屋に入っていく源風香を見送った。
「おかしいな……あんなゴミスキルばかりを持つ者たちが兵士の損耗もなく蛟を倒せるわけがない……」
その目に冷酷なる光を見せて、馬鹿にするように。先程の愛嬌さも小悪魔のような姿はどこにもなく。
「さて、興味が湧くね。いったい誰が蛟を倒したのか。丸目少佐のスキルは蛟と相性が悪いし……。僕の親友に調べてもらおうかな」
フッ、と冷笑を浮かべると、豪雨の中を帰るのは嫌だなと顔をしかめて、セリカは帰途につくのであった。