60話 地形
雫は倒木の中をもっとも走り抜けやすいルートを正確に読み取って走り抜ける。小石や倒木、余計なものを踏まないように気をつけて。目指すは、未だに倒れていない森林内だ。
『加速脚』
自身よりも速い蛟を上回るために、闘技を使用して移動する。身体を紅いオーラで覆うと、残像を残し少女は一気に加速して、無事な森林へと入り込むことに成功した。
「キシャア!」
ほぼ同時に蛟が森林内へと入ってくる。木々をマッチ棒のように折りながら、雫へと口を開き噛みつこうと。
『ハイパースロー』
小さい身体に闘気を巡らせると、雫は鉾を振りかぶって投擲する。紅いオーラを纏った鉾は空気を切り裂き、蛟の口へと迫る。が、蛟は自身の眼前に高圧の水の壁を作り出す。
ガチンと水の壁ではなく、コンクリートに当たったような音をたてて、水しぶきが散らばる中で、鉾が跳ね飛ばされる。
『加速脚』
雫は再び加速をすると、木々の幹を蹴り足跡のへこみを残しながら、鉾の下へと移動して、手を伸ばし回収した。
蛟は近づいてきた雫を見て、水の壁を解除すると口を開きブレスを吐く。
レーザーのような水のブレス。だが鉾を突き出すと、迫るブレスに押し付けて、弾き飛ばされるように距離を雫はとる。
「水の壁を作り出す。解除する。手元に水がないここではマナを大幅に消耗するのでは?」
跳ね飛ばされるように距離をとった雫は距離をとると、身体をくるりと回転させて幹へと足をつけて、トントンと他の木々を踏み台にして、後ろに下がっていく。
『水散弾』
苛立ちを覚えた蛟が、水魔法を使用して、自らの周囲に拳大の水球を無数に作り出して、続けざまに放ってくる。
一撃一撃が強力な証拠に、大木に命中すると、破裂音をたてて破砕して倒していく。
バシンバシンと音をたてて、ミシミシと木々が倒れていき、水しぶきの中で、雫は冷静に迫る水球に鉾を翳すと弾いて受け流す。
くるくるとバトンのように鉾を回転させて、水球を弾く。高速で迫る水球の角度、速度、威力を冷静に見極めて。器用度は蛟よりも上。とはいえ、普通ならば、そのような行動はとれない。1つ失敗すれば、死ぬ威力。
なにしろ、そのステータスは闘技により向上しているが、それでも蛟よりも下回っている。恐れがあれば、そのような行動はとれないはずだが、機械のように淡々と作業のように正確に全て弾く。
『水槍牢』
蛟がマナを集中させて、雫の足元に水を湧き出させ、その水を無数の槍と化してハリネズミにしようと、牢獄の檻のように包み込んで突き刺そうとする。
突き出される水の槍を、雫はバレエでも踊るようにくるくると体躯を回転させて、ぎりぎりで回避していく。時折、完全には回避しきれずに皮膚を切り裂いてくるが、鮮血が散っても痛痒を感じさせずに、妖精のように踊る。
「発動が遅いですね。まずは水を作り出すことから始めているから、ワンテンポ遅れるんです」
全ての水槍の攻撃が終わると同時に、蛟が噛みつこうと、木々を倒して迫りくるが、雫は強く地面を踏み込むと大きく飛翔して蛟の頭を越えて、鉾を構える。
「シッ」
胴体に降り立つと、鉾を振り上げて、力を込めて振り下ろす。カチンと音がして、蛟の鱗は傷一つなく鉾を弾いてしまう。
「むぅ……やはり、Cランクからは武器がしょぼいと攻撃が通じませんね。特に龍系統は硬いですし」
蛟は激しく身体を動かして、背に飛び乗った雫を振り落とそうとしてくる。だが、僅かに浮く鱗の隙間に爪先を差し入れて、振り落とされないように器用にその動きを受け流しながら、雫はのほほんと呟く。超人的なバランス感覚を少女は見せていた。
『武器って、ファンタジーの武器か? 剣や槍とか?』
振り落とせないと悟り、噛みつきを繰り出す蛟に対して、雫は鱗から爪先を抜いて防人さんの質問に頷く。
「魔法武器は必要です。Cランクのボスからは闘技や魔法を使われると、対戦車砲などの高火力でなくては、攻撃が通りません。ですが、対戦車砲を担いで、ダンジョンなんか攻略できませんし、素早い敵には対戦車砲なんか悠長に構えていられないですよね? ゆえにミサイル攻撃が攻略は早いんですが、私たちはその方法をとれませんし、とるつもりもないです」
『たしかになぁ。強くなるためにはダンジョンコアは必須条件だよな。それじゃあ、どうする?』
暴風のように躱した蛟の頭が通りすぎて、髪が煽られて、風圧を感じる中で、雫は珍しく困った表情となる。
「クラフトスキルの持ち主のレベルアップをする。それか、ダンジョンに潜って宝箱から手に入れるしかないのですが……他に方法がないと困りますよね」
『どこかでクラフトスキル持ちを探す必要があるか。それか内街の武具をなんとかして手に入れる。……それが一番早いな。きっと高レベル装備がたくさん放置されているぜ』
そんなに高レベルのステータス持ちはいないだろうと、雫は防人の言葉に納得する。たしかに使いもしない武具がありそうだ。埃を被っているなら、私たちが使った方が良いだろう。
冷静に蛟が繰り出してくる噛みつきを回避して、その方向にするかと決める。
「了解です。では、蛟を倒してしまいましょう」
スッと目を細めて、回避するのを止めて鉾を構える。蛟の様子を見るが魔法を使う様子はない。
どうやら罠にかかったことに気づいた模様。だが、逃げる様子もない。
「蛟の最大能力は水を操作することです。その操作は水魔法に大幅な補正をかけます。ダンジョンのボス部屋は膝まで浸かるほどの水場。全ての魔法発動は瞬時に、魔法威力は向上し、マナの消耗も抑えられる」
『水蒸気爆発』
淡々と語る雫。傷ついても致命的なダメージを負わせることはできないと理解した蛟は、範囲魔法を使用しようと動きを止めて、マナを集中させてくる。
膨大なマナが蛟の眼前に集まり、高温の水蒸気が一つの球体となり集まっていく。これが爆発すれば辺り一帯は吹き飛ぶだろう。
その姿を見て、少女は口元を可愛らしく押さえると、ププッと笑った。幹を蹴り逃げることなく蛟の胴体へと降り立つと、てこてこと歩き、のんびりとその胴体の陰に降り立つ。
「水場の障害物がない部屋で、距離が離れている場合はその魔法は強力です。ですが、近距離戦で使おうなどと……私が恐れて背を向けて逃げるとでも?」
ヨイセと、鉾を鱗の隙間に差し込むと、梃子の原理で剥がし始める。
「発動時間8秒。その間、ボーナスタイムありがとうございます。自身は自分の魔法では決して傷つかない。その場合、貴方の胴体の陰に隠れる私はどうなるんでしょうね?」
カランカランと金属のような音をたてて、地面に落ちてゆく鱗を見ながら、雫は薄く嗤う。手慣れた風に、次々と鱗を剥がしていく。
「雫仮面の戦法は冷静に戦うんです。危機を感じて、お肉の足を川に投げ込んでも無駄ですから。ピラニアでもいなければ、魚に啄まれたぐらいで食べられるわけはないと思うんです」
三日月のように笑みを変えると、鉾を鱗が剥がれて肉が見えてきた中に突き入れて、その小柄な体躯に闘気を巡らせる。
『円陣槍』
紅いオーラを纏った鉾が高速回転して、肉塊がミキサーに巻き込まれたように散らばっていく。鮮血が雫の身体に振りかかり、その肉体を赤く染めていく。
焦る蛟が魔法を解き放つ。球体に凝縮された超高温の水蒸気が爆発して、周囲を吹き飛ばす。ミサイルが爆発したように木々がその高熱で炙られて、燃え上がりなぎ倒されていく。
更には爆発した水蒸気によって、辺り一面がまっ白の靄で視界が塞がり、見えなくなる。蛟は最大魔法を発動したことにより、硬直から解けて慌てて動こうとして、相手の気配が変わったことに気づく。
だが、その時には既に遅かった。
『凝集火炎槍』
『凝集氷結槍』
『凝集影槍』
『凝集魔法槍』
蛟を上回る魔力が水蒸気の中から感じられて、強い衝撃を受けると、鱗が剥がされた胴体は貫通されて吹き飛んだ。
2つに分断された胴体が、バタンバタンと地面に轟音をたてて跳ね回る中で、水蒸気による靄が消えていき、気配がまた元に戻る。
苦痛で苦しむ中、蛟はのんびりと肩に鉾を構えて近づく少女を見る。返り血で真っ赤になった少女は人間とは思えず、魔物のようにも見えて、蛟は魔物であるにもかかわらず、慄き恐れてしまう。
「ステータス、スキル、そのほとんどが私を上回っているにもかかわらず負ける。貴方の知恵は人間かそれ以上のはずであるのに、地形の不利を考慮せずに私を殺しに来た。食欲に負けましたか? それとも自分の力に溺れましたか? 水に浸かりすぎて、頭がふやけてしまいましたか?」
『水陣輪』
鉾を構えて近づく雫へと、蛟は魔法を放つ。
いくつもの水のリングを作り出して、高速回転を始めて、雫へと迫る。シュイイと切り裂き音が響き、迫る魔法の円月輪を雫は鉾を突き出すと、ユラリと柳のように揺らす。
『パリィ』
チュインと水の円月輪は鉾に当たり弾かれる。雫は足元からも這うように迫るソーサーを鉾を揺らしてあっさりと弾き、次々と襲いかかる攻撃を受け流していく。
攻撃が通じないと悟った蛟は最後の力を振り絞り、大きく口を開けて、剣のように大きくカミソリのように鋭そうな牙を剥いて、地を這いながら雫へと攻撃してくる。
腰を落として、雫は鉾へと闘気を集中させて、紅いオーラを身に纏う。
『円陣突撃槍』
オーラが鉾を包み巨大な紅き刃へと化して、高速回転をすると、雫は地面を大きく踏み込み、口を開く蛟へと鉾を繰り出す。
柔らかい口内に鉾は突き刺さり、そのまま雫は前へ突進して、肉塊を粉砕し、中へと入り込み……そうして、蛟の体内を突き進み反対側の断面から勢いよく突き出る。
肉塊と鱗が宙を舞い、雫はトンと着地する。その後ろで、力が抜けた蛟はその巨体を大地へと伏すのであった。
雫の強力な一撃とこれまでの戦闘において無理をさせたサハギンリーダーの鉾は軋む音をたてて、ボキンと折れてしまい、嘆息して、ポイッと投げ捨てた。
「やはりぎりぎりでした。水場であれば、勝ち目は少なかったです」
血でべっとりとした体を眺めて顔を顰めてしまう。
「水着はどこで買えるのでしょうか。まだ泳げると思うんですよね」
こんな姿だと、防人さんに怖がられてしまうと、少し恐れるが、とうの男は幽体の状態で倒した蛟の周りをまわって、珍しいものを見たとまったく気にしていなかった。
むぅ、と口を尖らせながら、ビキニを着てやると決意し不満で頬を膨らませて、振り向く。
「で、いつまで覗き見をしているつもりなのでしょうか?」
雫の視線の先には、緑色の球体があり、その中心には半透明の翅を生やした少女がいた。
先程から、私の周りをパタパタ飛び回って観察していたのだ。先程の軍人のどれかだろう。