6話 武田信玄
武田信玄。戦国時代最強と呼ばれた武将だ。軍神と呼ばれた上杉謙信とのライバル関係は有名であり、最強と呼ばれたわりには、領土を増やすことができなかったので、なんで最強か意味がわからんと、子供心に思ったものだ。
目の前の親父は武田信玄の名前を名乗っている。この時代で箔をつけるために、敢えてその名前を騙っている。最強という名前の通り、ここらへん周辺の縄張りを守っており、田畑を耕し、少しでも食料を確保しようとしている廃墟街ではマシな方なボスだ。その証拠に、ここには酒がある。余裕がないと酒場なんて開けないはずなのに。廃墟街に住む奴らは酒なんて手に入れることはできないから、こいつの手腕だ。
まぁ、時代錯誤にどこかの博物館から持ってきた信玄の武者鎧を着込んでいるが。
防人は自身の姿を顧みずに、信玄を見ていつも呆れていた。自覚がないとは恐ろしいものである。
頭は光るほど禿げており、年齢は50代であるのに、筋骨隆々でゴリラが座っているような男だ。しかめ面になると、ますますゴリラにそっくりだと、専らの噂である。
「いよう、防人。迅速に仕事をしてくれたみたいでありがとうよ。おい、報酬を持ってこい」
信玄が部下に命じると、箱に入れて持ってきた。缶詰10個に配給券10枚、そして10万円だ。金は封筒に入っている。10年前に新たに発行された札。もはや昔の貨幣は使えない。
「たしかに。報酬は受け取った」
ホブゴブリンが出たから、色をつけてほしいなぁと、目に力を込めるが信玄はどこ吹く風で頷くだけに留まった。ちくしょー、ホブゴブリンの死体あったでしょ? 燃やしておいたけど、体格からわかるよな?
「少しばかり大変な仕事だったみたいだな。なにか食うか? 奢るぜ」
『チョコレートを一つお願いします』
間髪容れずに幽体の雫が意見を言う。チョコレートはねえだろと、無視すると肩車のように肩によじよじ登り、ムーンと愛らしい顔を近づけてくる。うにゅにゅと顔がくっつきそうで前が見えない。幽体だから、触れない状態であるのだが……前が見えにくい。
『チョコレートを一つお願いします。甘味がないと私は枯れちゃいますよ? 何しろ雫ですから。ねぇねぇ、チョコレートでお願いします』
顔の前から退く気はないらしい。しゃあねぇなぁと、小さくため息をつき、信玄に渋々と伝える。
「チョコレートで。もうストックが無くてな」
「ん? わかった。それじゃチョコレートを3枚持ってこい、防人に渡してやれ。それとビール缶を一つな」
甘味は貴重だが、あっさりと3枚くれるらしい。やりましたと雫が身体をフリフリ可愛らしいダンシング。でもねぇ、これでホブゴブリンの件はチャラでねと言われたんだよ? 雫さん、わかってるのかなぁ。
ビール缶とチョコレートがテーブルに置かれたので、チョコレートは箱に入れて、缶をプシュと開ける。口にするとぬるいビールが喉を通っていく。冷たいビールを飲みたいなぁ。
「なぁ、防人。そろそろ儂の部下にならねぇか? 一人で暮らすのは大変だと思うんだがな」
コトリと酒のツマミのジャーキーを部下が置いてきて、信玄は齧る。防人は齧らない。ジャーキーは元の肉が何なのかわからないから嫌なんだよ。
「悪いがお断りだ。好きなように依頼を出せば良い。これまでどおりにな」
もう一口ビールを飲んで嘆息する。ぬるい。
『冷却』
もう耐えられないよと、折角のビールが勿体ないので、貴重なマナを消費する。消費マナは5程度だから良いよな。
冷気が防人の手から吹き出し、ビールを冷やす。キンキンに冷えたので美味しいです。
「ウィスキーの良いのがあるんだが?」
信玄が口端をあげて聞いてくるので、ちらりと壁際に立っていた女性を見ると、小さく頷き、ウィスキーとボウルを持ってきた。
『氷創造』
ボウルにバレーボール大の氷を作り出し入れておく。水魔法って、生活以外に役に立たないよなぁ。窒息させようにも、凍らせようにも、敵はあっさりと逃げるし。時間をかけて凍らせるよりも、燃やした方が早いんだよな。
「便利なもんだ。その魔法だけで食っていけるぜ。少なくとも外街程度ならな」
「刺激のない生活は苦手でね」
フッと笑って、アイスピックでガッシャンガッシャンと氷を信玄の部下が砕くのを見つめる。砕けていく氷の破片はどことなく美しく、防人はそれを見ながら思う。
ハードボイルドで、こんな会話をできるのはここしかないでしょと。氷屋のおっさんがハードボイルドな会話をしていたら、変なおっさんと思われるじゃんと。
内心で、そんなアホなことを防人が考えているとは知らずに、信玄はウィスキーを勧めてきて、しばらく雑談をしてのんびりと防人はするのであった。素早く隣に女性が座り、酒を注いでくれるので、うへへと鼻を伸ばし、雫のガンが顔に迫ったりもしてきます。
酔うわけにはいかないので、ちびちびと酒を楽しんでいる最中であった。ドアから少女が飛び込んできた。
「ニュースにゃ! 大ニュースニャ〜」
歌うように入ってきたのは花梨であった。情報屋花梨。どこにでも現れる厄介者にして、その情報はそこそこ役に立つ。固有スキル猫化を持っており、猫のように身軽に動ける能力の持ち主だ。猫らしく忍び足も得意だ。
「大ニュースだぁ? お前がそんなことを言うなんて珍しいな。国の軍でも動いたか?」
「もうガソリンも残り少ないのに軍用車両がそんな簡単に動くわけないニャ。変なの見つけたニャンよ〜。しかも複数の地点で」
尻尾をフリフリ、身体をクネクネニャンニャン踊りを魅せる花梨に信玄は苦笑して、ジャーキーの束を放り投げる。ニャンと受け止めて、懐に胸をちらりと見せるように仕舞いながら、人差し指をフリフリと振る。
「へんてこな自動販売機が現れたニャンよ」
「自動販売機? 廃墟街に?」
眉をピクリと信玄は動かして、俺も酒を飲む手を止める。
「自動販売機なんて、誰が設置したんだ? 早く中身を取りに行こうぜ」
酒場にいた男の一人がニヤけて笑うが、信玄は腕を組み唸る。
「この廃墟街に自動販売機なんざ置いてもすぐに破壊されて中身どころか、自動販売機ごと盗まれるに決まってる。……普通の自動販売機じゃねぇんだな?」
「そ・の・と・お・り・ニャン。一見は百聞に如かず。見に行こうにゃ〜」
身体を見せつけるように捻ってポーズを取る花梨。面白そうだと、お互いに顔を見合わせる。とりあえずは花梨はことわざを誤って覚えているな。
「防人も見に行くか?」
「あぁ、その自動販売機。興味深いな。いったいなにを売っているんだ?」
「あちしも怖いから近づいていないニャン。ミミックだと困るからにゃ」
「用心棒代わりと言うやつか。しっかりしてやがる」
苦笑をして、俺は立ち上がり、信玄も立ち上がり部下に声をかけている。
「ちぃとばかり危険な場所ニャン。この間、盗賊をしていた三人組がゴブリンに殺された場所ニャンよ。ゴブリンも排除しないとニャン?」
「報酬を貰うぞ?」
「あちしの身体でいいニャン?」
軽口を叩き、身体をくねらせてくるので、胸をグニャリと揉んでおく。
「フカーッ!」
揉まれるとは考えてもいなかったのだろう。飛び上がって尻尾を逆立てる花梨に、ニヤリと防人は意地の悪い笑みを見せる。
「そら、案内しろ」
「傷物になったニャ! もう防人の奥さんになるしかないにゃー!」
ふざけろと蹴るふりをすると、舌をベーっと突き出して先導をするので、信玄と顔を見合わせて、大笑いするのであった。
『ハードボイルド? ハードボイルドですか? それじゃ次は私に今のやってみてください。後で全機召喚をしましょう』
『くだらないことで、スキルを使わせないでくれ。な、後でチョコレートあげるから』
顔をつけるように睨んでくる怒りの雫さんから目を逸らしたりもするハードボイルドな生卵のおっさんであった。
先導されて到着したのは、なんの変哲もない人気がない廃墟。そのそばには血と骨が転がっている。この間、若い男を襲おうとした三人組の末路だ。
『火蛇』
ゴブリンが8体程。防人は信玄たちの先頭に立ち、人差し指をタクトのように振るいながら炎の蛇を操り、次々と敵に絡みつかせてあっさりと倒した。この程度なら楽勝である。
「さすがっすね、兄貴! いやぁ、あんな魔法初めて見やした!」
大木君がなにか言ってきたが、蹴っておく。信玄たちは槍を片手に木の盾を持って警戒していたが、戦わないですみ、安堵している。ゴブリンは大人と同じ力を持つ。戦えば少なからず怪我を負う可能性が高いからだ。
「相変わらずの魔法の冴えだな。お前さんがいりゃ安心だ。で、あれか?」
信玄が武者鎧をガシャガシャと音をたてながら歩いてきて、廃墟脇にある存在を指差す。
「そうにゃ! あれ、変な自動販売機にゃんね?」
そこには半透明のモノリスが置かれていた。あれを自動販売機と言った理由は何なのか聞きたいところだ。防人のその意味を問う視線に気づいたのだろう。花梨はニャンニャンと答えてくる。
「そ〜っと近づいて見てみたら、何かと交換って表示されていたニャ」
なるほどと納得する。表示までは見たわけね。
「まずはミミックかの確認だったな。『火矢』」
ミミックとは物体に偽装する魔物だ。だいたい箱に化けるので不自然な場所にある箱などには気をつけないと痛い目に遭う。トラバサミレベルの噛みつきをしてくるので、無警戒に近づけば危険な相手だ。
「ええっ。ちょっと待つニャ」
慌てて手を振るニャンコに冷淡に視線を向けて答える。
「待たない」
その手に炎の矢を作り出して撃ち出す。矢はシュッと火の粉を散らして、モノリスに向かい命中すると弾けて消える。
「ほんぎゃー! 珍しい物ニャンコ! 壊れたらどうするつもりニャ」
「これで壊れるなら、誰かにすぐに持っていかれるだろうよ。それよりミミックではないようだな」
なんでもないかのように肩をすくめて、その怪しげな自動販売機とやらに近づく。信玄たちもミミックではないと判明したので、同じように近づく。
そうして、その自動販売機を見て、お互いに顔を見合わせて戸惑ってしまう。
「これはどんな意味があると思う?」
「う〜ん……ダンジョンと関わりがあるんだろうが……なんだろうな?」
その自動販売機とやらは意味不明な内容が表示されており、皆は疑問の表情となるのであった。
……誰か正解を言ってくれ。