59話 蛟
雫は森林内の枝の上にて、去っていく車列を冷たく凍えるような視線で、腕組みをしながら眺めていた。今見た戦闘を見て口元を薄く笑みに変える。
「わかりやすいスキルを大事にしているんですね。あのスキルはたしかに一見強そうに思えるから無理もないですが」
マナと闘気。それらの大きさを、どれほど使いこなしているかを、雫は見ていた。
その大きさから、明らかにその身体能力では装備できない武具を二人の男女は装備していた。小心者の青年と、冷静沈着なエルフだ。
「あれは五星剣と精霊樹の杖。どちらもAランク。防具も同様のランク。大幅に補正が入る武具を装備できるのはおかしいです。普通は装備できません」
『雫さんや、装備って着れば良いんじゃないの? 持てれば良いんじゃないの?』
大木君から情報を得て、『全機召喚』を解いた防人が幽体になって話しかけてくる。今まで見たことがある魔法武器はゴブリンキングの剣のみ。だから、あんなファンタジーの世界から抜け出したような装備を着込んだコスプレ集団に驚いていた。
「あれはクラフトスキル、もしくはダンジョンで見つけた武具。確率的にはダンジョン産でしょう。Aランクレベルのダンジョンを攻略すれば手に入ります。恐らくは過去に攻略した時に手に入れたのでしょう」
『過去に政府はドラゴンとかのヤバいダンジョンを攻略していったからな。と、すると連中は大量のダンジョンコアをゲットして、宝箱も大量に持っていると。んん? おかしくないか? それにしては、なんで政府は魔物に圧されて、壁を作り閉じこもったんだ?』
高レベルダンジョンコアに、高レベルの宝箱。当時は高レベルダンジョンをミサイルで破壊しまくっていた。それならば、それらを手に入れて、パワーアップした人智を超えた戦士が生まれるんじゃね?
「ダンジョンコアは、ダンジョンが攻略されて消えると同時に溶けて消えます。溶ける前に回収しないといけないのです」
『世知辛いな……。しっかりとダンジョンに潜って倒さないとメインの報酬はあげませんといったところか。反対に宝箱やモンスターコアは攻略後に残るから手に入ったと』
平然とした表情で言う雫さんに、防人はため息を吐く。それじゃあ、強くなれん罠。いや、オヤジギャグのつもりじゃないんだけど。で、どんな問題が?
「総合ステータス及び各種ステータス値が足りないと、装備時にペナルティがかかるんです。酷い時は動けなくなりますし、状態異常になったりします。そして、その武具の性能は装備しないと発揮できません。俗に言う武器と防具は装備しないと意味がないですよ、です」
『どこまでもゲーム仕様だよな、ダンジョンって』
そういうゲーム、子供の頃にやったことあるぜ。なるほどな。どこまでも人類を弄ぶのね。
「そのペナルティなく、武具を装備できる。たしかに強いのですが」
『はいはい。デメリットも大きいと。しかも見た目はわからない? いや、わかっても、看過できると思ってしまうんだな?』
最後まで話を聞かなくても、これまでの話から、簡単に想像できる。強力なスキルほど、致命的な弱点がある。ランクの高い武具をペナルティ無しで装備できる……悲惨なハンデがあるんだろ?
「強くなればなるほど、その力が足を引っ張ることに気づきます。なので、使えないスキルを手にした可哀相な子供として、前線には連れていきませんし、……あそこまで手厚く護衛する価値もない。だからこそわかりました。このせ、国のスキルレベルが。……まぁ、良いと思います。私たちには関係ないですし。強い武器を振り回して活躍すれば良いのではないですか?」
ふふっと微笑み、冷酷なことを口にする雫さん。そんなふうに言われると、あの子供たちが可哀想に思うじゃんね。なんか勇者パーティーみたいな……。全員仲は悪そうだったけど。
「あのドワーフ少女はスキルの使い方を勘違いしています。狐目の男性はスキルを使わなかったのでわかりません。ドワーフ少女を仲間にすれば、これから楽になるでしょうが、気にしなくても良いと思います。運が良かったら社員にすれば良いでしょう」
『了解だっと。で、軍の車両は充分離れたみたいだぞ?』
お喋りをしている間に、森林を越えて廃墟街へと一目散に逃げていく車両が目に入る。途中で停車することなく、一気に距離をとるところから、あの部隊は練度が高い。中途半端に停車した場合、蛟に攻撃を食らう可能性があるのだから。
なかなかの部隊ですねと雫は頷きながら、川に佇む蛟へと視線を移す。蛟は酷いことに、サハギンの死骸に噛みついて、バリバリと音をたてて、喰らっていた。
「なるほど。サハギンを狩りすぎて、蛟を呼び込んでしまったみたいです」
蛟が現れた理由が簡単にわかった。ひたすらサハギンを倒しまくったせいだ。
『血臭が辺りに広がってたもんなぁ。そしてサハギンの死骸がこれでもかと置いてある。サバンナでシマウマの死骸を大量においておくようなもんか』
俺たちのせいで、あの部隊が被害を受けたら、罪悪感を覚えるところだったと、防人は胸を撫でおろす。コアはもったいないけどな。
雫にとってはどうでも良いことだったし、それどころか、あの丈夫な装備を着込んだ者たちが適度に囮になれば簡単に勝てるはずだったのにとも考えていたが、防人さんに嫌われてまですることはないと、すぐに諦めてもいた。
「蛟はかなり広範囲を縄張りとしています。あれを倒せば、ここらへん一帯は、サハギン以下しか現れない、安全な場所になるでしょう」
『うん、雫さんや。サハギンが徘徊する場所を安全とは言えないと思いまーす。で、あいつは倒すの? 『全機召喚』のクールタイムはまだだぜ』
「蛟はレアCランクのソロタイプ。そのステータスは高く強い。水魔法、闘気を使いこなし頭も良い。あれ、食べながら不意打ちを阻んできた敵を探そうと、狡猾にも闘気探知をかけています」
見た目は夢中になって、サハギンを貪り食っているように見える。だが、極小の闘気が薄く波紋のように、アクティブソナーのように周辺をさざめく。敵がどこに潜伏しているか確認しているのだ。薄い波紋のような探知で、普通は気づかないかもしれないが、私の感知能力を超えることはできない。
闘気弾を放ってすぐに潜伏したので、蛟は雫に気づけなかったのだ。森林にて隠れる雫との間には30メートルほどの河原に、100メートルほどの平原。そしてその先に森林がある。その枝に乗りながら、雫は様子を見ていた。
『倒すのか?』
「う〜ん……。正直、今回は迷っています。とりあえず手に入れたポイントを振りましょう」
『オーケーだ。170あるな。リーダーを53匹倒したから……んん? Cランクの敵は倒すと10上がるのか』
たしかDランクは5だったはず。ランクが上がって取得ポイントも上がったのか。
「そうみたいですね。これなら嵌まればいけるかもしれません。ステータスを振りましょう」
天野防人
マナ700
体力30
筋力30
器用40
魔力250→420
天野雫
マナ200
体力150
筋力150
器用500→670
魔力50
二人で特化ステータスにしすぎである。魔力と器用。後々困りそうなステータス振り分けだ。
「困りそうな、とか言って、まったく躊躇うことはない防人さんが素敵です」
『そりゃどーも。Cランクのステータスはどれぐらいなのか予想つくか?』
「CランクはDランクと大幅にその性能が変わります。これまでのステータス値から予想しますと、カンスト2000、ソロで行動する蛟はカンストしていると思われます。大体の魔物はマナを膨大に持っていることから、マナ800〜1000、体力筋力に300〜500、器用はほぼなく、魔力は200〜300。水魔法、高圧水壁と水の息吹、そして噛みつきと硬い鱗が特徴です」
真剣な表情で、蛟の能力を推定する雫さん。恐らくはその推察は正しいのだろう。だって、この娘、確実に何度も倒したことがある経験からの推測っぽいもんな。
『よし。それじゃあ、準備完了。で、どうするんだ?』
「蛟は水場での戦闘力はピカイチです。しかし……防人さんは先程言いましたよね? ゲームのような仕様だって? それが相手の弱点です」
クスリと笑って、腕組みを解き、身体を屈めて戦闘態勢に移る。
フッと呼気を整えて、その瞳に深い光を雫は宿らせると闘気を身体に巡らせる。
「参ります」
『筋力上昇』
『身体能力上昇』
『動体視力上昇』
『反応速度上昇』
『鋭敏上昇』
『闘気瞳』
『闘気鋭化』
『攻撃力上昇』
『攻撃速度上昇』
『貫通力上昇』
いつもと同様の闘技を使用しようとして、ふと思いつく。以前まではマナが足りずに、節約しながら使用していたが、今は違う。最効率変換できるため、この程度の闘技なら使い放題だ。
ならば、私ならできるだろうと。
『全能力向上』
全ての闘技を重ねて、同時に使用するように操作する。新たなる闘技が頭に浮かび、そのことに内心でほくそ笑む。隠れし闘技があったのだろうが………。
雫は自身の力が大幅に向上したことに、万能感を感じ取り、目を細めて、可憐な小さい唇を僅かに笑みに変える。
闘技を使った途端に、サハギンを喰らっていた蛟は、素早く頭を持ち上げて、雫がいる森林へと顔を向けて口を開いた。
シュピンとレーザーのような高圧水流からなる極細のブレスが正確に迫る。雫はトンと枝から離れて背面飛びにてブレスを回避するが、蛟は雫を追跡するようにブレスを薙ぎ払ってきた。
まるでチーズを熱したナイフで斬るように、木々が綺麗な断面を覗かせながら、なんの抵抗も見せずに斬れていき、森の中、聳え立っていた周囲の木々はあっさりと倒れていく。
木々が倒されて、蛟と雫との間を阻む障害物がなくなりクリアとなる。
迫るブレスに雫はサハギンの鉾を押し付けると、高圧ブレスとぶつかり合う反動で僅かに身体が浮く。その反動を利用して雫はブレスを回避した。
「私の器用は貴方の器用を大きく上回っています。ブレスの攻撃が私に当たるとは思わないことです」
ブレスが何回も雫に迫るが、その攻撃は全て羽のように舞い、踊るように跳ねる雫には当たらなかった。その攻撃をふふっと可笑しそうに笑う少女を見て、蛟は口を閉じる。
「キシャアァァァ」
苛立ちを覚えたのだろう。バネのように飛び跳ねて川から飛び出すと、ミサイルのように蛟は雫へと向かってきた。
雫にとって、その行動は予想通りであった。
「さて、ここは貴方のボス部屋とは違うのです。ダンジョン外での戦闘を楽しんでくださいね」
地面に降りると、迫る蛟を迎え撃つために、ブレスにより斬られた倒木の中を駆け出すのであった。
その可愛らしい表情を悪戯そうに変えて。