57話 学生
『影転移』にて影の中に消えていった防人さんに、にこやかに手を振ってお見送りをする。
防人さんにはふざけて見せたが見つかるつもりは毛頭ない。雫は闘気を抑えて、気配を消して、センサーに引っかからないようにする。とはいえ、サーマルなどがあればまずい。影法師を使わなければならない。そのような装備があると感知した瞬間に逃げようと決意する。
ナイフを手にして、そそくさとコアを抜き取っていく。多くのコアがあるのでため息をつく。
「まずはリーダーのコアを優先」
ポツリと呟くと、感情を無にして作業を進めていく。決められた工場のラインで流れてくる製品を作るように。最短で最速で次々とコアを取り出し、用意しておいた袋に入れていく。
「予想するに、レアではないと思いますので、そこまで良いものと交換できるとは思えませんが」
それでもCランクだ。良いアイテムが手に入るかもしれない。ちゃちゃっと、全てを手に入れて、指を鳴らすと影虎が自身の影から現れる。
「これを自宅に持っていってください。その後に戻ってきてください」
コクリと頷くと、漆黒の虎は走り出し、すぐに姿が見えなくなった。続いてサハギンのコアを抜き取って、8個目。
「意外と速い。仕方ありません、潜伏しますか」
河原から抜け出し、草むらの中を突っ切ると、森林の中に飛び込む。そうして枝の上に飛び乗って移動し気配を消す。
その後、すぐに軍用ジープと歩兵輸送用トラックが森林の中を縫うようにやってくるので、冷ややかにその様子を眺めて幹に凭れかかるのであった。
軍用ジープは木々の根っこを踏みつけて、ゆっくりと進んでいた。元より川に向かうための道路は過去になくなっており、道なき道を走る。
「酷い道のりだよな。もう少しマシな道はなかったのかい?」
運転手に尋ねてくるのは、今回の研修に参加する学生。足利輝という名前の青年だ。先程からこちらが困ることばかりを言ってくると、運転手は頭が痛かった。
輝はそんな運転手の様子を気にすることなく、隣に座るエルフの少女へと顔を向ける。
「なぁ、水場には強い魔物がいるんだよな? 手応えはあるのかい?」
快活な声音での一見爽やかな青少年風の青年に、あからさまなため息とジト目を向けて、エルフの少女は答える。
「はい、輝様。極めて危険な魔物がいるので、やめておいたほうがよろしいかと」
「おいおい。そんなつまらないことを言うなよ。なぁ、清」
後ろの席に振り返って、同意を求めようとする相手は狐目のひょろっとした同じぐらいの歳の青年であった。
「教本には、危険度は高い魔物だと言われていますね。何種類かいるようですが、ここのはどんな敵なのか、少し僕は怖いですよ。ねぇ、大久保さん?」
「………」
清と呼ばれた男は隣に座る少女に問いかける。その少女はちんまりとした幼い少女であった。まだ12歳程度に見える気弱そうな少女。ショートヘアーでおどおどと3人を見渡して、首を竦めて黙り込む。
「大久保さんに尋ねても無駄だろ。自分の意見を持たないんだから。ドワーフってのは、皆無口なのかい? チッ、陽子君が班に入ってくれれば良かったのに」
「彼女は効率だけを求めていますからね。輝様のように功績を求めて、派手で意味のない戦いを求めないんです」
嘆息しながら、風香と呼ばれるエルフの少女がツッコミを入れて
「風香は手厳しいね。でも、俺たちは一門の名前を肩に乗せているんだ。派手な功績は必要だろ?」
ムッと輝が文句を言うが、風香は平然として、口調を変えない。
「たった20年そこらでできた一門の名前を肩に乗せていると言われましても……宣伝用の看板商品だとでも名乗れば良いのではないですか?」
つまらなそうに、鼻を鳴らして前に向き直る輝。4人の学生たちがこのジープには乗っていた。軍学校にて、この地域のダンジョン攻略に訪れた班である。
その構成はというと
足利輝が班のリーダーを務めており、その仲間として、エルフの固有スキルを持つ源風香。狐目でなにを考えているかわからない平清。そして大久保竜子というドワーフの固有スキルを持つ少女である。
「僕たち足利、源、平の一門は黄金世代。その財力、権力、スキルも素晴らしい。大久保さんがこの班にいるのは気まずいと思うんだ。ねぇ、この研修が終わったら、班替えをしたいと教官に希望を出してくれない? 俺も後押しするからさ」
輝は親切めいた口調で脅しのような言葉を吐いて、ますます大久保竜子は肩を縮こませる。
「あの……私も要望を出してはいるんですが………通らないんです」
小さな声で言うドワーフの少女に、輝はため息を吐く。その言葉を聞いて、風香は同情の声をかける。
「やはり要望は出していたんですね、大久保さん。たしかにこの面子は下層出身の貴女には厳しいでしょうからね。だからこそ、貴女となったのでしょうが。他の私たちと同じような一門の出身は、自分がリーダーになり活躍したいので、私たちの班には絶対に入りませんから」
「派閥争いって、面倒くさいですよね。残念ながら、大久保さんは逃れることはできません」
風香と清の言葉に、がっくりと肩を落として、ますます意気消沈する竜子。
「うぅ……やっぱりそうですよね……」
予想はしていたのだと、竜子は泣きそうになる。竜子の持っている『城壁』スキルは壁を作るスキル。そのスキルがあれば、資材も必要なく拠点の壁を作れるのではと、上層部に期待されてレベルアップをさせられたが、結果は……永続的な壁ではなく、時間制限ありのものであったので、レベルアップを打ち切られた曰く付きだ。
それでもレベル3は学園では最高レベル。同じくレベル3であった足利輝たちの班に組み入れられたのである。本人は嫌で嫌で仕方ないのだが。媚を売っても、下層出身の自分では成り上がることはできない。口も上手くないし。
顔を俯けながらクチビルを尖らせて不満に思う竜子を気にせずに、輝は前の席へと身を乗り出して、無線機を手に取る。
「それじゃあ、仕方ないな。『城壁』スキルに期待するよ。では兵士たちの諸君に、教本通りにまずは偵察に行ってもらおう」
無線機を使い、歩兵輸送トラックへと偵察に向かうように伝える輝。
「まともな頭を持っていて良かったです。私たちだけで突撃しようとか言い出すと思ってました」
「それはないよ。英雄伝説は功績を上げれば作れるけど、俺も自分の力はよく知っているからね。マナが尽きればいくら強くても終わりだから」
「水場の敵……。マナを半分まで消費する程度に抑えておきませんと、攻略に響きます。マナポーションは数に限りがありますからね」
一安心したと、風香は安堵をした。この男は突撃すると言い出すかと恐れていたのだ。ここで突撃すると意見を言えば、戦果を上げても、馬鹿な御曹司と呼ばれるだけ。その一線は線引きがしてあったのだろう。
それならば水場に行くとは言ってほしくなかったが、ゴブリンのダンジョンを攻略しようとは、風香も言えなかった。あれは酷すぎる。素人に混じって、ダンジョン攻略をしても、たしかに輝の言うとおり、笑い者になるだろう。
一門……20年。たった20年で財を築いた者たちは、次は名誉と歴史を創ろうとしている。武門の名門や文官の名門……。世界がこうなる前から同じようなことは言われてきたらしいが、壁を作り、世界を狭くしたことと、内街、外街、廃墟街と目に見える形で区別がついたために、ますます選民思想が強くなったと風香は分析している。
くだらないことだが、自身がこの暮らしを享受するためにも、面と向かって非難はできない。そして、その暮らしを続けるためにも、功績はたてないとならない。
その場合、水場の魔物を倒したことは、多少の力を見せることになるだろうし、元より自分たちが本当はどれほどの力を持っているかも確かめたい。
丸目少佐は優秀だ。きっと手頃なダンジョンを見つけてくるだろうし、その間は水場で歩兵の掩護の下、敵を倒しているかと、同じく通信を待つ。
車が停まって、歩兵二人が偵察に向かうのを窓越しに見ながら、教わった敵の種類を思い浮かべながら。
10分も経たず、すぐに通信はきた。意外な情報が。
「はぁ? 失礼。荒川には魔物の死骸だらけですか?」
無線機を手に取り、輝が一瞬怒鳴ろうとして、自制心を見せて、すぐに柔和な言葉へと切り替える。
通信を受けながら、輝は戸惑いの表情で、風香へと顔を向けてきた。なにか予想外のことがあったらしいと、自分で考える頭のない輝に舌打ちしつつ、風香は聞き返す。
「死骸があったと? 魔物同士の戦闘があったのですか?」
「いや、偵察からの連絡だと、戦闘の跡らしい。魔物のタイプはサハギン。ですが、全ての敵は倒されているとか。誰かが倒したらしい。全て刺し傷だから……スキル持ちだろうと」
ふむ、と風香は考え込む。後ろの清はニコニコと笑顔を崩さずに発言はなし。竜子さんは発言力がないと理解しているのか、黙ったまま。
「………安全確認はできているのでしょうか?」
「ん? あぁ、少し待ってくれ。聞いてみる」
輝は再び無線機にて通信をして、頷いてみせる。
「川へと歩兵が近づいたが静かなものらしい」
「そうですか……。それならば、私たちも向かいましょう。その死骸、興味があります」
数匹といえどサハギンを倒すとは、誰か強力なスキル持ちがいるのだろう。条件が合えばスカウトも良い。
優秀なスキル持ちをスカウトするのも風香の仕事である。………ここを選んだ理由の一つ。密かに手を回したのは風香である。この攻略が終了したあとに、たしか……天野防人。そのような名前の男をスカウトするつもりだ。
放置する方が良いといわれているが、かなり強力なスキル持ちだと情報を得ている。密かに裏で雇って、他の一門に少しでも差をつけようと風香は考えている。
その男がサハギンを倒したなら、ますます強力なスキル持ちだということになる。
「わかったよ、それじゃあ皆、水場に向かおう。警戒しながらね」
「了解しました」
「は、はい。わかりました!」
輝の言葉に従い、全員降車して、河原に向かう。
そして驚くことになる。
なにしろ、河原には数百ものサハギンの死骸があったので。




