54話 酒場
天津ヶ原市場は大賑わいであった。周囲の拠点から集めた人口3000人。今は天津ヶ原本社と、信玄の拠点、そしてこの元駅ビルに分かれて暮らしているが、売買の中心にして、ダンジョンを攻略するためのツアーの出発地点。天津ヶ原ツアーがある市場は大勢の人々が集まって賑わっていた。
少し前まではほとんど廃墟街に住んでいる人たちのみであったが、9月に入ってからは、外街からの客も流入し始めて大いに賑わっていた。それはなぜか? トウモロコシやじゃが芋が安く売られているからだけではない。一気に人気となったのは……。
エールである。外街も内街もストアはある。が、コアとの交換が必要だ。しかしダンジョンが発生すると全ては軍がすぐに攻略してしまう。それでも雨後の筍のように生まれるのがダンジョンではあるが、一般人ではコアは手に入らない。
そのためエールも手に入らない。エールはDランクのために、一般人ではそんなランクの魔物を倒して手に入れるのはそもそも不可能である。なので、廃墟街よりも出回らない。
というか、ここのエールの出回る量が異常な量なわけであるが。エールを求めて人々は訪れる。そして、ダンジョンツアーで金を稼げることを知り、ついでに稼いだ金で市場で何かを買っていくか、となる。それを知った闇市場の露店の店主が店舗を借りて、店を開く。
その店舗は様々な物を売っている。それを求めて客が来る。その客を求めて新たなる商人が来ると好循環となっていった。
あっという間に、まるでかつての駅ビルの賑わいと同等、いや、それ以上の人出と賑わいとなったのである。
大勢の人々が集まる中で、ツアーに行った者たちが帰ってくる。皆は疲れているが、嬉しそうな笑顔でお喋りをしている。その横を影虎がのしのしと付き従っていた。
「いやぁ〜、ゴブリンダンジョンって稼げるんだな」
「そうだなぁ。昼からのツアーも参加するか」
「ホクホクだよ、今日は」
「俺たちは自分たちだけで潜ろうかなぁ」
「やめとけ、やめとけ。アーチャーにハリネズミにされちまうぞ」
皆の中でも一部の人たちはそのままコアを受け取ると、居酒屋へと入っていく。300円の価値のあるEランクのコアもストアに解放されたことにより、報酬もEランクコアが5個加わり増えた。その報酬を手に1杯引っかけようというのだ。
「純正エール500円、エール1杯200円」と書いてある看板がある店だ。その看板に記されている意味は理解しているので、誰も口にはしない。
きっと半分ほどの報酬は酒に使って、奥さんにあんたって人はと怒られるだろう。
その中で天津ヶ原の自称人気者の大木君はツアーを終えて、疲れをほぐすように肩を回す。ゴブリンを倒すツアーはとても疲れるのだ。影虎や影蛇はいても、油断はできない。アーチャーに注意することもそうだが、楽勝だと思って先走る客の方が面倒くさい。なお、大木は俺の名前ではないと、冗談を周りに吹聴しています。
2階層で終わりだっつってんのに、酷い客はナイトを倒しに下に行こうとするのだから。こっそり行けばバレないって、死んだら未帰還で、そりゃばれなくなるだろうよ。
「まぁ、気持ちはわかるけどなぁ。ナイトたちDコアは3000円だし」
だが、ナイトたちには影虎では敵わないと言われているし、そもそも自分たちで倒せない敵を影虎に頼って倒そうと考えているのがおかしい。そういうのは寄生というのだ。
この手の奴らは今後も出てくるのだろうかと、うんざりしながら自分も酒を飲もうかと、うへへと顔を緩ませて居酒屋に続く。金を手に入れたら使い果たす駄目な男の典型的な姿である。
「まぁ、気を取り直して飲むか。明日は休日だしな」
「いらっしゃっいませ〜。申し訳ありません。ただいま満席となっておりまーす」
ウェイトレスがニコリと笑って席を示す。ツアーが終わった時間が被ったのだろう。大勢の人々が椅子に座って、エールを飲みながら、燻製肉や、じゃが芋、トウモロコシを食べている。
ラガーより腹に溜まるエールと、同じく腹に溜まる食い物中心にして食べながら和気あいあいと騒がしくしている。
「アーチャーが現れたとき、俺は素早くナイフを投擲したんだ、その援護で、他の仲間がサッと槍を突き刺した!」
「俺なんか、ホブゴブリンが現れても、盾を構えて一歩も引かなかったんだぜ」
「待て待て、もしかして俺、スキルレベル1に上がったかもしれん。着火の炎が大きくなった感じがするんだ」
「数センチの違いじゃねーかよ! 1になってねーよ」
騒がしい中で、ワハハと笑い声が響く中で、空いてる席はないかと、大木は店の中を見渡す。と、テーブルの1つで空いている席があることに気づく。そのテーブルに座っている面子も知っていた。
知り合いであるが、友人ではない。友人ではないが、酒を飲みたい。うん、知り合いという点で問題ないだろう。
「あそこ、知り合いがいるから、そこに座るよ」
酒に目が眩む大木君。どうしても酒が飲みたいのである。休日前は飲む。今週から大木君はそう決意した。しなくても良い決意をした。なので、飲まないという選択肢はないのだ。
「あ、は〜い。ど〜ぞ」
ウェイトレスが頷き、横に退くので軽く腕を上げて感謝するとテーブルへと近づく。
座っている面子がこちらに気づき、ん? と眉を顰めるので片手をあげて挨拶をする。
「どーも、門番さん」
「あぁ、景気良さそうだな、たしか大木とか言ったか?」
「改名するか……。座って良いか? そっちも景気良さそうだが?」
計3人。座っているのは外街の門番である兵士たちだ。背中には自動小銃を背負っている。この廃墟街で、その装備。あり得ない連中だ。いつも賄賂を渡しているので覚えられた。というかお互いに顔を覚えている。
「いいぜ。ここは安くて良いよな」
あっさりと許可を出してくれるので、軽く頭を下げて感謝の意を示す。
テーブルには料理が山と置かれて、純正エールが入っている。金がかかってそうだ。その景気の良さの理由は見当がつく。
空いていた椅子に座りながら、呆れた表情を向ける。
「あんたら、Dランクをしこたま倒しただろ? 良いのかよ、そんなに銃弾消費して。あ、俺も純正エール1杯ね」
自動小銃でDランクのゴブリンナイトたちを倒したに違いない。なにせ一匹3000円。何匹倒したかは知らないが、かなり稼いだのだろう。
ウェイトレスはすぐにエールを持ってきて、テーブルに置いてくれる。
「良いんだよ、隊長命令だ、ほら、あそこにいるぜ?」
既に酔いが回っているのだろう。ほろ酔い加減で、赤らんだ顔。酒臭い息で指を指す。
「ほら、何でも奢ってやるぞ、うさぎちゃん。がっはっは!」
「キャー、隊長さん、す、て、き! 私も純正エール1杯〜」
「私も純正エールとぉ〜、茹でトウモロコシ1つ〜」
随分と肌がよく見える女たちを侍らせて、隊長と呼ばれた兵士が高笑いをしながら酒を飲んでいた。しなだれかかる女性たちの胸やら尻やらを時折揉みながら。
金のある所に、商売女あり。あっという間に外街から移動してきたらしい。胸元に千円札を入れられて、キャァと黄色い声をあげて隊長にしがみついていた。
「なんだありゃ? なんで隊で動いているんだ?」
「恒例行事だ。内街にある学園の学生さんが実地研修に来るのさ」
グイと酒を飲みながら言ってくる兵士の言葉に疑問に思う。
「そんなのあったのか?」
「あったの。卒業間近の軍学校の学生さんたちは、2学期の初めに廃墟街の野良ダンジョンをクリアするんだ。道中の露払いを俺たちはいつもしている。で、いつもは外街近くのゴブリンらを適当に倒して帰ってたんだな、これが」
酒を飲みながら、ヘヘッと笑う門番の言葉に納得する。そんなもんがあったとは知らなかったが。
「で、あんたらはゴブリンのダンジョンでナイトたちを退治して露払いをしていたと。ダンジョン内でじゃ露払いにならないだろ?」
「たまたまだよ、たまたま。たまたまダンジョンに迷い込んじまったんだ。この行事、来年は楽しみになってきたぜ。おい、そこのウェイトレス。こっちに純正エールお代わり!」
ゲラゲラと、楽しそうに笑う。ま、こんなもんかと大木も気にしない。所詮、外街の兵士たちの忠誠心はこんなもんだ。ポケットに突っ込まれた札には敵わねぇよな。
「しかし、野良ダンジョンの攻略ねぇ……危険すぎるんじゃねぇか? 死んでもおかしくはないだろ?」
ダンジョンは危険なものだ。ゴブリンダンジョンの浅い層でもアーチャーたちがいるのだ。運が悪ければ死ぬ可能性もある。
「装備は万端だ。兵士も揃っている。強力なスキル持ちも揃っている。負ける要素はないんだ。内街の連中にとってはお気楽な遠足みたいなもんだ。露払いなんかいらないのさ」
だが、そんな疑問を肩をすくめて兵士は否定した。
「へ〜。そんなに内街の奴らは凄いのか?」
意外な情報であった。兵士は簡単に教えてくれたから、常識なのだろう。とはいえ、このような場で話し合うなんてことは今までなかった。市場はこういう意味でも役に立ったわけだ。
「ん〜、俺らも戦ったところを見たことはない。だが、ダンジョンに潜った奴らは一人も欠けずに出てくるぜ?」
「それは……凄いのか? 自動小銃を持った部隊だろ?」
当たり前に攻略できるんじゃないか? 普通にそうだと思うのだが……。
「外街だと、たまに死人が出るんだよなぁ〜。こっちも精鋭部隊なのに」
「そんなになのか……」
うちの社長はソロで攻略しているんだが、やはりあれはおかしいらしい。その話を聞いて、ふと気になる。
「そいつら、どこの野良ダンジョンを攻略しに来ているんだ? ここらへんのダンジョンを攻略されると困るんだが」
せっかく管理しているダンジョンを攻略されると、ツアー先が無くなり非常に困る。新たなるダンジョンを選ばないといけない。ツアー先のダンジョンの周りの魔物を駆逐して、ダンジョン内の敵も一旦殲滅する。そうして通常の湧き待ち状態とするのだから。
「それは仕方がないだろ。どうせダンジョンなんかいくらでも湧くしな」
「はぁぁ〜。社長になんて説明すれば良いんだよ……」
肩を落として嘆息する。急に酒がまずく感じてきた。
「御愁傷様。そういや、あの黒ずくめの社長さんはどこに?」
「荒川に向かったよ。水場のダンジョンを片付けるんだと」
その言葉にウゲェと兵士は信じられないことを聞いたように顔を顰める。たしかに水場のダンジョンの魔物は強い。ソロで攻略とは頭がおかしい。
「あ〜……。内街の連中とは会わねえだろうなぁ。まさか川まで行かねぇだろうし。それに行ったとしても、明日だしな」
「今日は飲んで、明日、社長に報告することにする」
エールを飲んで、大木は明日の報告内容にうんざりとするのであった。
翌日、二日酔いで大木君は昼まで寝ていた。