53話 新発売
防人は自宅のリビングルームにてソファに座りながら、これからのことを考えていた。外街の人々を客として集めるには、魅力的な物が欲しいところなのだ。
市場が賑わい始めて、外街から訪れる人々が少しずつ増えてきた今、俺は起爆剤をぶち込むことにした。これまでのラインナップの増え方から、おかしくはないだろうとの考えからだ。
というわけで、コアストアに新たなるラインナップが増えた。というか、増やした。その内容はと言うと、だ。こんな感じ。
『害虫除去花の種1袋(繁殖不可、一年草):Gコア100個』
『肥料1kg:Fコア100個』
『蕎麦の種1袋:Fコア100個』
『炭1kg:Fコア10個』
『大豆の種1袋:Eコア50個』
『キャベツの種1袋:Eコア50個』
溜まったコアは膨大であり、一気にラインナップを増やした。なにせ、日に日にコアは貯まる。Gコアはもう数えるのも馬鹿らしい。数百万ほどある。これは日本各地の大都市に設置が終わったからだ。都市1つにつきストア200ほどを設置完了。目端の利く奴は俺と同じようなことをしているのだろう。
Fランクも数十万個ほど。こちらももはや数を気にしなくても良い。問題はEランクからだ。俺が攻略したコアを全部入れても2万個ほど。これは俺の入れたダンジョン攻略の報酬も入っているから、実際は1万個にも満たないだろう。あまりトウモロコシを買われた形跡がない。不人気商品らしい。
なので畑の肉と呼ばれる大豆と、何にでも使えるキャベツを追加した。キャベツって、どんな料理でも強い味方だ。かさ増しというな。
大豆は油も絞れる。豆腐も作れるかもしれない。問題は電気がないから、冷蔵庫がないというところだが。油揚げが懐かしいぜ。いなり寿司とか、きつねうどんを久しぶりに食ってみたいところだ。
除虫花は菊みたいな見かけだが、少し違うらしい。新種の花だ。害虫を寄せ付けないのだとか。これは繁殖不可で、当たり前だが、魔物の虫系統には効き目がなかった。炭はどれだけ役に立つか、少し考えればわかるだろう。
蕎麦の種は地味に期待している。蕎麦を食いたいもんだぜ。ツユを作るのがなぁ……米が欲しいぜ。醤油を仕入れないとなぁ、高そうだ。
肥料は………効果がわからないから、後々に期待します。異常な栄養を畑にあげませんように……。たぶん大丈夫だと思うけども。これまでの経験からの一回限りの効果だと思うので。
それぞれ、いつもの通り、維持費に2割、俺への利益で2割、価格を加算した。
そして、最後の目玉商品がこれだ。
『エール30リットル:Dコア3個』
これは維持費、利益として1個ずつ加算した。原価は1個なり。エールは500mlを500円で売るつもりだ。そこから逆算して原価は3割に抑えたいから、Dコアの買取額は3000円なり。かなり安いから、ゴブリンナイトを殺しに行く奴らはほとんどいないだろうなぁ。ダンジョンの深層に行かなければ会えない魔物だしな。それにナイトのレベルはかなり強い。銃がなければ、普通の人は戦うことは困難だ。
酒は市場の起爆剤だ。ダンジョンに潜る奴らは荒くれ者が多いから酒を欲しがるんだよね。手に入れた金を是非とも消費してくれ。景気が良くなれば、この市場に他にも商人を呼び寄せることができるだろう。
外街の酒は混ぜ物が多く不味いのに、1杯800円はする。混ぜ物のないエールは大人気に……なるかなぁ。ラガーの方が良かったかな?
『駄目です、防人さん。冒険者はエール。全ての始まりはエールで始まり、エールで終わるんです』
片手を掲げて厳かなる口調で言ってくる、今日は聖女な雫さん。でも、エールって。そんなに美味いのかなぁ。俺はラガーしか飲んだことないんだよな。ヨーロッパ辺りじゃ普通だっけか? 水代わりに内陸の人々は飲むとかなんとか?
「エールって、美味いの?」
『お酒って苦いから私は飲みません。雰囲気、雰囲気ですよ。西部時代を思わせる酒場で、剣を担いだり、杖を持った冒険者たちがエールを飲むんです。カンパーイって。日本酒やサワーでは似合いませんよね?』
仮想の相手に乾杯とグラスを手に持っているような演技をふんすふんすと鼻息荒く行う美少女さん。ガシーン、ガシーンと呟いているので、相手のグラスを壊すことを目的としている可能性大。
「さようですか、雫さん」
まだ少女だしな。当然の答えだったか。というか、この娘は本当にアホ可愛いなぁ、まったく。だが、そういうロマンを目指すための小道具扱いか、そうですか。日本にはそういう酒場は多分ないよ。外街では、水で薄めすぎた焼酎とか日本酒とかを燻製肉を齧りながら飲んでただろ?
少し頭が痛くなってくるが、もうラインナップに加えたものな。あとは勝手にやってくれるだろう。とりあえずは俺の手持ちのDコアを数百リットルエールに交換しておくか。信玄に預けておけば良いだろう。多少減っても目は瞑ってやるよ。
等価交換ストアーを喚びだして、エールを選択する。手持ちは3000個ほど。余裕で交換できる。
ガシャコンと音がして、水と同じくエールだけが現れるのかもと慌てるが杞憂だった。小脇に担げる大きさの樽に入ったエールが目の前に現れたのだ。
蓋をとって、コップで酌んでみて、鼻を近づけてみると、果実のような良い匂いがするので多少驚く。エールって、こんなにいい匂いがするのか。
一口飲んでみて味わう。喉越しは……う〜ん、ラガーよりも重たいし、爽快感も少ない。ごくごく飲んで、ブハァッと息を吐く、みたいな感じにはなりにくい。何というか、重たい。サイダーとシチューぐらいの差があるかもしれない。
舌で転がすように味わうが、なるほど、まずくはない。というか、美味いぞこれ。少なくとも外街の場末の酒場で売っている物よりも遥かに美味い。こんなのを朝からヨーロッパの人々は飲んでいたのだろうか?
ラガーが好まれる理由もわかるような感じはする。ラガーは切れ味があって軽い。何杯も飲めるが、エールだと、1、2杯で腹に溜まるだろうな。
『なんだか、美味しそうに飲んでいますが、ラインナップに加える次の物はジュースにしませんか? 100%グレープジュースにしませんか? 葡萄好きなんです』
一人で酒を味わうおっさんに、つんつんとつついてくる愛らしい雫さん。だが、グレープジュースは怪しすぎるだろ。なんでグレープジュースなんだよ。せめて葡萄の種とかにしなきゃな。
だが、葡萄畑を作って、ワインを作る施設も建造するとなると、面倒くさい。人手が足りないのは当然のこと、専門知識も必要だけど、そんな人材もいないしな。こんな世界でワインを創った経験がありますと、都内在住の人間がいるとは思えないよな。募集要項にワイン醸造経験者優遇とは書きたくないぜ。
『大丈夫です。ジュースですから、ジュース。ワインを造ってくださいとは言ってないですよ?』
「俺の心を読まないでくれ。葡萄を作ったら、確実に酒を作ろうと言い始める奴らが思い浮かぶぜ。ワインの話は置いておいて、エールを運ぶためにも、新たなるスキルを手に入れるぞ。とっておきのコアを使ってな」
等価交換ストアーに記載されている輝くコア。スペシャルコアだ。モスマンクイーンのコアである。
そして、気になっていたスキルを押下した。
『限定1:特大アイテムボックス:スペシャルコアD1』
スペシャルコアでないと手に入らないスキル。アイテムボックスだ。もちろん罠はありそうです。雫さんは何も言わないけど、嫌な予感はする。だって、その口元は悪戯小悪魔のようにニマニマしているので。
禍々しい漆黒の粒子が身体を覆い、スキルが手に入る。ステータスを見るとレベル表記はないので、どうやら固定のスキルのようだ。これがあれば、アイテムの持ち運びに苦労はなくなる、ハズ。
「さて、では試してみますか」
立ち上がり、手のひらにマナを集中させて、アイテムボックスを喚びだす。
『アイテムボックス』
その発動により、魔法陣が床に描かれて、ゆっくりと金属の光沢を持つ箱が現れ始める。5メートル四方の正方形の箱だ。ジワジワと浮き上がるように現れた。時間にして5分ほどかけて。
「……カップラーメンできちまうな」
『よくある戦闘とかに使用する、といった裏技が使えないようにですね。それと硬度は5センチの厚さを持つ鉄程度。出し入れすればアイテムボックスは自動修復しますが、仕舞ったアイテムは壊れたらそのままです』
「へ〜……それとさ……俺のマナが空っぽになったんだが? 500のマナが」
『特大アイテムボックスは出し入れするのにマナを500消費します。あと、時間は普通に流れますし、箱の温度は外の温度と同じです。それとあらゆるものを入れることができますが、中から簡単に開きます。子供でも簡単に。その場合は亜空間からあっさりと現れます。そしてマナを強制的に消費し、アイテムボックスの使い手はショックで気絶します』
何という罠………。聞かなくてもわかるぜ。マナの消費が激しすぎる上に、あまり持てない罠。いや、オヤジギャグではなくて。
「アイテムボックス……。これ以上大きくなると箱とは言えなくなるから、これが限界、と。名前通りなんだな?」
ジト目となって嘆息してしまう。アイテムボックス。品物を入れる箱ということだ。これがぎりぎり限界に箱と呼べる大きさなんだろうな。これ以上ならコンテナとか、倉庫とかになるんだろう。名前に偽りなしだ。
生物も入れることができると。だが、仕舞っても簡単に出られてしまう。簡単な攻撃は防げるが、喚びだすのに時間がかかりすぎる。
……問題だらけだ。これ戦闘では使えないな。ダンジョンで使用するのも躊躇う。
『このスキル持ちはステータスをマナに1000ほど振っていました。荷物持ちとして、かなり役に立ちましたよ。どうか俺をダンジョンの最奥に捨ててくれとか、いつも言ってましたが、一度やってあげたら現実は世知辛いと泣いて助けを求めてきました。チートな幻想は私の右腕が砕いてやりました』
男女平等パンチとか叫びながら、シャドーをする雫さんを横目に嘆息しながら、最後のレアDコアを使用する。マナが空っぽは魔法使いとして致命的じゃんね。
「役に立つのは明らかだ。上を向いたらきりがないと。それじゃ残りのレアコアを使いステータスアップポーションと交換、で、マナに振ると」
天野防人
マナ500→700
体力30
筋力30
器用40
魔力250
「なら、私も」
天野雫
マナ200
体力150
筋力150
器用300→500
魔力50
「これでステータス1050か……これ以上はCランクの魔物を、しかもレアを手に入れないと駄目となったか」
Dランクは1200制限。意外と簡単にカンスト近くになったな。Cランク、Cランクかぁ……。ここらへん周辺にはいないな。荒川近くのダンジョンになるかぁ。
それにしては強くなった感じがしない。マナばかり上げたから当たり前だが。
『私たちは総合ステータスにしては、かなり弱いです。弱いというか、ピーキーですね。普通の人なら緑の雑魚に殺されるでしょう』
テストパイロットではやられちゃいますと、訳のわからないことを言う雫さんだが、たしかにピーキーだ。総合1050なら、平均値200。俺たちを上回る敵なんていくらでもいるだろう。
「普通なら、な。だが、俺は負けるつもりはまったくないぜ」
『新人類は攻撃回数9回になっちゃうから、負けることはありませんよ。この感覚が新人類を恐れるということか!』
雫は宙をくるくる回転して、何やら嬉しそうに叫ぶがスルー。いつもの病気が発症したのだろう。
二人して腕に自信がありすぎだが、それぐらいに自信はあっても良いだろう。さて、エールをアイテムボックスに仕舞って明日には大量に運びますか。
『アイテムボックス内はカビたりしますので、湿気取りを用意しておいた方がいいですよ』
「世知辛いなぁ。現実は手厳しい」
空間内に仕舞えるだけで、あとは普通の箱なんだなと、現実の厳しさに肩を落とす防人であった。