51話 店舗
外街の闇市場は忙しい。生き馬の目を抜く世界。それが闇市場だ。このシマを取り仕切る勢力にまずはショバ代を払わないといけない。結構な額だが、良い場所に店を構えないと、売り上げに響く。
仕入れるのだってタダではないのだ。廃墟街の連中が持ってくる元デパートからの服や雑貨、内街の住人からこっそりと食糧を融通してもらい、それらを売り払う。
上手く売り捌き、あまりにも儲けていれば、それはそれで小金に釣られた悪党共を呼び寄せる。世知辛い世の中なのだ。
その闇市場では、最近変わったことがある。廃墟街の薄汚れた者たち。ガラクタやなんの肉かわからない燻製肉をうらぶれたビルの陰などでひっそりと売っていた者たちが変わった。
「いらっしゃーい! 新鮮採れたてのトウモロコシだよ〜。一本250えーん」
「じゃが芋はいらんかね〜。安いよ、新鮮だよ〜。1キロ1000円!」
「茹でたトウモロコシも売っているよ〜」
「コッペパンありまーす」
闇市場でも、1等良い場所に陣取っている人々が声を張り上げて、野菜を手に取り、販売をしていた。
採れたてのトウモロコシに、大人の拳よりも大きいじゃが芋。どれもその値段ではとてもではないが外街では買うことができない代物だ。
それを毎日毎日、売りに元気に現れていた。古びれてはいるが、洗濯された服に髪も洗っており、ボサボサではない。正直に言うと、外街の商人の方が小汚い。
そして清潔感があり安心できる姿をしている売り子を見て、新鮮で安い物が買えると、訪れる人々は日に日に増えている。
「なんだって言うんだ、まったく。なんであんなに大量に奴らはトウモロコシや、じゃが芋を用意できたんだ?」
闇市場で露店を広げている男の一人。廃墟街から持ち込まれた服を配給券1枚で買い取っていた服屋の男だ。奴らから買い取った服を手直しして、安く売っていたが、その姿を見て忌々しそうに舌打ちする。
最近は廃墟街の連中はなぜか服を持ち込んだりもしてこない。なにかが変なことになっている。これまでは喰い物にしてきた奴らが変わってきていると苛立つ。
自分よりも下の奴らがいるのだと安心して、上を見ることを止めて下を見ていた者は、なぜあんなに小綺麗なんだと、景気が良さそうなのだと妬みを持ち睨む。
大勢の人々が集まる廃墟街の連中の様子を憎々しげに見ていると、まだ空いていた隣に大きな鞄を持って歩いてきた者たちがいた。やはり小綺麗だ。外街の仲間だろうかと、自分の脂ぎった髪の毛を少し恥ずかしく思いながら声をかけてみる。
「よう。あんたもこれから仕事かい?」
「ん? あぁ。そうだな。これから仕事だ」
男たちは鞄を開き、布束を取り出してきた。小綺麗な布だ。風呂敷程度の大きさだろうか。茶色や緑、あまり質はよくなさそうだが、安ければ売れるだろう。
それを見て、男は顔を顰める。売り物が被っている。揃いの布地なので、それを使って服を縫おうと考える者もいるに違いない。
「あんた、そりゃ布地じゃないかね? そんなもんを売られたら商売にならんよ。ここを仕切っている奴は何をしてやがるんだ。文句を言ってくる!」
金を払えば、同じような商品を売る店舗を並べるなんてことは、闇市場でも許されない。暗黙の了解というものがあるのだ。
近くにいたここを取り仕切る新たな沼田というボスの部下、顔見知りのチンピラへと怒気を纏わせて文句をつけに行こうと立ち上がり歩き始める。
シロートなのか、布地を売りに来た男たちは、肩をすくめてこちらを気にしてはいないようだった。
「おい、あんた、あんただよ、あんた!」
ズカズカと足音荒く、雑多な露店の合間を歩きながら声を荒らげる。チンピラはこちらに気づき、片眉をあげて顔を顰めた。文句をつけられると予想していたのだろう。
「いよう、商売繁盛しているか?」
「繁盛するためには売り方って物があるんだよ。知っているよな?」
顔を近づけて、怒鳴る。これぐらいしておかないと舐められて今後の商売がやりにくくなる。文句をつけてきた店主を暴力で黙らすようなことはすまい。目の前の金を奪うだけのチンピラよりも、自分のことのほうが大事にされると確信も持っていた。
「そうかそうか、そんなに大変なのか? 悪いなぁ、だが、もう決めちまったから仕方ないだろ?」
「ふざけんなっ! こちとら仕入れに金がかかっているんだよ、その分を負担してくれるっていうのか、あぁん?」
眉を吊り上げて、睨みつける。これぐらいやれば、店の配置を変えるだろうと内心では嗤いながら。
「負担ねぇ。え〜っと、配給券を何枚払えば負担金になるんだ? 俺に教えてくれないかね?」
店主は後ろからかけられた声に、ビクリと体を震わせた。なぜか、その声に恐れを抱いたのだ。そろりと後ろを向くと、冷たい空気を漂わせて黒ずくめの男が立っていた。
目を細めてこちらを見てくる黒ずくめの男に、威圧されてしまい後退る。
「店主。お前、なかなか腕が良いね。配給券1枚しか価値がないボロボロの服を綺麗に手直しして、古着めいているが、なかなかの出来上がりの服に直すなんてさ」
ズイと身体を近づけてきて、肩を組んでくる男。直感で理解した。この男は危険だと。荒事の多い闇市場でも、ここまで危険な匂いをさせている男はいない。チラリとチンピラをみると直立不動で頭を下げており、微かにその身体は震えている。
「なぁ、負担金はいくらか教えてくれないかね?」
近すぎるほど近い距離で、黒ずくめの男が聞いてくるので、慌てて店主は首を激しく横に振った。
「いえ、こ、ここの服は全部、その……廃墟街の腹を減らした馬鹿な連中からタダ同然で買い取りまして。負担金などいりませんよ、ハハハ」
頭の後ろに手を回し、乾いた笑いを見せる店主の言葉に、うんうんと男は頷き、人差し指を自分の顔に向けて、にこやかに笑う。
「そうか、そうか。元手はタダなのかよ」
「そうなんです。アハハハ」
「俺は廃墟街出身なんだ」
店主は笑いをピタリと引っ込めて青ざめる。ニヤニヤと黒ずくめの男は危険な嗤いを見せてくる。
「もっ、申し訳ありませんっ! その廃墟街の連中は物の価値が、いえ、その……、なんでもないです」
「大丈夫。俺は気にしていないし」
「そ、そうですか?」
額面通りに受け止めることは決してできない。汗をだらだらと流して、店主は平身低頭で、謝ろうと決意した。殺されるかもしれないと悟ったからだ。
だが、男は予測外にニッコリと笑って、一つの提案をしてきた。
「そういえば良い店舗のアテがあるんだ。少し見に来ないか?」
「へ?」
それはとっても不可解な提案であった。
すなわち
「廃墟街の俺の市場で店を開いてくれ。週に2回程度で良いから」
そんな提案をしてきたのである。もちろん店主は断れなかった。
その前日……。
天津ヶ原コーポレーション本社役員会議室で、防人は幹部重役を集めて、ドンと組み立て式の長机を叩く。部屋の扉に飾ってある「やくいんかいきしつ」と下手くそな文字で書かれたプレートがカラカラと揺れる。有名な書芸家に書いてもらったのだが、幼い書芸家は濁点がまだわからないらしいので、かいきしつと書いてあった。
「金がねぇ」
防人は重役へと視線を巡らせて唸り声をあげる。設立当初からの社員、信玄、勝頼、純や華たち子供たち、そして非常勤務沼田にお茶くみ係大木君だ。なぜか花梨も尻尾を揺らして座っていた。
「かねがねぇ〜」
キャッキャッと拍手をしながら、幼女が俺の真似をして
『副社長は私ですね。ちゃんとなぞのしょうじょとプレートを作っておいてくださいね』
幽体の雫さんがふんすふんすと鼻息荒く俺の上にちょこんと乗って、足をパタパタさせていた。役員会議という名前の響きが気に入ったらしい。ちょっぴりカオスな感じだったが。
そんな二人はスルーして、防人は役員たちを見渡す。役員報酬月給1000円なり。
「金が無いね……儲かってないっつーことか?」
信玄が不思議そうに聞いてくる。
「営業利益は赤字ではないな。内街へのじゃが芋の納品だろ? それに闇市場でのトウモロコシ、じゃが芋、コッペパンでの売り上げ。月に500万円ほどは利益が出ている」
「ん? お前の市場での売り上げは入れてないのか?」
「それがなぁ……そこが問題なんだよ。盲点があった」
ため息をついてしまう。想定外のことがあったのだ。
「あちし、ピーンときたにゃ。廃墟街の市場は閉鎖的なのが問題だニャ?」
はいはい、わかりましたと猫娘が挙手して、フフンとドヤ顔になるがそのとおり。名探偵でなくてもわかる帰結。
「外から客が来ないとだな。俺の市場って、俺が給料を払ったやつが、その金で買い物をしていくだけだから、まったく金が回らねぇんだ。ごっこ遊びだぜ、このままだと」
腕組みをして、嘆息してしまう。人口が増えれば、独占できて良いんだろうけど……なんだかなぁ。俺の目指す市場じゃない。
「うむ……話はわかりました。たしかにたんに我らの間でぐるぐると金が回っているだけ。将来性皆無ですな」
「良いんじゃないっすか、それで?」
勝頼君は理解したか。お気楽な返答の大木君、お茶を入れてきてくれ。
「そうなんだよ、廃墟街の連中は俺に雇われるしかないからな。このまま人を増やしても一緒だ」
金が無いから廃墟街にいるわけだし、廃墟街にいるから、外街ではろくな仕事にありつけないわけだ。俺が雇うしかないわけ。
俺の市場で買い物をしてお金を戻す。外街の闇市場に行って必要なものを買う。貯金する。うん、俺の金は目減りするだけだよな。実際は違うんだけども、そんな感じがするじゃんね。
「お好み焼きを焼く鉄板とか、寸胴鍋といった初期投資もしているからな。それに畑の開墾や廃墟の家屋の解体やら掃除代。現状それらを加えると200万ほど赤字になる。人を一気に増やしたツケだな」
3倍に人口を増やしたからなぁ。それに噂を聞いて合流してくる集落もあるし。企業の設備投資費って、意味があったのな。
「なるほどねぇ。なら、闇市場にどんどん売り物を増やせば……そうか、お前の持つ市場をなんとかしたいんだもんな。これは難しい問題だぞ?」
腕組みをして、難しい表情になる信玄。たしかに言いたいことはわかるよ、生産拠点を目指して、闇市場に売り物を売れば簡単に黒字になるだろう。だが、俺は市場を作りたいのだ。市場って、俺だけじゃ作れないと理解したんだよ。
「と、いうわけで外街の奴らに来てもらおうと思う。安全な街道になったから、どうせ片道1時間だ。定期便馬車を作りたいが、信玄のレベルは1だしな。数便ってところか。後々レベルアップの修業はしてもらうとして、だ。天津ヶ原市場は安全安心だと、将来性のある市場だと皆に宣伝しようぜ。テナントを誘致して俺以外の会社も加えるんだ」
「どうやってにゃ? 外街の連中は廃墟街の市場に来るわけないにゃよ?」
「そりゃ簡単だ。外街でも底辺の商人を集める」
「使い物になるのか? そんな奴らは俺たちを見下しているぞ?」
花梨も信玄も否定的だが、それは少し違う。奴らは見下せるものを見下すのさ。己の価値観でな。
「そういう奴らだからこそ、だ。清廉潔白の人の良い商人なんて誘致は無理だろ。小物を迎え入れるしかない。その中で性根を改めてくれる奴が良いが……。俺の予想通りなら多少はマシになるだろうさ」
手持ちのカードでやっていくしかない。こちらはそのカードすら手に持っていないんだがな。
疑わしい表情をしている部下へと俺は余裕の笑みを浮かべて見渡すのであった。




