50話 収穫
真夏の陽射しも衰えて、残暑と言われる8月の下旬。
廃墟を片付けて、家屋を解体して、森林を切り開き、土地を耕し、田畑へと変えて、種植えをして
ようやくトウモロコシの収穫となった。防人は制圧した土地との間にあるゴブリンのダンジョンをあれから3個破壊して、その周りも、張り切った雫さんが人間草刈り機として活躍。田畑も増やし、ひたすらトウモロコシの種もストアで交換し、種植えを頑張った結果である。
『刑事さん。私の妻はどこに消えたんでしょうか。いつかわかれば良いんですが。ふふふ』
『雫さんは妻帯者の女の子だったのかな?』
『古典な名作なんですよ、トウモロコシの下には行方不明の奥さんが寝ているかもなんです』
ふふふと、腕を組み怪しく笑ういつもの雫さんに苦笑しながらも、目の前の光景に顔を向ける。
畑の前に立ち、丸々と太っているトウモロコシを見ていた。さすがはダンジョンコアの作物。豊作である。
その周囲には大勢の人々が収穫をするようにとの社長の言葉を今か今かと待っていた。
防人の拠点の者たちだ。信玄、勝頼、大木たちが各拠点を制圧して集めた人々もいて、その表情に悲壮感はなく、期待に満ちている。
ふむ、と俺は顎に手をあてながら、口を開く。
「トウモロコシって、こんなに収穫できるんだなぁ」
「そうだな。こんなに増えるなら、トウモロコシをもっと早く育てりゃ廃墟街もマシになったのかもな」
うんうんと、信玄と共に頷く。トウモロコシって凄く育つのな。
感心する俺の前には4メートル程の高さの茎を伸ばすトウモロコシがあった。実が1つのトウモロコシにつき、10個ほども実っている。しかも丸々と太っていて抱えることが難しい程の大きさ、1つもいでみるが、びっしりと黄色い実が詰まっており、甘くて美味しそうだ。生でも食べられそうだぜ。
「あの……これはおかしいですよぉ。トウモロコシって、こんなにトマトとかみたいに実がたくさん実らないんですぅ〜。コアストア産って、豊作と呼ぶのもおこがましいほどの実りですぅ」
冷や汗をかきながら華が言うけど、そんなものなのか。子供の頃にトウモロコシ畑とか見たことあるし、映画とかでも見たことはあるが、人間が隠れるほどだと覚えているぜ。どうやら違うみたいだが。
まぁ、良いだろ。豊作になればなるほど嬉しいもんだろ。
畑の周りに待機する人々へと視線を向ける。制圧した土地から集めてきた人々はもちろん、前からの住人たちも、ワクワクと期待に目を輝かせていた。制圧して連れてきた人々も当初は奴隷扱いされるとでも思っていたらしいが、普通に住人として集められたと聞いて、仕事があり、飯にありつけると理解して、今では喜びの笑みを浮かべている。
「よし、お前ら。では社長命令だ。ここにあるトウモロコシを全部収穫しろ! 鍋の中には湯が煮えているからな。さっさと収穫して、トウモロコシパーティーといこうじゃないか」
ニヤリと笑って、指示を出すと、待機していた人々は辺りに響き渡る歓声をあげた。
「お〜っ!」
「どんどん採るぞ〜」
「大きいのを採ってやる!」
わあっと、人々はトウモロコシ畑に我先にと入っていき、トウモロコシをもぐと、戻ってきて焚き火の上でグラグラと煮えたぎっている湯に入れる。茹でるまで待てない気の早い人は、そのまま艷やかな黄色の粒へとかぶりつく。
「うめぇ!」
「汁気がたっぷりだ!」
「こんな物があるんだなぁ」
とれたてで、皮も柔らかく、口の中に瑞々しい果汁のような汁が溢れて、顔を綻ばせて、むしゃむしゃと夢中になって食べ始めていた。生でも充分美味しいらしい。
茹で上がった熱々のトウモロコシも、鍋から取り出されてかぶりつく。
「熱々だ!」
「茹でた方が甘いな」
「昔は普通に食べていたよなぁ」
「あみゃい〜」
それぞれ仲間内で輪となって座り、皆は和気藹々とお喋りをしながらトウモロコシを味わっていた。
「じゃが芋も茹で上がったぞ〜」
「塩くれ〜」
「バターがあればなぁ」
「おいしーよ、おかあさん」
「本当に美味しい物が食べられたわね」
茹で上がったじゃが芋をザルに乗せて運ぶおばちゃん連中。それにワッと人々は群がり食べていく。
「良いのかよ? 今回の収穫の半分は食われちまうぞ?」
信玄が俺を見て聞いてくるが、初めてのまともな収穫だ。味わわせてやりたい。自分たちが作った最初の記念すべきトウモロコシを他人に売り払うなんて悲しいだろ。
「良いだろ。天津ヶ原コーポレーションの収穫祭ってやつだ。トウモロコシと茹でたじゃが芋の寂しい野外パーティーだがな」
寂しい限りだ。薄れかけた俺の記憶には、収穫祭とか祭りと名がつくものは、屋台が連なり、子供たちは小遣いを握りしめて、何を買おうか迷い、大人たちは酒をかっくらい、焼き鳥やら酒のつまみを食って大騒ぎする。そんなのが祭りだと思うんだ。
だが、今はトウモロコシとじゃが芋のみ。祭りと呼ぶのも躊躇うぜ。
「そうかねぇ。儂には昔の祭りよりも、こいつらの方が幸せに見えるけどな。きっとどんなご馳走よりも美味いと思っているはずだ」
そう言う信玄の目は、目の前の光景に感慨深い表情をしている。廃墟街で、こんなに大勢の人間が集まり、安心した表情で安全な中で飯を食べる。そんな光景が来るとは思ってもいなかったが、今それは現実となっていると。
「信玄……お前、少し臭いぞ」
「てめえはもう少し年長者を敬え!」
「俺も年長者と呼ばれる側になる時も近いからなぁ。もう敬うのは無理だな」
信玄は半眼になって、怒るフリをしてくるので、スマンとニヒルに笑い肩をすくめてみせる。
クックと可笑しく思い、ついつい笑ってしまう。だが、その信玄の言うとおりだろうよ。いつかこの時を思い浮かべて、この祭りが楽しかったと昔話に花を咲かせるネタになってほしい。
きっと、未来は今よりも良くなって、昔は食べ物は少なかったが、収穫祭は楽しかったとか、歳をとってから話してほしいんだ。
妻が横にいて、子供たちが腹を空かせることなく暮らす。そんな世界だ。……まぁ、皆が笑顔で暮らせる世界なんて、理想めいたことは思わないがね。ダンジョンが現れる前の暮らし。格差は必ずあるし、決して幸せなことばかりではないと知っているし。
だが、奪い合い、殺し合い、どこかの廃墟の陰で野垂れ死ぬなんてことはないようにしたい。それが解消されるのが俺の望みだ。世界の救世主としてな。
「来年も同じように収穫祭をしたいもんだ。次はもっと品数を増やしたいぜ」
「頑張るしかないだろう。儂もせいぜい老骨に鞭をうって手伝ってやる」
信玄の言葉に、ありがとうよと、答えながら俺も食べるかとトウモロコシの収穫に向かうのであった。
『もちろんパートナーたる私は精一杯お手伝いしますよ。目指すは世界支配!』
ビシッと指を翳して、フンスとその愛らしい顔を決め顔にする雫に苦笑する。
『いや、しないから。安全を確保して、ダンジョンの攻略が適宜できるようにして、市場をいくつも建設する。田畑を作り家畜を飼いながら、糸でも織れば、世界は少しずつ良い方向に変わるだろ。仕事が多すぎて、人が足りなくなるほど景気が良くなれば万々歳だぜ。とりあえず俺の会社がモデルケースになるのが最善だな』
『妥当なところを目指しますね。そう上手く行くでしょうか?』
『そこは期待してるぜ、パートナー。俺たちならきっとできるさ』
『ふふっ。そうですね。もちろん最強も目指して貰います。目指せ、ダンジョン完全制覇』
柔らかい笑みを浮かべる雫に、完全制覇は怖いなと苦笑をして、畑に入りトウモロコシをもぎ取る。うん、美味そうだ。
雫はトウモロコシを持って、のんびりと鍋へと向かう防人を囲む人々を眺めていた。つまらなさそうな表情で、笑顔の人々をあしらいながらも、雫は防人が満更でもないと知っている。
『世界に経済を復活させて、ダンジョンを管理し、再び人類の復興を目指す……素晴らしい考えです』
幼女によじよじと登られて、子供たちに手を引かれている防人。その平和な光景は眩しいほどだ。この光景が全世界に広がれば、きっと人類にとっては喜ばしいことなのだろう。
いつもと違い、防人から離れた場所にて静かなる瞳で眺めながら、雫は冷たき声音で一人呟く。
『ですが、経済復興だけでは駄目なのです。そのようなことを行わなかった国がいなかったと本当に思っているとは、防人さんも考えていないでしょう』
独裁的な強い国ならば、人口が多い国ならば、犠牲を顧みなければ、軍の支援の下に多くの高スキルレベル持ちを抱えて、低レベルの者たちと共にダンジョンを管理することができる。
論理的に考えて、最善の策を取ることが可能なのだ。人々の感情を無視し、躯を積みあげれば。合理的で効率的に攻略できる。それを成した国はいくつもあった。
ドラゴンをミサイルではなく、人の身で倒し、ゴブリンの湧くダンジョンを低レベルのスキル持ちたちが潰していく。クラフトスキルを用い、多くの魔法武器や道具を作り、好景気が訪れて、他国を支援するほどの余裕ができて、ダンジョンに対する勝利宣言を行おうとしていた。
そう、宣言をしようとしていた。
だが、宣言をする寸前に、ドラゴンよりも強力な魔物を生み出すダンジョンが現れた。もちろんその国は勝利した。ドラゴンよりも強力な再生能力を持ち、強固な皮膚を持ち、高い火力を持つ魔物相手に。
これまではミサイルの数発で倒せていたドラゴン。高レベルスキル持ちが支援の下で犠牲を出さずに倒していった戦法は、しかしあまり通じなかった。
一発数千万円するミサイルを数十発撃ち込み、高レベルスキル持ちが少しだけ被害を出してその魔物たちは倒せた。
多くの魔物たちが、全てその強度で出現した。その国の各地にと。毎日数十億の価値を持つミサイルが消費され、数百億の兵器が失われて、苦労して育てた高レベルのスキル持ちが少しずつ少しずつ削られていく。
慌ててダンジョンの入り口を封鎖して、化学兵器を使い、迷宮自体を吹き飛ばそうとしたが、コンクリートで埋めようとしても、魔法合金で扉を作っても、その魔物には効かなかった。
辺りの土地を汚染するほどの化学兵器は、ただの空気とばかりに効くことはなく、コンクリートは砂のように崩されて、魔法合金は何回もの攻撃に耐えきれずに破壊された。
ジワジワと削られていく国力の中で、トドメとばかりに、より凶悪な魔物が現れた。新たなるドラゴン。もはや高レベルのスキル持ちが多数敗れ、ミサイルも通じず、最終手段をとった。
しばらくしたあとに残ったのは、放射能で覆われた半分の大地、焼き尽くされた残りの土地、数十億を誇っていた人口が数百万人まで減らされて、ダンジョン勝利宣言をするはずだった国は崩壊し残骸だけが残った。勝利宣言をしようとした僅か5年後の話であったと知識には記されている。
『所詮は敵の手のひらで戦っていると人類は気づきました。敗北は決定づけられている。敵はガラスケースに入った蟻の巣を眺めて楽しんでいると』
気づいた人類は考えた。
『人類では勝てない、と。ガラスケースから蟻は逃れることはできないと』
その瞳に深い光を宿らせて、防人をジッと雫は眺めていた。
その表情は誰にも見られることはなかった。唯一見れるはずの防人は離れており、気づくことはなかった。
どんな表情を浮かべているのか。