49話 生産
天津ヶ原コーポレーション本社、現在人々がせっせと修復して、掃除を行い窓ガラスを拭いて住める場所へと改装されている。
その中で、住居は10階から下、15階から11階は倉庫や研究室として使用されている。その研究室にて初期の社員である純は目の前にある鉄パイプを手に緊張気味となっていた。
研究室といえば、聞こえは良いが、実際はガラクタやゴミを片付けて、掃除をして綺麗にした11階にあるただの元オフィスなのだが。長机とパイプ椅子が置かれており、そして鉄パイプがたくさん机の上に積み重なっていた。
純の他にもいつもの自分のグループが集まっており、華がオロオロとこちらを見てきて、幼女が防人さんの膝の上に乗って足をパタパタさせていた。
「そんなに緊張するなよ。そこらの鉄柵からもぎ取ってきた物だ。失敗しても代わりはたっぷりあるから」
「たくさんありゅ!」
食うや食わずだった俺たちを拾ってくれた恩人でもある社長の防人さんが椅子に座ってのんびりとした口調で言うが、初めてなのだから仕方ないと思う。初めてレベル1のスキルを使うのだから。
仲間の幼女も防人さんの真似をして元気に声を掛けてくれるので、少し肩の力が抜けて緊張が解ける。
すぅはぁと深呼吸をすると意を決してマナを手のひらに集める。
『金属加工』
その言葉に合わせて、鉄パイプが僅かに柔らかくなっていく。ジワジワとその形が粘土のように溶けていく。本当に少しずつだ。集中力を切らせたら失敗するだろう。
10分ぐらい時間が経過した頃に、鉄パイプは鋭い刃の穂先となっていた。今までと違い50センチ程度の加工ができていた。
そのことに、スキルを使った自分ですら驚いてしまう。
「すげぇ! 俺のスキルが数百倍の効果になっているや!」
今までは数センチ程度の刃先しか作れなかったのに、一気に数百倍の効果だ。これなら簡単にナイフとかも作れると歓喜の声をあげる。
「おめでとう純ちゃん! でもね、たぶん数百倍じゃないよぉ」
「え? そうなのか?」
数センチから50センチ。数百倍じゃないのだろうか? いまいち算数はわからないが、華がそう言うならそうだろう。
「マナ残量はどうだ?」
相変わらずのナイフのような鋭さを見せる視線を防人さんが向けてくるので、慌ててステータスを見る。
「218が208だから……えっと10減ってる!」
「そうか、なら結構使えるな。良いだろう」
ニヤリと口元を曲げて頭を撫でてくれる防人さんに、少し照れながらも嬉しく思う。
スキルレベル1って、凄いんだなと、自分で作成しておきながら、驚きだ。
「で、だ。『金属加工』なんだが、鍛鉄もできるか? 悪いが、槍の穂先なら良いが、農具に使いたいんだ。このままじゃ使い物にならん」
せっかく作った槍の穂先だが、お気に召さないらしい。たしかにこのままだとすぐに折れ曲がるし、使えないと自分の頭の中の知識が教えてくれていた。
「鍛鉄? え〜と……うん、できるって、頭に知識がある! 不思議な感じ! あ、でも鍛鉄もマナを使うよ? しかも大量に!」
「あぁ、別に構わない。その知識って、鍛冶をやろうとしたらできるか?」
「うん、わかるよ。どうやって鍛鉄すれば良いか」
「なら、大人にその知識を教えて、鍛冶職人を育てたいが……炉がないんだよなぁ。まぁ、良いや。それじゃ、鍛鉄したあとに、鍬を一つ作ってみてくれ。後からまた来るから」
椅子から立ち上がり、防人さんは手を振って華と一緒に外に出ていった。
「私も畑を育てるの頑張るねぇ!」
「おぅ! 頑張れよ!」
むんと手を握りしめて、フンスと気合いを入れる華に、離れて行動をとることに寂しさを覚えながらも、鉄パイプの山を見て気合いを入れる。防人さんのために頑張らねばならない。
スキルレベルアップポーションという物をもらったし! それとステータス200アップポーションも。マナに全振りするようにと言われて振ったのだ。秘密だぞと言われて。特に猫娘には言わないようにと。聞かれたら毎日ポーションを飲んで、魔物を倒しまくって鍛えたと答えるように言われている。実際にスライムや大鼠をほぼ毎日倒しているし、初期ポーションも甘いので毎日飲んでいるから嘘じゃない。
「きっと1000回ぐらいスキルが使えるようになったな。ずっと使えるじゃん! 鍬なんて簡単に作るぞ〜」
「がんばりぇ〜」
鉄パイプを持って、純は気合いを入れるとマナを注ぎ始めるのであった。横で幼女がぱちぱちと拍手して応援してくれるから、きっと大丈夫と信じて。
華は畑を作る手伝いをするようにと言われて、防人さんについていっていた。ミケちゃんとその仲間に乗って飛ぶような速さで畑まで移動していく。夏のさなかに、涼しい風が顔にあたって、流れるような光景が目に入って気持ちいい。いつも虎さんに乗って移動したいぐらい。
華は純ちゃんと同じくスキルレベルアップポーションとステータスアップポーションを貰っている。マナに100、他ステータスに25ずつ振ってあり、純ちゃんにはナイショだが、たぶん純ちゃんより強くなっちゃった。
「あの、私はマナに全振りしなくて良かったんですか?」
魔物がいなくなり、影虎を連れて自警団が練り歩いているここらへんは、廃墟街とは思えないほど治安が良い。
道路を疾走する中で、気づいた人が手を振ってくるので、笑みと共に振り返しながら、華は気になっていたことを防人さんに聞いた。
「ん? あぁ、純はとにかく加工スキルを使ってほしかったからな。鍛冶ができる環境でもないし、他のステータスはいらなかった。だが、華は違う。『植物知識』は恐らく畑仕事も必要になるからな。他のステータスも必要となると思ったんだ」
華と呼ばれて、ようやく名前を覚えてくれたみたいだと、嬉しく思いながら、なるほどと納得する。たしかにそうかもしれない。
しばらく影虎ちゃんに乗って畑に到着した。一面切り開かれて、土が掘り返されている。小石が横に山となっているし、切り株を馬で引っ張って抜いていた。既に畝ができている所があって、大勢の人々がじゃが芋を植えようとしているのが目に入る。コアストア産の種芋だ。手のひら大の大きさの種芋を切って、籠に入れて植える準備万端みたい。
「それじゃ華。スキルを使ってみてくれ」
影虎ちゃんから降りた防人さんが部下の人から種芋を受け取り、私に渡してくるので、コクコクと首を縦に振り気合いを入れる。
手に持つ切り分けられた種芋は私が持っても小さい欠片なのに、やけに重く感じられた。ちらりと顔をあげて防人さんを盗み見るが、そのナイフのように鋭い目つきは変わらずに、こちらをなにを考えているのかわからない表情で見つめていた。
失敗はできないと心臓の鼓動がどくどくと煩いほどに音をたてる。
純ちゃんは、あっけらかんとスキルレベルアップポーションとステータスアップポーションを飲んでいたけど、華は貰ったポーションが希少な物だと理解していた。本来は自分が飲んで良いような物ではないとも。
これまで大勢の人々を隠れ住みながら眺めていたが、力のある人間はスキルレベルが1の持ち主が多かった。スキルレベルゼロはたくさんいるが、スキルレベル1の人間はほとんどいない。そんなスキルレベル1の力はというと、ゼロとは比べ物にならないのだ。本来の力を発揮できるのが、スキルレベル1なのだから。
クラフト系統のしかもただの植物に対する知識を持つ自分はスキルレベル1になっても役に立つことは無理なのだろうと思っていたのに、防人さんは他の人を差し置いて、私にくれた。それは作物の収穫に期待を込めているからに他ならない。
ポーションを無駄にしたと思われないようにと改めて緊張を覚えながらマナを使う。
『植物知識』
マナが活性化して、手に持つ種芋の知識が少しだけ理解できる。これは男爵いも!
……煮崩れするから、オデンやカレーには不向き!
あんまり役に立ちそうにない……。けど、育て方がなんとなく理解できる。ほぅほぅ……。理解を深めようとすればするほど、どんどんマナが消耗していくのが感じられる。どうやら、マナを固定で消耗するのではなくて、理解を深めようとすると、消耗していくみたい。
かなりこの種芋は変だと理解できた。
「これ、普通の種芋じゃないです……」
「怪しげなストアで交換できるやつだからな。なにか毒でもあるのか?」
腕組みをして聞いてくるので、ぶんぶんと首を横に振って否定する。毒ではない。
「マナが詰まっているんです。他は普通のお芋と一緒です。芽は身体に悪いです」
知らない知識が入ってきて、興奮気味に口調が早まる。もしかしたら、私のスキルは役に立つものかもと。
「毒ではなくて良かったよ。で、マナが詰まっているとどうなるんだ?」
「成長が異常に早いんですが、植えるときに切って埋めますよね? 一定間隔で埋めるとマナの相互作用が起きて……」
頭に入ってくる知識のままに口にする。きっとこの発見は凄いものだと勢いこんで話を続けて……次に入ってきた知識で尻窄みになってしまう。
「一定間隔で植えると……その……収穫量が少しだけ増えます。たぶん1割にも満たないほどですけど……後、ごめんなさいっ!」
たいした結果ではなかった。頭を下げて謝る。せっかくスキルレベル1にして貰ったのに意味がなかった。泣きたくなり、じわりと涙が瞳に溜まる。2倍に収穫量が増えるとか思っていたのに。
役に立たないのかと、怒られるかと思っていたが
「そりゃいいね。5%増えるだけでも大儲けだ。100個収穫できるのが、105個になるんだろ? 1000個なら1050個。増えた分を種芋にすればもっと増える。よくやったな華」
防人さんは褒められて優しい笑みで頭を撫でてくれた。
「100個が105個……」
「そうだな。5人の腹を満たすことができるぜ」
お腹を空かせた人が、5人もお腹を満たせる……。
「種芋にすればもっとたくさん……」
「そうだな。それに育て方も普通に知識としてあるんだろ?」
優しく撫でてくれる防人さんの言葉にジワジワと喜びが生まれる。そうだ。お腹を空かせた人を助けることができるのだ。それはもしかしたら、私たちのような子どもかもしれない。今日の食べ物も手に入れることができない人たちかもしれない。
「私はもしかして役に立っていますか?」
「あぁ、そうだな。なので、その埋め方をレクチャーしてくれ。そこの奴らをこき使って良いから」
「はいっ! え、と、マナが活性化するのに相互作用が起きる間隔があるんです! それがこの魔法の種芋の特徴なんですよ」
はりきって、説明を始める。私たちは防人さんの役に立っていないかもと、自分たちは庇護されているだけかもと考えていたけど、役に立つことができるのだ。
目の前の結果は僅かかもしれないが、未来の結果は大きくなりたいと、クスリと微笑み種芋を播くのを待っている人たちに説明を開始するのであった。
その結果、張り切りすぎて、疲れてぐったりとして帰ったら、純ちゃんも張り切りすぎてぐったりしていたから、二人で笑いあうことになるのだが。
それは夕方になってからの話だ。