48話 勧誘
真夏の陽射しはまだまだきつく、茹だるような暑さだ。廃墟が広がり、アスファルトが残るこの寂れた世界でも、陽炎がゆらゆらと立ち昇るのを見てため息を吐く。
『暑いのは嫌だねぇ』
『8回繰り返すのも嫌ですよ』
『なんじゃそりゃ』
雫と思念での軽口を叩き合い、目の前の光景に目を移す。
窓ガラスはなく、板で打ち付けられており、玄関も塞がれているボロボロの家屋が周りに建ち並び、蔦が廃ビルに這い、やはり窓には板が、入り口には錆びた車が突っ込まれて、出入り不能となっている。全ての出入り口が珍しく封じられている。なぜかといえば、その中心には学校があった。
5メートルほどの壁があり、ベニヤ板で各所が補強されている。
その壁の上には大勢の人間が立っており、弓を構えてこちらを威嚇していた。
汚れた服にボサボサの髪の毛、疲れ切った顔つきの痩せた人たちだ。こちらを険しい表情で見てきていた。
そして壁の前にも大勢の人たちが立っていた。
『人たちって、平和な言葉ですよね』
『うん、言い方を変えよう。兵士たちだな』
雫さんのツッコミに、半眼となって答える。うん、お互い兵士たちだな。
こちらは長槍を持ち、兵を整列させている。弓矢持ちはいないけど、何人かは銃を手にしている。服は古ぼけていて、汗臭くはありそうだが、汚れてはいない。
戦旗を誰かが作ったのか、天と描かれている。うん、誰だ、あれを作った人は? かなり恥ずかしいんだけど。
睨み合っているのはうちの社員さんたちです、はい。
「我こそは武田信玄! 天津ヶ原コーポレーションの将軍なり! 汝らこの領地は我らが頂いた。降伏せよ!」
馬に乗って、パカランパカランと蹄の音をたてながら門前に現れたのもうちの社員です、はい。
いつもの武将鎧をこのクソ暑い中で着ており汗だくだが、のりのりで長槍を掲げて、名乗っている。
「なぁ、あいつアホなの? 馬鹿なの? うちの会社のイメージ下げないでほしいんだけど」
隣に立つ信玄の息子へと問いかける。あいつ、何やってんの?
「親爺はいつもは隠しているが、武将マニアなんだ……」
「隠してねえよっ! 隠してる? どこらへんが隠していたのか教えてほしいね? あいつ、いつも鎧着てただろっ!」
目をそらしてこちらを見ない信玄の息子さん。俺の目をしっかりと見てから答えてほしいね。ハードボイルドの俺にツッコミ役をさせるなよな。
それに降伏せよって、酷い言い方……
「ふざけんなっ! ここは俺様のシマだ! 帰れ帰れ、撃てっ!」
壁の上にいるボスらしき男が青筋をたてて怒鳴り返す。同時に弓が引かれて、矢が放たれる。交渉する気はないのが明らかだ。廃墟街に相応しい態度だ。信玄の言い方であっているか。
「世知辛い世の中だねぇ」
「うむ……」
信玄たちへと矢が迫り、そして空中で力を失い落ちてゆく。その結果に相手はざわめき驚きを見せる。
「スキルだ! 怯まずに撃ちまくれ!」
ボスは自分の部下に怒鳴り散らし、弓を再び構えて撃ってくる、が無駄なことだ。影蛇の力はただの矢では貫けない。スキル持ちもいなそうだし。
「はぁ〜。ま、これが廃墟街だからな。ここは何人ぐらいの勢力だ?」
「300人程度ですね、壁の後ろは大きめの元小中学校合同の校舎ですね。元々壁が強固だから拠点として使用していたみたいです」
なるほどねぇ、ここらへんは多くの小さい拠点があるんだよな。魔物が多いから、生き延びるために小さい拠点を作って隠れ住んでいるのだ。
数百人単位での拠点が多すぎて、正直把握しきれない。ここも初めて来たよ。
『ゲームだとチュートリアルですよね。小さな拠点を攻略していき、勢力を作るんです。天津ヶ原コーポレーションの旗をたてましょう。私は統率100武力100でエディットキャラを作るので』
胸を張り、フンスと鼻息荒い雫さん。たしかに雫さんはそれぐらいの力を持っているかもな。
『戦国武将じゃねえんだぞ……ったく。さっさと片付けるか。正直、小麦粉余っているし』
ちょっと計算間違えた。小麦粉500kgを純正品で。うん、普通に余り気味。コッペパンは手に入るし、じゃが芋も安く売っているしな。人は小麦粉のみで生きるにあらず。これにトウモロコシも加わる予定だからなぁ。
『お客を拉致して連れてくるんですね、わかります』
『人聞きが悪いなぁ……』
思念での雫さんとのお話をやめて、ふらりと歩き始める。自称将軍の信玄が馬に乗ったまま、余裕の表情で矢が落ちるのを見ているが、それは謙信だから。パクるんじゃない。相手が拳銃持ちの場合はどうなるか知らんからな。
その横を通り過ぎて、扉前に進む。同じように矢が飛んでくるが、気にしない。さて、社長さんのご挨拶をしますかね。
「撃てっ。撃てっ!」
しつこく矢を射掛けてくる敵勢力のボスさん。俺のことを知らないのか……黒ずくめじゃないといけないのか? 今日もシャツにジーパンだからなぁ。なんか昔の教訓の話にあったな。猛将が自分の紅い鎧を初陣の若い男に貸したら、敵が怯むことなく戦ってきて、討たれたという話。
なら、しょうがない。
『影法師』
スルリと影を呼び出して、その身体を包みこむ。黒ずくめのおっさんに真夏の中でなる。
俺の変わった姿に、再度のどよめきが起きる。どうやら、そこそこ俺の名前は広まっているらしい。
「俺の名は天野防人。最近、天津ヶ原コーポレーションというのを設立してな。拠点近くに市場を作ったんで宣伝にきた」
「ぬぅっ! その話は聞いたことがあるが、宣伝?」
「あぁ、どうぞ俺の市場に来てくださいってな。とりあえず、ここを出て、俺の拠点に来てくれ」
市場もそうだけど、畑も開墾したいんだ。人手が欲しいところなんだよな。
「結局、俺のシマを奪うってことじゃねえか!」
「そちらは弓矢での攻撃。俺たちに攻撃は効かない。手はないと思うぜ?」
「うるせえっ! 俺の『拳術』が火を吹くぜっ!」
拳を繰り出しシャドーをする敵のボス。素晴らしい、廃墟街の連中は短気で馬鹿が多いよな。
「はいはい。『武装影虎』」
魔力を込めて新型ミケを召喚する。漆黒の虎が金属の光沢を纏い、陽射しを照り返しながら現れる。
「ミケ。遊んであげなさい」
「ニャン」
『わかりました、宇宙の帝王様!』
ミケが5メートルほどの壁を軽やかにトントンと飛び跳ねて、その上に駆けてゆき、雫さんはなぜか、身構えて含み笑いをしていた。
スタッと、敵のボスの目の前に移動したミケさん。グルルと牙を剥き出して四肢を踏ん張る。
シャドーをしていたボスはその動きをピタリと止めて、まじまじとミケを眺めて
「何これ?」
「ニャア」
「存分に戦ってくれ。猫パンチで可愛らしく相手をしてくれると思うから」
壁を見上げて、猫とのボクシングを楽しんでくれと教えてあげる。俺って優しいね。
ボスは軽く手を突き出し、ミケはシャッと風斬り音をたてて空中を引っ掻く。
「………降伏します」
「そりゃどーも」
猫とのじゃれ合いはノーサンキューらしい。犬派だったのかね。
ぞろぞろと手持ちの荷物を抱えて、制圧した拠点から人々が出ていく。皆、そこまで荷物を持っていないのだろう。抱えることができる程度で予定していた馬に乗せて運ぶということもない。
学校内からそれを眺めて、微妙な表情となってしまう。なぜかというと、もの悲しい光景が広がっているからだ。
「おかーさん、これからどこに行くの?」
「美味しい物があるところよ………」
「大丈夫かねぇ」
「俺たち奴隷にされるのか?」
不安げな人々の横には武装影虎と、部下が護衛についている。その光景にはなぜか罪悪感を抱いてしまう。
「なんつーか、敵の拠点を奪って奴隷として連れていく悪人みたいな光景だよな……」
ボスが持っていた物を回収もしているし、どこぞの盗賊たちに見えるぜ。
「たしかにそうですね、兄貴。あいつら汚い服を着込んで痩せているし、疲れた様子で顔を俯けていますし」
「大木君。君の足に鉄球を付けても良いかな? シマシマ服もプレゼントするぜ」
「希望に溢れる新天地を目指す人々ですよね。俺はそう思います」
大木君があっさりと意見を翻してくるので、フンと鼻を鳴らす。そんなのは俺でもわかっているんだよ。無理矢理なのはな。
だがなぁ、無理矢理移動させるしかないんだよ。
「まぁ、道の途中には魔物がいるからなぁ。ここでいっぺんに移動させないといつまで経っても、こいつらは市場には来れないだろうよ」
腕組みをして信玄が苦笑する。そうなんだよな、近辺で来られない奴は多い。魔物や盗賊が潜んでいるからだ。弱い者はここに来ようとも思わないだろう。家族連れて移動も命懸けなのだから。
「あいつらを集めたら、歓迎会でもやるかぁ? でも、そこまで食糧の余裕もないからなぁ」
天津ヶ原コーポレーションは現在資金繰りが悪化。自転車操業なのだよ。右から左へ金は流れていき手元には残らない。この間の外街のボスから3000万円貰わなかったら、危険なところだった。
買取のための金も必要だから、プール金で自由にできるのって、あまりないんだよな。世知辛いね。
「社長。ここのボスの財産は8万円程度だった。配給券が30枚程度。缶詰は数個に、酒が2瓶」
部屋に入ってきた部下の報告にため息しか出ない。そうなるよなぁ……。
「返してやれ、返してやれ」
手を揺らして返還するように指示を出す。もう悲しくなるぜ。部下が頷き去っていくのを見ながら、机に地図を広げる。昔の地図だが、問題ないだろう。廃墟街の建物は朽ちるか焼けるかだ。新店舗が開かれたことはない。
「小さい拠点の残りも制圧する」
地図には赤い丸がいくつか描かれている。拠点の場所だ。
全て数百単位の住人が住んでいる拠点である。それらを制圧して、住人を集める予定。だいたい3000人ぐらいが希望かな。それぐらいいれば、人を使って様々なことができるだろうよ。
「それじゃ、バラバラに行動をしないか? 今回だって、おめえの新しい影虎がいれば充分だったんだ。俺たちに一匹ずつ渡してくれれば、他の拠点もあっさりと降伏するだろ」
信玄の提案に、たしかにと同意する。小さな拠点は銃も持っていない。弓矢だって、ゴブリンアーチャーの物だ。貧相な装備なのである。
これからは、俺が戦闘に参加しなくても良いようにしないといけないし………。ふむ。
「よし。それなら任せよう。信玄と勝頼、大木で3つの部隊で制圧していこうか。武装影虎2匹、影虎4匹、影蛇10匹程度をつけてやる。それぞれ兵士は30名程。危険だと判断したらすぐに戻ってくるんだな」
「おう、任せておきな」
「うむ。しっかりと制圧してこよう」
「ええっ? お、俺も?」
大木君は腕が良いだろ。任せたぜ。
「その間、お前はどうするんだ?」
「俺は制圧した拠点との間にあるダンジョンを攻略しておく。どうせゴブリンのダンジョンばかりだ」
クラフト系の部下のスキルを上げておきたいからな。たしか子供のリーダーの男の子とその彼女が有用なスキルだったはず。1レベルに上がってもらうとしよう。
これから先、生産業も必要になると思うのだよ。
あと、信玄は名乗りを上げるの禁止な。




