47話 解析
セリカのラボは相変わらず雑然としていた。剣やら鎧に、仮面やら金の仮面やら。床には魔法陣が描かれて、その中心に全身鎧が置いてあったりする。他にもフラスコやら姿見やら、本が積み重なり、整理という言葉をどこかに忘れてきたらしい。
「椅子はここらへんに……あ、あった」
なにやらスクラップが山となっている中から、パイプ椅子を引っ張り出すセリカに苦笑しつつ、猫娘は受け取った椅子を組み立てて座る。
我慢して、謎味ジュースを口にして、喉を湿らす。セリカものんびりとオレンジジュースを飲んでから、身を乗り出す。
「で、なにを手に入れたのかな?」
興味津々の親友に、背負ったナップサックから銀杯を取り出して机に置く。磨いてもいないのに、自分の姿が映る程の綺麗な銀杯だ。魔法の力を持つとひと目でわかる仄かな光を放っている。
「これは……?」
「廃墟街の友人がダンジョンをソロで攻略した時に手に入れた物にゃ。これを鑑定してほしいにゃ」
セリカの持つ唯一無二のスキル『鑑定』だ。このスキルの力により、彼女は様々なアイテムを作ることができたと言えよう。低レベルでも使えるアイテムのアイデアが浮かぶのは、『鑑定』スキルで事細かに有用な使用方法を解析できるからだ。そう言われている。
セリカは銀杯に手を翳して、マナを練り始める。
「はんにゃーら、そんにゃーら、とかべがふんだー」
ひらひらと手を揺らして、セリカは『鑑定』を使用した。マナが輝き、銀杯を覆う。
「いつも思ったけど、へんてこな詠唱にゃ。というか、いつも詠唱違わない?」
「これは由緒正しき詠唱だよ。っと、この銀杯の性能がわかったよ。その名は祝福の酒杯。能力は僅かに回復と健康を飲んだ者に齎す。本当に僅かに」
「僅かににゃ?」
「そうだね。かすり傷程度しか治せない。1日に1回しか使えない」
なんだぁ〜と、がっくりとしてしまう。やはりたいした性能ではないようだ。飲んだ効果が微妙すぎる。
だが、その言葉にセリカはニヤニヤと面白そうな笑みを浮かべて花梨を見てきていた。なにかおかしいことがあるのだろうか?
「いや、これは戦争になる代物さ。初めて見たけど、この酒杯は使う度に僅かに健康になるんだ。痩せすぎな者は太り、太りすぎている者は痩せて、ハゲは産毛が生えてくるんだよ。成人病の予防にもなるんだ」
「まじかにゃ? そんな効果があったら、お偉いさんが皆欲しがるにゃよ! お宝にゃ!」
きっと高く売れる。もしかして数十億にもなるかもと、ニャンニャン踊りをする猫娘。猫耳をピクピクと震わせて、尻尾をゆらゆらとダンシング。
だが、冷え冷えとした目つきのセリカにピタリと踊りをやめる。なにか嫌な予感がすると猫の勘が囁いている。
「なにか問題?」
コテンと首を傾げる花梨へと、コクリと頷くセリカ。問題あるらしい。
「これは破壊した方が良いアイテムだ。金持ち専用のアイテムだから、誰に渡しても君は恨まれる。力のない君は、譲った相手には切り捨てられて、渡さなかった相手には恨まれるだろう」
セリカの言葉にスーッと血の気が引いて、青ざめる。たしかにそのとおりだ。その場合、自分の立場がかなり危うい。
「……そ、そのとおりにゃ! でも壊すのって……あぁァァ。これ、もしかして呪いのアイテムにゃ?」
壊すのは勿体ない。だが、持っているのは怖い。苦悩で頭を抱える。花梨の力は弱い。無駄に敵を作って自身の立場を危うくすることはできない。
うにゃーと、今度は床を転がる猫娘。先程までの機嫌の良さはまったくない。
「フフッ。デブを痩せさせて成人病を防ぎハゲを治す銀杯。僕はランサーになろうかな。魚屋とかのバイトでレギュラーポジションをとるんだ」
楽しそうに銀杯をくるくると手の中で回転させているセリカ。魚屋のバイトがしたいなんて初耳だけど、それどころではない。
「セリカ〜。なにか名案ないかにゃ? あちしはこんな物を持ちたくないけど利益は欲しいにゃ」
セリカの足にしがみついて、泣きすがる。
「清々しいほどの欲深さだねぇ。良いよ、それじゃこれを僕にくれない? 鑑定でたいしたことがないと君から買い取ったが珍しい物なのでと、お偉いさんにプレゼントしようと思う」
「むぅ……セリカの立場を良くするニャ?」
「そのとおり。お偉いさんにはこのプレゼントは垂涎の物さ。その代わりに僕の立場を上げてもらおうと思う」
足を組んで、妖しく微笑むセリカの言葉に考え込む。その場合、自分の立場は? しがない外街や廃墟街を調査する調査員にメリットがあるのだろうか? 誰もがやりたがらない外回りの諜報員。汚れ仕事の自分に。
……汚れ仕事と言いながら、この仕事は気に入っているけどにゃ。防人を始めとして、自分を蔑みの目で見てくる奴らがいないし。最近は市場もできたし。
腹を空かせている人々を見るのは辛かったが、今は仕事があり、ご飯を食べて、幸せになっている人々を見るのが嬉しい。
「僕は外の街への調査権利を勝ち取るつもりさ。それにこの研究所の地位を少し上げてもらい、もう少しマシな部屋を用意してもらう。自由な権限と共にね」
セリカも儲けているといえば良いが、成り上がりの下層出身だ。元から金や権力を持っている一門のエリートなどは、冷ややかに見ているし、セリカは付け届けをいつもしている。
戦闘服を一手に受注しているが、その仲介と称する中抜きに、素材の調達などで、金持ちたちは複雑に絡む触手のようにセリカの開発から利益を奪い取り、そして、それにセリカは抵抗できない。力を持たないからだ。
彼女は大勢のスキルレベルゼロのクラフト持ちを雇っている。その人件費を考えると、利益もそこまで大きくないだろう。
その状況を少しでも変えようとしているのだろう。だが、自分にもメリットは欲しい。
「外にゃぁ〜……で、あちしのメリットは?」
「君を調査員としてご指名する。なにかを手に入れるのに、君の権限じゃ難しいだろ? どこかに横流しするにもさ。外街に調査用の会社を作るための資金を提供するよ。君が社長になれば良い。僕もその方がやりやすい。そのついでに外の情報を流せば、諜報員としての仕事もできるだろ?」
ふ〜ん、とその提案に深く考える。自分が会社の長になる……。数人程度の会社だろうが、それは良い考えだ。物資流通も少しばかりできるかもしれない。
「それ良いにゃね! とっても良い考えにゃね。乗った! でも、そう上手くいくにゃ?」
「大丈夫、こういう交渉は慣れているからね。それに絶対はないから、約束はできないけど」
「交渉は水物だし、どうせタダで手に入れた……あにゃにゃ」
慌てて口を手で押さえる。余計なことを言ってしまった。だが、その言葉をセリカは聞き逃さなかった。眉根を寄せて、多少真剣な声音になる。
「これをタダで手に入れたって? 魔法の道具なのに?」
「あ、ははは。どうせ廃墟街では捌けないって貰ったにゃ」
「その効果もわからないのに?」
「いや、試したにゃ。一度飲んだけど効果がビミョーだったから興味を持たなかったにゃよ」
「ふ〜ん……」
銀杯を眺めながら、セリカはなぜか難しそうな表情となる。たしかに銀杯だ。タダで渡すとは信じられないのは無理もない。だが、銀はもとより金も宝石も廃墟街では無価値な物だ。買い取りを求めても足元を見られて二束三文になる物だからだ。
悲惨な廃墟街のルールを知らないセリカでは戸惑うのも無理はない。
「その子はソロでダンジョンをクリアしたんだよね? どうやってクリアしたんだろう?」
「防人は影の使い魔を使えるにゃ。だから、階段まで偵察に向かわせて、22式自動小銃を使って、一気にクリアしたと思うにゃよ。それに子供じゃない。中年の男性にゃ。聞いた話だと力を求めて20年も魔物を狩り続けた男にゃ。なかなか渋くてかっこいい男にゃよ」
「なんだ、花梨は年上が趣味だったんだね。……ふ〜ん、生え抜きの男かぁ。ねぇ、その男のそばに……いや、そんな男ならいるわけもないか。自分の強さを求めるだけの人間なら邪魔にしか思わないはずだし」
悩むセリカに花梨は首を傾げてしまう。なにか気になることでもあるのかにゃん?
「気にしなくても良いか。どうせソロでそんなことをする奴は近いうちに死ぬだろうし。とりあえず、銀杯を上手く使っておくよ。交渉は早めにしておく。この銀杯は半年保たずに壊される曰く付きだしね」
「? 初めて見たのにそこまで鑑定できるにゃ?」
「……あぁ、『鑑定』スキルというのは万能なんだ。とりあえず、前金としてお礼を渡すよ。タダで貰うのは気が引けるからね」
よっ、と椅子から立ち上がると、ゴミ山のように机に山積みとなったガラクタに手を突っ込むと、ガラス瓶を取り出す。
気軽な感じで放り投げてくるので、慌てて受け止めて、ガラス瓶を眺める。チャポンとルビーのような紅い色の液体が花梨の顔を映す。
「……これもしかしてステータスアップポーションにゃ!」
「うん。あまり効き目がないやつだよ。200程度のステータスが上がるポーションさ」
ポーションの瓶には小さな刻印が入っている。なんと刻印されているかはわからないが意味するところはわかる。
ステータスアップ200アップだ。たしか。
「君にはまだ効果があるはずさ。ぎりぎりかな?」
「こんな高価な物をそこら辺に転がしておく神経を疑うけどにゃ」
蓋を開けて、すぐに飲み干す。甘い味が口内に広がり、ステータスに200のポイントが記載される。
「前も言ったけど、体力と筋力は同じ数値にしておくこと」
「それは本当に意味があるにゃ?」
出会った頃の自分にステータスポーションをくれた時から、こっそりと教えてくれたセリカ理論。内街では気にされたことがない理論だが、セリカは気にしていた。
「少しぐらいなら問題ないけど、ダンジョンコアから強化系スキルを手に入れて体を壊されるのは困るんだよ。君は僕の大切な親友だからね。これから先のことも考えると気をつけてほしいんだよ。君は様々な情報をくれるしね」
「そんにゃぁ〜、情報を頼りにされるのは嬉しいけどにゃ。にゃふふ」
照れちゃうニャアと、猫娘がニャンニャンと顔を洗うように照れるのを面白そうにセリカは眺めていた。
「ふふ。僕の味方は大切にしておかないとね。ほら、僕って家族もいないし、親族もいないからねぇ」
セリカの家族は3年前に死んでいる。ちょうどセリカがその力を見せて台頭し始めた時に、ダンジョンから溢れ出た魔物によって。ダンジョンがそこにあると誰も気づかずにスタンピードが発生したのに巻き込まれた。内街では珍しい話だ。
「そうにゃね。あちしはセリカの大切な親友だからにゃ」
「ありがとう、花梨。そう言ってもらえると嬉しいよ」
窓から入る逆光がちょうどセリカの顔を照らし、その表情は見えなかったが、きっと微笑んでいるのだろうと、花梨はニコリと微笑むのであった。