45話 効率
そろそろ日が落ちてきて、夕闇が世界を覆い始めてくる。窓から外を見ながら、防人はあくびをしつつ、のんびりと寛ぎながら、ウィスキーでも飲むかと、グラスを棚から取り出し、とっておきを注ぐ。
トポトポと深い茶色の酒がグラスに満ちて、指先をトンと飲み口につける。グラスの中にふわりと完全に球体の氷が出来上がり、カランと氷の奏でる音がした。
グラスを取り上げて、一口飲んでソファに凭れかかる。
「ハードボイルドじゃね?」
ニヤリと笑うおっさんに、クスリと雫はおかしそうに笑い、宙をくるりと回転して妖精のように楽しげに舞う。雫のような美少女が舞う姿は美しい。
『私にとってはいつもハードボイルドなのが、防人さんですが』
「嬉しいことを言ってくれるね。で、『魔法最大効率変換』を取得させた理由。教えてくれるか?」
防人の言葉に、雫は舞うのをやめて、面白そうな表情で人差し指を振るう。
『防人さん、私は『闘気法最大効率変換』をマナをロスせずに闘気に変換できるスキルだと言いましたよね?』
「あぁ、かなり便利なスキルだ。これを手に入れたことにより、俺たちの力は数段上がったな」
『そのとおりです。私もそう思っていました。で、防人さん? 貴方は闘気術スキルレベルをすぐに上げましたよね?』
こちらにからかうような笑顔を向けてくる雫に戸惑う。たしかに身体に闘気を巡らすだけで上がったけど? ん? あれはもしかしておかしかったのか?
『お気づきになりましたね。そうなんです。本来は少しずつ敵の闘気を手に入れて、レベルを上げていきます。今までのスキルレベルの上がり方と同じなんですよ』
「敵から闘気も吸収できたのか………」
『マナを吸収して、肉体とマナ系統スキルを上げられるように、闘気を吸収して闘気系統スキルを上げられます』
そういうカラクリだったのねと納得する。なら、俺の闘気術が上がってもおかしくない? 今までの敵からも吸収していたはずだ。闘気ってのは生命力だからな。闘気術を使用しない敵でも僅かながら持っていたはず。
『そのとおりです。ですが、一気にレベルアップすることなんてあり得ないはずなんですよ。その身体に巡る闘気は徐々に馴染み、レベルアップする、はずなんです』
「俺はレベルアップしたよな? なにかコツが……そうか、効率的に巡らせた? ロスなく身体に巡らせることができた?」
話の流れが理解できた。……それは凄い話だ。このスキル、信じられない力を持っているぞ!
理解できたことに興奮を覚えてしまう。マジか、それならば、魔法最大効率変換を取得させたこともわかる。
『スキルで存在しない唯一のスキル。それは『鑑定』なんですよ。そのため、スキルを解析するには検証につぐ検証を繰り返す必要があります。スキル名からだいたい想像できますが、それを検証で裏付けします。闘気法最大効率変換は、マナから闘気に変換ロスなく変える。その裏付けも取れておりましたが……』
「たしか、マナ最大攻撃力変換……とかだったか? それがあるからわからなかった? 魔法最大効率変換で……わからなかったのか?」
『はい。そのスキル持ちの人は前線にでませんでした。闘気術を持たないのに、魔法最大効率変換を持っていても意味がないですし、他のスキルは戦闘向けの物を持っていなかったですし』
なるほどねぇ。と、すると、もはや対極となる闘気法最大効率変換で裏付けが取れていたスキルだ。無理に解析の必要なしとなったと。
『今まで経験値取得1000倍とか、吸収マナ1000倍とかありましたよね。経験値取得は意味はなく、吸収マナ1000倍は己の身体が耐えきれずに、魔物へと姿を変えました』
「成長力を上げるずるいスキルは存在しても、致命的欠陥を抱えていたな」
命を失う致命的な欠陥から、まったく意味がないスキルまで。
『そのため、成長に対するスキルは存在しないと考えられていました。ですが……最大効率変換は、己の中のマナや闘気を最大効率でレベルアップに使えるんです! 効率、という言葉から自身の限界を超えることなく。安全に! たぶん吸収しているマナや闘気のレベルアップへの変換率も低かったはず。それも効率的に変換できるはず! 致命的な欠陥は、長く戦わなければ気づかないことです!』
興奮してくるくると回転する雫さん。たしかに物凄いスキルだと、俺も興奮してしまう。効率的、それは手持ちのカードを使うだけで、決して限界は超えることはない。今まで数十万の経験値的なものが必要だと思っていたが、もしも変換効率が1%とかだったなら? 今は100%だとしたら?
『これこそチートスキル! だから、防人さんは体内に眠っていた闘気だけで、スキルレベルが3になったんです。恐らくはレベルアップの効率も、防人さんが魔法関連でスキルレベル3になっていることから、さらに上がりやすくなったのでしょう。既にできた道筋を辿るのは楽のはずですからね』
「と、なると俺は次のレベルアップは早くなるな? 数十年単位から、数年……いや、もしかしたら数カ月?」
素晴らしい。さらに最強を目指せるだろう。
『貴方が闘気術を僅かな時間でスキルアップさせたことから、私はずっとその可能性を考えていました。そして、意識したことで、防人さんはさらに理解を深めたのでは?』
「そうだな………」
すぅ、と深く息を吸い己の中のマナを感じ取る。名前のとおりに効率変換は体内の力を効率的に変換させる。吸収時も効率的に吸収する。そしてスキルを上げる行動も効率的になるはずだ。
深く深く己の魂に眠るマナを感じ取り、己の身体に巡らせる。ひとつひとつの細胞へとマナを巡らせて、新たなる無魔法の力に変換させていく。
己の身体が熱くなり、マナが可視化できるほどに辺りに満ちる。
雫はその光景を静かに微笑みながら、ソファに座り目を瞑る防人を見つめていた。夕闇の中、防人の身体は輝き部屋を照らしていく。
辺りを眩しいほどに照らし、雫が手を翳して目を細める中で、溢れ出たマナは急速に防人の体内におさまっていった。
スッと目を開くと防人は穏やかな声音で呟く。
「無魔法を理解した。スキルレベル3になったぜ」
『おめでとうございます。私も喜ばしいです。では、私も新たなる力を手に入れましょう。たしか、Gレアコアがありましたよね?』
ぱちぱちと小さな手で拍手をする雫。どうやら雫も新たなるスキルが欲しいらしい。
なにを欲しがるのかなと、スキル一覧を呼び出す。どれも簡単な低レベルスキルだ。汎用的で、そのために致命的な罠もない。
『『体術』をお願いします。戦闘術に体術を重ねれば、武技の効果も上がりますし、体捌きも敵の行動予測もさらに精度を上げることができます。本来は体術スキルを取ってもスキルレベルを上げる必要があるので取る気はなかったのですが、効率的にスキルレベルが上げられるとなれば話は別です。積極的に基本スキルを取得していきます』
ご機嫌な妖精は再び宙をくるりと舞い上がり、踊り始める。体術スキルかぁ、俺もとっておこうかなぁ。地味に役に立つ予感がするぜ。柔よく剛を制すってな。あれは、実際は嘘だと思うが。それでも取得するだけ取得しておきたい。……取れればだけど。記憶の片隅に置いておくか。
ポチリと体術スキルを取得する。不思議なことに、雫へとスキルが取得されると意識すると、黒い粒子は俺の影の中に吸い込まれていった。
『では……。『体術』スキルレベル3になりました』
取得した瞬間にスキルレベルを上げてしまうパートナーに呆れてしまうが、俺も大概か。
「『無魔法』ねぇ。使い勝手が良さそうだ。無属性、対魔法の魔法だよな」
スッと手を翳してマナを込める。
『武装影虎』
影の魔法陣が描かれると、影虎が現れる。その姿は漆黒であるが、身体に黒き鎧をつけていた。光を吸収する黒き鎧、そして爪には金属のような爪が被されている。
「うう〜ん、マナを100も使ったんだけど?」
回復したマナがすっからかんになったよ?
『これは?』
「『魔法武器化』だ。それは敵の魔法を防ぐ。敵の魔法によりあっさりと消える影の使い魔の弱点を潰す。魔法武器化はその性質上、物質化するため敵のマナの影響を受けにくいからな。皮膚の下にも使ってあるから、弱い魔法なら跳ね返すぞ」
『使えない無魔法と、あの猫娘は言っていましたが……?』
「あいつ嘘ばっかだよな? 俺を騙して強くなるのを妨害しているんだぜ、きっと」
影魔法が強くなったじゃんね。無魔法は他の魔法と相性が良すぎる。これならば、あらゆる魔法を強化できるだろうよ。
『騙しているつもりはなかったと思いますが……。防人さんのマナの使い方がおかしいんです』
「効率的だろ? 今までの魔法効果時間を数十倍に跳ね上げられるぜ」
ウィスキーグラスを手に持ち、ゴクリと飲んで脚を組む。素晴らしいスキルだよな、最大効率変換。
珍しく雫はキョトンと虚をつかれた顔をする。そんな美少女の顔は極めて可愛らしいので、ニヤニヤと笑ってしまう。
『なるほど。早速スキル内容を理解したんですね。私の理解を超えちゃうとは……。むぅ。私の存在価値を減らさないでくださいね?』
「雫さんは俺の中じゃ存在価値は最高だぜ。知らなかったか?」
頬杖をついて、ニヤニヤと笑ってやる。いつもからかってくるからな。たまにはやり返さないと。
『口説くなら、そこの幼女が邪魔ですね。この幼女がいるということは前に進めないということです』
スヨスヨと眠る幼女を指差して、文句をつけてくるが、耳が赤いのは照れ隠しかな?
「その関係は進めるつもりはないけど、現状の関係は進める。新型影虎はその性能から1カ月は消えないで保つ。永遠に消えない『永遠魔法付与』も欲しいところだよな」
『そのスキルはまだ出てこないですよね。いつ出てくるか楽しみです』
「本当に。待ち遠しいが、とりあえずは今あるカードでやるしかないだろ。まずは他の廃墟街の勢力とコンタクトを取ろう。市場を広げて、田畑を広げる。人口の増加は必要だ」
ニャアと鳴く影虎を見ながら薄く笑う。やはり市場は広くないとな。
「では次の行動を取ろう。北の縄張りを持つボスに会いに行きますか」
夏の間に田畑を広げておきたい。人海戦術でな。
期待しているぜ、にゃんこ。
コロンと転がって仰向けで寝始める影虎を見て、野心の光を眼に灯すのであった。




