44話 欺瞞
自宅へと戻り、防人はパンパンとなっていたリュックを開き、詰めたコアをテーブルの上に広げる。かなりの量のコアがザラザラと流れるように零れ落ちる。
「こあ!」
帰宅してきた時に階下にて遊んでいた幼女が、俺を見て顔を輝かせて、てこてことついてきたのだが、コアを珍しい物を見るように掴んで、キャッキャッとお手玉をしていた。この娘がいるということは……まぁ、良いか。あんまり頼るのは怖い。自らの足で歩くと決めているからな。気休め程度で良いのさ。
「グヘェ〜、重かったにゃ!」
同じくリュックいっぱいにコアを詰めて抱えてきた花梨が猫耳をしおらせて、尻尾をへにょらせて、ソファにバタリとうつ伏せに倒れ込む。だいぶ疲れたらしい。
うつ伏せに倒れ込んだ花梨の尻尾がゆらゆらと揺れて、ちょっと艶めかしい。
『グヘェ〜、重かったわん!』
体をくねらせて、お尻を振りうつ伏せになって空に浮く微少女は見ないことにする。いちいち対抗するんじゃない。何も持ってないだろ雫さんや。お尻を触ったら真っ赤になって逃げるくせに。
苦笑をしつつ、コップを取り出しに台所へと向かう。うしろをとてとてと幼女がご機嫌でついてくる。手伝いをしてくれるつもりらしい。
「ほれ、これを持っていってくれ、それとな……」
こっそりと幼女の耳元にお願いを囁く。
「あい!」
お盆に3つのコップを乗せて渡すと、笑顔でお盆を持って、幼女はリビングルームへと戻っていく。お礼はこれで良いだろ。
雫の簡単な提案を聞き届けたあとに、なにかないかと探す。
棚にしまってあったみかんの缶詰を取り出して、マナを集中させると、魔法を使う。
『冷気』
一言呟くと、文字が薄れているみかんの缶詰に冷気が漂う。一気に冷えたのだ。そのまま人差し指を振るうとリビングルームに向かわせる。冷気のみが部屋を流れていき、エアコンのような涼しさとなる。
「おぉ! なんにゃこれ? 涼しくなったにゃ!」
ソファでぐったりとしていた花梨が飛び上がって驚く。氷の柱もないのに冷えたことに驚いていた。そうだろう、そうだろう。
「冷気という事象だけを取り出したんだ。これで冷えるだけで、壁もカビないぜ」
魔法って、事象なんだと、雫さんが言ってたからな。ピンときたんだ。冷気とかも事象だけを作ることができるって。
「そんなことができるとは……相変わらず変態的魔法使いにゃね。で、事象のみを取り出すとどんなメリットがあるにゃん?」
「壁がカビない。それにこれは氷の柱を配置したのと同程度の効果があるから4時間は涼しい」
「………」
「………」
「他には?」
「ないな。事象だけを取り出すより、炎や氷などを生み出した方が活用方法は多い」
服に燃え移ったり、身体を氷で封じることができるからな。事象だけ取り出してもほとんど意味がない。
「エアコン魔法お疲れ様にゃ」
「どーも」
微妙な顔の花梨の褒め言葉を素直に受け取っておく。褒め言葉のつもりかは知らんけど。
「おちゃです!」
放置しておいた銀杯から祝福の水を湧かせて、幼女がコップに注ぎ、笑みと共に花梨へと手渡す。
「あ、ありがとにゃ……なんでその銀杯から水を入れたにゃ?」
「おみじゅ!」
にこやかに笑顔を見せる幼女に、花梨は口元をピクピクと引きつらせる。先程、銀杯をダンジョンで見つけたと花梨には言ってある。そして幼女の行動はどこかのおっさんがこっそりとお願いをしたからかもな。
その態度から、この銀杯の性能を花梨が知らないことを確信できて、内心でほくそ笑む。
「ありがとにゃん。だ、大丈夫にゃよね、これ?」
「ふむ、大丈夫だろ? なんかいい匂いするし」
3人分にちゃんと分けてくれた幼女の頭を撫でてお礼を言ってから、匂いを嗅ぐと柑橘類の香りがした。レモン水のような感じだ。
缶詰を開けて、みかんの汁とみかんも追加で加えてコップを満たす。
祝福の銀杯ねぇ……。一口飲むがおかしいところはない。僅かに身体が軽くなった感じがしたので、これが健康になるということかと思うが、全部飲まないで3等分したから、効果は薄いのだろう。
「ふ〜ん……たいした力は無さそうにゃね。まぁ、所詮はモスマンの箱から出たもんにゃんね」
ちびりちびりと警戒して飲んでいた花梨だが、異常がないと判断して、クイッと一気に飲み干す。みかんを噛みながら、そのままぺろりと唇を舌で舐めて味わい、自分に起こったことを確認するが、たいした効果はないと判断したのだろう。
「せっかく手に入れたのに、そんなもんか。それじゃ、ここまでコアを持ってくれた礼としてやるよ」
つまらなそうにため息を吐くと、銀杯をぽんと投げて渡す。花梨は慌てて受け止めて、こちらを確認するように見てくる。
「良いにゃ? それでも銀杯にゃよ?」
「廃墟街では使い道がねーんだよ。その程度の銀なら、この市場でもいつか流通できるようにするからな」
フワァとあくびをして、疲れをアピールする。さすがにダンジョンを攻略したからな。疲れたぜ。
「お疲れにゃん。あちしはこれで帰るけど、最後に一つ。今回のダンジョンコアで手に入れた物はなんにゃ?」
おどけながら聞いてくる花梨の視線の奥に狡猾な意図を感じつつ、ちらりと横目で雫を見る。俺の可愛らしいパートナーはそっと一言囁いた。
「無魔法だな」
その言葉通りのことを花梨に伝える。猫娘はその言葉を聞いて、哀れみの視線を浮かべてきた。先程台所で等価交換ストアを使用してダンジョンコアを変換して手に入れておいたスキルだ。
「あちゃあ、またハズレにゃんね。無魔法は支援魔法がほとんどにゃ。『筋力強化』や『防御強化』、珍しいところだと『魔法武器化』でマナの剣を作ることができるけど、剣士でもない防人じゃ使い道ないにゃ、ね」
「またハズレかよ。そりゃ残念。俺は昼寝に入るからここまでだな、またな花梨」
疲れたように首を回すと、そうにゃねと猫娘は手を振ってあっさりと帰っていった。
幼女がいつの間にか、ソファの上で丸まって。スヨスヨと気持ち良さそうに寝ているので、タオルケットをかけてやると、対面のソファに座り肘掛けをトントンと叩く。ふむ……。
『良かったんですか、銀杯を渡して?』
雫が膝の上に乗ってくるので、ちらりと見てから目を細めて頷く。
「良いのさ。これはメリットがある。まず、銀杯を内街の連中はタダで手に入れた。きっと奴らはますます俺を放置しようと考えるはず」
トンと、指で肘掛けを叩く。
『馬鹿な男がせっせと危険な竜の巣から財宝を持ってくる、ということですね? その財宝をビー玉すら渡さずに彼らは貰えると』
「そのとおりだ。金も払わずに、取り込む必要もなくな」
あいつらはメリットがあると考えれば放置してくるはず。常に俺を放置する理由は与えてやらないとな。ただでさえ、ソロでダンジョンを攻略する化け物なんだ。用心しなければならない。その化け物が美味しい獲物を咥えて帰ってくるなら、放置する理由を欲深い奴らは考えるはず。
「次に内街の連中は、少なくとも下っ端は魔法道具の価値をあまり知らない。どこかの美少女さんの方が圧倒的な知識だよな。それを確認できた」
『フフン。頭を撫でてくれて良いんですよ? 褒めてくれて良いですよ?』
調子に乗って、ドヤ顔になる雫さん。そのドヤ顔からは叡智の塊には見えずに苦笑を浮かべてしまう。
だが、すぐに真剣な表情へと変える。
「最後に………花梨の奴。嘘を見極めるスキルを持ってやがるな。確実だ。恐らくはパッシブではなく、アクティブ。回数はそれほど使えない。そしてそのスキルは曖昧な誤魔化しが利く。嘘は言っていないが本当のことは口にしていない。それだけでスルーできる程度だが」
笑いを隠せずに、口元を歪める。あいつが工作員である理由が判明したぜ。あいつはかなりおかしい。欺瞞情報もあるはずなのに、なぜダンジョンに向かった俺をすぐに追いかけてきた? その情報が嘘ではないと確信していたからだ。ならば、なぜ嘘ではないと確信できたんだ?
『なぜそう思うのですか?』
「あいつ、俺の申告を信じていた。普通ならば疑わないか? 闘気術も無魔法も。嘘を口にしている可能性はあるんだぜ? 恐らくはスキルアップポーションか、ステータスアップポーションを手に入れたか探ってきたんだろうが」
あっさりと信じていた。信じてあっさりと帰っていった。情報屋のあいつが簡単に。その答えは自身のスキルを信じているからだ。嘘ではないと見抜けるからだ。
「それに無魔法。早速役に立ったぜ。マナ感知。相手のマナの流れを見ることができるようになった。あいつのスキルが発動する瞬間を見ることができたぜ。使用したのは2回。銀杯を渡された時。そこの幼女は水だと信じていたが、それが真実か確認するように花梨は目に力を込めた。無駄であったがな」
俺が水だと言って渡しても、嘘だと看破される。そしてなぜ嘘をついたのか、その理由を考えるはず。その行き着く先は? 俺が銀杯の性能を知っていたと推測されるのが一番まずい。秘密なミステリアスな男は住んでいる場所を知られないことが前提条件だが、俺は無理だからな。ハードボイルドなのが俺なのだ。
この幼女は実に良いタイミングで側にいた。幸運なことに。彼女はだからエアコンが利いているように涼しい部屋で、美味しいみかんを食べることができて、スヨスヨと寝ることができている。幸運なことに。
役に立ってくれたお礼はしなきゃいけないからな。
「そして、次がダンジョンコアだ。あの時も目に力を込めていた。どう思う?」
『虚実看破スキルですね。相手の言葉からまったく他の情報なしに虚実を見抜くスキル。弱点は防人さんも気づいているとおり、話し方により虚実を誤魔化されるということ。真実ははっきりとわかると、このスキル持ちは思う。自分の優位を信じすぎているのです』
あっさりと告げてくるパートナーに感心する。あらゆるスキルを網羅しているとの言葉は本当らしい。
『天野雫は伊達ではない! キュピーン』
「拍手すれば良いのか?」
『う〜ん、合いの手は期待していませんけど、今度頭を撫でてください』
自分で意味のわからないセリフを口にしながら、困った様子ですぐに切り替える雫さん。
了解と軽く頷き、花梨の話を終えることにする。相手の能力が分かれば対応方法はある。嘘だと看破させることで、間違った方向に誘導したりも可能だろう。
では、本命の話に移るとしよう。
「雫さんや。なぜ俺に『魔法最大効率変換』を取らせたんだ? 無魔法がほしかった……というわけじゃないよな?」
先程台所で取得したスキル。『闘気法最大効率変換』の対極にある固有スキルだ。ダンジョンコアDと、先程交換しておいたのだ。無魔法はそのおまけとして手に入れた。
その能力は闘気を変換ロスなくマナへと変えることができる。だが、闘気は元々マナだ。意味がないスキルなのに、なぜ取得を勧めたんだ?
『私もこのスキルを取得するつもりはありませんでした。ですが、計画を変えたんです。防人さんのおかげで』
「俺のおかげ?」
俺、なにかしたか? おかしいことはしていないと思うんだが。
『ダンジョンのスキルは罠ですが、その力は本物で罠を回避すれば、役に立つ。どうやらこのスキル。その効果を私は誤って認識していました』
膝の上から立ち上がると、口元に白魚のような指を添えて、フフッと愛らしい笑顔を雫は浮かべるのであった。




