43話 銀箱
防人はモスマンクイーンの卵を全て焼き払い、その本体は雫が撃ち倒した。戦いは終わり、戦場に静けさが戻る中で防人は、焦って草むらを掻き分けて走り出す。
「大丈夫か、雫?」
傷だらけの雫が地面に力なく倒れ伏すので、慌てて駆け寄るとその小柄な身体を抱き上げて、顔を青褪めて声をかける。無茶しすぎだ。ボロボロじゃねぇか。愛らしい姿が台無しだ。
「め……」
「め?」
「眼鏡属性はないって、言ってください」
大丈夫そうだった。
「お前、眼鏡かけてないじゃん」
その余裕のあるセリフから、ホッと胸を撫で下ろし安堵する。傷だらけで血だらけ、肩には大きな穴が空いている痛々しい姿なのに、それでもまだ俺のパートナーは余裕があるようだ。
「次は戦う前に眼鏡をかけておきます。……というか、さすがに限界なので戻りますね」
モスマンクイーンを倒すために使用していた『全機召喚』を解除して、雫はその肉体を次元の間に戻し、幽体となって現れた。元気すぎる娘である。一歩間違えば死んでいたはずだったのにと、苦笑をしてしまうがこの少女は心配かけすぎだ。自分の身体に無頓着すぎるというか、回復するからぎりぎりまで酷使することを前提としているように見受けられる。
「ライフルで倒し続ける選択肢もあったはずだ」
叱るように眉根を寄せて雫を睨む。
復活した先から撃ち落としていけば、俺に気づかずにいた可能性は高かったのだ。周りを気にする余裕はないだろうし、気づいたとしても、即座に倒していけば、卵を産む時間も与えはしない。その間に俺が他の卵を破壊して回れば、もっと安全に倒せたはずなのだ。
『弾が勿体ないじゃないですか。ここでの私の目標はマガジン一個で攻略すること、です』
ケロリとして平然とした表情で答える雫に溜息を吐いてしまう。
「俺が心配なの。夫婦だなんだと言うなら、もう少し自分の身体を大切にしてくれ。パートナーが傷つくのは見てて心が痛む」
『デレましたか? ふふーん。……でも、私は効率的に合理的に動くので、安全な攻略を選ぶとの約束はできません。コストも考えて戦うので』
薄っすらと微笑む可憐な少女の目の奥に、頑とした強い意思を感じさせてくるので、彼女は言葉のとおりにこれからも危険な選択肢を取るだろうと確信した。……まったく困ったパートナーだ。
「それなら、お前が安全な攻略法を取れるように俺がもっと強くなるか」
ニヤリと笑ってみせると、雫さんは頬を赤くしてくるくると空に舞い上がる。珍しく照れてやがるな。
『まったく。防人さんはまったく。それでは強くなる手段を手に入れましょう。モスマンクイーンを倒して、ステータスポイントも入りましたし』
照れ隠しで、頬を膨らませて戻ってくる雫。その言葉にステータスを開くと、ポイントが200も増えていた。あいつかなりの強さだったからな。納得である。
天野防人
マナ300→500
体力30
筋力30
器用40
魔力250
天野雫
マナ100→200
体力100→150
筋力100→150
器用300
魔力50
俺は思い切って、マナに全振り。雫は平均的にステータスをあげる。闘技を連発するにもマナがそろそろ欲しいと雫は思った模様。俺の5倍の筋力か………。
今回の戦闘。モスマンクイーンの卵を探し出すのに、草むらの中を影糸を巡らせて影瞳で探索したところ、28個も隠してやがった。全ての卵に炎の矢を仕掛けて燃やし尽くした。卵は炎の矢を防げるほどには硬くなかったから助かった。魔力を上げて魔法攻撃力が高かったことも幸いしたのだろう。
影糸と炎の矢で、マナを240程消費したからな。やはりマナの量は俺にとって死活問題だぜ。
「そこそこパワーアップしたところで、と。おぉ、ダンジョンコアのお出ましだ」
魔法陣が描かれると、その中から2メートルほどの黒い水晶が抜け出るように現れてきた。ダンジョンコアだ。中に光が見えるのはなんだろうな。意味ありげだけど。
さて。吸収っと。
ダンジョンコアを触るとすべすべの冷たい感触が返ってきて、黒い粒子となって俺の身体に吸い込まれていく。身体というか、等価交換ストアーにか。
『ダンジョンコアDを入手。ストアに保管されました』
よし。問題ないな。問題なくダンジョンコアをストアに保管できたことに安心しつつ、周囲が虹色へと歪んでいくのを見て攻略したんだと実感する。
ダンジョンボスのレアコアは貴重なので、ダンジョンが消える前にストアに放り込んでおく。万が一かっさらわれたりしたら泣くに泣けんじゃんね。油断はしないのだよ。
すぐに周囲は切り替わり、森林の中にポツリとある空き地のような場所となっていた。強い日差しの中、木々からはジージーと蝉の鳴き声が奏でられており、足元は昼寝でもすると気持ち良さそうな芝生だ。ダンジョンがあったなどとは思えない平穏な風景となっていた。
「洞窟があったはずなのに、跡形もないな。何回見ても慣れそうにはないぜ」
早くも暑さを感じて、影法師を解くと辺りを見渡して呟く。ダンジョン攻略の報酬として、いくつもの山となって、コアが積まれてあり、木箱の宝箱も落ちている。
「ん? なんだこれ?」
その中でキラリと光る物を見つけて近寄ると、日差しに照らされて光るのは、磨き抜かれた銀色の箱だった。
『む? 銀箱ですね。このランクで見るのは珍しいですが……もしかしてモスマンクイーンを倒した時に出現したのかもしれません』
雫も珍しい物を見たと、銀箱に顔を近づける。そんなに珍しいのか、これ。
「銀箱……ランクによって中身が例によって違うのか」
『金やミスリル、オリハルコンもあります。けど、滅多に見ないですし気にしなくて良いかと。ちなみにダンジョン攻略後の宝箱は鍵も罠もありません。解除済みとなっています』
「それ、ダンジョンで見つけた時は鍵も罠もあるってことだよな? 恐ろしい」
舌打ちしつつ、銀箱を開ける。宝箱の罠ってろくなものがなさそうだから、ランクの高い宝箱はダンジョン攻略後だな。
あっさりと開き、中には手のひらよりも少し大きな銀色の杯が入っていた。やはり磨き抜かれており、手に取ると自分の顔が映るほどだ。装飾はなく単純な銀杯っぽいが、薄らと仄かに光を纏っているように感じる。これ、マナを感じるぞ。
『……破壊してしまいましょう』
雫が銀杯を見て、真剣な表情で言うので驚いてしまう。ふざけた様子は見えないので、この銀杯はまずいものらしい。
『これは祝福の酒杯です。その効果は1日に1回だけ、祝福の効果を持つ水が湧きます。飲むと低級ポーションの効果があり、僅かながら健康になります』
「へいへい。で、罠なんだろう?」
わかっているよ、それぐらい。なにかデメリットもあるんだろ? これまでの経験から想像つくぜ。中毒になるとかか?
俺が銀杯をポンポンと弄んでいると、雫は顔をしかめてみせる。当たりらしい。
『健康になるんです。病や毒に対して僅かに抵抗力を持つようになり、太っていれば200グラムほど痩せて、痩せていれば200グラムほど増えて、ハゲはチロッと産毛が生えてきます』
「戦争が起きるアイテムというわけだ、なるほどねぇ」
中毒より酷かった。あぁ、僅かに健康になるのか、そりゃヤバい代物だ。成人病とかはすこーしずつ不健康になるから、かかるんだもんな。すこーしずつ健康になるアイテムとか、最高だろ。
『金持ちが喉から手が出るほどのアイテムです。僅かでも健康になるということは、肌のデトックスなどはしなくてもすみますし、太ることも成人病も気にすることはない。ハゲも治ります』
「世界大戦が起きるのかな?」
ハゲで太っている。この世界なら金持ち決定だ。
『デブとならずハゲが治り、成人病を防止する銀杯を巡る7人の英雄のお話ですね。私はセイバー辺りになりますかね。防人さん、お腹が空きました!』
「飯は後でな。なるほどねぇ。泣けてくる効果だこと」
後で飯は作ってやるよと言うと、子猿のように顔にまとわりつき、ブーブーと抗議をしてくる雫さん。今の会話になにか不満があった模様。なにか変なこと言ったのか?
それはともかくとして、素晴らしく泣ける性能だ。俺たちには無意味であり、まさに金持ち垂涎の専用アイテム。これを持っているとバレたら、大金を積んでくるか、盗ませようとするか……どちらにしてもろくな結果にはならないに違いない。
『私も見たことは数回しかありません。だいたい奪いあって半年後には壊れていましたし。かなり希少なんですよ』
「初期ポーションでも同じ効果じゃないの?」
『あれは回復するんです。身体を健康に戻すのではなく、癒やすのです。同じようで違う効果なんですよ。健康になるポーションはもっと高ランクです。気軽には使えないぐらい』
酷い話だ。これ呪われたアイテムだよな。
『なので、破壊しましょうよ、防人さん』
肩に乗って頭の上から覗き込む雫。その愛らしい顔が目の前まで近づくのを見ながら嘆息をつく。俺もそうしたかったよ。
「少しばかりその決断は遅かったみたいだぜ」
やれやれと少し離れた森林に目を向けると草むらがガサガサと音をたてて
「防人じゃにゃいか! 奇遇だにゃ……ゲホッゲホッ」
息を切らせて見慣れた猫娘が姿を現した。夏のキツイ陽射しの中を急いで走ってきたのか、汗だくで顔はびっしょりであり、葉が身体にへばりついている。髪の毛も猫耳も尻尾もボサボサであった。
奇遇じゃねぇだろと、ジト目で花梨を見る。どうやら俺がダンジョン攻略に向かったと聞いて、慌てて来たらしい。森林にはレッサーマンドラゴラを始め、ウォームやモスマンがいたのに、怪我らしい怪我をしていない。
「耳が早いな。俺が来たのはついさっきだったのに」
「な、なんのことにゃら……。で、今からダンジョン攻略にゃ?」
随分と花梨は珍しい服装をしている。緑迷彩の戦闘服だが、鈍い鉛色のラインが手足の部分に沿ってつけられている。胸にも軽そうな、そして丈夫そうな金属の胸当てをつけており、腰の両脇には鞘に仕舞った小剣を下げており、ナイフも数本つけていた。
銃はないが立派な装備だ。頭には硬そうなバンダナを巻いている。森林内を進むために、いつもとは違う装備にすることを選んだに違いない。用心深く小心者の花梨だ。自分の正体がバレるより、死なないように安全をとったに違いない。
「いや、ダンジョン攻略は終わったから帰るところだ」
「なんにゃ、帰るところかぁ。やっぱりソロでダンジョン攻略なんかできないもんにゃ。急いで来るんじゃなかったにゃ」
がっくりと肩を落として、花梨は舌打ちする。かなり危険な道程だったにゃと口を尖らせているが、まぁ、良いか。
「花梨、そこらじゅうに転がっているコアや箱を集めてくれ。礼はするから」
「はぁ……まぁ、いいけ……ど? な、なんでこんなに山とコアがあるにゃ?」
花梨は今気づいたのか、山と積まれているコアを見て息を呑む。
「そりゃダンジョンを攻略したんだから当たり前だろ」
真夏に小石拾いならぬ、コア拾いとは泣けてくるねと、早くもダルくなる俺だが、花梨は蒼白となっていた。
「もしかして、もうダンジョン攻略したにゃーーーーー!」
うるさい猫だ。発情期かな?




