40話 開墾
開かれた土地をせっせと人々は開墾していった。たとえ不可思議なる力にて肥沃となっている土地でも、野ざらしで管理されていないので、小石は結構多い。炎天下の中、頑張る子供たちが開墾されていく土の中にある小石をせっせと拾っていく。
大人たちは水はけが良いように鍬を使い畝を作り、畑へと変えていく。誰もが汗だくで疲労困憊となる中で、途中休憩を挟みつつ、ようやくマトモな畑に整備を終えた。
人海戦術という言葉は素晴らしい。
50人ほどの人々は泥だらけの顔を手拭いで拭い、水をごくごくと美味しそうに飲むと、自分たちが作り上げた新たなる畑を前に感動の面持ちとなる。
「ここは何を植えるんだ?」
「今からの時期って何が良いんだろうな?」
「俺たち、農業をしたことないからなぁ」
ほとんど全員が農業未経験者であり、馬を扱えるのもスキルにより創造されて、人の言葉を理解して素直に指示どおりに動いてくれるからだ。そんな機械と同様の農耕馬を使い耕して、鍬を使い畝を作る。小石を拾い、切り株を抜くといった力仕事は可能だが、一番大変な野菜作りなどは未経験者では難しかろうと及び腰になっていた。
これまでは廃墟街に隠れ住み、外街の危険、キツイ、安い、死ぬといった仕事しかなく、残飯あさりでさえ縄張り争いがあり、ろくにできなかった過酷な環境の人々だ。農業などは無縁なのである。
せっかく苦労して耕した畑だ。できればしっかりと植えた作物も育ってほしい。皆がそう願うのは当たり前で、それならば農業経験者に教えを願いたいと考えていた。
「よし、それじゃ適当に植えるか。なぁ、これでいいんかね?」
そこにのんびりとした口調で、額に汗をかいた男が近づいてきた。ナイフのような鋭い目つきをした、中肉中背の威圧感を感じさせる男だ。真夏なので野球帽をかぶっている。
あとはシャツにジーパンといった簡素な格好だ。しかし髪の毛はフケもなく脂ぎってもおらず清潔で、服も作業で汚れたのか、真新しい土の汚れが見えるが、それ以外は綺麗だ。靴だって古ぼけてはおらず、新品同様である。
廃墟街に市場を作った偉人。天津ヶ原コーポレーションの社長。天野防人だ。
「社長!」
「ボス!」
「キャプテン!」
皆は立ち上がり、頭を下げて慌てて挨拶をするが、呼び名がバラバラであったので、防人は顔を顰めた。
「あの、俺は社長で呼び名を統一しておいてくれ。ボス、キャプテンは無し。というか、キャプテンってなんだよ。野球チームじゃないんだぞ」
隣に作務衣を着た親爺である信玄とその息子勝頼も付き従って歩いている。大柄な男が麻袋を抱えているが、そこまで重くはなさそうだ。
「これが今回、植える作物。トウモロコシのスイートコーン種だな。ほれ、大木君。出し給え」
「へいっ。これが植える作物『トウモロコシ(スイートコーン種)の種』1袋。Eランクコア50個で交換したやつでさ」
麻袋をドサリと置いて、大木君が手づかみで種を取り出すと、皆は集まり、ほほぅと眺める。
防人は皆がその種を眺めている中で、腕を組み説明をすることにした。
「あの怪しげなコアストアの新たなる品物だ。トウモロコシってのは良いよな。きっとじゃが芋みたいに簡単に育つんじゃないか?」
きっと20日ぐらいで収穫できるはずだ。あとは7日ごとに3回ほど繰り返して収穫できるかも。……うん。あまり考えたくない生長速度だ。
『トウモロコシ(スイートコーン種)の種1袋:Eコア50個』
チェーン店化するのに、Eランクコア30000個使用。ダンジョン攻略分と各地で試しに入れたのだろうコア分で賄えた。コアストアが日本中に広まったから、皆はEランクのコアを入れてみようと試したのだろう。塵も積もれば山となるである。
利益分をいつもの通り加えたので、売値はEランクコア50個なり。1袋50粒も入っているんだぜ。維持費10個、俺の利益10個な。
1袋50個入りだ。これ、どんな風に育つのかなぁ……。
『トウモロコシがたくさん生ったら、その畑で隠れんぼしましょう。私はシティガールなので、しゃがみながら素早く行動できます。発電機の3台や4台、すぐに直してみせます』
『一粒で何本採れるかが問題だな……』
しゃがみながら、なにやら直す演技をする少女をスルーして、防人は考える。一粒で一本なら悲しいよな。トウモロコシの種ってどうやって作るわけ? あの黄色い実が種なん?
ウルウルと涙目で俺へとスルーしないでと訴える雫の頭を撫でるフリをしたあとに、種を掴み取りジロジロと眺める。
「かなり雑な育て方でも、じゃが芋は育ったから、トウモロコシも上手くいくと思うがな。信玄はどう考える?」
「ちょい待て。トウモロコシを育てる方法が書いてある本だが……なんか、間引きとか、一番上の実以外は切り落として剪定するとかあるぞ?」
本屋から手に入れたらしい古ぼけた本を信玄は持っていた。トウモロコシなどを育てる手引き書らしい。パラパラと本を捲りながら、顔を難しそうにする信玄。間引き? 剪定? なんだそれ?
「あ〜、この中で、トウモロコシを育てたことのあるやつは手をあげてくれ」
首を横に一斉に振る人々を見て溜息をついてしまう。
「間引き?」
「剪定?」
「植える間隔もあるみたいですよ」
「…………」
信玄たちと顔を見合わせて黙してしまう。空を小鳥がピピッと鳴いて飛んでいく鳴き声がやけに大きく聞こえてくる。
こんなの無理だろ。恐らくは失敗してしまう可能性あり。農業って、難しいよな。きっと肥料選びとかもあると思うんだ。気候とか植えるタイミングとか。
よろしい。社長として決断しようじゃないか。
「不可思議なるコアストアの新パワーだ。適当に植えておこう」
俺はスキルの力を信じます。だってじゃが芋なんて、当時梅雨で半分ぐらい雨が降っていたのに、普通に育ったからな。
「そうだな。間引きしなくても、普通に育つだろうよ」
「失敗したら失敗したですね、社長」
信玄も勝頼も同意してくれる。誰もわからないから、同意したのだが。農業経験者は他の畑を育てているからなぁ。こちらに連れてくれば良かったよ。
たぶん大丈夫だと思うんだ、植えるだけで。夏だしな、きっと簡単にあっさりと豊作になってくれるはず。俺は信じているぜ。
そして、大変なことに気づいちまった。
『雫さんや、まったく助言がないんだけど?』
いつもはふざけることも多々ある雫さんだが、それでも的確なる助言をしてくれる。スキルの構成から、その内容まで。
それなのに、やけに静かだ、静かすぎる。
ふよふよといつもの通り幽体で俺の目の前に後ろ手に寝そべるように浮いている眠そうな顔の雫へと問いかけるように視線を向ける。
『ん? あぁ、私の記憶は戦闘に関してです。ほら、戦闘の才能。あれは戦闘関連とネタの記憶は忘れないんです。ですが、栽培などは戦闘に関係しないので、まったくわかりませんよ?』
コテンと小首を傾げて、何言ってんのと、心底から不思議そうな表情で答えてくる雫。なにやら無駄な記憶もあるんじゃないかと今の返答を聞いて思ったが、納得だ。才能だからそうなるのか。戦闘での記憶力も才能になるのか。
『たぶん適当に植えれば育ちますよ。そういう仕様のはずですし。それよりも大変なことに気づきました。後で、お話しますね。かなりの重要な事柄です。これからの私たちを変えるぐらいに』
自分に関係ないことだと、かなりの無頓着な雫さん。ありがとうございます。実に頼りになるよ。
『やはり適当に落ち着くのか……。まぁ、良いだろう。それに、重要な事柄? なんなんだ?』
『推測の域を超えないので、後でで大丈夫です。私も確証があるわけではありませんし』
やけに真剣な表情となって言ってくる雫の態度に、かなり大変なことなのだろうと思いつつ、それならば後でその話は聞くとして、目の前のことに集中することに決める。
「さて、植えるぞ〜。溜め込んだコアを全部変えたから、期待しよう」
Eコア、狩場ツアーで溜め込んだコアを全て吐き出したのだ。計2000個近くあったので、その全てをトウモロコシの種に変えておいた。ツアーでの報酬にEランクコアは入れなかったからな。こちらが全て貰っていた。倒していたのも影虎だし、問題ないだろう。
手元にあった1000個近くも合わせて交換に使い600袋。1袋50個だから、計3000個。
ちょうど開墾した畑に植えることができる量ぐらいかな?
皆は俺の掛け声に従い、戸惑いながらも、畝に均等の間隔で種を植え始める。その様子をボケっと見つめながら、真夏の陽射しの中で汗を拭う。暑い。
「……なぁ、トウモロコシって、色々と使えるんだよな?」
「あん? たしかそういう話があるな。粉にすれば良いんだろ? トウモロコシパンとか作れるって話を昔聞いたことあるぜ」
信玄が畑に植えられていくトウモロコシの種を見ながら尋ねてくる。うん、俺もそう聞いている。
今回、俺がトウモロコシを選んだ理由。ラインナップに加えた理由は、それが理由だ。粉にできて、トルティーヤとか、トウモロコシパンとかにできるらしい。……らしいというのが不確定で怖くはあるが。
小麦はまだやりたくない。内街の連中が介入してくる可能性あり。米も同様。米は水田作りをしなくちゃいけないような、謎の義務感があるし。
これは適当に考えたわけではなく、一度収穫した作物は種にしたら元の普通の作物と同じ生長速度に戻るからだ。今後のことも考えると、普通に育てることができるようにしたいし、水田とかも用意しておきたいのだ。
主食となる作物を育成できるようになって、マークされたくない。だが、主食となる作物は確保しておきたい。悩んだ挙げ句、トウモロコシとなったわけだ。天日干しで乾かしたら、後は石臼とかで挽けば良いらしい。
保存できる食糧は必須だぜ。内街の連中が興味をあまり持たない作物としてトウモロコシを選んだのは苦肉の策でもあったのだ。
少しずつ、少しずつ、目立たぬように勢力を大きくしないとな。零細企業は悲しい存在なのさ。
「家畜の飼料にもなるらしいが、それは後々だよなぁ」
「家畜どころか、今日のくいもんにも困るじゃねえか。……そういう会話ができるようになったのは喜ばしいことだが」
そうだなぁと、信玄の答えは尤もだと納得する。家畜の話が話題にできるぐらいは多少の余裕ができたわけだ。気持ちの問題だろうが。
「なんにせよ、育つまでは時間がかかるだろう。あと数日はここらへん一帯を切り拓く。そこではじゃが芋を育てるとしよう」
「じゃが芋にトウモロコシ。保管できる野菜が増えることは良いことだ」
「だなぁ。定期的に内街から小麦粉や野菜を購入できるようになったし、しばらくはこれで様子見となるぜ」
コアを貯めて、現金を増やし、市場を広げよう。
その準備は完了したから、次なる行動はっと。
『虫のダンジョンを攻略して、ダンジョンコアを手に入れましょう。レッサーマンドラゴラを生み出し、ウォームが現れるダンジョンはゴブリンキングと同レベルのダンジョンです。ちょっと欲しいスキルができたんですよ』
『ふむ……了解。今の俺たちならたいした苦労もしないだろ。闘気もあるし、アサルトライフルもあるからな』
油断はしないが、それでも問題はないと思う。
さて、では虫のダンジョンを攻略しに行きますか。




